第9話 脅威との遭遇
いつもより少しだけ長いです。
今日は試験当日。昨日は早めに寝たので体調は万全だ。
ベットには、当然のようにハクが寝ていた。その無防備な寝顔は愛らしいが、野生をすっかり忘れてしまっているようで不安だ。とても最強の狼には見えない。
午後から試験なのでその前に軽く体を動かし、早めに昼食を取るつもりだ。
予定時刻より早いが集合場所へと向かう。
そこには、昨日のような黒い制服ではなく、冒険者用の格好をしたエルナさんがいた。腰には剣が下げられている。
「早いわね、いい心がけよ」
「冒険者になれると思うとじっとしていられなくて……」
やっと夢のスタートラインに立てるのだ。
「ふふっ、自信ありって感じね」
「はい! ハクも強いですし」
「私も問題なく合格できると思うけど、何が起こるか分からないから、油断は禁物よ」
「わかりました」
「それじゃ、行きましょうか」
「よろしくお願いします」
俺たちは門をくぐり外へと向かった。
◆◆◆
会話をしながら歩く。
「冒険者の試験って全部エルナさんが担当してるんですか?」
「そうよ、ギルドマスターにお願いして、担当にしてもらったの」
それじゃ、ティアナのことも知ってるのだろうか?
「それなら、勇者のパーティーも見たんですか?」
「あら、勇者のパーティーのこと知ってるの?」
「はい、小耳に挟んだので……」
「確かに、今うちのギルドでもっとも勢いのあるパーティーだし、それに数百年ぶりの《勇者》だものね」
《勇者》……圧倒的な才能を持っている、俺とは正反対の存在。
かつて人間を恐怖に陥れた魔王でさえ、倒してしまうほどの力を持っているのが《勇者》なのだ。
それでも俺は乗り越えていかなくてはいけない。とても大きな壁だ。
「どんな感じだったか教えてくれませんか?」
「いいわよ。そうね……全員レベルが高く、バランスの取れたパーティーだったわ。その中でも《勇者》と《賢者》の子は別格ね」
「そんなにすごかったんですか?」
「今でもあの二人を見たときの衝撃ははっきり覚えているわ。私では絶対に届かない領域に彼は、足を踏み入れているわ。彼らを見たときに思ったの……きっと冒険者の頂点、SSSランクに到達する人達って、彼らのような人達なんだろうって」
拳に力が入る
ティアナはそんなすごいパーティーに入っているのか。それにティアナ自身も……
この一年でどれだけ差がひらいてしまったのだろうか……
だが、ティアナにも《勇者》にも負けるつもりはない。
SSSランクになるのは俺だ!
「彼らは今、依頼で少し遠くまで行っているのだけれど、その依頼が達成出来ればBランクに上がるんじゃないかって言われてるわ」
「Bランク……」
Bランクと言えば、高ランクと言われるランク帯の一歩手前だ。
俺はまだ冒険者にすらなっていないのに……
「一年も経たずにBランクに上がるなんて、驚異的なスピードだわ」
「俺も負けていられません」
エルナさんは驚いたような表情をした。
「ふふ、その意気よ。そのためにもまずは、目の前の試験に集中してね」
「はい」
そう言って歩みを進めた。
◆◆◆
今回の試験ではスライム5体、ゴブリン3体の討伐が合格ラインだ。
「スライムよ! 少し多いわね」
視線の先には10体のスライムが飛び跳ねていた。
スライムは核を壊せば簡単に倒せるが、不規則に動き回るので攻撃が当てづらい。ただ、攻撃されてもダメージはないので訓練や試験には、ちょうどいい魔物だ。
「ハク、倒せ!」
「わふ!」
スライムに向かって駆け出す。
そのまま腕を振り下ろすと、それだけでスライムはハクの爪に切り裂かれて簡単に死ぬ。核が壊されて、形を保てなくなり崩れる。
数回ハクが腕を振り下ろせば、スライムは全て片付いた。
「わふ!」
褒めて、と言わんばかりに駆け寄ってくる。
「よしよし! 偉いぞ!」
正直いくらスライムがいくら集まったとしても、エンシェントウルフの敵ではない。
「ハクちゃんの力なら当然よね」
エルナさんは倒したスライムに近づき、スライムを回収する。
スライムの体はさまざまな薬に使われるらしいので、集めれば買い取ってもらえるのだ。
「それじゃあ、次に行きましょうか」
次の標的はゴブリンだ。
◆◆◆
しばらく歩いていたがなかなかゴブリンが見つからない。
「おかしいわね……いつもならすぐ見つかるはずなんだけど」
ゴブリンは割と、どこでもいるから見つからない方が珍しい。
「仕方ないわ。少し森の奥の方に行きましょう」
森の方へと進んでいく。
森に入るとゴブリンを見つけた。
ただ既に死んでいる。しかも、何かに叩き潰されたような死に方だ。
冒険者の中にはハンマーを武器にしている者もいるらしいから、それだろうか?
