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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
4章
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1話:エリウス会の女達

 ナイフの刃先で睨みを効かせ、次の一撃に備える。

 あの強靭な顎で噛み付かれたら骨ごと持っていかれるかもしれない。単体では龍狗に大きく劣る。しかし数だ。いったい何匹に囲まれている?

 闇の中でぎらつく瞳孔は、ざっと数えただけでも十四対。そのひとつひとつが俺の方へ向いている。


「キールよ。大丈夫か?」


 前方を進む馬車の荷台からグレイの声が聞こえてくる。


「グレイ! もしも何かあった時はその人達を頼むぞ!」


「なるべく早く戻れ!? 財布が空になるまでにな! ふはははは!」


 グレイの手を借りるつもりは毛頭無い。彼の力を一度借りれば、それで十万ブレット支払わねばならない。

 ポポロポは三十万ブレット、ミミンに至っては百万ブレット。仲間とは困っていたら助け合うもの。その関係はプライスレス。そして俺たちは仲間。それが俺の認識。そのはず。そうだよな? どっちとも間違ってないよな?


「タダほど怖いものはありませんからね」


 そう言ったのは、ポポロポだったな。それは普通タダで貰う側のセリフなんだけどな。タダ程怖い物は無いので、お金を払って下さい、とか変だろ。


「いや、これは俺の仕事だし。手伝ってくれないのも分かるけど……」


 仲間達に俺の仕事をタダで手伝う気が無い。それは道中でも証明されていた。山猫の群れに囲まれた時も、俺一人で戦った。左腕を負傷しただけで済んだのは幸運だっただろう。俺が戦う様を、仲間たちは楽しげに観戦するだけだった。


 しかし今回はやばいのでは無いか?


