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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狼達の商航路

作者: ギサラ

 夕日を背負い、鎧張りのロングシップが波を切り裂いていく。

 雄雄しい兜と丸盾を並べたヴァイキング船が、颯爽と海原を走る。

 率いる船長は船首で腕を組み、船が(いただ)く竜と共に、厳しい顔で水平線を睨んでいた。

 ボサボサとした白髪混じりの髪と無精髭、中肉中背の初老手前の男。

 しかし、その凛々しい雰囲気とは裏腹に、船上は倦怠感と空腹の音に支配されてしまっている。


「フランツ、今の内に飯の残りを確認しておけ。……つまみ食いをすれば、食い扶持が1人減って俺の助けになるぞ」

「了解ですよジョーン船長。心配しなくても俺はまだそこまで」


 言い終えるよりも早く、フランツの腹は空腹を訴える。

 船長のジョーンもまた腹を空かせていた、仕事を急かす気力はない。

 儲け話を聞きつけ、普段とは違う航路に乗り出した、ジョーン率いるヴァイキング船。

 しかし途上の村々はどこも彼らを受け入れず、満足な補給をする事ができずにいた。

 飯を減らしつつ誤魔化しつつ進んできたが、空腹は士気の低下と予定の遅れを招いている。


「船長ー。もう少し人手を増やしてガバっと奪っちまいましょうよ。その方が楽に儲けれますって」


 船員の1人が気だるげにジョーンに訴えかける。

 ここまで通りがかった村の中には、襲えない事も無いものもあった。

 しかし、ジョーンはそれを固く禁じていた。


「バカを言え。……一旦そっちに足を突っ込むと、もう戻れなくなるぞ。人生は手堅く張るやつが最後に笑うんだよ」


 ジョーンは志の高い返事を返すが、言い終わりに腹の虫が鳴り何とも締まらない。

 ヴァイキングとは言え、彼らは交易を中心に生計を立てている。

 船員の内戦える者は30人程いるが、ジョーンは積極的な略奪は好まなかった。

 古参の何人かはその理由を知っていたが、ジョーンは余りべらべらと自身の過去を話さないし、話される事も嫌っていた。


 交易を主とする以上、船長には必然的に算盤そろばんが求められる。

 しかしそれによると、今の状況は何ともかんばしくなかった。

 今回の荷には流行の品が多い、時期を逃がせば一気にゴミの山になりかねない。

 適当な場所で釣りや狩りを行えば食糧難は解決できるだろうが、今は時間が惜しかった。

 銅鑼どらの代わりに、蛙の鳴き声のように腹の音を打ち鳴らしながら、ロングシップは先を急ぐ。


「まとまった補給にはやはり村に寄るしか、む? あれは……」


 遠くに見える岬の奥、炊煙らしきものがまとまって上がっている、どうにも村があるようだ。


「最後の希望か、はたまた……。お前ら軽く飯を食っておけ、食い過ぎは放り出すぞ」


 ジョーンはすぐさま指示を飛ばし、自身も少しだけ飯を食っておく。

 空腹のままに食料を求めれば、足元を見られかねないからだ。

 間もなく船は村の見張り達に見つかり、ジョーン達は敵意は無い事を示す。

 そのまま村の自警団らしき者達に確認されつつ、村内の入り江へと入っていく。


「やあやあ、お仕事ご苦労さんです。補給の為に幾らかやり取りをしたいのだが、村長さんはいるかい?」


 大規模とまではいかないが、簡素な漁村といった雰囲気である。

 しかし村はどこか陰を落としていた、夕日のせいでそう見えるのかとジョーンは首を傾げる。

 ロングシップを浜に乗り入れ、ジョーンは1人で船から降り立つ。

