9-15 北畠小夜(6)
思わず小夜は馬上で嘆息した。
さすがは南部師行だ、としか言いようがなかった。
こちらが絶え間なく攻め続けているので、前衛の敵の混乱は第二段、第三段にも波及しつつある。
後衛は前進し、前衛の支援のために軍勢を出そうとしていた。
その支援のために前に出た三万ほどの軍勢を師行がいきなり旗本を先頭にした三千騎の騎馬隊で突っ切り、そこから政長が攻め込む事で大きく崩したのである。
貫く、と言うより、まさに駆け抜けた、とでも言うような騎馬による攻撃だった。
敵には後衛をどれほど前進させるか、支援のためにどれだけの軍勢を出すか、と言う迷いが大きく見えていた。
その迷いを隙として、師行は適格に衝いたのだろう。
それでひとまずは十分、と見たのか、師行は自分の旗本だけを率い、後衛から離れると勇人と合流して土岐頼遠の騎馬隊に向かった。
政長に攻め立てられた三万は味方がいる方向に大きく下がる事で何とか潰走する事を避けたようだったが、打って出ようとした所で機先を制され、敵の後衛の動きは一度止まった。
政長は敵が止まった所で斜めに下がろうとする。追えば前衛との空隙が大きくなるのが見えているからか、敵はそれを思い切って追撃する事が出来ていない。
六千の兵で敵の後衛を一時的にでも止めるには、これ以上無い動きだった。
小夜は正家が止めている敵の側面に軽く攻撃を仕掛けて突き崩すと、素早く離脱した。
背後に桃井直常の一千が迫っている。他に特に精鋭でもないが、一千の騎馬隊が三隊ほど自分を狙って動いていた。
敵の騎馬が自分に集中している、と言うのは悪い事ではなかった。徒で正面から押し合うために備えた陣は、側面や背後から騎馬で攻撃されると脆い。それが自分に引き付けられるのだ。
背後から桃井直常。三方向から囲むように一千ずつの騎馬隊が三隊。
小夜は騎馬隊を四つに分け、それぞれ別の方向に駆けさせた。
敵はどの騎馬隊を追うか迷ったようだ。ただ桃井直常だけが迷う事無く小夜がいる騎馬隊を目指して真っ直ぐ駆けて来る。
今まで戦場で何度かぶつかった事はあるが、それほど気になる物は感じなかった相手だ。
大軍を率いさせると凡庸だが、少数の兵を率いれば力を見せる、と言う武将は数多くいる。
だがそれを自覚してこの大軍で敢えて少数の兵を率いる事を自ら選ぶ、と言うのは相当な思い切りではある。
侮っていい相手ではなさそうだった。
桃井直常に釣られるようにして他の三隊の騎馬隊も小夜だけを追って来た。桃井直常は舌打ちしたい気分だろう。
駆ける方向を変えた。方向を変えた分、速さは落ちる。
敵の騎馬隊が追って来たが、和政の兵の横を掠めるような進路を取ったので横から攻撃を警戒した敵の動きは鈍った。和政は小夜の動きを見て、あらかじめ徒の一部を外側に向けておいてくれた。
駆ける途中で、勇人達の戦況が見えた。
あちらも土岐頼遠の騎馬隊を含め、三千程の騎馬隊を相手にしているようだ。しかし師行も勇人も、数の不利など全く意に介さないように駆け回り、相手を引き回している。
このまま師行と勇人の元に合流し、土岐頼遠を巻き込んでの乱戦に入るべきか。
そう迷ったのは一瞬だった。今自分がすべき事は正家の援護だ。今の戦場からあまり離れるべきではない。
そして自分は二千騎を擁しているのだから、五百騎で多勢を相手にしている師行と勇人に頼るべきでもなかった。もし自分と合流する事が必要ならば、あの二人は自分からこちらに駆けてくるだろう。
元より敵は二十五万である。その内たった四千騎、ここで自分だけで潰す事が出来なくて勝てるはずもない。そう思った。
更に方向を変えて、自分を追って来た騎馬隊の内、最後尾の物の側面に衝いた。
敵も当然それを追って来るので、まるで蛇が自分を尾を追うような動きになる。
側面に回られた敵が方向を変えて応じようとする。その背後に、先程分けた騎馬隊がまた一塊になって突っ込んだ。
小夜もそのまま側面を衝く。一千騎を五百騎と千五百騎で挟撃した形になった。