 あの山猫の倍の数の狼の群れ。

 報酬の一部を諦め、彼らの助けを求めに戻るべきか……。

 そうだろうな。決断は早い方が良い。


「狙いはコレだろ?」


 皮を剥いだ兎を群れの中に放り投げる。しかし狼達は見向きもしない。


「狙いはやっぱり俺かよ……」


 ナズルカの森の北、徒歩三日の距離にある林道。ここの肉食獣達は多対一を徹底していた。ハグれた奴を狩る、そんな習性があるみたいだ。


 仲間までの林道を立ち塞いでいた狼達が走り出す。


「ヤバ……」


 先頭の一匹がナイフを構えた所に跳びかかってくる。

 俺を見ろ、俺に攻撃しろ、そんな意志を感じる。


「罠と分かってても――切るしかないんだろ!?」


 向かって来た狼の鼻先をナイフが掠める。手応えは無い。空を切る音が虚しく響く。

 そして一匹が跳び下がったのと同時に、後方からの追撃を受けた。

 予想通りだ。予想通りだが、なす術が他にない。

 足首から鈍い痛みが伝わる。


 噛まれた右足を思いきり振り払う。が、狼は噛み付いたまま離れない。体が宙で反転しても、その牙は食い込んだまま。


「放さないなら……それまでだ」


 ひるがえった狼の頸椎――その隙間に刃を通す。生命線の断絶。顎の力を失った狼は、俺の足から離れ大地を二転三転する。


 その隙を突いて、俺は地面に小球を叩きつける。

 破裂音が鳴り響く。

 港町で購入した癇癪玉だ。


 俺は聴覚を失いながらも駆けだす。足の痛みはほぼ無い。両手足に巻き付けた厚布が、俺を守ってくれた。


「キール。まさか敗走か?」


 グレイが遠くでそんなことを言った気がした。彼は俺の無様な姿を見て、楽しげに笑っているのかもしれない。

 敗走して仲間にみっともなく助けを求める、か。


「んなワケないだろっ!」


 俺は踵を返す。

 思いのほか狼達が接近していて、一瞬体が強ばる。あくまで一瞬だ。


 一匹二匹と迫り来る狼たちを切り伏せていく。

 囲まれて多対一なら勝てないが、所詮狼。一対一の繰り返しならば問題ない。

 半数程狩った時に狼達は諦めた。林の中に逃げ去った。



 俺も大分戦うことに慣れたのだろう。

 周囲への警戒を維持しながら、倒れた狼の息の根を止める。確実に殺してから死体を回収する。馬車まで狼を背負い、荷台にどさりどさりと積んでいく。


 荷台にはグレイとポポロポと猫の姿のミミンも乗っている。


「お疲れ様です。今度は赤色狼ですか……」


 ポポロポががっかりした様な声で俺を迎える。その赤色狼と呼ばれる魔物に、そこまでの価値は無いみたいだ。




「ありがとうございます」


 そう礼を述べたのはエリウス会の女――依頼主のリリアンだ。

 彼女は馬の横を歩いている。

 その三歩後ろに女が二人。名前は知らない。顔は白いベールで隠れている。


 まだ荷台には女一人が座る余裕があるのだが、彼女達は歩くことに固執していた。

 初日、疲労したであろう彼女達を気遣って馬車に乗ることを勧めたが、それはリリアンにきっぱりと断られた。


「英雄エリウスが歩いた道を歩くのです」


 彼女達エリウス会の信者は、その名の通り英雄エリウスの信者だ。

 エリウスの言葉を信じ、エリウスと同じ苦しみを背負い、そしてエリウスの復活を信じている、らしい。


 この世界の人々はなるべく彼等と関わらな様にしているみたいだ。面倒なのだ、と。それもあってか彼女の前では、グレイも俺をエリウスと呼ばないし、ミミンは少女の姿にならない。




 まぁ彼女達の狂信者振りは、依頼を受託した時から知れていたが。

 彼女はその時こう言ったのだ。


わたくし、いえ私達は英雄エリウスの供物なのです。復活した英雄の体を癒す為、この身の純潔は保たれねばなりません。私達の身がもし穢されようものならば、躊躇わずこの首を刎ねて下さいませ?」