 村の男達は怪訝そうに彼を取り囲むが、視線に敵意は宿っていない。

 囲いの中から1人、白髪混じりの大男が進み出てきた。

 皺が多いが背は曲がっておらず、立派な体付きで顔付きも鋭い。

 やってきたロングシップを一瞥した後に、ジョーンの話しに答える。


「よく来たなお客人、わしが村長のホフマンだ。飯が欲しいって? うちの魚なら幾らでも買っていってくれ。なんせこちとら、それで稼いでるんだからなあ!」


 ホフマンはジョーンの肩を叩きつつ豪快に笑う。

 ここまで立ち寄った村はどこも、ヴァイキング船を警戒しまともに船を着ける事もできなかった。

 久しぶりの歓迎ムードに、まともな補給ができそうだと期待が高まる。

 しかし、一頻(しき)り笑い飛ばした所でホフマンは急にトーンを落とし、顎に手を当てて悩ましげに話し出す。


「しかし生憎と、今ちょっと忙しくてなあ……。最近ここらは野盗共に荒らされていてな。恐らくは今日当たりやってきそうなんだが……」

「ほお、野盗かね。村の戦力だけでは敵わんのか?」


 見渡せば、自警団らしき者達はそれなりに屈強な者達と、不揃いだが全員が武装している。

 村の規模を考えれば、相当な規模の野盗でなければ襲えないはずだ。

 ホフマンは腕を組み、悩ましげに口を開く。


「追い払うまでは問題ないが、傭兵崩れなんぞ幾らでも湧いてくる。直ぐにまた集まって襲ってきて、何とも参っているのだよ」


 村としては被害を抑えるためにさっさと追い払いたい、しかしそうすると全滅させる事は難しい。

 全滅を免れた野盗共は、また戦力を掻き集め村を襲う。

 何とも不毛なループだと、ホフマンは頭を抱えている。

 ジョーンは村を観察し、数件の焼け崩れた家を見つけた。

 どうにも野盗に襲われているのは本当のようである。

 しかし依然村からは何か違和感を感じていた、まだはっきりとは解らない何かを。

 村を観るのに意識を割きジョーンは気付くのが遅れたが、ホフマンはジョーンを見据え何か考えていた。

 突然名案が浮かんだとばかりに、ジョーンの手を取って提案する。


「そうだ、お前達の手を借りれば根絶やしにできる! わし等が野盗共を撃退するから、お前達はその後を叩いてくれ、成功したら補給の取引でサービスしてやるぞ!」


 突飛な提案にジョーンは目を丸くするが、確かに自分達にもメリットはある。

 しかし安請け合いできる事ではない、まずは情報を要求した。


「それは、良い話だが。……敵の数は? 野盗がどこに逃げるか、アテはあるのか?」


 ジョーンとしては、敵の数が不明なまま戦いに臨む事はできない。

 賭けの内容を吟味せずに張るのは、愚か者だけである。

 ホフマンは口端を吊り上げ、ジョーンの質問に口を開く。

 明らかに考えがあるといった様子である。


「奴等の規模はザっと50人程だ。何かと使っている洞窟も見つけてある。お前らはそこで待機して、奴等が逃げてきたら奇襲を仕掛けてくれ」


 ジョーンは一旦、ホフマンの作戦を自分の中で計算する。

 50人の野盗が村を襲い村が自前で撃退する、準備をしていればそれなりに倒せるだろう。

 逃げて来た所をジョーンが襲う、例え数で負けていても兵の質は野盗とは比較にならない。

 一先ずは分のある賭けと踏んで、提案を受ける事にした。

 今は食料が補給できなければ首が回らなくなる。


「引き受けよう。それで、奴等の洞窟ってのは?」

「おーおー、引き受けてくれるか、頼りにしてるぞ兄弟! 早速案内しよう。……もう日も落ちる、準備を整えて来てくれ」

 

