第1章
人は何をもって豊かと言えるのだろうか?
お金をたくさん持っている?
美味しいものを食べる?
興味のある知識をつける?
友達からいいね。と、たくさんの承認を受ける?
中にはこれらを生き甲斐にしてる人もいるだろう。
それは決して悪いことではない。むしろほとんどの人類の生きることを豊かにしてくれる要素だろう。
だけどそれらは苦労して手にいれてこそ喜びや生き甲斐になる。
そんな事をずっと昔に亡くなった爺さんが言っていた……と思う。
?「優真、何してるの?相変わらず海見ながらぼーっとして」
優真の後ろからそんな女性の声が投げ掛けられる。
物心ついたときから優真と一緒にいて、一緒に育ってきた幼なじみの榎並里桜だった。
優「色んな既存の知識の中から、何か最高な組み合わせでアイディアが浮かばないか考えていたんだ」
優真は海から視線を話さず里桜に答える。
夕日が半分沈みかけ、海に反射する。オレンジ色が真っ直ぐに道を作っているかのように見えるこの風景が大好きで、優真は思考を巡らす時、いつもここに来る。
里「何言ってるの?そんなのプログラムに入力したらすぐに答え出てくるでしょ。考えるだけ時間の無駄よ」
呆れたようにそう言って、優真の隣に立つ。
そう。里桜の言うとおりだ。
今の時代要点を入力すれば、様々なデータを分析して新しい事を機械が生み出してくれる。
今はAIがなんでもしてくれる時代だ。しかも人には産まれた時から"マイチップ"とゆうものが埋め込まれ、全ての物やデータと人が繋がっている。
しかし爺さんの時代は違ったらしい。
スマートフォンなるものが主流で、人間が息をするくらい当たり前なものである検索だとか通話だとか、それらがまだ最新で便利だったらしい。
そしてそれらを駆使して新しいことを生み出し、そして今の時代に繋げてくれた。
便利すぎる世の中だからこそ、今では考えられないことだ。
優「仕事柄だよ。それに俺はいまいちAIとか信用できないんだよ。人が考えたことのほうが必ずいいものができると思ってる」
里「また言ってるの?優真は爺ちゃんっ子だったからね……でもだいぶ考え古いよ?」
呆れたように里桜は言う。
優「どうせ俺は頭が固いじじいだよ」
優真は海を見るのをやめ、歩き出した。
里「ちょっと待って!そんなに怒らないでよ…。」
里桜は走って優真に追い付き、並んで歩き出した。
里「別にダメとは言ってないよ?優真の企画するイベントはいつもすごいし、大人気じゃん。企画するイベント全てが機械を上回ってるって、この前も雑誌に取り上げられてたし」
優「わかってるじゃん。人を感動させられるのは、結局のところ人なんだよ」
里「はいはい。優真はすごいね」
里桜は屈託のない笑顔で笑う。
優「ホントにわかってるのか?……まあいいか。今日は泊まっていくのか?」
里「もちろん!どうせ明日もこっち来るから、交通費もったいないし」
里桜はニコニコしながらそう答える。
こんな関係ではあるが、優真と里桜は付き合っているわけではない。
優真は物心つく頃に、里桜は2年前の大学卒業の頃両親を事故で亡くした。
優真はひとり暮らしだが、里桜はおばあちゃんと隣街で暮らしている。
ただ、職場が優真の住む街にあるため、よく泊まりにくる。
周りからは付き合ってるとよく勘違いされるもんだ。
ただ、里桜にとっては変な男が寄ってこないのでその方が都合がいいらしい…。
優真と里桜は今日飲むお酒とつまみを買い、優真の家を目指した。
優「乾杯」
里「乾杯!!」
同時にビールの缶をあけ、一気に飲み干す。
里「相変わらずお酒好きだね~。肝臓壊さないようにね」
優「わかってるよ。学生の時とは変わって、量を減らして質をあげてるんだ」
そう言って棚からアードベック10年を取り出す。
初めて飲んだ時はクセが強く感じたが、飲み慣れてしまえばかなりハマってしまうほどおいしい。
