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昔々……  作者: 水川湖海
14/35

14.転章の1

「この度、私、竹取輝夜は、下界への流刑を満了し、天帝様に御赦しを頂くことが出来ました」


 体育館に輝夜の声が響く。輝夜はステージの上で、屈強な男たちが支える神輿の中に、祀り上げられていた。神輿には神殿がのっており、その中に輝夜が座しているのだ。しかし神殿の入り口には御簾が下げられており、こちら側からは彼女のシルエットしか、見ることが出来なかった。


 それで良かったのかもしれない。


 体育館には、緊急の全校集会で集められた生徒たちがいた。彼らは神輿と向き合わされ、輝夜に彼の者が来たことを知らされている。だが誰一人として話を聴く者はいなかった。皆が不貞腐れたように眼を反らし、現実から逃げるように輝夜の言葉を聞き流している。それが出来ない弱い者は、次は我が身と表情を暗くしている。輝夜の境遇を悼む姿は見当たらなかった。


 一人を除いて。


 集会の列に並ぶ文人は、心配そうに御簾の向こうを窺っている。しかし文人に見えるのはシルエットだけで、その影は微動だにせず、淡々と言葉だけを吐いていた。泣いているのか、笑っているのかは知ることは出来ない。その無力さに文人は歯噛みした。


「あれが彼の者か……?」


 文人は隣の照に囁く。照はマフラーに顎を埋めるようにして頷いた。


「そうだ。神代の。住人。神道界の。住人」


「幾つも神界ってあるのか?」


「宗教の。数だけ。キリスト神界。ケルトの妖精界。中国神話の仙界。インドの仏界。たくさん。ある」


 照はそこで言葉を切ると、釘を刺すように文人を視線で射た。


「変な。気を。起こすな。俺ら。奇跡。起こせる。でも。その大元。奴ら。絶対。勝てない。皆の。迷惑」


 照はそれだけを言うと、正面に向き直る。しかし他の生徒と同じように、焦点をぼかして輝夜を見ず、話を聴き流すように表情を呆けさせた。文人は顔に苦い物を浮かべながら、輝夜の話に耳を傾けた。


 話の内容は当たり障りのない別れの挨拶だった。この世に堕とされた経緯、そして拾ってくれた両親への感謝、育ててくれた英雄機関への謝辞、最後に学友たちへの別れの言葉だ。


 輝夜のシルエットは、締めくくりに頭を下げた。


「――私は半月後の日暮れとともに、然るべき場所へと帰ります。皆さま、本当にお世話になりました」


 輝夜の挨拶が終わると、ステージ脇に控えていた教職員の中から、盛男が進み出る。そして集会の終了を素早く告げた。これ以上晒し者にしたくないのだろう。生徒たちはいっせいに輝夜に背中を見せる。そして誰も振り返ることなく、体育館から出る人の流れを創り上げた。


 文人もその流れに混じる。そして急ぎ照を捕まえた。


「これから輝夜はどうなるんだ?」


「は? どうなる。って。決まって。いる。終わり。だよ」


 照はまるで明日の天気予報を話すように、あっさりと言った。文人は悲痛な表情を浮かべて首を振る。認めたくなかった。輝夜が最後だという事も、照がそんな薄情な態度を取った事も。


 照は慰めるように文人の肩を叩いた。そして腕を引いて、人の流れに文人を合流させようとする。


「気持ち。分かる。だけど。そんな事。輝夜も。望んで。いない。迷惑。だよ。飯。食うぞ」


 文人は照に引かれるがまま、一歩を踏み出す。すると文人の全てから、輝夜が抜け落ちていくような不思議な感覚が襲った。輝夜との記憶が新しいものから順に、文人の思い出から消えていく。昨日の登山、教室で顔を合わせた数日、そして初めての出会い。詩舞姫の声がフラッシュバックする。


