第3話「竹下、合流」
オークション工房の店内に入ると、落ち着いた雰囲気の内装が目に入る。
ほんのり暗めの灯りと、店内に流れるジャズミュージックは、まるでバーを思わせる。
もっとも、回転寿司屋特有の内装である、チェーンコンベアに沿って展開される座席は変化していない。
ただ、席の間には仕切りが新しく設置されており、カウンター席がどこぞのラーメン屋みたいになっている。
「いらっしゃいませ。1名様でしょうか」
「あ、いえ、竹下の連れなんですけど……」
店の入り口で突っ立っている山田に、バーテンダーの姿をした女性店員が、入店の案内をしてくれる。
身長は山田よりも頭半分くらい低い。胸元に高級そうな金属の名札がついていて「瀧本」と書かれている。前髪を残しつつ、紺色の髪ゴムで髪を後ろにまとめている。顔つきは落ち着いて、どことなく冷めた感じもする。
「かしこまりました。竹下様は奥のテーブル席にいらっしゃいますので、どうぞお進みください」
そういうと、瀧本は裏手に行ってしまった。
案内してくれると思っていた山田は一人取り残され、仕方なく周囲を見回した。
店内はシンプルな作りで、1本のチェーンコンベア―が輪を作っており、それに沿って入口から見て手前にカウンター席、奥にテーブル席があるようだ。
カウンター席は少し改装されており、一人一人の空間ができるように仕切り板で分割されている。
店の入り口から席に人が座っているか確認することができるようになっており、どうやら数人の先客がいるようだ。
あんまりじろじろ見るのは失礼かなと思い、山田はそそくさと奥のテーブル席に移動した。
テーブル席の方に移動し、さりげなくテーブル席の客を確認しながら進んでいると、奥から二つ目のテーブルから上下する手が見えた。
それから、見覚えのある顔がこちらを覗く。
山田は苦笑しながらもその席に向かう。
「お待たせ、竹下」
「おう、待った待った、すんごい待ったよ。具体的には熱いお茶を3杯飲み干すくらい待った」
おなかをぽんぽんと叩きながら、竹下は山田の分のお茶を注ぐ。
「はいはい遅れて悪かったよ……ありがとう」
注いでもらったお茶を一口飲んで、一息つ……こうとしてむせた。
竹下に注いでもらったお茶が、異様に濃かったからだ。何なら粉末特有のざらついた感触さえあった。
竹下を見ると、何食わぬ顔で自分の分のお茶を注いでいる。茶葉の粉末をドバドバドバドバ……。
あれだけ入れられたら、むせてしまうのもうなずける。
「っけほっ……おい、茶葉を入れすぎだ。濃すぎる」
「なーに言ってる、これがいーんじゃないか。濃厚な味と確かな舌触り。んー、お茶はこうじゃなきゃ」
お湯を注いで、それをおいしそうに飲む竹下。
正気か、竹下。死ぬぞ。
まあ価値観の相違というものは得てしてよくあるものだ。そういう現実には理解がある。
とりあえず今度からお茶は自分で入れようと、山田は心に誓った。
「それより。例の情報は本当なんだろうな」
「んーおうよ。これを見てくれ」
竹下はお茶を机に置くとバックの中から折りに畳まれた紙を取り出し、机に広げた。
どうやらオークション工房のチラシのようで、派手なデザインの中に商品の写真が印刷されている。
しかし、肝心の値段がついていない。
その代わり、商品の右下に日付と時刻が書かれている。
この日時でオークションが開始されるということだろう。
それにしてもすごいのは、竹下の情報収集能力の高さだ。
オークション工房のチラシは、プレミアム会員限定の販促アイテムであり、大学生が手に入れることはない。
それどころか、今は大学生がこの店を敬遠している状態だ。
現状ではチラシを目にすることすら難しいだろう。
実際、オークション工房のチラシの存在を山田は知っていたが、見たことはなかった。
このチラシは情報という名の武器だ。
どの時間帯からオークションが開始されるかを知っていれば、欲しい商品のオークションに参加し損ねることがなくなり、無駄のない動きで商品を狙うことができる。
「この店のチラシか……こんなもんどこで手に入れてくるんだよ」
「まあちょっとな。そ・れ・よ・り・も、これだ!」
チラシ右上の隅の方をペンで示す。赤いマーカーペンで何重にも丸されている商品がある。
「『となりまちブルース』……おいおい、本当にこれなのか?驚くほどつまらん商品名だが」
「いやいや、これは符丁だ。確かにネーミングセンスは疑わしいが、俺たちの目当ての品は、間違いなくこいつだ」
竹下は机にもう一枚小さな紙を出した。どうやら何かを殴り書きしたメモのようだ。
「これは、情報提供者からの情報をメモしたものなんだが……」
「竹下……」
山田が竹下の説明を遮る。メモをじっと見つめて、何やら考え込んでいるようだ。
「なんだ」
「……お前、字汚いな」
竹下は目をぱちくりさせて、何とも言えない複雑な表情になる。
余計な茶々を入れるのは山田の悪い癖だが、竹下としては真剣な話に水を差されて、おまけに余計なお世話だ。
「……ま、否定はしないけどよ。こんなもん、読めりゃいいんだよ、読めりゃ」
「そうだな、すまない。話を続けてくれ」
「えーっと、それでだな。このメモに書いてある……あれ、これなんて書いたんだっけな……」
読めないのかよ。山田の口が流れるようにそう動いた。
「あ、そうだそうだ。“参考書”だ」
竹下はしばしの間うなっていたが、ふと思いだしたようにポンと手を打った。
「参考書?参考書がどうかしたか」
「情報提供者によれば、俺たちのお目当てのものは参考書のタイトルを符丁にしているらしい」
「なるほど。ということは、商品名の“となりまちブルース”だから……」
「“ブルース”が符丁だな。参考書の……ブルース有機化学のことだ」
竹下は鞄の中から大きくて分厚い本を取り出した。
彼らにとって見覚えのある、忌まわしき存在である。
参考書“ブルース有機化学 第7版”。
二人の受けている“有機化学Ⅱ”の講義の参考図書である。
山田は合点がいったようで、うんうんとしきりにうなずいた。
「では、となりまちブルースが、目的のブツということだな」
「そうだ。となりまちブルース……改め、有機化学Ⅱのテスト用紙を競り落とす。それが今回の俺たちの目的だ」
山田と竹下はごくり、と生唾を飲んだ。