里「もうウイスキー!?てか意外にいいの飲んでるんだね」
優「知ってる時点で里桜も酒好きじゃないか」
優真は呆れ顔でグラスに氷を入れる。
里「職場の飲み会の二次会でbarによく行くからね、上司がカッコつけて飲んでるのよ。めちゃくちゃ咳き込んでカッコ悪いんだけどね」
その光景を思い出したのか、里桜はケラケラ笑っている。
それから数時間、他愛もないお酒の話や里桜の職場の話をひたすら聞く時間が続いた。
里「そう言えばね、私今度"記録"を買うんだ」
里桜は赤ワインの入ったグラスをクルクル回しながらそう言う。
"記録"とは……産まれてから自分の脳にあるマイチップにインストールできる、いわば"知識のデータ"だ。
例えば、"トマト作りの知識"の記録をインストールすると、素人が一気にトマト農家並の知識を得られることになる。
そして記録には"知識系"と"能力系"がある。
知識系は単に記録を得れば使いこなせる。例えば"エクセルの知識"であれば、記録をインストールするだけで、その日からエクセルの達人だ。
しかし能力系は違う。知識を得るだけじゃダメで、自分自身の身体能力なども必要になってくる。
例えば"テニスの知識"であれば、テニスに関するルールから構え方、打ち方など色んな知識が入ってくるが、そこには身体能力も伴ってくる。
"知ってるとできるは別"…とゆうやつだ。
さらに、記録はその人の脳と適性がないとインストールできない。
無理やりインストールしても、脳に負担がかかり記録は得られないどころか、記憶障害の後遺症が残る。
極めつけは、知識によっては莫大な金額がかかる。
優「……そうか。いつかは手を出すとは思っていたけど……危険じゃないのか?それにそんなお金よく持っていたな」
優真はグラスの中で鮮やかに反射するウイスキーを見ながら呟く。
里「優真は心配性だからそう言うと思ったよ。大丈夫!今まで失敗の経歴もない"トランスファー"にしっかり適性を調べてもらったから。あっ、トランスファーって記録を移してくれる人だよ」
優「さすがの俺でもトランスファーくらい知ってるわ!」
そう言って里桜を睨む。
里「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」
里桜はケラケラ笑い、赤ワインを一気に飲み干した。
優「もういいよ……それで、なんの記録をインストールするんだ?」
里桜のグラスに赤ワインを注ぎながら問いかける。
里「ありがと。"合気道の記録"だよ」
"合気道の記録"。その名の通り、合気道に関してプロ並の知識を得ることができる。
ただ、この記録は"知識系"じゃなく、"能力系"だ。実際に扱えるかは自分の能力も必要になってくる。
ただ、里桜に関してはそこに問題はないだろう。
優「お前これ以上強くなってどうするんだ?今でも空手は達人レベルなのに。前も痴漢を半殺しにしてたじゃないか……」
優真は呆れたようにため息をはき、ウイスキーを一口含んだ。
里「だって、私は弱い立場の人をどんな相手からも守れるようになりたいんだもん。里桜はそんな役目を授かったんだって、パパが言ってたし。私、こんな記録と適性があるんだから、めちゃめちゃ運がいいよね!それにお金もこの2年で貯めた分でなんとか足りるから、パパたちが残してくれたお金には手をつけてないよ?」
里桜はニコニコしながらワインを一口飲む。
優真はそうか。と呟きグラスを口に運ぶ。
里「……優真は昔から"記録"のこと嫌がってるよね?それよりマイチップって根本的なところからかな?どうして嫌なの?」
酔いが回ってきたのか、少し眠たそうな目で里桜が問う。
優「……じいちゃんがまだ生きていた頃、昔の話をよく聞いてたんだ。マイチップ何てものはなく、それぞれが"スマートフォン"って、なんかこんな箱形のもの持ってたって」
里「私もそれは聞いたことある。この"スマートリング"の劣化番みたいなのでしょ?」
