酒ヅキアイ
恐る恐るドアの前に立つ。
決して桐原の推測が間違っているとは思わないが、つい、今しがたあんなものを見せられたのだ。怯えたくもなる。
「どうしたのセカイ、入らないの?」。
桐原が小首を抱えて不思議そうにする。
怖いモン怖いンだよ、何かしれっと名前呼びになってるし、ナチュラル過ぎて一瞬戸惑ったわ。犬巻君ともなんかもう仲良くなってるし、俺まだそんなに気許して無いからな。ホントだぞ。
「お、おう……開けるぞ」。
ドアノブに手を伸ばす。
背筋に一滴の汗が垂れて背筋が強張る。立て付けが悪いのか二度三度『ガッガッ』と音を立ててドアを押す。
あれ、開かないなんだこれ。
「セカイセカイ」。
「なんだよ、開かないんだよ」。
「それ────引き戸」。
・・・・・
「いや………知ってたよ?」。
「ブフッ」。桐原が吹き出す。張り切った網が切れたように、突如として笑い出した。
「アッハッハッハ、セカイそれは無理があるって、クククッ駄目だ、お腹痛い」。
「う、うるせぇな!!怖いモンは怖いんだよ、何もやって無くても職員室呼ばれたらビクッとするだろうが、それと同じだよ」。
「うーん、僕職員室呼ばれた事無いからなぁ」。
「お前、思ったよりも嫌な奴だなッ、この嫌味な奴め」。
なんだろう、こんな事でビクついてるのが馬鹿らしくなって来た。
「もういいよ、行くぞ」。
もうどうにでもなれば良い、理不尽なんかクソ喰らえだ。
何か吹っ切れた様にドアノブを引いた。
「───ッ!?」。
────オカマがいた。ドアを引いたらオカマがいた。
息の詰まりそうになる字列。鬼の形相でコチラを覗くヴェロニカ。
「アンタ達────」。
あ、死んだ。これ死んだ、お母さんこんなロクでもない息子でごめんなさい、でも俺ちゃんと勉強しようとはしてたんだ、頑張ってたんだ、でもさ、ほらどうにもならない事ってあるじゃん、立派な所見せたかったなぁ、いや、ホントだよ、ホント、いやだからマジだって……
「───合格」。
「───へ?」。
「ほらねセカイ、言ったでしょ」。
「あなた達で8人目ね」。
訳も分からなく店内へ通される。
周りを見渡すと既に何人か店で寛いでいた。
ガタイの良い褐色の男と、髪イジリをしている二枚目はその連れか、鋭い目をした赤毛の女をナンパしている糸目の男。肉にがっつく太ましい男とさっきヴェロニカに自己紹介をしていた色白の男、名前は確か馬凜ルイと言ったか。
セカイが辺りを物色しているとその馬凜と目が合う。笑顔で馬凜がこちらに近づいて来た
「よろしくです、僕、馬凜ルイっていいます」。
差し出された左腕。近くで見るとその白さがより際立って血が通って無いように思える。目をぱっちりと見開いていて何処か不気味だ、フクロウみたいな。出来れば交流を避けたいタイプ。
「俺、辻神、えーっとよろし……」。
「セイラッ、何やってんのー、こっちだよ」。
助け舟でも出すかの様に桐原の呼ぶ声がして少しぎこちない感じで話を切り上げた。
「っと、ごめん、呼ばれた、よろしくね馬凜君」。
「そうですか、残念です辻神さん」。
馬凜に背を向けてそそくさとその場を去る。桐原の声の方へと早足でかけていった。
「おーう、兄弟!!さっきぶりじゃあねぇか───」。
そう陽気な声で叫んだのは、ついさっき、ギラギラとした眼光で睨みつけてきた強面のおっさんの一人だ。
先程までの面影は無く昭和オヤジを彷彿させる様な佇まいで肩をポンポンと叩く。案内された席に腰を降ろして、すぐ隣の二人に視線を送ると困った様に目線を反らした。
「えっと───どういう状況」。
「さぁ、分からないけど席に通されたらこのおじさんがいたんだ」。
小声で耳打ちする桐原、要するに何も分かってないってことだ。
「おいおい、そう畏まんなって、まぁ一杯飲めよ、奢りだ」。
そう言ってセイラ等の前に木のジョッキを差し出す。明らかにアルコール類の香りだ。
「僕達、一応未成年なんですが」。
「ガッハッハッハ、法なんてこの世界にゃあねぇのよ、縛るもんも何も無い、こっちの世界では九つのガキでも呑むぜ」。
「で、でも……」。
「飲んどきな──酒すら呑めねぇと直ぐに狂っちまう」。
神妙な面持ちでそんな事をいった。これは飲まなきゃ先に進まなそうだと犬巻と桐原がツバを飲み込む、そんな中、セイラが一つのジョッキに手を差し出した。
腰に手を当て豪快に飲み干すセイラ。喉を鳴らしながらゴクゴクと液体を体の中に入れてゆく。
「がっはっは、いい飲みっぷりじゃあねぇか坊主」。
二人があっけに取られていると、セイラは空になったジョッキを机に叩きつけて
「──不味い」。
微妙な顔でそう言い捨てた。
「ガキにゃあ、エールはまだ速えか、ガッハッハッ!!」。
「そうだな、俺はほろよいが好きだ」。
「今度は果実酒、奢ってやるよ、お前等二人もそれで良いか」。
二人は互いの顔を見て
「「あ……はい、それなら」」。