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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

屋根裏部屋のヤーキーバンギー

作者: 村崎羯諦
掲載日:2018/03/09

 言うことを聞かない子供に対し、母親はこのような言い伝えを語る。


 悪い子がいる家の屋根裏にはね、噂を聞きつけたヤーキーバンギーがやってくるんだよ。ヤーキーバンギーは一人ぼっちの怪物でね、子供を見つけたら、友達になろうと笑みを浮かべて近づくんだ。だけどね、ヤーキーバンギーは恐ろしい姿をしているから、子供は必ず化け物だと叫んでしまう。だから、ヤーキーバンギーも怒りで自分を忘れてしまって、ついつい友達になろうとした子供を頭から食べてしまうんだ。


 やつは桐のように先のとがった歯で頭蓋骨に穴をあけ、そこから器用に舌を使って脳みそをほじくりだす。歯の先には子供だけにしか効かない毒が塗ってあってね、その毒が頭から入ったら、もう身動き一つとれなくなるし、助けを求めて叫び声をあげることもできなくなる。ヤーキバンギーに捕まった子供はあとはもうただじっとヤーキバンギーが脳みそを食べつくしてしまうのを待つしかない。しかも、その毒は痛みを感じなくさせる麻酔でもあってね、食事の間もずっと意識はあるのさ。想像してごらん、大きな怪物があんたの上にまたがって、音を立てながら、脳みそをちびちび舌を使って食べているのを。


 想像力豊かな子供はこの話を聞きながら、自分の脳みそを食べる不気味な怪物を思い浮かべる。そうなれば、もうしめたもの。言うこと聞かないと屋根裏部屋に閉じ込めるぞ。この一言だけで子供は生まれ変わったみたいに、親の言うことを聞くいい子になる。特に昔はそういうものだった。


 現代では、アパート暮らしが増え、屋根裏のある家に住む人の数が減った。また、子供も妖怪やお化けを恐れることもなくなってしまった。それでもなお、このでたらめだらけの言い伝えは語り継がれているのだろうか。私は屋根裏部屋へと続く、はしごを登りながらふとそう考えた。


 その瞬間、踏み締めた梯子がミシミシときしんだ。私はその場で固まってしまう。私の重みで板が抜けるのではと思ってしまったからだ。私はその恐れがないことを確認した後、先程よりペースを落として梯子を登っていく。自分でも呆れるくらいの時間をかけ、やっと屋根裏の入り口に手が届いた。鍵はかかっていないらしく、ぐっと下から扉を押すと、ぎいっと音を立てながら開いた。


 屋根裏部屋へと入った瞬間、カビとほこりが混ざった独特の匂いがした。部屋の中は平均的な身長の大人がぎりぎり立っていられる程度の高さで、ざっと見渡したところ十畳ほどの広さしかない。私がざっと見渡してみても、光が差し込む入り口から離れた奥隅は真っ暗で何も見えなかった。


 そこで私はじっとその場に座り込み、自分の目が暗闇になれるのを待った。次第に、部屋の壁や置かれた家具や資材のおぼろげな輪郭が浮かび上がってくる。乱雑に置かれたタンスやソファ。開きっぱなしの段ボールの箱。物置小屋として使われている、よくある屋根裏部屋の光景だった。


 私は慎重に一歩ずつ奥へ進んだ。舞い上がったほこりを鼻が吸い込み、くしゃみがでそうになる。無意識に近くにあったタンスの上に手を置くと、そこにはうずたかく積もったほこりの層ができており、まるで綿の絨毯のような触り心地がした。その感覚が妙に気持ち悪かったので、私は反射的に手を離した。その際、手がそばにあった木製の鏡台にぶつかり、鈍い音を発した。


 するとその時、私が発した音と連動するかのように、部屋の右奥で何かが動いた。私はそちらへと視線を向ける。すると、ひときわ大きな洋服タンスの裏に、なにか人の気配のようなものを感じた。私はゆっくりとそちらへと近づいて行く。時折、衣装棚やソファの角に身体をぶつけながら、部屋の奥にたどり着くと、そこには十歳程度の少年が息をひそめて隠れていた。