里桜は指にはめている指輪のボタンを押す。
すると、指輪から映像が浮かぶ。はめてない方の指で映像を動かしている。
優「そう。スマートリングは便利だからじいちゃんも気に入ってたかな。ただ……やっぱりマイチップに関してはじいちゃんの話聞いて俺も納得いかないんだよ。なんか……産まれた時から国に監視や管理をされてるとゆうか、記録に関してもそんな簡単に得た知識がはたして自分たちにとっていいものなのか……」
優真はグラスに入っているウイスキーを飲み干し、水を入れた。
お酒を味わって飲みたい優真は、チェイサーを欠かさない。
里「まぁ……その点に関しては私も少し怖いけどね。でもそれよりも昔の話聞くと今がめちゃくちゃ便利な時代だし、せっかく今の時代に産まれたから楽しまな……と……」
里桜は虚ろな目で、最後は呂律が回っていない。
優「わかったわかった。もう寝ろ」
優真はグラスを取り上げ、水を渡す。
里桜は一回頷き、水を飲み干す。
そしてゆっくりと立ち上がり、おそらく歯磨きとかだろう。脱衣所の方に向かった。
優「……やっぱ考えが古いのか。俺の考えすぎなのかもな……俺も寝よう」
優真は誰もいなくなった部屋でボソッと呟く。
そして立ち上がり、グラスやお酒を片付け始めた。
里「……ふぁ~。おはよう……」
朝になり、里桜が寝ぼけ眼で寝室から出てくる。
ちなみに里桜が泊まりに来た日は優真はリビングのソファーで寝ている。
布団が一枚しかないのと、幼なじみでもさすがに一緒に寝たくないと、優真が拒否をしている。
優「おはよう。のそのそしてるけど準備急がないと遅刻だぞ?」
優真は焼けたトーストにマーガリンを塗りながら呆れ顔でそう言う。
トーストの香ばしい香りとコーヒーの落ち着く香りが食欲を促す。
里「優真はいいな。早々に独立しちゃって会社の束縛ないし」
里桜はそう言ってパジャマを脱ぎ、着替え始める。
優「あのなぁ……いつも言ってるが恥じらいをもて。いくら腐れ縁でももう大人だぞ?」
里「えっ?何?私の裸をそんな目で見てるの?」
優「常識とマナーの問題だ!」
優が珍しく声を荒げる事が面白いのか、里桜はケラケラ笑いながら着替えを続ける。
里「優真が全然気にしないから、わざとだよ。意外に気にしてくれてたんだね~。いただきます」
そう言って、用意していたトーストを食べ始める。
優「……はぁ。もういいや」
これ以上話してもからかわれるだけだと悟った優真は、自分のトーストを食べ始める。
優「今日は帰るんだろ?どっちにしろ隣県のクライアントのところに行くから、俺は夜までいないけどな」
里「今日は帰るよ、大丈夫」
そう言って里桜は最後のトーストの欠片を口に運ぶ。
里「ご馳走さま。今回もありがとね。……よっしゃ!今日もいってきます!」
里桜はバックを取り、手を降りながらリビングから出ていった。
優「……よし。俺も準備して仕事に行くか」
優真は自分の空になった皿を流しに運び、誰もいなくなった部屋で呟いた。
優「結構早く終わったな。……今回もいい企画が出来上がりそうだな」
クライアントとの打ち合わせが終わり、駐車場へ向かう。
今日は調子がよく、様々なアイディアが浮かび、思いの外早くに打ち合わせが終わった。
優真は車の運転席に乗るなり一息つき、一人の車内でボソッと呟く。
そして少しの間閉じていた目を開け、ふと目の前の出口付近を見つめる。
出口に見える歩道を歩く人の列は、きっと優真と同じく仕事が終わり、家路を急ぐ人たちだろう。
優真はこの時間帯のこの光景がたまらなく好きだ。
それはきっと、早くに両親を亡くし、本来あるはずだった幸せな家族の1日の終わりを感じたことがないからだろう。
ただ、完全に無意識で、優真自身はその事に気づいてはいない。
しばらくの間、優真はその列を見つめていた。
優「……よし、帰るか」
優真は車の電源を入れる。すると車内がうっすら光だし、中央のモニターに女性が映る。