『輝夜、大丈夫! こいつ彼の者じゃないから! 迎えじゃないから!』


 輝夜は恐れていた。


 文人は二歩目を踏みとどまった。そして照の腕を振り払い、逆に彼の胸倉を掴み上げる。文人は照に鼻先が触れそうな程顔を近づけると、少しだけ怒りを滲ませた。


「お前は何も分かっていない。それに……まだ終わりじゃない」


 文人には、照の慰めも気使いも、全てが嘘っぱちに思えた。その時その時を心地よく過ごす為だけの、誤魔化しとしか受け取れなかった。そして文人は、こんな事があってはいけないと思った。


 文人は人の流れに逆らい、真っ直ぐステージに向かって歩いていく。


「おい。馬鹿。何してる。よせ!」


 照の叫び声が聞こえたが、文人は無視する。そしてステージの前に立ち、その上に乗る神輿を、決意に燃える眼差しで見上げた。


 ステージでは、笏を持つ男が、盛男と何かを話し合っている。しかし文人の存在に気付くと、二人は会話を止めて、文人の方を向いた。笏の男は事務的な姿勢で、文人に相対している。盛男は最初、驚きに口を開けていたが、すぐに応援するように笑みを浮かべて見せた。


「童。何用じゃ?」


 笏の男が文人に尋ねる。文人は早速詰まってしまった。出てきたはいが、どうしたらいいかは分からない。


「ちょっと待った」


「よかろ。しばし待とう」


 文人の言葉に、笏の男は優雅に笏を構える。神輿の中では、御簾に映るシルエットが、動揺するかのように揺れていた。盛男は文人に助け舟を出す為か、体育館観客席に向かって叫んだ。


「鯖戸くーん! エアフォースワーン!」


 観客席では、国連提出用の記録を、鯖戸が取っていた。彼女は記録用紙に何かを書きこむと、それで紙飛行機を折った。そして文人に向かって投げ飛ばす。紙飛行機は文人の足元に、綺麗に滑り降りた。


「あれれ~! 偶然飛んできた紙飛行機になんか書いてあるぞ~! これはたまげたなァ~!」


 盛男がわざとらしい声を上げる。ひとまず文人は、紙の折れ目から僅かに見える『プロテ』の三文字で、紙飛行機を拾う気が失せた。しかし続々と紙飛行機は飛んでくる。そして紙飛行機に混じって石も飛んでくる。文人が振り返ってみると、鯖戸に並んでファウストが石を投げつけていた。とても美しい笑顔だった。


 すぐに司馬懿が体育館一階から、観客席へ駆け上がる。そしてファウストにボディーブローをお見舞いした。驚いたことに、ファウストはその一撃を避けられず、崩れ落ちて悶絶した。司馬懿はファウストを、同僚のケンタウロスの背中に乗せて、体育館から運び出した。


(さて、待ったをかけたところでどうすりゃいいんだ? 話し合いも、力づくも無理だし、何か裏の逃げ道みたいなものはないのか? そういや神代の住人も、一応契約だし、それに自らをも縛る法則だから、昔話に従っているんだよな。そもそも輝夜姫ってどういう話だっけ――)


 文人は閃きと共に顔を上げた。


「輝夜。俺が求婚する」


 神輿のシルエットが立ち上がり、御簾を押し退けようとする。


「ふみ――」


 神輿を挟んでいた護衛が素早く動く。彼らは観音開きの神輿の戸を、素早く締めた。輝夜の声と動きはそれだけで封じられ、辺りには沈黙が満ちた。


 笏の男は、手に持つ笏を軽く揺らす。そして神輿に釘付けになっていた文人の注意を引いた。


「我等より盗みし言霊が見ゆるぞ。お主、語部の一族か……」


「やかましい。あった事も無い大叔父に押し付けられたんだ。それにこの契約はお前らが押し付けたんだろーが。一応聞くけど、契約は破棄出来ないよな」


 笏の男は笏に唇を当てる。そしてしぃーっと息を吐いて、声を潜めるよう文人に促した。


「これ。言葉には気を付けい。お主はただの英雄ではないのだからな」


 文人は笏の男に注意されて、背後を見た。ステージとは反対側の壁に、詩舞姫、照、響子、そしてごんが集まっている。彼らは輝夜の時とは違い、文人と笏の男のやり取りを、注意深く見守っていた。文人は頭を掻くと、少し声量を下げて「どうも」と礼を言った。