 ホフマンはすぐさま村の者に指示を出し走らせる、残ったのはホフマン1人だった。

 船の番として戦闘員は10人残し、20人に武装させホフマンの案内についていく。

 村を横目に通り過ぎるが、奇妙な視線を住民から受ける。

 依然、村から感じる違和感をはっきりさせれず、ジョーンはどこか心地が悪かった。

 その様子を見かねたか、ホフマンはジョーンに何気ない世間話をしつつ、洞窟への案内を続ける。


 村から出て、そう遠くない森の中へと入って行った。

 夕日が落ちかけた、薄暗く鬱蒼とした森を進んでいく。

 物々しく武装したヴァイキング達とはお似合いの雰囲気である。

 こっそりと、フランツが後ろからジョーンの肩を叩き、小さな声で耳打ちをしてきた。


「船長、今ここでこいつを人質にして、村から飯を奪いましょう。村長ってんなら良い人質に」

「ダメだ、もしゴネられて長引いてみろ。そのまま野盗に襲われて共倒れだ。それこそ笑い話にもならん」


 村の規模を考えれば戦闘員は50人以上いるだろう、人質を取ってもすんなり応じるかは未知数である。

 それよりは野盗を叩いて取引する方が、ジョーンの信条とも合致する。


「解ったら今は黙っとけ。……なーに、()()()()()()()()()()()()