車「優真様、お疲れ様です。現在19時12分です。どこに向かわれますか?」
優「そうだな……このまま家に帰るんだけど、どこかで晩御飯が食べたい。今日の気分は……蕎麦かな。帰り道にある蕎麦屋に寄って帰ってくれ」
車「かしこまりました。……ルートを表示いたします。10分ほどで××とゆうお蕎麦屋につき、そこから1時間かけて帰ります。よろしいでしょうか?」
優「大丈夫だ」
車「かしこまりました。検索した結果、メニューはこちらです。先にご注文されますか?」
モニターにそのお蕎麦屋の様々なメニューが映る。
ただの画像ではなく動画で映るため、温かそうな湯気や麺を持ち上げたりが映る。かなり食欲をそそる。
優「注文してて。かき揚げそばのネギ増しにしてくれ」
車「かしこまりました。」
優真がそう言うとシートが少し前に動き、シートベルトがかかる。
車「それでは発進致します。珈琲は飲まれますか?」
優「いや、大丈夫。蕎麦屋の後に貰うよ。変わりに音楽でも流してくれ。運転よろしく」
優真の会話の後に、心地いいジャズが流れ出す。
この選曲も優真のマイチップからデータを読み込み、その時一番求めている音楽を流すようにできている。
車はひとりでに発進し、最初の目的地である蕎麦屋に走り出した。
車「……お疲れ様でした。ご自宅に着きました」
車内に響くその言葉で、優真は目を開ける。
優「ん……寝てしまったか。ありがとう。また明日もよろしく」
車「お心遣いありがとうございます。夜中は季節外れの冷え込みがおこるそうです。防寒してゆっくりお休みください」
その言葉の後に、車は電源を落とし、車内が暗くなる。
優真は外に出て、グッと背伸びをした。
優「さむ……確かに一気に冷え込んだな。冬も終わりのはずだけど……早く家に入ろう」
優真は駐車場を後にし、見慣れたマンションに入っていった。
郵便物の確認をし、ふとスマートリングと連動した腕時計を見る。
優「……里桜からの鬼電。何かあったのか?」
里桜から直近1時間で数件の電話がかかってきている。
寝ていたから気づかなかったのだろう。
優真は里桜に折り返しの電話をかける。
優「……あ、里桜。着信に気づかなかった。どうした?」
里「おそい!!」『おそい!!』
電話口と、何故か目の前から同じ声が同時に聞こえる。
優「……なんでいるんだよ?」
そこには、腕を組みながらブルブルと震えている里桜の姿があった。
里「と、とにかく中に入れて~!さ、寒すぎ……」
優「あ、あぁ。早く入れ」
優真は扉に手をかざす。がちゃっと音がなり、鍵があいた。
それと同時に里桜は急いでドアをあけ、家の中に入っていった。
優「あいつ帰るって言ってなかったか?今日はゆっくり本でも読もうかと思っていたのに……」
優真は、はぁ。とため息をつき、里桜の後を追うように部屋に入っていった。
部屋はすでに暖まっている。部屋事態が冷え込みを予測して事前にエアコンをつけてくれるからだ。
優「それで?今日は帰るんじゃなかったのか?」
優真はジャケットをハンガーにかけながら、ヒーターの前を陣取る里桜に問いかける。
里「あ~…ちょっと色々あって…ついここに駆け込んじゃって」
優真の問いかけに対して、少しバツが悪そうに答える。
優「色々ってなんだよ?……言いにくいことなら無理には聞かないけどさ」
里桜の表情から、言おうか迷っていることはなんとなくわかる。いつもどんなことも相談や報告をしてくる里桜が、珍しくそんな表情をするもんだから、強くも聞けない。
里「……実は」
その言葉のあと、数秒の沈黙が続いた。
里「……えと…あれだよ!前からしつこいって言ってた上司がいたでしょ?あの人がまた告白してきてさ、困ってるんだよね!」
里桜はそう言って、その上司から送られてきたメッセージを優真に見せてくる。
確かにその上司のことは前から相談を受けていたし、今回もそんな内容のメッセージがきている。
