死神は、微笑む
薄暗い部屋の中で、天井を眺めながら寝転がる。チクタクと響く時計の針の音をBGMに、僕は今日の出来事を振り返る。
――時は遡り数時間前、僕が学校に通っている時の事だ。
誰も居ない教室。朝早くに到着してしまったが故に出来てしまったその空間で、僕は頬杖をしながら窓の外を眺めていた。
「……勉強しようかな」
やる事もないし、この早い時間では部活動をしている生徒は居ても、登校している生徒は少ない。
その数少ない生徒の中で、僕が友人と呼べる存在は皆無だ。だからこうしてやりたくもない勉強をしようとして、誰も居ない教室が賑やかになるのを待つだけなのである。
『朝から勉強って、真面目なんだね』
「え……?」
ふと聞こえた声により、まだ開いたばかりのノートへと落とした視線を戻す。するとその視線の先には、前の先に座ってこちらを眺める女子生徒の姿があった。
『何をそんなに驚いてるの?』
「……っ」
何を驚いてるか?――そんなの当たり前じゃないか。さっきまで誰も居なかったのにもかかわらず、いきなり目の前に現れれば誰だって驚くに決まっている。
「どちら様ですか?うちのクラスではないよね?」
『そーだねぇ。キミのクラスの人間でも無ければ、この世界の存在でも無いかもしれないね』
「……僕は勉強するんだから、他のクラスで時間を潰してなよ。僕じゃ君の相手は務まらない」
訳も分からない事を言う人は何人も居るけれど、今まで会ってきた人間の中でピカイチだ。おまけに何を考えているのか、それすら分かりそうに無い。大体の人と話せば、話し方や仕草、あるいは容姿で話すべき話題が探せる。だがこの人は、彼女はその中でも異質だった。
『務まらなくないよ?だって私が選んだんだし、そこら辺は考慮してるつもりだよ。キミが話したい話題が無いなら、私はここに居るだけで物語は成立するの。キミが一生懸命勉強しているところを眺めている私、という青春の1ページが刻まれる』
「君にとってはそうかもしれないけれど、僕には何の意味も無いじゃないか。見られて勉強するのも、何か嫌だし」
『じゃあゲームをしながら、っていうのはどう?』
「ゲーム?何するのさ」
初対面である彼女と話している自分が、意外と冷静だなと自分で自分を褒め称えたい。だがしかし、彼女とどうして話せているのか。それがどうも理解が出来ない。
僕はまず、彼女の言うゲームをする前に一言問い掛けるのであった。
「君は一体、何者なんだい?」
『何者でも無いよ。そうだなぁ……強いて言うなら私は、不幸を呼ぶ存在って事にしようかな。ね、不幸になる男の子』
「不幸を呼ぶって……どうやって?」
『んんー?こうやって♪』
そう言ってニコッと笑みを浮かべた彼女は、僕の手首を掴むと自ら体重を窓の方へと掛ける。それだけなら良かったが、彼女の腕力は思ったよりもあった。
「っ……!?」
『このまま一緒に――堕ちよ♪』
僕の意識はそこで途絶えてしまい、気が付けば自分の部屋の中で寝転がっていたのである。
何が何だか分からないうえに、彼女が何者かも理解出来ていない。でも確かに僕はあの時――確かに逆さまに落ちた。
◇◇◇
出会ってしまい、出逢ってしまい、出遭ってしまった。これは運命でしかなく、彼の最大の不幸とも言えるだろう。
『楽しそうだね。何か良い事でもあったのかい?』
「私は元気だよ。だって、これから彼が私の代わりに引き受けてくれるもの。??私のお腹をいっぱいにしてくれるのは、彼だけだもの」
『不気味な笑みを浮かべないでくれ。テンションが下がる』
私はペロリと唇を舐めながら、水晶越しに見える彼の姿を眺めるのであった。
『あの少年も災難だね。君が笑う度、身を危険に曝すというのに――』
◇◇◇
僕は夢現のまま起き上がり、部屋から出て階段を下りる。一段一段、確実に足に触れてから下りて、玄関へと辿り着いた僕は靴を履く。
「いってきます……」
そして外に出た僕は――
視界を埋める二つのスポットライトに包まれ、甲高い閉幕のブザーが鳴り響いたのであった――……。