「よい。それにその言霊は、大事に持っておくがよい。天帝様と人間の交流の証じゃ。我はそれよりも、大江山や桃太郎の言霊を、返して欲しいがの」


「じゃあ持ってけよ」


 文人は諸手を広げて、身体を捧げて見せる。笏の男はクスリと笑った。


「あな悲し。童に聴かす昔噺と言えど、そう単純ではないのじゃ。誰が、誰と、如何なる手法、いかなる理由で、それを結んだのかが重要でな、その絡まった糸を解きほぐさなければ、契約を御破算には出来んのじゃ。それはさておいて、契約に移ろうか。其方の申す通り、輝夜との婚礼は『契約の範囲内』じゃ」


 笏の男は場をとりなすためにか、軽く咳を払った。そして役に入ったのか背筋を正し、真っ直ぐな眼で、ひたと文人を見据えた。


仮令(たとい)世の畏れ多い方であっても、深い志を知らぬままに、輝夜を預ける事は出ませぬ。なに……ほんのちょっとしたことです。私の言うものを持ってこられたのなら、輝夜を仕わすことも考えましょうぞ」


 その先何と言われるか、文人には分かっていた。


「蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の珠、燕の子安貝、仏の御石の鉢。このいずれかをお持ちになって下さい。さすればあなたの願いを聞き入れましょう」


「分かった」


 文人は踵を返すと、詩舞姫たちの待つ場所へ歩いていった。詩舞姫たちも、文人が話し終えたのを見計らって、文人に駆け寄っていく。文人たちは体育館の中央で集合した。


「何考えてんのよ! 関わっちゃダメよ!」


 詩舞姫は近づくなり、文人の制服を掴んで、這う自分の眼の高さまで引き下ろした。詩舞姫は心底文人を心配していた。だから文人が責めるような眼つきで詩舞姫を見た時、彼女は狼狽えた。


「友達じゃないのか……?」


 すぐに文人の荒い口調が、追い打ちをかけて来る。詩舞姫は心の内にあった醜い自分に、何も言えずに俯いてしまった。代わりに照が輝夜を助けるように、二人の間に割って入った。


「だが。輝夜は。もう。終わった。これからは。英雄だ。それに。お前も。友達じゃ。ないだろ。もう。構うな。俺たち。には。俺たちの。結末。ある。辛い。だけだ」


 剣呑な雰囲気に、ごんが遠巻きにおろおろしている。彼女は文人が輝夜と何を話したか、聞きたくて来たのだろう。しかし場に混ざることが出来ず、涙目になる幼児の姿は、雰囲気をさらに悪化させる。それまで静観していた響子が、ごんを後ろから抱え上げた。そして小走りにステージの神輿へと向かっていき、笏の男と何やら話し始めた。


 文人は少し落ち着きを取り戻す。そして幾分か穏やかな声で続けた。


「俺は自分の運命を呪って結末を迎えるより、少なくとも自分に正直な最期を迎えたい。こんなのは間違っている。絶対後から後悔する」


「輝夜。望んだ。のか?」


 照は文人を問い詰める。照はそれで、文人の英雄気取りを打ち崩せると思ったのだろう。だがそれは逆効果だった。


「少なくとも彼の者は怖がっていた。俺はこのままには出来ない。そんなのは……いやだ。だから後悔しないようにやるさ」


 文人はこれ以上の問答は無駄だと、照から顔を離すと、独り体育館の外へ足を向けた。


 文人は照たちから少し離れたところで、一度立ち止まった。


「もう構わないよ。迷惑はかけない。今までありがとうな」


 振り返らず言うと、彼は体育館を後にした。

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