だが、それが本題じゃないことはわかる。里桜にここまで思い詰めるような顔をさせるほど、この上司のことを気にしていないことを知っているからだ。
優「……ま、言いづらいことなら無理には聞かないさ。本当に辛いときは相談しな。俺がなんとかできることはなんとかしてやる」
優真はそう言って、缶ビールを渡す。
優真はこんな時に無理に問い詰めたりはしない。冷たいと言われたこともあったが、それが性格だから仕方がない。
里「……やっぱ優真には隠し事できないね」
ビールを一口飲み、はぁ……と一息吐く。
里「実は…仕事から帰る途中なんだけど」
里桜は俯きながら話始めた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
里「今日も頑張ったなぁ~!定時に上がれたし、さすが私!」
会社からの帰り道、里桜はぐっと、背伸びをしながら帰路を歩く。
里「そうだ。まだ帰るにも早いし、少し気分転換に寄り道しよう」
里桜は駅までの道沿いにある、広い公園にふらっと入る。
街中にあるこの公園は、広さがあることからランニングをしたり親子がボール遊びをしたりと、色んな人が色んな目的で活用している。
そんな他愛のない光景を見るのが好きだった。
公園を奥へと進むと、噴水のある広場についた。
噴水まわりは広いロータリーになっていて、ベンチが置いてある。里桜は予定がない日はここで本を読むのがルーティンだ。
里「まだ読み終わってない本を読み終わろうかな」
里桜はベンチに腰掛け、バッグの中から本を取り出し読み始めた。
1時間後――――――――――――――――
里「……はぁ。面白かった!すごい展開だったな。多分優真も好きかも。今度オススメしようかな!」
里桜は読み終わった本をバッグに入れ、グッと背伸びをして歩き出す。
?「はぁッ…はぁ…………ッッ!!うわっっ!」
里「えっ?きゃあッ!!」
ドンッッッ―――――――
里桜が歩いていると、後ろを見ながら走っていたのか、横道から突然現れた男がぶつかってきた。
里「いててて……」
里桜は強く打ち付けたお尻をさすりながら起き上がる。
男「す、すまん!怪我はないかい?……申し訳ないが急いでて、また会えた時は必ずお詫びをするから!」
男はそう言って、木が生い茂る横道に入ろうとする。
?「まてや!!!」
後方から男性が叫ぶ声が聞こえた。その声に反応して男の足が止まる。
振り向くと、そこにはスーツ姿の男性がこちらを睨み、立っていた。
男「くそっ!なんて足の速い奴だ!」
?「手間取らせたな!もう逃げられねぇぞ!」
男は胸ポケットに右腕を入れる。
そしてそこから出てきたのは……玩具でしか見たことない、黒く存在感のある、拳銃だ。
里「ッッ!?なにこの展開!?」
里桜は突然の事態にパニックになる。
男「お、おい!一般人もいるんだぞ!?」
?「この際関係ない!!」
スーツの男は里桜に近づき、頭に拳銃を向ける。
男「止めろ!その子は通りすがりの子だ!」
?「関係ないと言っただろう!お前がこのまま抵抗を続けるなら……この女は死ぬだろうな」
男は苦虫を噛み潰したような表情でスーツの男を睨み付ける。
そんな2人のやり取りを横に、里桜はうつむき震える。
男は里桜のそんな姿を見て、くそっと呟く。
男「……わかった。わかったから、これ以上その子を怖がらせるな」
男は観念したように両手を上げ、跪く。
?「わかればいいんだよ…女、いいところにいてくれたな。おかげで手間が省けたぜ。礼を言うよ。だが…」
ガチャ――――――――
スーツの男は再び里桜に銃口を向けなおす。
男「お、おいッ!やめろ!!」
?「顔や一連のことを見られたからには消すしかないんだよ。悪いな、これが規則なんでな」
その引き金に指が添えられる。
里「…………の……」
?「…は?なんだって?」
ヒュッ―――――ドガッッ!!