 フランツを黙らせるために敢えて含蓄のあるフリをするが、ジョーンに考えがあるのは本当だった。

 暫く森の中を歩いた所で、大きな洞窟が口を開けていた、ホフマンが手招きしつつ中にも案内される。

 数人を連れてジョーンも中に入る。


「ここが奴等の使ってる洞窟だ。前にも入ったが、奥は物陰も多く奇襲に適している。そこで待機しててくれると助かるんだが……」


 松明に照らされつつホフマンはジョーンに話しかける。

 確かに奥の方は死角が多く、人を配置しておくには絶好の場所であった。

 壁を軽く叩きつつ、ジョーンは独り言の様に答える。

 まるで、別の何かを考えている様だ。


「そーだな……確かに良い地形だ。ここなら確実に先手を取れるだろうなあ。うん……」


 洞窟の奥は窪みや横穴が多く、人が身を隠すにはうってつけの環境であった。

 入り口からの光も薄暗く、松明が無くては目が慣れるまで殆ど見えないだろう。


「外で張っていては、逃げて来た野盗共にばれるかもしれん、そうなれば台無しだ。わしは野盗共と、いい加減にケリをつけたいのだよ」


 ホフマンは必死にジョーンに訴えかける。

 洞窟の中の奇襲に勝機は充分にあると考え、ジョーンは首肯でそれに応じた。

 それを見てホフマンはホっと胸を撫で下ろし、洞窟の出口へと踵を返す。

 村に戻って野盗の襲撃に備えるのだろう。


「では、ここは任せたぞ兄弟。村を守るのを優先するので多少は遅れるだろうが、わし等もここに駆けつけるからな!」


 ホフマンは足早に村へと戻っていった。

 残されたジョーンはそのまま洞窟の中で、一旦腕を組んで考え込む。

 野盗の襲撃は、村が準備を整えていれば問題なく撃退できるだろう。

 そうでなければ、村の方にも加勢を求めていたはずだ。

 洞窟は確かに隠れ場所も多く、先に入っておけば奇襲は簡単にできる。

 問題なく勝てる、そう思えた。


「上手く行くだろうが、上手く行きすぎだな。……こういう時は、直感に従うとしようか」

「何か引っ掛かるんですかい? 不審な点でも?」

「思い過ごしならそれでも良いんだが……。フランツ、お前これをどう見る?」


 ジョーンはそう言いながら、洞窟の奥を松明で照らしつつ、ある物を指差す。

 赤黒い何かががすっかり固まって、殆ど地面と同化している。

 物珍しくもない物を見て、フランツは平静に答えた。


「はあ……。血の跡ですよね、そりゃ野盗共が使ってるってんなら、特に不思議じゃねえかと」


 血の跡は他にも数箇所見て取れる、暗くてよく解らないがちゃんと探せばもっと多いだろう。

 だがそれにしてはこの洞窟には足りないものがあると、ジョーンは違和感を感じていた。


「フランツ、血の跡以外に何か見つけてないか? 手足とか金品とか……とにかく何かだ」

「船長、何を見つけて欲しいんですかい? 他には何も無いですって」


 フランツは松明であっちこっちを照らしつつ、洞窟を調べている。

 やはり血の跡以外に、この洞窟には他の物がなかった。

 手足や衣類等の戦闘での負傷で生じる欠損や、襲撃で手に入れたであろう金品の取りこぼしが。

 だが野盗がここを頻繁に使うのであれば、当然ある程度は掃除もするだろうし金品も拾うだろう。

 自身の勝手な考えすぎかと、ジョーンは己を疑う。


「強いて言うなら……なんか木が多い? 外とあんま変わんねえな」


 言われてジョーンも足元を見回す。

 この洞窟の地面には、枯れた葉や木片が妙に多い。

 当然ながら上に吹き抜けや、入ってきた場所以外に外との繋がりもない。

 入り口から風か何かで入ってきたのかと、一瞬思案するがかぶりを振って否定する。

 更に言えば、どうにもこの洞窟は乾燥している、ジメジメとはしていない。

 余り洞窟等とは縁がない船乗り生活だが、どうにも不審な点が多かった。


「お手柄だなフランツ。明日の飯は腹一杯食って良いぞ。まあ、どちらにせよ……」


 ジョーンは自身の勘に張り、粛々と部下に指示を飛ばす。

 フランツは言われた事がよく解らなかったが、こういう時は後ですぐに解る、と楽観視していた。


 日もすっかり落ち、森は塗り潰されたような闇に包まれた。

 更にその奥の洞窟の中なぞ、悪魔か何かが出てきてもおかしくはない程に、静寂と暗黒に浸されているだろう。

 少し前に、村の方から煙が上がり、男達の怒声が響いてきていた。

 野盗とホフマン達の戦いが始まっているのだろう。

 ジョーン達は来客に備え、息を殺して配置についている。

 既に備えは万端整い、手薬煉てぐすねを引いて待ち構えていた。


 村からの騒ぎは止み、森の入り口に何かが迫っている。

 何か大きな塊が、暗い森の中を洞窟に向かって一直線に突き進む。

 まるで異形の怪物が現れ出たようだった。

 背からは何十本もの尖ったものを生やし、足は不揃いに無数にあり、胴はでこぼことこちらも不揃い。

 怪物は洞窟を前にその歩みを遅め、小さな塊に分裂し辺りを探り、再び洞窟の前に集結した。

 同時に、怪物は炎を一斉に点す、大量の目を一気に見開く様に。

 1つ飛び込んだのを皮切りに、炎は次々と洞窟に飛び込んでいく。

 洞窟の中の枯れ葉や枝は瞬く間に燃え上がり、内部を高温と煙で充満させる。

 怪物の一部が洞窟に向かって尖ったものを向けつつ、遂に怪物は人語を喋り出した。


「これで燻り殺しだ。……如何にヴァイキングとは言え、一溜まりもあるまい」

 

