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10-16 建速勇人(8)

 歩き始めると、すぐに一つの気配が近付いて来た。


「今にも死にそうな顔をしてるな、左近」


「どう言う域に達せば、気配だけで相手の顔色が分かるんだ」


 姿を見せた左近は青白い顔をしていた。


「いや、適当に言っただけさ。落ち込んでいるだろうな、とは思っていた」


「こいつ」


「何の用だい?」


「陸奥守様に、忍び頭を楓に変えてもらえないか進言しに行った。ついでに、処断してもらえないか、とも」


「このまま続けろ、と言われたんだろ」


「ああ」


「君の扱いに関して、僕の方から小夜に言う事は何も無いよ。それに僕もこのまま君が続けるべきだと思う」


「やっぱり、そうか」


「君はそこに五辻宮がいると言う事実をただ報告しただけだ。それを受け取って判断したのは、小夜の責任だよ」


「それでも、俺はあそこに帝がいると思い込んでいたし、五辻宮は最初から俺達をそう騙すつもりでいたと思う。俺がもう少しだけ疑っていれば、南部師行殿を死なせずに済んだ」


「済んだ事さ。悔しいんなら、今から向こうにやり返す事を考えろよ」


「師行殿が死んだのは奥州軍にとってとても大きい事だと思っていたけど、違うのか」


「大きい事だ。でも、済んだ事は仕方が無いんだ。特に、戦では」


「なら、俺はこれからどうしたらいい?」


「仕事をしろよ。奥州軍と忍びが一つになって五辻宮を討たなくちゃいけないのは、変わってない」


「そうだな」


「責めて欲しいのなら、責めてやるよ。師行殿が死んだのがどれだけ大きな事だったのか、恨み言混じりにいくらでも語ってはやれる。けどそれは、これから君が忍びとしてやらなくちゃいけない事とは、何も関係がない」


「そんな風に、割り切れるのか」


「割り切れない思いは、いくらでもあるさ。泣き叫びたいぐらいの悲しみと後悔と不安が、今でも心の中で渦巻いている。でも、終わった事を悔やむ以外にやるべき事が、今はたくさんある」


 左近は、一度俯いた。


「悔やんでいるのが、自分だけだと思うなよ、左近」


 自分の事だけを言った訳では無かった。

 楓、そして小夜は自分や左近以上に師行の死に衝撃を受け、悲しみ、苦しんでいるはずだ。それでも今はそれを振り切って己の務めを果たしている。

 それが分からないような左近ではないはずだった。


「すまない、忍び頭として仕事を引き継いで初めてがこれで、少し動揺してたみたいだ」


「五辻宮と言うのは、恐ろしいな。皆が、五辻宮こそが真に討つべき相手だと思い定めていた。それは、間違っていなかったと思う。だけどそれを、隙として的確に突いて来た」


「まだ、何か仕掛けて来るかな」


「仕掛けてくるだろうなあ。それが何なのかは、まだ分からない」


 師行を失った事は大きかったが、それでも奥州軍は後醍醐帝の身柄を抑え、ぎりぎりの際どい所で勝ってはいた。

 小夜は五辻宮を相当に追い込んではいる。だからここで何か仕掛けてくるとしたら相手の方だ。


「ここから向こうがやれる事と言えば、もう陸奥守様を直接狙うぐらいしかないように思うが」


「ただの暗殺は、ほぼ無理だろうな。軍勢を動かしていない時は、四六時中和政殿が固めている。五辻宮配下には、そこまで潜入が上手い人間は少ないみたいだしな」


 和政の小夜に対する警固の指揮には、どう見ても隙が無かった。長年彼女を守っていた事から来る積み重ねが、余人には出せない堅さを生み出している。


「やるとしたら」


「戦場で狙うしかない、と思うんだけどな」


 勇人は少しだけ言葉を濁した。

 実戦になれば、小夜はいつも通り自分の命をぎりぎりに晒す戦いをするだろう。そこで五辻宮自らが彼女を狙ってくる、と言うのは当然予想出来る事だった。

 その当然の方法だけを、向こうは使ってくるのか。

 それ以上は今考えても、答えは出なかった。いざ戦いになった時、状況がどれほど入り組むのかは、予想は付かない。


「勇人、もしこの先、俺が本当に何か致命的な失敗をしたら」


「その時は僕が斬ってやるから安心しろ、と言いたい所だけどな。ちあめに恨まれる、と考えたらそんなのはごめんだな」


「そうか」


「君は最後まで生き延びろよ、左近。何があっても、さ。それで出来ればちあめと一緒に幸せになれ。君は僕にとってほとんどたった一人の、対等の友達と呼べるような相手なんだからな」


「どうしてちあめとなんだ」


「ちあめの方が、そのつもりだからな。見てれば分かるだろ」


「気軽に言ってくれるな。あいつの気持ちを言葉で確かめる事は出来ないんだぞ。そう思っているのが実はこっちだけだったらどうするんだ」


「仮にそうでもちあめに抵抗されたら返り討ちになるから大丈夫だろ」


「おい」


「それともちあめの方が襲い掛かってくるまで待つかい?」


 左近は無言で拳を突き出してきた。手の平で軽く受け止める。


「たまに冗談を言えばきつ過ぎるんだよ君は」


「冗談を言い合えるような相手が長くいなかったんだ。しょうがないだろ」


 勇人の答えに左近は声を出して笑った。気持ちを切り替える事にも成功したようだ。


「他に、いないのかよ」


「いないなあ。元居た所には一人だけいたが、そいつも死んだ。対等の友達だと思っていたのは、僕だけだったかもしれないが」


 左近は、勇人がこの時代に出会った人間の中で、どこか一番人間臭く思える所があった。

 その印象は初めて会った時から、変わっていない。

 他の人間とは、奥州軍と言う組織や、戦と言う物によるつながりが、あるいはそれを超越した他の何かが、やはり先にある。

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