?「ッッ!?ぐあぁぁ!!」
拳銃が宙を舞い、林の中に消える。
そこには腕を抑え激痛に耐えるスーツの男と、脚を高々と上げる里桜の姿。
里桜は一瞬油断したスーツの男の拳銃を持った手を蹴り飛ばしたのだ。
男「な、なんと…」
里「勝手に巻き込んどいて…勝手に終わらそうとするな!!」
ドゴッッ!!
里桜は再び脚を高々と上げ、スーツの男の頭に振り下ろす。
言うなれば、かかと落としだ。
?「あ…が……」
スーツの男は苦悶の表情のまま気絶した。
里「……は!?やってしまった…」
里桜は緊張感が取れたのか、我に返る。
後悔をしても、もう遅かった。
男「す、すごいな君は!ありがとう!」
頭をかかえる里桜を置き去りに、男は何度も頭を下げてお礼をする。
里「……何なんですかこれ?きっとドラマ撮影ですよね…?」
里桜は恐る恐る、さっきとは打って変わってニコニコしている男に問いかける。
男「そうだったのならよかったんだがね……。本当は一般の方は巻き込みたくなかったんだが、本当に申し訳ない」
男はそう言って何度も頭を下げる。
男「実は……」
―――――――いたかッッ!?どこに行きやがった!?
男が話始めようとした時、遠くから数人の男が叫ぶ声が聞こえてくる。
男「ッッ!もう時間がない!すまないお嬢さん!」
―――――――――――――――――――――――――
里「……てな事があったんだ」
里桜はビールをぐっと飲み干す。
優「現実感ないな……実は昼寝の時の夢だったとか?」
里「そんなわけないでしょ!」
優真は嘘だよ。と平謝りする。
嘘を言っていないのはわかるし、里桜は真面目な顔で嘘をつけるような器用な人間ではない。
長い付き合いでそれはわかっている。
優「それで?それからどうなったんだ?男はそのまま逃げたのか?」
優真の問いに、一瞬顔を曇らせる。
里「……男の人は逃げたし、私はその場にいるのが嫌で、すぐに逃げたからその後はわからないや!もう1本貰うね!」
里桜は苦笑いしながら立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
嘘だ。何かを誤魔化そうとしていることがバレバレだ。
里桜はきっとまだ何かを隠している。
話す前に誤魔化したのも、この先を話したくなかったからだろう。
優「……本当に大丈夫か?警察に…拓兄に連絡するか?」
拓兄とは、優真と里桜より3つ上の、もう1人の幼なじみで藤枝拓磨だ。警察をしている。
日頃からよく面倒をみてくれる、頼れる兄貴だ。
里「……そうだね。今日はもう遅いから、明日話してみようかな!明日は半休貰って行ってみるよ!あースッキリした!ほら、飲もうよ」
里桜はそう言って笑う。
これ以上話す気はないらしい。
優真も拓兄に話すとのことだったから、これ以上は聞かずにいた。
だが……この日にもっと問い詰めなかったことを一生後悔する事件が起こるとは、この時想像もできなかった。