 すでに目は暗闇にすっかり慣れており、少年の表情や身なりを子細に観察することができた。少年は二色からなるボーダーのワイシャツを着ていたが、その服は所々に穴が空いたり、擦り切れていた。細くさらさらとした髪はちょうど目の上で切りそろえられており、今時珍しいおかっぱ頭だった。そして、暗闇の中でもはっきりとわかるくらいの白い肌のあちこちに焦げたような黒い染みのようなものができていた。私はそれが、誰かから殴られたり、つねられたりした跡だということを今までの経験で知っていた。


 少年は突然現れた私を見上げると、恐怖と動揺の表情を浮かべた。目と口が金魚のように大きく開かれ、身体全体が小刻みに震えだす。私が一歩だけ少年に近づくと、彼は野生の猫のように何とか私から距離を置こうと、坐ったまま後ずさりをした。


 怖くないよ、おいで。私は前かがみになり、這いつくばるようにして少年に近づく。後ずさりをする少年。しかし、ここは部屋の隅。すぐに背中が壁についてしまう。私が近づく。少年は手元にあった貯金箱のような円筒を手に取り、それを私に投げつけてきた。そして、少年はその隙を狙って、私の横を通り抜けようと試みる。しかし、私は逃げようとする少年の足首を後ろからつかんだ。少年は前のめりに転倒し、足をつかんでいる私の方を絶望の表情を浮かべながら振り向いた。


「ば、化け物!」


 心無い言葉に私の胸がちくりと痛む。しかし、これは慣れっこだった。私が出会ってきた子供たちはみな、同じような言葉を私に投げかけてきたからだ。私はぐっと力を込めて、少年の足を引っ張る。少年は手を床に張り付け抵抗を試みるが、しょせん、子供の力では何の意味もなさなかった。


 少年の足先を私の口先までもってくる。小さく可愛らしい足の指に私は愛おしく接吻し、大きく口を開けて足の親指にかぶりつく。少年は痛みのあまりつんざくような叫び声をあげる。


 言い伝えはでたらめだらけだった。私は子供を頭から食べることなどしないし、麻酔のような毒を持っているわけでもない。私はいつもこうして足先から時間をかけて食事をし、子供は命がある限り、痛みと恐怖の叫び声を上げ続ける。私から逃げようと足蹴りをしたり、ばたばたと身体を動かし、私から逃げようとするのだから、じっとしていることなどありえない。


 そうこう考えている間に、私は少年の右足首から先をすっかり食べつくしてしまった。少年はショックとあまりの恐怖で、いつの間にか気を失っていた。いや、もしかしたらもうとっくに死んでしまっているのかもしれない。


 私は脛、ふくらはぎ、太ももを平らげ、もう片方の脚へと移る。真っ暗な部屋の中で、私は黙々と男の子を食べ続けた。血の鉄臭さが鼻腔をくすぐり、歯の間には柔らかい肉と骨が詰まって気持ちが悪い。生きようと必死にもがく子供を組み伏せ、強引に彼らを食すのは気持ちの良いものではなかった。それでも私は食べ続けなければならない。それは本能でもあったからだ。


 一、二時間をかけ、私はようやく少年のすべてを胃袋の中に収め切った。床には子供の血で小さなたまりができていた。手で触れてみると生暖かい。それはまさに先ほどまでそこに一人の人間が生きていたということの証明だった。


 私は不意に顔をあげ、周囲を見渡した。屋根裏部屋は相変わらず真っ暗で、ここには自分以外の生物の気配は感じられなかった。重い静寂が私の頭と肩にのしかかる。私は悲しみに身体を明け渡し、声をあげて泣いた。私はどうしようもなくむなしかったし、寂しかった。でたらめだらけの言い伝えの中で、わたしが一人ぼっちの怪物であることは疑いようもなく正しかったからだ。


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