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9-8 北畠小夜(2)

 すでに南部勢は川を渡り切り、対岸で高師冬の軍勢とぶつかり始めている。

 十万対六千だったが、敵が浮足立っているのは見て取れた。やはりぶつかり合いは翌朝から、と見ていたのか、川沿いに布陣して防備を整える暇もなかったようだ。

 逆に南部勢は後詰として本隊が来る事が分かっているので、数の差に怯む様子は全く無かった。

 師行は南部勢の内、主力を横に薄く広げ、十万の軍勢にすぐに押し包まれる事が無いように配置して向き合わせている。そして残りの騎馬を率いて、敵の周囲を駆け回り、攪乱していた。

 特に二百五十ずつ二つに分かれた旗本が、相変わらずの縦横無尽の動きを見せて敵を引きずり回しているのが見て取れる。

 ここからでは一人一人の様子までは分からないが、師行と勇人がそれぞれ先頭に立って戦っているだろう事は察しが付いた。


「師行が敵の機先を制している。我らも一気に渡渉するぞ」


 太刀を抜き、小夜は馬を掛けさせた。

 小夜の第一段に付いて来れたのは四万ほどである。その先頭に立つつもりだったが、和政が先に駆け出していた。

 渡渉する。南部勢の徒が道を開けるように左右に開いた。それだけでなく、薄く広がっていた陣形の半分がいくつかの楔型になる。残りの半分は迅速に陣形を整え直し、左右に迂回するように敵から離れて行った。

 楔になった南部勢と共に敵へと突っ込む。ぶつかった。和政が小夜を守るようにして斬り込んで行き、旗本がそれに続く。

 全体として算を乱しているとは言え、敵は決して弱兵ではなかった。十万の軍勢の重みは相当である。さらに高師冬自身が前に出て来ているようで、小夜が直接ぶつかり合うそこは特に強固だ。

 しかし、ここで崩せなければ後は正面からの力押しになるだろう。勝てても味方の犠牲が大きくなる。それは、避けたい。

 小夜がそう思い、攻め方を変えるために麾下の騎馬隊を二つに分ける指示を出そうとした時、小夜の旗本を追い抜くように二百五十騎が新たに敵に突っ込んで行った。

 勇人だった。

 敵陣を崩すと言うよりも、ほとんど切り裂くような勢いだった。勇人自身が先頭で十騎ほどを瞬く間に斬り倒している。

 何か、人ではないものが戦場に舞い降りた。そんな気すらした。戦場でそんな感覚を覚えたのは、師行の槍を見て以来だ。

 そして小夜が騎馬隊の半分で突こうした部分を、的確にそれよりも早く突いている。

 自分が面の奥で笑みを浮かべているのが小夜には分かった。勇人は間違いなく、実戦をこなすたびに指揮官としても成長し続けている。その伸び方は、今まで小夜が見た事が無い物だ。

 師行の域に達するのも、本当にそう遠くは無いのかもしれない。

 そのまま勇人はこちらを一顧だにさえせず、瞬く間に敵陣深くへと進んで行く。

 自分を助けるための動きではなく、ただ戦に勝つためだけにここへと突っ込んで来た、と言うのが小夜にははっきり分かった。

 同じ事、ではある。

 勇人が切り裂いた敵陣に、さらに攻め込んでいく。それでどうにかまとまりを保っていた高師冬の軍勢も崩れ始める。

 自ら前に出ようとした高師冬が、周囲の家臣に押し留められているのが見えた。

 そして敵全体に衝撃が走った。師行がこちらも二百五十騎を率い、一度離脱した残りの南部勢と一塊になって、敵の後背を突いている。

 元々算を乱していた敵は、それで驚くほど呆気なく二つに断ち割られた。中央で師行と合流し、そこで互いに攻める方向を変え、一度断ち割った敵を今度は内から外に押すようにして攻めて行く。

 敵は無理に押し返そうとはしなかった。二つに分かれたまま後ろに下がり、態勢を整え直そうとしてくる。

 悪い判断ではなかった。だが、そこで追い付いて来た行朝と正家の第二段が、二つに分かれた敵の内、師行が攻めている側の側面を衝くようにしてぶつかった。

 宗広が到着した時には、もう敵は完全に崩れ、敗走していた。


「無理な追い討ちは掛けるな。それよりも隊伍を整えよ」


 敵は総勢五十万である。追い討ちで多少減らした所で大した意味がある数ではなかった。それより少しでも味方の疲弊を避けたい。

 数を減らすよりも、負けの感覚が染み付いた敵兵を残す方が意味がある事もある。


「お見事でございました」


 和政が馬を寄せて来た。


「弱い相手ではなかった。ただ、最後まで腰を定め切れていなかったな」


 高師冬自身は中々の物ではある。ただ、機先を制された後、そこから師冬以外は迅速に立ち直る事が出来ていなかった。

 それは師冬の力量と言うよりも、同格に近い大将が集まった敵の軍勢の性質による物だ。


「まだ後方に上杉憲顕がおりますが、次はどうしますか?」


「軍を返して打ち破るのは容易いが、破った所で上杉憲顕を討ち取らぬ限りはまた後方で兵を集めて追って来よう。ここはもう少し前に進み、上杉憲顕が足近川を渡ってからこちらが回り込む事を目指したいと思う」


 今更上杉憲顕の首を求めて軍勢を転進させ、追い回す訳にもいかなった。

 そう考えれば、やはり上杉憲顕を討てなかった事はずっと尾を引いている。しかし今それを気に病んでも仕方がなかった。


「それと、どこかで折りを見て六の宮を伊勢へお届けしたいと思う。宗広達には、その事を伝えておいてくれ」


「宮様を、ですか?しかしそれは」


「分かって、和政。これ以上真相を話さず戦に六の宮を帝との戦いに利用し続ければ、私も帝や五辻宮と同じになる。伊勢のお父さんに預ければ、当分は安全に六の宮を守ってくれるとも思う」


 小夜は素の言葉使いでそう言った。

 全ての真相を話し、自分の理想に同調して父である帝との戦いを共に戦ってもらうには、六の宮はまだ幼過ぎた。

 この先は、小夜一人が陸奥守北畠顕家として戦の旗頭になるしかない。

 和政はそれ以上何も言わず、頷いた。分かってくれたのか、諦めたのか分からない。

 師行と勇人の騎馬は一つにまとまり、すでに整然と隊列を組んでいた。軍勢の規律と統制は、奥州軍の中でもやはり随一である。そして師行の合図一つで、全員が一斉に馬を降りた。

 戦場での動きを見ているとほとんど無敵の存在に思えるが、実際にはどんな馬でも全力で駆けられる時間はそう長くはない。少しでも馬を休ませたいのだろう。

 馬だけでなく、ここまでの行軍と戦いで全軍が疲弊している。大きな戦を重ねながらの陸奥からの行軍は、前回の征西での強行軍以上に軍を消耗させていた。


「上杉憲顕には今単独でこちらの後背を付いてくる力はあるまい。少しでも軍勢を休ませるぞ」


「顕家様も、お休みを。雑務はそれがしが片付けます故」


 和政の言葉に首を横に振り掛け、小夜は思い止まった。本当に困難な戦いは、この先に来る。

 敵が京を抑えるために十万の軍勢を残すとしても、次は間違いなく二十万を超える軍勢とぶつかる事になるだろう。


「助かる、和政」


 そう頷き、それからまた小夜は南部勢の方に目をやった。

 いつの間にか、戦場では勇人を探す癖が付いてしまっていた。

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