試練
三十数人の少年少女等は皆歩みを始めて散り散りになった。
同じく酒場を離れた二人もトボトボと道沿いを歩く。
道行く人々は皆レイト等に不思議そうな視線を送った。他の世界から来た人間ださぞ珍しいのだろう。顔を上げては誰かしらと目があって目を逸らすその動作を四回程繰り返した時だ。
「よし、そろそろ頃合いだ酒場に戻ろう」。
レイトが提案する。
「はい?」。
セイラが素っ頓狂な声を上げると、桐原はその場にしゃがみ込んで落ちていた木の枝で地面にカリカリと文字を書き始めた。
「ヴェロニカからされた説明を整理すると、この世界には敵がいて、それ等を討伐して給金にする探索者に僕等がならなければならない事、そして探索者には無数の役職があって僕等はこれからそれぞれ好きな役職の牽引者に学びに行く事が出来る、これで合ってる?」。
「あぁ、そんなこと言ってたな」。
「街を見渡せばパン屋や大工、他にも色々仕事はある、でも僕達、異界人は探索者になる事を義務付けられているだろ?選択の余地が無いんだ」。
「そりゃ、世界を救う為に呼ばれてんのにパンなんか焼かせないよな」。
「そう、当たり前なんだ、じゃあなんで探索者訓練施設に直接連れて行こうとしないのか、そうすれば僕達に逃げ場は無いし駄々だって捏ねられない、なのに何で自由に扱える金を今渡して街に放ったのか」。
役職選択までの与えられた猶予。辺りには見たこともない食べ物や動物、通貨の価値も知らなければ文字の読み方も知らない。
そこで桐原が言わんとしてる事を理解する。
「あぁ、なる程───この金を使って見聞を広めろみたいなことか」。
「そう、多分ね」。
今来た道に進路変える。
基本、普通の人間ならそこへ行けと言われたらそこに行くし、それしかやるものが無ければやる他無い。
僕等が唯一自由に選べる《役職》に関する情報をヴェロニカは殆ど何も話さなかった。
役職の名と牽引者の住処だけが記された地図、要所要所で違和感を拭い切れていない。
この異世界において僕等に必要な物はお金でも無ければ魔法の剣でも無い『情報』だ。
自分に最適な役職につく事が本当に与えられた最初の試練であり、探索者の溜まり場である酒場は情報収集においてこれに勝るものは無い程にうってつけだろう。
「あ、見えて来た」。
見覚えのあるボロボロの外見とシミで良く見えない看板。
────が、それよりもその前に蹲る人影の方に視線を落とす。
何か呟いている。とてもがたいが良くて、でも見るからに気弱そうな表情で頭を抱えて蹲っている。
「どうしようどうしようどうしよう、一人になっちゃった、お母さん助けて…」。
セイラは数分前の自分を思い返す。
桐原レイトが現れなければ、恐らく自分もあぁなっていただろう、蹲る男に妙な親近感を覚える。
「やぁ、僕桐原レイト、君は?」。
桐原は躊躇なく男に話し掛けていた。流石というか何というか、自分には到底真似出来ない眩しさがあった。
涙でぐちゃぐちゃになった酷い顔を上げた男はその体格から出たとは思えない程の小声で
「ボクト、犬巻ボクト」
自己紹介をした。