第1話 入学式
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魔王、それは世界中の人間を畏怖させる魔族の王。
その力は勇者や英雄たちが束になっても敵わないほど圧倒的。
人間よりも圧倒的に優れたステータスにものをいわせているだけで戦術や戦略とは無縁なのが魔族。
しかし、魔王は魔族の中でも飛び抜けたステータスを持つ上に戦術や戦略を考えられるだけの思考能力を持つ。それこそが魔王が最強たる所以である。
ただし、魔王は無用な争いを好まず、敵対しないものに対しては温厚である。
人間たちは、その圧倒的な力を恐れることはあっても手を出そうとはしない。何も仕掛けてこないのに勝てない相手にわざわざ挑むことはない。
だからこそ魔族と人間たち良好な関係を築くことができている。
そして魔王は今、人間の国の中で最も大きいサイギル王国の王宮で国王と向かい合っていた。
ただし、向かい合うふたりの間からは剣呑な雰囲気は微塵も感じられない。
ふたりは人間と魔族の関係が悪かった頃からの知り合いなのだ。当時からふたりの仲は良く、それはふたりが王になってからも変わることはなかった。
「今日は何の用だ?」
今回はただ遊びにきたわけではないということを分かっていた国王は魔王にそう問いかける。長い付き合いなのだからそのくらいはわかる。
そもそも王は仕事が多いので遊んでる暇なんてそうそうない。
「単刀直入に言おう、息子をこの国の学校に通わせたい。息子にはまだ若いうちに人間の文化に触れておいてほしい。力にしか興味がない魔族とは違い、人間には美しい文化がある。それに触れておくのは間違いなく良い経験になる」
息子を留学させるなど、優れた思考能力を持つ魔王だからこそ発想できることだ。
他の魔族ではこんなこと考えもしないだろうし、考えたところで実行に移そうとはしない。
「そういうことならば許可しよう。この国で最も大きな学校、アマン国立魔法学校に通えるように手配しておく」
国王は全く躊躇うことなく許可した。
魔族である魔王の息子を人間の学校に通わせることは利益になる。
優れた生徒がひとりいることによって他の生徒は努力を怠らないだろう。そうすればもともと優秀な生徒が更に磨かれることになる。
利益があるのにわざわざ友のお願いを聞かない理由はない。
こうして魔王の息子が人間の学校に通うことが決定した。
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魔王がサイギル王国の王宮に訪れてから1ヶ月程が経過したある日。
魔王の息子、リンクこと俺はアマン国立魔法学校の門の前で立ち尽くしていた。
──美しい……。
広大な敷地には茶色に塗られた建物が並んでいた。
ひとつひとつが芸術作品級の建築物の美しさをより際立たせるように配置されている。
魔界には文化というものがおおよそ存在しない。
つまりこの学校のような美しい建造物も魔界には存在しない。
数日前から近くの借家に住んでいる俺だが、この学校を見るのは初めてだ。
美しいものを見て美しいと思える感性を持っていた俺は初めて美しいものを見て立ち尽くすしかなかったのである。
そして、そんな俺に多くの人が奇異の視線を向けてくる。
この学校に通えるような人たちはほとんどが貴族か大商人などの子供たちである。そのような人たちはこの程度のもの見慣れているのである。
……彼らには美しいものを見て立ち尽くす俺の気持ちはわからない。
こうして何分立ち尽くしていたのだろう。
未だに美しい校舎を見上げていた俺は人通りが徐々に少なくなっていくことに気付かない。
やがて誰も通らなくなり、そして入学式の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
その音でようやく俺は我に返る。
この学校はとてつもなく広い。まともに走ったなら門からでも入学式会場である体育館まで5分はかかるだろう。
しかし初日から遅刻するわけにはいかない。
そこで俺は力を解き放つ。
魔族としての身体能力を最上級の補助魔法で強化し、更には恐らくこの学校で誰も使えないであろう最上級の風と火の魔法を後ろ向きに噴射、反作用の力で前に進む。
風魔法で自分の周りに存在する空気を全て味方にする。重力魔法で重力の向きをねじ曲げる。地面を蹴ると同時に足からも風と火を発生させる。
ひとつひとつがチート級の魔法を考えられる限り組み合わせて5分を1秒まで短縮し、チャイムが鳴り終わると同時に体育館に飛び込む。
体育館に爆音が響き渡る。
ただし体育館に入ると同時に体育館に結界魔法を発動したため全く被害はない。
「ふぅ~、何とか間に合ったか?」
俺は呑気な声をあげて周りを見渡す。
と、そこで俺は周りが固まっていることに気付いた。
俺はぎこちなく笑う。
内心は自分がやらかしたことに気付き、汗だらだらだった。
そして放心状態から脱した新入生や先生たちが次々とざわめき始める。
「おい、なんだよあの半端ないやつ」
「どんなスピードで突っ込んできたんだ?しかも建物に全く被害がないぜ?」
「一体どれだけ高威力な魔法を使ったんだ?」
放心状態に陥っていた新入生たちが次々と意識を取り戻し、このざわめきはどんどん大きくなっていく。
ここまで騒ぎが大きくなってしまってはどうしようもないと思った俺は取り敢えず周りを無視して列に並ぼうと、近くにいた先生にどこに行けば良いのか尋ねる。
その先生は戸惑いながらも俺のクラスとそのクラスの人たちが列んでいる場所を教えてくれた。
どうやら体育館の入り口に全て書いてあったらしいのだが、俺はそんなものを見ている余裕はなかった。
俺がしっかり列に列ぶと、若干騒がしいままだが入学式が開始される。
あんなバカみたいなことしなくても転移魔法で一発だったと俺が激しく後悔している間に開会の言葉、校長挨拶、新入生代表挨拶と入学は順調に進んでいき、やがて閉会の言葉が終了した。
俺が何事もなかったとホッとしたのも束の間、入学式後すぐに校長室まで来いという旨を俺に伝える放送が流れる。
そして、俺はクラスメイトたちからの視線を感じながら重い足取りで校長室へ向かうのだった。