「変ね……もう少し見て回りましょうか」
それからも森を見て回ると、同じようなゴブリンの死骸が見つかった。
「申し訳ないけど、試験は一時中断するわ。何か異変が起きている可能性があるわ」
突如空気が変わる。
「ーーっ」
ハクも周囲を警戒している。
何かが近づいてくる気配がする。
「まずいわね」
エルナさんの顔色も悪い。腰の剣を抜いている。
木の影から巨大な影が現れる。
2メートルを優に越える巨体。身体中が筋肉に覆われ、実際の大きさよりも大きく見えた。
「オーガ! な、なんでこんなところに!?」
十体ほどのオーガの群れだった。
エルナさんが焦ったような声を出す。
「ただのオーガじゃない!? オーガロード、上位個体がなんで!?」
オーガロードは他のオーガとは違い、赤色の肌をしている。
まずい状況だということは火を見るより明らかだ。
「まだ群れはそんなに大きくなっていないけど、放置すれば危険だわ。今すぐにギルドに戻って対策を取らないと」
オーガは強い魔物だが、動きはあまり速くない。
つまりハクにとって敵ではない。
ハクも唸り声を上げている。やる気満々のようだ。
「ハク、オーガロードとは後回しだ! 周りのやつを倒せ!」
「ガウッ!」
スライムの時とは比べ物にならないほどのスピードでオーガに襲いかかる。喉元を噛みちぎり、爪で引き裂く。
いきなりの攻撃に反応できず、一瞬のうちに3体のオーガが倒れる。そのまま勢いで、残りのオーガたちにも襲いかかる。
「なんて速さなの……目で追うのがやっとだわ。さすが、最強の狼と言われるだけのことはあるわね」
ハクは1体、また1体とオーガの数を減らす。
オーガロードに命令されたのか、オーガたちの攻撃がハクを襲う。だが、当たらなければ意味がない。ハクはその攻撃を難なく躱すと、喉元に牙を突き立てた。
その勢いは止まることなく、ハクはたった一匹で全てのオーガを倒した。
残るはオーガロードだけだ。
「凄まじい闘いっぷりね。鳥肌がたったわ」
警戒しながらもハクの戦いを見て息をのんでいる。
ハクがオーガロードに飛びかかる。牙を突き立てようとしたが、ハクの攻撃は空を切る。
「躱された!」
その後もハクの攻撃は当たらない。
ただのオーガとは比べ物にならないほどの強さ。さすが上位個体だ。
均衡が崩れる。
先に一撃を喰らわせたのはオーガロードだ。
「ハク!」
ハクは巨大な拳によって吹き飛ばされた。
「リアム君はハクちゃんを助けに行って、そのままギルドに向かって! 私が足止めする」
そう言って剣を構える。体に力が入っている。手足が震えているのがわかる。
「エルナさんを置いていけません!」
「こいつをここで放置したら、もっと被害が大きくなる! アベルス王国にも大きな被害が出るわ。なんとしてでも止めなくちゃいけないの!」
こちらに視線を向け、わずかに微笑む。
「それに、私は副ギルドマスターよ。未来ある新人冒険者を守るのも私の仕事なの」
そのままオーガロードに向かって駆け出す。
「はあぁぁぁぁ!」
俺は急いで吹き飛ばされたハクの方へ向かう。
「大丈夫か?」
体を強く打ち付けたようだが、それ以外は大丈夫そうだ。
「すぐにギルドに戻って助けを呼びにいくぞ。今、エルナさんが足止めをーー」
エルナさんの方を見る。そこには、オーガロードの一撃を受け、吹き飛ぶエルナさんの姿があった。
「エルナさん! ハクは時間を稼げ!」
「ガウ!」
俺は、ほぼ反射的に駆け出す。エルナさんを抱き起こす。口から血が出でおり、さっきの一撃で内臓をやられたようだ。
俺はエルナさんの鞄からポーションを取り出して飲ませる。体が微かにひかり、目を開ける。
「エルナさん! 大丈夫ですか!?」
「なに……やってるの。早くギルドに」
「俺に任せてください」
そう言って俺は立ち上がる。
エルナさんが責めるような声を上げる。
「何考えてるの!? 死にたいの!? 私のことはいいから、早く逃げなさい!」
「ハク! エルナさんを守れ」
俺はエルナさんの方に視線を向ける。
「大丈夫ですから」
「大丈夫なわけないでしょ!? 早く逃げて、お願いよ!」
エルナさんの声が震えている。
俺はオーガロードに一歩近づく。
エルナさんは、震えながらも守るために戦ったのだ。こんなところで逃げてたら、冒険者の頂点に手は届かない。
俺にも意地がある。
深呼吸をする。強張る筋肉を動かし、引きつるような笑みを浮かべる。声を上げ、恐怖を打ち消す。
「かかってこいオーガロード! ぶっ飛ばしてやる!」
俺は咆哮と共に、オーガロードに殴りかかった。
一章もあと少しです!
もう少しお付き合いください。
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