 主力を叩けば、後は残っている船の番が数人だけ。

 まともに戦えば被害が出るだろうが、首魁の首を持っていけば戦意を失うだろうと。 

 男はまだ見ぬヴァイキングの宝を思い浮かべ、笑いを堪え切れなかった。

 口端を吊り上げ勝利に笑う。

 手下の野盗達も、釣られて下卑た笑いを撒き散らす。

 松明に照らされ洞窟からの煙に、大きくその影が映し出される。

 暗い夜の森に、欲望に(まみ)れた、悪魔の様な笑い声が響き渡る。


「随分と嬉しそうだな? 何か良い事でもあったのか、兄弟?」


 不意に、笑う男の背後から、聞こえてくるはずのない声が投げかけられた。

 男はハっと振り向き、いるはずの無い男を視界に捉える。

 ボサボサとした髪と不精髭の男は、ヴァイキング然とした鎧兜を纏いそこに立っていた。

 ヴァルハラから復讐しに来るとしても早すぎるだろうと、現実を疑う。


「よお、数時間ぶりだなあホフマン。野盗はどうした? 見事に追い払って、勢いでここにも火を放ったか?」


 暗がりの中に立っていたのは、洞窟の中で待ち構えているはずのジョーンだった。

 ホフマンは幽霊でも見ているような気分で問いかける。


「そ、それは……。ならば、洞窟の中には?」

「いやー、万が一に備えて数人配置するか悩んだが、いや冗談だ。野盗の事が嘘か本当か、どちらでも洞窟の外で塞ぐ方が良いと考えてな。……今のお前達みたいにな」


 感情の無い重く低い声を合図に、暗がりや林から完全武装した男達が現れる。

 洞窟に近付く前にホフマン達も警戒していたが、一切気付く事はできなかった。

 いかめしい兜や狼の皮を被り、隠そうともしない殺意を乱雑に振り撒く。

 自分達を謀殺しようとした敵に対し、ヴァイキングの集団が姿を現した。

 洞窟を塞ぐホフマンの一団、ヴァイキング達はそれを更に取り囲む形で配されている。

 武装したヴァイキング達に囲まれ、それでもホフマンは戦意を失わなかった。


「ぬかせ! 高が20人で、倍以上の数を囲んで調子に乗るな!! おめえらやっちま―」

「遠慮すんなよ、放て! 腹一杯食わせろ!!」


 ジョーンの合図で、包囲していたヴァイキング達は投げ槍を放ちまくる。

 森で作った木の槍は殺傷力は劣るが、苦痛を与えるのには長じ、材料に困らず幾らでも用意できた。

 松明が的となったホフマンの兵達は、為す術無くズタズタに引き裂かれる。

 ヴァイキング達は怒声と雄叫びを上げつつ、しかし正確に無尽蔵に投擲を続けた。

 地に落ちた松明が下から照らし、夜の森に彼岸花の様な血飛沫が舞う。


「攻撃止め! ……人質が欲しいからな。ぉ、丁度良いのがいるじゃねえか」


 一頻(しき)り打ち据えた所で、ジョーンは投げ槍を止めさせる。

 (うめ)き声を漏らす肉塊の中、投げ槍の嵐の中で無事な者は1人だけだった。

 落ちた松明に照らされ、既に事切れた部下達を盾にしたホフマンが、闇に浮かび上がる。

 褒められた真似ではないが、それでも何も出来ずに貫かれるよりはマシであろう。

 槍に貫かれた部下達もそれなりに生き残っているが、苦しげな嗚咽おえつを吐くのみだった。

 その中にあって、まだホフマンの目は死んでいない。


「降伏を勧告する、大人しくすれば命までは」

「ふざけるな! 薄汚い蛮族共め! 俺はまだ負けてねえぞ!!」


 ホフマンは部下の死体を捨て、興奮しつつ剣を構える。

 既に言葉は通じぬ様子にヴァイキング達は槍を構えるが、ジョーンはそれを抑えた。

 やれやれと頭を掻きつつ、剣1本を手に進み出る。


「勧告はしたからな? 後はお前さんの自業自得だ」


 声にならない怒声をあげ、ホフマンが突っ込んでくる。

 技量は解らないが、体格は明らかにホフマンに分があった。

 対峙しているジョーンは、無感情な視線でそれを観察する。


 大きな横薙ぎ、ジョーンはそれを見切り、剣の根元を叩きつける。

 巨獣に踏まれた様な一撃、ホフマンの剣は耐え切れず折れ、半ば腕ごと地面に叩きつけられた。

 無防備に曝された折れた剣、ジョーンは更にその柄を打ち払った。


「ぐぉ!? ぬぅ……くそがぁ」

「もう充分だろう、その手じゃ剣も握れまい?」


 ホフマンは指を数本落とされ、折れた剣は夜の暗がりへと消えていった。

 戦意を失くしたのか、膝を落とし両手を地面につく。

 それを見やりジョーンは踵を返し、部下に指示を飛ばしつつ今後の事に頭を働かせる。