押し潰した。しかし桃井直常が向かって来る。離脱の合図を出した。二千騎が一体となって敵から離れる。
それで三百騎ほどは減らしたか。もう少しぶつかり続けていればほぼ殲滅できただろうが、欲を掻くと逆にこちらが痛撃を受ける。
次は騎馬隊を二つに分けて駆けた。そのまま桃井直常を引き付ける。
勇人と師行の戦いが目に入った。
二百五十騎ずつが二本の矢のようになって敵の騎馬隊を切り裂いている。
敵の騎馬隊の内二千騎はほとんど勇人と師行の動きに対応出来ていないようで、ずたずたに切り裂かれていた。
ただ土岐頼遠は、その二千騎も上手く利用して二人と互角に渡り合っている。
師行が駆け抜けた先に土岐頼遠がいた。それを横から勇人が衝こうとしている。
しかしそこに来る事が分かっていたかのように、土岐頼遠の騎馬隊の内半分がそれに応じた。さすがに、読みはいい。
二百五十騎対五百騎の正面からのぶつかり合いがほとんど同時に二つ起きた。
勇人も師行も自身が先頭に立ち敵の騎馬隊とぶつかり合っている。そして土岐頼遠が師行と馳せ違っていた。
槍で突かれる瞬間、ほとんど体を馬にぶらさげるようにしてどうにか土岐頼遠は身をかわしたようだった。
師行は十騎、勇人は二十騎ほどはそのぶつかり合いで失ったか。ただ、敵の方は合わせてその倍以上落としている。
そのまま四つの騎馬隊はすれ違い、それから二つにまとまった。合流した師行と勇人の背後を、土岐頼遠が猛然と追っている。
疾駆する師行と勇人に、態勢を立て直した残りの二千騎が横から突っ掛けた。二人はそれをあしらうが、しかし速度は落ちる。
土岐頼遠が背後から追い付き、ぶつかった。
勝った、と小夜は思った。土岐頼遠は一つ読み負けている。師行と勇人の二人が味方の騎馬隊の中を逆に駆け抜け、最後尾に回っているのだ。
全力で二人を追った土岐頼遠の騎馬隊は、自然と最も足の速い騎馬が先頭に立つ事になり、縦に鋭く伸びている。
最後尾、二騎で横に並んだ師行と勇人がそれを正面から止めていた。
鋭い剣の切っ先を、それよりもさらに鋭く堅い針の一点で受け止めるような、そんな形になった。
一体になった師行の槍と勇人の剣が、突っ込んでくる土岐頼遠の騎馬隊の先頭数十騎を草を刈るようにして次々と落としている。土岐頼遠の騎馬隊は前に進み続けているのに、進めない。束の間、そんな状態になった。
そして師行の旗本は先頭から二つに分かれて反転すると、土岐頼遠の側面を挟み撃つようにして衝いた。
再び師行と土岐頼遠が交差するのが見えた。今度は土岐頼遠は身をかわす事無く正面から受けている。
馳せ違う。師行に背を向けるようにして駆ける土岐頼遠がほとんど落馬しかけていた。いや、落馬する。
両側から配下に抱えられ、土岐頼遠は戦場を離脱しようとする。討ち取れたのかどうかは分からないが、師行も勇人もそれを追おうとはしなかった。それよりも残った敵の騎馬隊を追い立て始める。
土岐頼遠が離脱した事で、周囲の他の騎馬隊も崩れ始めた。元々、土岐頼遠がいたから師行と勇人を相手に戦っていられたのだ。
小夜を追って来ていた桃井直常の動きにも揺らぎが見えた。
二つに分けた騎馬隊の内、半分でその桃井直常の騎馬隊に突っ込んだ。
桃井直常は大きく崩れながらも味方の騎馬隊がいる方向へとどうにか逃れようとする。
だが、合流しようとした味方に残り半分の小夜の騎馬隊が先手を打って突っ込んだ事で、却って崩れる味方が入り乱れ、それで桃井直常の騎馬隊の潰走も決定的になった。
これで外で駆け回っていた足利方の騎馬隊はあらかた壊滅である。敵の前衛も半ば崩れ掛けている。後は敵の後衛だった。
師行と勇人が、敗走する敵の騎馬隊を追い立てながらこちらへと駆けて来る。
小夜は馬上で一度笑みを浮かべた。師行も勇人も、自分と同じ事を考えている。
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