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9-7 北畠小夜

 美濃に十万の軍勢が出て来た、と言う知らせが入ったのは、こちらが尾張の黒田宿を越え、美濃に入ったのとほぼ同時だった。

 足近(あぢか)川まで進んで来て、こちらを防ぐ構えらしい。

 一月の二十二日、である。

 鎌倉を出て以来、初めての大きな敵だった。


「敵の大将は高師冬。他に有力な所として吉川(きっかわ)経時(つねとき)経久(つねひさ)が合流してくるようです」


 和政がさらに詳しく敵の布陣などを小夜に報告してきた。


「数は互角。だが相手にとってはこの十万は瀬踏みのための兵力に過ぎないであろうな」


 和政が伝えてくる報告を元に、小夜は地図に敵と味方の配置を記していく。


「背後の様子は?」


「上杉憲顕が相模、桃井直常は箱根、高重茂は安房でそれぞれ軍勢を集め直して遠江で集結したようです。今の所三万ほどですが、恐らくこちらを追撃してくる内に倍にはなるでしょう」


 背後の物見を任せている行朝が答えた。


「背後に六万、正面に十万、そしてその後方にはさらに二十万、か」


 京周辺の情勢はおおよそが影太郎を通して伊勢の親房から入って来ている。

 親房は伊勢にいる間に表の兵力を集める以上に畿内における裏側の力を蓄え、整えているようだ。

 その気になれば三千程度の軍勢は出せるだろうし、上洛の綸旨は届いているだろうが、今の所親房は動こうとはしていない。

 奥州軍に加わるよりも、いざと言う時に退ける場所を確保しておく事の方が重要だと判断したのだろう。

 小夜も出陣の要請は出していなかった。


「京の敵も我らが辿り着く内にもう十万ほどは増えましょうなあ」


 宗広が何でもない事のように言った。

 師行は南部勢六千を率いて先行しており、勇人もそこにいる。


「やはり敵はまず五十万と見るべきだろうな」


 以前の征西の時の足利軍は多く見ても二十万程だった。それを思えばこの二年で尊氏は圧倒的な勢力を得ている。

 こちらの軍勢に集まって来る者は、鎌倉を落とし十万を超えた辺りからさほど伸びてはいなかった。やはり武士である新田義興と北条時行の軍勢を振り切るようにして進んで来た事が響いているのだろう。

 想定の内ではある。

 五十万を相手に十万で負けないように戦う、と言うのなら難しい事ではない。

 どこかを拠点として守り、向かって来る五十万を全て打ち破る、と言うのも自分とこの奥州軍なら出来ない事は無いだろう。

 しかしこれから五十万を相手にこちらから攻め、京まで進まなくてはならないのだ。

 それが可能かどうか、と言う所からは考えなかった。どのみち、この戦は表に見えている情勢からだけでは何も測れない。

 無論、表の戦に意味が無い訳ではない。仮に自分がこの五十万の軍勢全てを独力で打ち破り、京を回復した上で関白か太政大臣の地位で政を始める事を望めば、もう後醍醐帝もそれを妨げる事は出来ないはずだ。

 奥州軍が京にまで乗り込み、足利と一大決戦を行う所まで後醍醐帝は望んでいる。しかしその結果が小夜の一人勝ちで終わる事は避けたいだろう。

 どこかでこの戦を自分の物にするために、後醍醐帝は五辻宮を使って大きく動いてくる。同時にそうしなければ奥州軍だけでは勝てはしない、とも思っている。

 だからまずは奥州軍がどれだけ後醍醐帝と五辻宮の予想を覆せるほど勝てるかだった。

 奥州軍が独力で止まる事無く進めば進むほど、後醍醐帝と五辻宮には焦りが出てくるだろう。そこに五辻宮自身を戦場に引き出す機がある。

 まずは目の前の十万、だった。


「先鋒はこのまま南部師行。駆けに駆けよ、との伝令を出せ。それだけで良い」


 彼我の距離を確かめた後、ほとんど悩む事無く小夜はそう命じ、まず伝令を走らせた。


「本隊の動きは?」


 宗広が訊ねて来た。


「私と和政が先頭に立って師行に続く。次は行朝と正家。宗広は最後尾で遅れる者を拾いながら進んで来てくれ。敵が足近川沿いに布陣する前にこちらが川を渡る」


 通常の行軍であれば、二日後の夕刻に到達するだろう。そこで互いに川沿いに布陣して翌朝二十五日から合戦、と相手は考えているはずだ。

 そこで相手の予想を外して二十四日での合戦に持ち込めばそれで勝てる、と小夜は踏んでいた。


「相変わらず思い切った指揮をなさいますな」


「囮もそう何度もは通じぬであろうし、また川を挟んで向き合う形になれば時間が掛かる。この先を考えればこの程度の敵にかかずらって兵と勢いを失う訳には行くまい。背後から来る上杉憲顕を今は退きなしておきたくもある」


「今の奥州軍であれば、それほどの無理にもならず敵より先に足近川へと達せると思います」


 宗広も小夜と同じ見立てのようで、そう言うと頷いた。

 伝令が辿り着くと南部勢は行軍の速度を一気に上げ、たちまちに見えなくなった。

 師行の旗本である五百騎が別格なのは言うまでもないが、それを除いても南部勢は全体として精強で騎馬が多く、行軍は速い。


「良し、我らも行くぞ」


 軍配を振るい、全軍に早駆けの命令を出した。小夜の麾下が先頭に立ち、南部勢を追うようにして進んで行く。

 足近川に小夜が率いる主力が到達したのは二十四日、かなり日が傾き掛けてからになってからだった。

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