9-13 建速勇人(5)
前衛だけで十五万に達する敵の圧力は相当な物だった。
その内五万を、行朝は三万の兵で正面から受け止めているように見える。小夜と宗広はそれぞれ左翼と右翼で三万と四万ほどの兵を率いて側面から攻撃を掛けているが、敵はそれにも五万ずつを当てて来ている。
師行は南部勢六千の内、旗本の二百五十騎を含めた約半分を動かしている。残りの三千は弟の政長に任せていた。
勇人は旗本の残りの二百五十騎を率い、牽制のために左翼の戦場を駆けながらも戦局を見極めようとしていた。
師行の今の位置は、把握していない。師行は動き出すと同時に、左翼の敵の騎馬隊を止めろ、そして土岐と桃井の騎馬隊に注意しろとだけ言い残して、自分は敵の後衛へと駆けて行った。
政長の三千にも何か指示が与えられているのか、敵の後衛に向けて堅く陣を組んでいるだけで動いていなかった。
今の所、戦局は膠着している。
敵を鶴翼で包み込む態勢を保ったまま、どこまで下がって敵の前衛だけを引き剥がせるか。まずはそれだった。
小夜は主力の指揮を和政に任せ、自ら二千ほどの騎馬隊で駆けまわっていた。こちらは牽制と言うよりも、味方を迂回したり、突破しようとしたりする敵の主力とまともにぶつかり合っている。
宗広の方は徒の数が多い分、守りにはまだ余裕がありそうだった。敵も中央の突破を優先しているのか、そちらには大きな力を向けていないようだ。
ここは小夜の援護だろうと思い、勇人は騎馬隊が駆ける方向を変えた。
師行の旗本達は、勇人の出自など全く気にした様子は無かった。ただ師行が認めた勇人の実力が本物かどうか、常に戦場で測られている。
今の所、自分はどうにか合格しているようではあった。自分の命令に対し、異論がある様子も見せず二百五十騎は即座に従う。
敵は倍以上の数である。騎馬の数も全体では敵の方がずっと多い。いくら小夜とは言え味方の主力を援護しながらでは、駆け回る敵の騎馬隊に隙を突かれかねない。
左翼の味方を迂回しようとしている五千ほどの敵の集団にぶつかり、突き抜けた小夜の後方に一千程の騎馬が迫っていた。陸奥守自らが騎馬で駆けている事に気付いたのだろう。
小夜は自分の後方の敵を全く気に留めていないように見える。勇人は苦笑した。
更に後ろに自分がいる事が分かっていて、敢えて敵を無視している動きだった。小夜を追う敵は正面に夢中になっており、背後に全く警戒していない。
最初から自分が来る事を予想していて、敢えて敵の騎馬隊を引き付けているのだろう。
駆けながら騎馬隊を小さく楔型にまとめ、その一千の背後を衝く。勇人が敵にぶつかったのと、追われていた小夜の騎馬隊が反転を始めたのは同時だった。
勇人が一度貫いた敵の一千に、間を置かず反転した小夜の二千がぶつかる。勇人も別の方向からそこに駆け込んだ。
ぶつかり合いが終わり双方が離れた時には、もう敵は馬上に五百も残っていなかった。
敵の騎馬隊は数が多いだけで、全体としての明確な意図を持って動いている様子はなかった。ただ目の前に見える分かりやすい隙に食い付いてくるだけだ。故に、あしらう事も難しくはない。
気になるのは、敵の後衛にいる土岐頼遠と桃井直常の一千ずつの騎馬隊である。まだ動く気配はない。
師行は無駄な事はほとんど語らない。その師行が敢えて口に出したと言う事は、それだけ重要だと言う事だ。
小夜の騎馬隊と交差した。交差した瞬間、二人で目を合わせ、それから土岐頼遠と桃井直常の騎馬隊の方を見る。
小夜の目もそちらを見ていた。やはり、いつ動き出すのか気にしている。
