第3話 《調教師》としての挑戦
ティアナが村を出でからも俺のやることは変わらなかった。師匠のもとで訓練し、家の牧場の手伝いをする毎日だ。
だいたい半年ほど経った頃、師匠との訓練は一つの区切りをむかえた。
「俺が教えられるのはここまでだな」
五年以上も子供のわがままに付き合ってくれた師匠には感謝しても仕切れない。
「途中で投げ出すと思ったんだがな……頑張ったな」
「――っ、ありがとうございます」
師匠に褒められたのは何気にこれが初めてかもしれない。
師匠の訓練は本当にキツかった。
はじめは身体能力を向上させるために、走り込みや筋トレをしていた。最初は筋肉痛に苦しみ動けない日が続いた。それでも訓練の量は減るどころか増え続けた。体はボロボロになっていたが、人間の体は不思議なことに続けるうちに慣れてくるのだ。
およそ一年半が過ぎた頃には膨大な量のトレーニングをこなせるようになっていた。
次に行ったのは師匠が投げるボールを躱すという訓練だった。
一見簡単そうだが、問題は師匠の投げるボールが見えないと言うことだ。
師匠の投げたボールは気づいた時には体に命中し俺を吹き飛ばしていた。見えないボールにボコボコにされる日々が一年ほど続いた。
次第に目でボールを追える様になった頃、今度は見えるボールにボコボコにされる日々が始まった。
見えていても体が反応できないのだ。
やっとの思いで飛んでくるボール一つを躱せるようになっても二個目のボールに吹き飛ばされるのだ。
躱せるボールの数が一つ二つと増えていき、満足のいく結果が得られるには、ボールを視認できるようになるよりも多くの時間がかかった。
今思い返しても辛い日々だったが、訓練を終えた今自分の成長と達成感を感じている。
「何かあったらまた来い、茶くらいは出してやる」
そう言って師匠は笑った。
◆◆◆
師匠との訓練が終わったがここで大きな問題がある生じている。
《調教師》になってから未だに一匹もテイムしていないのだ。
「困ったな……」
牧場にいる動物は全て父さんがテイムしている。
ティアナに強い魔物をテイムすれば戦える!って言っておきながら未だにテイムしていないなんて……。
早くなんちゃってテイマーから卒業しなくては。
考えていても良い案は浮かんでこない。
「とりあえず、走り込みにに行くか」
俺は日課の走り込みをするために森へ向かった。
村の付近の山はあまり魔物もでなく、誰にも迷惑を…かけないから安心だ。
しばらく走っていると、ふと鼻につくような匂いがした
「血の匂いだ…」
ここら辺は村人が薬草や山菜をを取りに来ることがある。
もしかしたら村の誰かが怪我をしたのかもしれない。俺は確認するために、血の匂いがする方へ慎重に足を進めた。
血の匂いのする方へと近づくにつれて強い獣臭もしはじめた。
そっと木々をかき分け覗く。
少し開けた場所の大きな岩の近くに巨大な熊が倒れており、大量の血を流していた。その近くには白銀の毛皮を持つ美しい小さな狼がその肉を貪るように食べていた。
出そうになる声を必死に抑える。
「あれは……間違いない。エンシェントウルフだ」
エンシェントウルフは遥か昔から生息している魔物だ。年々数を減らしているため滅多に見ることができない魔物だ。最後に目撃されたのも100年以上も前だったはず。
目の前の光景からも分かるように自分よりもはるかに大きい相手を倒すことができる強力な力を持っている。最強の狼だ。
成長すれば人が乗れるほど大きくなると言われていることから、目の前の狼がはまだまだ子供なのだろう。
子供でも巨大な熊を倒せるほどの力を持っているとは、恐ろしい。
食べることに夢中でこちらには気づいていないようだ。
今のうちにこの場を離れようとして、足元にある枝を踏みつけてしまい音を立ててしまった。
「まずい」
目の前の光景に意識を取られ、注意が散漫になってしまった。
音を立てたことで完全気づかれてしまった。こちらを睨み牙をむき出しにして唸っている。物凄い殺気に足がすくむ。
刹那、こちらに襲いかかってくる。
俺は転がるように躱し、開けた場所に出て距離を取る。体がうまく動かない。浅い呼吸を繰り返す。
初めての実戦、初めて受けた殺気が動きを鈍らせる。
ゆっくりと近づいてくる狼の目は獲物を狙う獣のそれだ。
低い唸り声を上げている。
「ガルルル…」
気を抜いたら殺される。
このまま村へ逃げても被害が出るだけだし、森の奥に行くのも危険だ。
覚悟を決めて戦わなくては。
ポジティブに考えればこれはチャンスだ。俺の考えが正しいか確かめられる!
深呼吸し気持ちを落ち着ける。体から僅かに力が抜け動かしやすくなったことを感じる。
全意識を目の前の獣に集中させる。気合を入れ、声を上げる。
「来い!」