「フランツ、縛っといてくれ。後はこいつをダシにして交渉を」

「後ろです! そいつ槍を!!」


 ホフマンは戦意を失ってなどいなかった。

 地面に手をついたのではなく、地面に落ちた木の投げ槍を拾っていた。

 禍々しい槍を手にした大男が再度突進し、ジョーンの背後に迫る。

 その槍は正確にジョーンの左胸を――


「っ! ぬぅ!」


 ――深々と鎧を貫いて、鮮血を滴らせる。

 深い闇夜の森にあって、それは鮮やかな紅玉の様だった。


「……っごぁ!? っう……うぁっ……ぉ」


 ぐったりと、ホフマンは地面に倒れ付す。

 振り向き様に突き出されたジョーンの剣は、ホフマンの鎧を貫通し左胸を貫いた。

 狙ったのか偶然か、振り向いた回転で槍はジョーンの脇をすり抜け、空を貫くのみであった。


「ったく、しつこい奴め……。ぁーぁーこれじゃ人質になんねーよ。どうしてくれんだよほんと」


 危機一髪であったジョーンは、安堵や憐憫ではなく呆れを抱いていた。

 やはり人としては褒められたものではないが、ヴァイキングとしては正しいのかもしれない。


「船長、無事だったのは良いんすけど。……この後どうすんですか?」

「知るか……。お前ら死体を数えろ、50人いるなら全滅かもしれん。ったく深々と刺さっちまって」


 既に動かないホフマンから剣を抜き取る。

 暗闇の中松明に照らされ、血塗られた銘が浮かび上がる。

 《Ulfberht(ウルフバルト)》と刻まれている。


「船長の剣って知らない銘ですけど、どこのもんなんですか? やっぱデーンの奴等のですかい?」

「……知らねーな。何を持つかより、誰が持つかだよ。まずは自分の腕を磨け」


 洞窟前の死体を数えながら、新参の船員達がこそこそと話し出す。

 船長のジョーンや、古参には聞こえない様に。


 「よお。なんでうちの船長は、あんだけ腕も立つのに略奪をしねえんだ? お前知ってるか?」

 「知らねーな……。まあ稼ぎは安定してるし、命の危険も少ないから俺はそれで良いよ」


 1人は現状に満足し、1人は少なからず不満がある様だ。

 愚痴気味に、不満のある方が口を躍らせる。


 「っへ、折角ヴァイキング船に乗ってんのによお。地味っつうか、刺激が少ねえっつうか……いっそよその船に」


 不意に、肩をトントンと叩かれる。

 振り向けば古参の、フランツが血の気のない顔でそこに立っていた。

 余り感情は見せずに、淡々と告げる。


「お前の言いたい事は解る。だが船長も絶対に略奪をしないってわけでもない。……単に損得勘定が厳しいだけだ」


 死人の様に冷たく、しかしはっきりと新参者に釘を刺す。

 その様相に気圧されつつ、しかし新参は負けじと口を開く。


「しかし……。ここまでの村を襲ってりゃ空腹で苦しむ事もなかった。そもそも交易が稼ぎのメインってのがどうにも……」


 新参者の抗議に軽く溜息をつく。

 再びフランツは口を開くが、冷淡な中に僅かな怒気が混じる。


「略奪ばっかりで稼げてるヴァイキングは少数だ。船長の過去を知ればお前も納得するだろうが。……これ以上知りたけりゃ、ある程度は覚悟して本人に聞くことだ」


 威圧感を孕んだ締めの言葉に、新参者は押し黙る。

 言うべき事を言い終え、新参たちの仕事を急がせる。

 これ以上の事を話せばフランツ自身も面倒に巻き込まれる、それは御免被るところであった。


 結局、ホフマンが率いていたのが野盗の全員、50人であった。

 残りはホフマン達野盗に脅された村人のみで、ジョーンは図らずも村を救った事で感謝を受ける。

 充分に補給を受けたジョーン達は、再度交易のために船を出す。

 目ざとい狼達に安息は、まだ訪れない。

ここまでご覧頂きまして、真にありがとうございます。

1話完結とは申しましたが、これは次の連載を考えている作品を簡素に調整した幕間のお話です。

諸々の数字等を見て考えたいので、ご批評やご意見などありましたら、忌憚無くお寄せ下さいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。文章もしっかりしているしタグ通りハードボイルドになってます。 [気になる点] 連載前提のタイトルなようで、これ単体で読むと交易してないですし、船長の過去という謎が丸々残ったまま…
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