今はまだ、このまま。目だけでそう伝え、小夜の騎馬隊から離れた。
師行の動きは、まだ見えていない。敵にも味方にも把握されないように動いているのだろう。
行朝は数で勝る敵の攻撃を正面から受けている。前列の兵士に押し合わせながら、後列から弓を敵陣の後列へと降らせていた。
敵も盾で防ぐので実際に倒れる兵はわずかだが、しかし敵陣全体に乱れが生じている。
行朝は上手く戦っていた。ただ、いずれ限界は来るだろう。
和政も宗広も向き合っている敵の数が多いので、押し合う以上の事は出来ていない。
まだもう少し掛かる、と感じたので勇人は一旦馬の脚を緩めた。行朝はぎりぎりまで粘るだろう。
数の差が出ているのか、じりじりと行朝は下がり始めていた。余裕のある下がり方ではない。だがまだ完全に崩れてもいない。
相手は大軍である。一度崩れ始めたらもう押し潰されて分断されるしかないし、そうなったら敵は一気に突き進んでくるだろう。
しかし一気に進んでくると言う事は、後衛と引き離して分断する機が生まれると言う事でもあった。
その機を、小夜が見逃す事は無いだろう。問題はその先だ。
敵の騎馬隊をいくつか軽く突き崩しながら、敵と味方の動きを注視した。
小夜の騎馬隊が突然駆ける方向を変えた。行朝の背後に回ろうとしている。
小夜が何をしようとしているか、その意図はすぐにつかめた。咄嗟に自分も同じ方向に駆けようとし、違う、と思い止まる。
別の方向、敵の後衛へと駆ける。
小夜が伊達の軍勢に背後から駆け込んでいるのが見えた。一見、味方を攻撃しているかのようだが、行朝はそれを予期していたかのようで、騎馬隊は上手く味方の間を通り抜けている。
利根川で、師行と勇人もやった事だ。
伊達勢を崩し始めた小笠原勢が、全軍で前に出ると同時に、騎馬隊を一塊にしてぶつけようとしている。
一気に騎馬でこちらの中央を断ち割って勝負を付けようと言う構えだった。
その小笠原勢の騎馬隊に、伊達勢の中から飛び出してきた小夜の騎馬隊二千が勢いよくぶつかった。
完全に不意を衝かれた敵の騎馬隊は逆に二つに断ち割られる。
突然に味方の騎馬隊を断ち割って目の前に現れた小夜の騎馬隊に、敵の後続はほとんど反応できなかったようで、そのまま同じように半ばまで引き裂かれた。
まるで大型の動物の腹に刃物を入れて捌くかのように。小夜は小笠原勢を突き崩すと、そのままその中で駆け回っている。
勢いを付けて一斉に前に進み始める態勢だった軍勢は、内側に入り込まれて横や後ろから攻撃されると脆かった。
同時に行朝が、小夜が引き裂いた部分を確保するように攻め込み、押し込み始めたので、小笠原勢は崩れ始めた。
ただ、まだ両翼がしっかりまとまっているので、完全には崩れ切っていない。今まで押し続けていた両翼が下がり始め、それによって出来た余裕で、小笠原勢の混乱を受け止めようとしている。
そこで敵の両翼に別の動揺が走った。楠木正家。今まで伏せていた兵が姿を現し、敵の退路を塞ぐように後方を攻めている。北条勢もそこに加わっているようだ。
内側から下がろうとしている小笠原勢と、楠木勢に対処するために一旦後退を止めた両翼とが押し合う事になり、敵は全体が混乱し始めた。
前衛と完全に分断される事を警戒したのか、敵の後衛に動きが見え始める。楠木勢を排除する支援のために、軍勢を出そうと言う動きだった。
小夜の騎馬隊も小笠原勢から抜け出し、敵の後方に回ろうとしている。
そこに向けて駆けている騎馬隊が、二つあった。
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