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10-12 結城宗広

※過去に投稿した分に地名に一部大きな誤りがありましたので修正しました。

 一度奈良坂に集結した軍勢に、顕家からの攻撃命令が出る事は無かった。

 般若坂に出陣していた顕家の麾下と南部勢が奈良坂に集まった主力に合流すると、すぐに宗広は顕家の本陣へと呼ばれた。

 行朝も呼ばれていたようで、途中で出会うと、共に本陣へと向かう。

 本陣には、顕家以外に和政、勇人、楓、そして南部政長がいた。

 師行の姿は見えない。あの男が軍議に顔を見せないのは良くある事言えば良くある事だった。


「般若坂で主上の御身を抑えた。そして師行が死んだ」


 顕家は宗広と行朝が来ると、前置きも無くそう切り出した。陵王の面は付けたままだ。


「すると」


 宗広は行朝の顔を横目で見ながら口を開いた。行朝は一度目を閉じ、開く。そこには動揺は見られない。


「勝った、と言う事で良いのでしょうか」


「まずは大きく勝った。半分は、だが」


「残り半分は?」


「五辻宮を討ち取らぬ限り、我らの真の勝利とは言えぬ。向こうもこれからどうにかして負けを取り戻そうとしてくるであろうしな」


「負けを取り戻す、と言う事は主上の奪還を図ってくると言う事でしょうか」


「そうかも知れません。しかしもっと簡単な方法があります」


 顕家ではなく、勇人が答えた。こう言った場で勇人が自分から何か言うのは珍しい。


「ほう。それは?」


「顕家様を討つ事です。顕家様一人を討てれば、それだけで五辻宮は勝てます。顕家様がいなくなれば、そのまま奥州軍を主上の軍として取り込む事も出来るでしょうし」


「なるほどな。しかし今更陸奥守様を討つ手段が敵にあるのか?」


「足利尊氏が本気で動けば、その戦に紛れて顕家様の暗殺を試みる事は可能です」


「主上がこちら側におられる今、五辻宮に尊氏をそこまで動かせるのかの?」


「囚われた主上を救い出す、と言う理由であれば、尊氏は本気になって戦をしようとするでしょう。尊氏一人が本気になれば、それに合わせて周囲も動きます」


「おかしな話ではあるな。形としては、尊氏は主上の敵であると言うのに」


「今更です、この戦がおかしなものであるのは」


 特に感情を見せる事なく、勇人は言い切った。


「いきなり、師行に似て来たな、勇人」


「御冗談を」


 やはり勇人は、笑いもしなかった。


「逆に主上を通して、尊氏との戦を止める事は出来ないのですか?」


 今まで沈黙を保っていた行朝が口を開いた。


「主上は、囚われの身になった所でご自分の信念を曲げられる事は無いよ。例え如何様に脅しても、無駄であろう。その程度で止まる人物であるなら、この乱は当の昔に終わっている」


