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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
2章
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2話:三大禁術

 枯木と雑草以外に何も無い荒地かと思ったが、所々に建造物の残骸が見えた。


 崩壊した町、そのなれの果てだった。

 この町跡は小高い山に囲まれ、直径二、三十キロ程度の円形をしていた。

 あちらとこちらでは半日ほどズレがあるのか。見上げると太陽があった。空も青かった。あちらと同じ。


 しかしその空には無数の線が刻まれていた。一本一本の線は短いが何れも交差することなく、遥か彼方の上空に引かれていた。傷跡――そんな印象を受ける。


 ここは異なる世界なのだと、あらためて実感する。


「そこの鎧の人……」

「グレイ、そう呼ばれている」


 灰色の鎧だからグレイ。見たまんまの名前だった。


「グレイさん。ここは何処ですか?」

「自身が何処にいるかも知らぬか。ゴンドワナ大陸はアラビナ半島の東、クシミナ遺跡だ」

「クシミナ遺跡?」

「それすらも知らぬか……異世界人が穴から湧き出るとは、まことの話だったか」


 どうやらグレイによると、ここには異世界人が時々出現するとのこと。異世界人はそこまで珍しい存在じゃないらしい。

 このゴンドワナ大陸とは別の大陸に、異世界人が造った国もあるみたいだ。


「グレイさん。俺達以外にもう一人、男がここに来ませんでしたか?」

「いや、見ぬな」

「そうですか」


 約束の男は他の場所に転移したのか?


「友と離別でもしたか」

「いや……友人ではないです」


 友などでは決して無い。討つべき敵だ。


「其方は殺めたムーチャと伴に現れたのだからな。深くは詮索しまい」


 俺はこれからどうしたらいい? この異世界で知っている人はいない。ついさっきまでは一人いたが、それも死んだ。


 自分の体を見る。あっちの世界の自分と何一つ変わりない。この痩せっぱちな体で、どうやって生きていけばいい?

 この荒地で考えなしでは餓死するほかない。

 とりあえず復讐は一旦置いといて、まずは自分の生計を立てなければいけない。

 少し罪悪感を抱きながらも俺は決意した。


「グレイさん、貴方はこれからどうするんですか?」

「我は明朝この地を発つ。異世界人、行く当てもないのだろう?」

「はい」


 無さ過ぎて困る。


「うむ。最寄の町までなら連れて行ってやろう」

 渡りに船とはこのことか。

「いいんですか?」

「その身では山越えもできぬであろう。むざむざ死地に赴くことはあるまい」

「死地?」

「この周囲を囲む山――マバレイ山脈には魔物が出るからな」

「魔物……」


 魔物のいる世界か。

 どうやらこの人に頼る以外無いらしい。見た感じかなり強そうだ。


「無論、タダでは無い。その方の剣を代金としてな」


 グレイは大地に突き立てられた刀――グレート・リッパーの方に顎をしゃくる。


「これは借りた物でして……」

「元いた世界までわざわざ返しに行くのか?」


 そう言われて、今の所、返す当ても無いと知る。


「確かにそうですね。ではこの刀と引換にお願いします。ただし代金は貴方がちゃんと俺を町に連れて行ってくれた時に払います」

「よかろう」

 道中に魔物が出るなら、武器は必要だ。


「ありがとうございます」

「で、其方の名はなんと言う?」


 俺はそこでひとつ思案し、応えた。


「エリウス、俺はエリウスです」


「ほう。エリウス……か」


 その反応で悟った。

 ここは、この異世界は、あの夢の中の世界なのだと。

 あの夢のどの時代に転移して来たかは謎。だが完全に見知らぬ、縁もゆかりもない世界に投げ込まれた訳では無いと知り、少しだけ安堵した。


「エリウス、英雄と同じ名を持つ者……」


「英雄と同じ名前ですか……?」


 素知らぬ顔で俺は応じる。


「こんな貧相な体に、英雄の名前。両親を憎むばかりです」


「近頃は英雄を謳う者も多いが、まさか英名を持つ者が現れるとはな……」


 鎧が触れ合う音と伴に、グレイはカタカタと笑った。

 しかし、その白い右目は死んだままだった。

 左目は深い傷を負い、完全に死んでいた。


「少し場所を移すか」


 後ろ髪を引かれる想いもあるにはあったが、いつまでもその死を悼んではいられない。

 夜があける。グレイとともに、はじめての町に歩を進める。






 少し、と言われて油断していた。

 実際は日が沈むまで歩いた。否、まだ歩いている。

 朽ちた荒地の変わり映えしない風景に飽きたのもあるが、道中でグレイと多くの話をした。


 夢の中の有って無い様な記憶だけでは、一瞬でデッドエンドになってしまう。情報収集は必須だ。


 この世界の人々の営み、魔法やら魔物やら物騒な類、この世界で絶対にしてはいけないことを教えてもらった。神や悪魔が本当にいる世界なのだ。あちらでもそうだが、特に宗教的なタブーは絶対に知っておくべき事柄だ。


 グレイも全ては把握していないみたいだったが、国や種族によって異なるタブーもあるらしい。

 ただ絶対的にこの世界で共通するタブーがあった。


「神や悪魔でも犯せぬ禁忌の術だ」

「なんですか?」


「蘇生術、傀儡術、転移術――これらを三大禁術と呼ぶ」


 その三つの術の中身は、その名の通りだろう。

 一瞬言葉を失う。


「前ふたつは、この世に存在しない術だ。転移術は……神と悪魔によって禁じられている」


 俺は酷い頭痛に襲われる。


「それって……俺はもう元の世界に帰れないってことですか?」


「そうなる。転移を試みた異世界人もいたが、試みる瞬間に必ず爆ぜた。試みた、だけでな。主は見ておられる」


 爆ぜた? 爆死? いやいやいや。

 俺はゆっくりとグレイの言葉を飲み込む。

 吐き出してしまいそうになりながらも、なんとか飲み込む。


「転移は……死罪? ただ元の世界に帰ろうと試みることさえできない……?」


 声が震えた。グレイは首肯する。


 あちらの世界に美玲が転移していたこともあり、俺は絶対に帰還はできると楽観視していた。

 しかし違ったみたいだ。

 成功、失敗に依らず、転移しようとすると死ぬ。



 荒れ果てた大地と傷ついた空に挟まれた世界――なんて世界だ――涙が零れた。



 薫さんはどうなったろう? 無事だろうか? 葛切氏は? 両親と弟。みんな俺のことを好いては無かったろうが、俺の方は好きだった。

 また会いたいと思っていた。


「あちらの世界が恋しいなら、異世界人の国にでも行ってみることだ」


 そうじゃ無い。あの人達が恋しいのだ。

 しかし彼に訴えても仕方ない。


 俺は立ち上がる。この異世界で、前に向かって一歩一歩と踏みしめていく。

 それ以外にできることはなかったから。

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