 ゴブリンの村のこともあって、俺はなんとも複雑な気分になった。

 強制はしないと言うので、まぁそこまで気にはしなかったのだが。




 遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。


 リリアンが言った。

「もう少しで林を抜けます。そこで野営しましょう」


「安全なのか?」


「林と林の合間で、獣達の縄張りの境界線になります。そこが唯一の安全地帯でしょう」


 彼女の言う事に間違いは無さそうだった。

 その林と林の合間には消し炭がちらほらと見られた。ププリンからエルシャロームまで向かう旅人達は皆ここで休息を取るのだろう。

 荷台からグレイとポポロポが降りる。グレイは火の準備を。ポポロポは夕餉の準備を

 何もしないわけではないみたいだ。



 彼等の今日の夕食は芋煮だけだった。兎肉を鍋に入れる予定だったが、それは俺のせいでできなくなった。まぁ仕方ない。


 俺はそれとは別にさっき狩った狼の肉、と言うか心臓の肉を串焼きにして食べた。ミミンが近くに来てスンスンと匂いを嗅いだが、そっぽを向いた。

 御察しの通り、安い牛肉みたいな味で、やたら固く、いまいちだった。


 この旅ではできるだけ狩った魔物の肉は食べることにしていた。その甲斐もあってか、龍狗以来初めて体が光った。


「塵も積もれば何とやらですね」


 ポポロポが羨ましそうにこちらを見てくる。


「まぁね」


 俺は膝の上で丸くなるミミンの頭を撫でながら食後の余韻を楽しむ。



「しかし、アレはいったいなんなんだ?」


 俺は離れた所にある布の囲いに目をやる。中で火を燃やしているのだろう。三人の影が映し出されている。その影はかれこれに三十分は形を変えていない。


 さっさと食べないから、せっかくポポロポが作ったスープが冷めてしまっているのではないかと思う。


「あぁ、あれか?」

 俺の疑問にはグレイが答える。


「食前の礼拝らしいぞ。祈った所で何も無いと言うのに。そうであろう?」


「知らないけど」



 彼女達三人はその囲いの中で夜を過ごすみたいだ。

 いったい中で何をしているのか、気にはなった。しかしあまりの動きの無さに飽きて観察する気はもう無くなってしまっている。



「このまま北進すると、明日の夕刻にはレンダーナウと言う町に着きますね」

 ポポロポが地図を広げて言う。


「レンダーナウね。どんな町なんだ?」


「商人ギルドがある町だってマスターは言ってました。他の情報は自分の足で見て来いって」


「商人ギルドねぇ」


 ププリンの港にあった商人ギルドは中々の規模だった。メインは魚介物で、塩漬けされたニシン等を他の町に卸しているとのことだった。

 ププリンの港部分は湾になっていて漁業には向いているのだろう。じゃあレンダーナウでは何を主に取り扱っているのだろう。


 焚火の管理はグレイとポポロポと交代でしくれた。

 俺は次の町へ思いを馳せながら休息を取った。




 翌日のレンダーナウへの道も、これまでとほとんど同じだった。

 途中で山猫に二度、野犬に三度、遭遇して戦った。

 それ以外に特筆することは無い。

 不完全燃焼みたいなモヤモヤとした気持ちで、俺はレンダーナウの町に辿りついた。




「では、この町には二日間の滞在で宜しいでしょうか?」


 リリアンの声に俺は了承する。


「では三日後の朝、同じこの西口で会いましょう」


 そうやって俺達はエリウス会の女達と別れた。


 ププリンの町とは異なり、レンダーナウの町の外周に塀は無い。門番がいたりとかも無かった。蝸牛もいなかった。

 町人は人間か羊角を生やした亜人か、そのどちらかだった。

 まぁ蝸牛みたいな変な種族を求めていた訳じゃないしな。


「まずは商人ギルドへと向かう。それで良いか?」


 グレイが頷く。


 目的はこれまで狩ってきた魔物の売却。こういうのは商人ギルドで売るのが一番良いらしい。



 レンダーナウの商人ギルドは、町の中心部、一番目立つ所にあった。


「いらっしゃい。レンダーナウ商会にようこそ。何用でしょう?」


 俺は恰幅の良い男に声を掛けられる。


「こんばんは。買い取って欲しい物があるんですが、良いですか?」


 そう答えて、背中の荷を下ろす。


「赤色狼に大山猫モドキの毛皮ですか……」


 男は興味なさげに告げる。


「締めて四万二百ブレットになります」


 四万二百ブレット……。

 獣達を狩って毛皮を剥ぐ作業と割に合っていない。


「もう少し高く買い取って貰えないですか?」


 俺の問いに男は首を振る。


「心臓肉があれば色を付けれますがね。無理です」


 粘る意味はあまり無さそうで、俺は早々に四万二百ブレットを受け取ることにした。



 何と言うか、今回の旅は色々と渋い。


 まずエルシャロームまでの護衛の五十万ブレットと言うのが渋い。

 エリウス会の女の足に合わせながら、ゆっくりとエルシャロームを目指す。

 そのトロさが獣達を呼び寄せる。

 獣達は基本群れで行動する為、単体の力は無くとも厄介な相手だった。


 仲間の協力も渋い。

 飯も渋い。


 骨ばかり折れる旅だった。


「何かお探し物ですか?」

 男が手もみしながら聞いてくる。


「宿は何処にありますか?」


 ポポロポが応じる。


「宿屋なら町の北にありますよ。他には?」

「今は無いです」

「そうですか」



 男が残念そうな顔で俺達を見送る。


「じゃあここで一旦別れましょうか?」


 ポポロポの提案に俺とグレイは首肯する。

 彼女は演奏や町の探索など仕事があるみたいだ。

 グレイは良く知らないが、まぁ放っておいても良いだろう。



 俺は宿屋街に赴き、一番安い宿を見つける。ミミンとそこに泊まることに決める。


 宿は安い割にも、必要最低限度のものが備え付けられていた。

 ベッドとテーブルがある部屋だった。もう少し何か欲しかったが、良しとしよう。

 久しぶりのベッドの感触を楽しむ。



 ミミンが猫の姿のまま俺のリュックを漁る。

 白い肌着に頭を通して人の姿に戻る。


「面倒なことをするなぁ」

「一応ね」


 ミミンが欠伸をしながら答える。


「しかし人の言葉を喋るのも久しぶりね。忘れてしまいそうになるわ」


 ミミンはケットシーと呼ばれる種族らしい。一日に三度だけ猫の姿に変化することができる。


「で、この後はどうするのかしら? 傭兵の仕事を見に行ってみる?」

「そうだな。取りあえず夕食もまだだし、外に出ようか」


 彼女が身なりを整えるのを待ってから、宿屋を後にした。

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