「陸奥守様自身が説得されても、でしょうか?」


「無駄であろう。可能性があるとすれば」


 そこで一度顕家は言葉を切って勇人の方をちらと見た。

 顕家でも親房でも説得が無理なら、後は確かに勇人しかいないかもしれなかった。

 この国の未来を知っている人間。その言葉なら、主上を動かせるのか。


「一度、お話しては見たいと思います。しかし、説得の自信はありません」


 勇人が答えた。顕家が小さく頷く。


「それで無理なら、やはり次も足利との戦になりますな」


「いい加減にこれで決めたい物、ですなあ」


 行朝の言葉にどこか辟易した物を感じ、宗広はそう続けた。

 去年の八月に二度目の征西軍を発して以降、終わりが無いと思えるような戦を続けている。

 それでも戦連勝の中、下の武士達は単純に京の奪還を果たし、逆賊を討つ戦だと士気を保ち続けているが、事情を知る人間に取ってはそうもいかないのかもしれない。

 宗広自身も、いったい自分達はどこまで五辻宮に翻弄されるのだ、と言う思いはぬぐい切れなかった。


「それで、南部勢の事だが」


 顕家は話を変え、政長の方を見た。


「元々軍勢の半分はそれがしが指揮しておりましたし、このまま引き継ぐしかないでしょう。ただ、兄上の旗本に関しては陸奥守様にお預けしたいと思います」


「良いのか?」


「少なくともこの征西の間は。あれはそれがしが率いても力は出し切れませぬし、一族の中に率いる事が出来るような者もおりませぬ」


「では師行の旗本は我が麾下の中に組み込み、このまま勇人が四百騎全てを率いる」


「それで、大丈夫でしょうか?」


 勇人の実力はもう誰もが認めていたが、それでも素性も定かではない人間なのは変わらなかった。師行がいなくなった今、旗本達は勇人に率いられる事に不満を持たないのか。

 師行の下で副将として率いるのとは訳が違う。そう思い宗広は尋ねた。


「旗本の主だった者達と事前に話してみましたが、彼らもそれを望んでおります。陸奥守様が言われなければ、それがしの方から勇人を推そうと思っておりました」


 政長が言った。


「師行殿の麾下は、やはりそれがしらにはいささか理解しがたい所がありますな」


 行朝が呟く。

 乱世では実力こそが全て。口でそう言うのは簡単な事だが、実際に人間はそんな風に割り切れる物では無かった。


「やれるか、勇人」


「やらせて頂けるなら、喜んで」


 勇人は躊躇なく頷いた。

 以前の勇人であれば、一度は断っただろう。

 それだけ自分に自信を持っているのか。それとも師行の穴を埋めようと必死になっているのか。

 それから後は、細かい情勢の分析の話になり、最後に誰に促されるでも無く、勇人が師行の最後に付いて語り始めた。

 話の通りなら、師行は楓を守って死んだ事になる。しかし話がそこまで進んでも、特に楓は反応を見せなかった。


「最後の言葉は?」


 勇人の話が終わり、行朝がぽつりと訊ねた。


「何も。最後は暁と心だけで語っておられました」


「そうか。あの御仁らしい」


 軍議が終わった後少しだけしてから、宗広は行朝の陣所を訪ねた。

 行朝は、一人で昼間から酒を飲んでいた。


「珍しいな、行朝」


「本当は時家の時のように、皆で酒を飲みたかったのですが、そう言い出せる空気でもありませんでしてな」


「そうか。ならばわしが相手をしよう」


 宗広は行朝と向かい合って座った。行朝が杯を差し出して来る。


「何かあの場で言おうとして言えぬ事があったか?」


 自分で酒を注ぎ、一口で呷った。普段はあまり量は飲まないが、弱くはない。


「大した事では。戦では人の死に心を動かさない。それは間違いなく正しい事です。そしてそれがしは、陸奥守様や師行殿や今の勇人程には、戦に関して正しい人間にはなれない、と言うだけの事ですよ」


「正しくはないかも知れぬが、悪い事でも無かろう」


 戦で死んだ人間の事で心を動かさない。

 それはつまり、自分が死んだ時もまた心を動かしてもらえない、と言う事だった。

 元々、顕家も師行も戦に関しては宗広の理解が及ばない人間だった。今は、恐らく勇人もその域に達しつつある。

 だから、自分達が今の顕家達の徹底したような冷徹さに違和感を覚えるのは、当然の事なのだろう。

 だから自分達は、自分達が出来る範囲で師行の死から来る動揺を抑え、後はその死を悼めばいい。


「大丈夫であろうかな、この先の戦、師行無しで」


「それに関しては、何故かそれがしは不思議と心配はしておらぬのですよ。師行殿が、勇人が自分の代わりになると言い遺し、陸奥守様と勇人自身がそれで大丈夫だと認めた。であるならば、それがしが心配するような事は何も無いのではないか、と」


 やはり行朝も、その三人は戦に関しては特別だと考えているようだった。


「それがしはただ、残念ですよ。あの御仁がいつか鍛錬で勇人に馬上から叩き落されるようになった時、どんな顔をして何を言うのか、とても楽しみにしていたと言うのに、そうなる前にあの世に逝ってしまった」


 行朝が半ば泣き笑いのような表情で言った。

 師行と行朝の二人は顕家の下に付いてからと言う物、何かにつけて反目し合い、顔を合わせば罵り合っていた。

 最初の内、宗広はそれを本気で止めていたが、本当は認め合っている人間同士がじゃれ合っているような物だと気付き、次第に止めるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

 師行が行朝の何を認めていたのかは、最後まで宗広には分からなかった。戦に関する事以外で、師行がどんな風な人の認め方をするのか、想像も付かなかったのだ。

 そのまま二人で、夜になるまで飲み続けた。行朝は師行の事に付いて様々な事を語り、最後は酔い潰れるようにして眠ったのを見届けて、宗広は行朝の陣を出た。

 武士が一人、死んだ。師行の死は他の全てを抑えて割り切ればただそれだけの事だ。

 恐らくこれで行朝も、明日からはそう師行の死を割り切って、また戦を始められるだろう。

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