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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
3章
18/25

3話:五人組

 大通りの人の流れは、すべて港の中心地に向かっていた。人型の種族の流れは、だが。人型の種族の多くは物々しい恰好をしていた。

 一方の蝸牛達は別で、布きれ一枚の重度の軽装をしてる。彼等は居心地のいい休憩場所を探しているのか、あっちに行ったり、こっちに行ったりしていた。

 ポポロポはそんな人々を一瞥して言う。


「まずはこの荷物をどうにかしたいんですけど。安くて綺麗な宿屋はこの町にありますか?」

「綺麗な宿屋ならあるが。港側にしかない」


「じゃあ、まずソコに行こうか?」

 俺の提案にグレイは首を振る。

「無理だな。港とは区分けされておる。見てみろ」


 グレイの指さす先には先程の日干し煉瓦の壁とは異なる遠目にも立派な城壁があった。大通りはその城壁に設けられた門に繋がっているらしい。


「確かに無理そうだな」


 目を細めて見ると、門の前には二人の衛兵がいるのが分かった。蝸牛とは違い、人に近い姿の屈強な兵士だ。袖の下は通じなさそう。


「港に行くには身元を保証するモノが絶対に必要になる」

 そんなものはない。

「が、いつまでもポポロポが荷物を背負ったままでは不便だ」

 ポポロポが大げさに頷く。


「ついて来い」


 どうやらアテがあるらしい。

 グレイは大通りから路地に入る。俺とポポロポはグレイに導かれるまま、迷路みたいに入り組んだ日陰の道を歩く。見上げれば両脇の建物の間には洗濯物が吊るされていた。白い布きれは、風に揺られて気持ちよさそうだった。建物の中からは、子供の泣声やそれをあやす母親の声が聞こえて来る。生活臭が漂うどこか懐かしい風景だった。この空気感は嫌いではない。

 更に良かったのが、この世界にも猫がいたことだ。この世界で初めて出会った猫は、首輪をかけられた黒猫だった。餌をねだるみたいに、グレイの傍についてまわる。


 蝸牛達の居住区を抜けると、一軒の古びた店舗があった。

「エリウス、ここだ」


 グレイはそう言って立ち止まる。黒猫はグレイの足に顔を撫でつけている。


「ここ?」

 俺はぐるっと店の全貌を眺めてみる。他の建物とたいして変わり映えはない。それを店舗だと思ったのは、扉の上に看板が掛けられていたからだ。文字は何も書かれていないのだけど。


 グレイはその店の扉を叩く。乾いた木の音が路地に響いた。

 扉が開くと、すっと黒猫が中に入って行く。


「おっ! ミミン! どこ行ってたんだ!」


 扉を開けたのは線の細い男だった。男の声に応じる様に、猫がニャアと鳴いた。


「すまぬが、こちらも見てくれぬか?」

 グレイの低い声で男が振り返る。


「うわ! 随分久しぶりじゃないか! 死んだかと思ってたぞ!?」


 男はグレイの背中に手を回して叩く。

 しばしの歓待の後に、男は俺達二人に視線を向けた。彼は糸目のエルフだった。


「この者達は連れだ。彼女はポポロポ」

「へぇ、プッカか。珍しいね。オレはナーク・ミズリー。ナークでいいよ。宜しくね」

「ポポロ・ポ・ドルーフィーです。宜しくお願いします」

 ポポロポがゆっくりと頭を下げる。


「ポポロ・ポ・ドルーフィー……ポポロポ・ドルーフィーじゃないのか?」


 どこで名前を区切るのかなんて大した問題じゃないが、一応たずねてみる。


「そうですよ。でもポポロポと呼んでもいいんです。ポは可愛いという意味ですからね」


 つまり今の今まで「可愛いポポロ」と呼んでいたわけか。いや「ポポロ可愛い」と呼んでいたのか? 俺は苦笑しながら肩を竦める。


「で、君は?」


 ナークは俺の方に目をやる。


「異世界人だ」

 グレイはそれだけで俺の紹介を終える。


「異世界人……迷い人か。へぇ。珍しいね。名前は?」


 俺はこの当たり前の展開に一瞬たじろいでしまう。

 エリウスを名乗っていいのだろうか……。もう既にグレイにもポポロポにも名乗っている。ここで上山幸太郎と名乗ると厄介なことになるか。特にグレイ。嘘でした、では殺されかねない。それだけグレイが俺へ注ぐ視線は熱い物だった。いや現在進行形でその熱い視線は背中に突き刺さっている。


「エリウスです」


 少し気が引けたが、エリウスを名乗るしか選択肢はなかった。

 ナークは一瞬目を見開いた。そして細い目を更に細くして俺のことを見つめる。


「……まぁ、異世界なら同じ名を持っててもおかしくはないのか?」

 ナークはぼそりと呟いた。それから声を元のトーンに戻して聞いてくる。


「ちょっとかの英雄と同じ名前で呼ぶのはなぁ。悪いけど君そんな感じじゃないし……下の名はなんていうんだ?」


 下の名前……考えてなかったな。エリウス・上山ではちょっと嫌だし……。

 何かいいの無いかな……と考えていると、閃くモノがあった。リュックに入っている本の著者名、それを借りよう。


「エリウス・キルケゴールです」


 グレイとポポロポが顔を見合わせる。ちょっと困った顔色だ。ナークも同じ。


「へんてこな名前。だから下の名前を隠していたんですね」

 ポポロポが憐れむように俺を見てくる。隠すも何も、本当に取ってつけた名前なんだけど。

 ナークが言う。

「キルケゴール、じゃあ呼びにくいなぁ……うん。キール! そう呼ばせて貰うよ! いいかい?」

「いいですよ」

「じゃあ決まりだ」

 ナークは親指を立てる。そして「まぁ中に入ってよ」と俺達を招く。

 ドアをくぐる時にポポロポが肩をポンと叩く。


「宜しくね。キール」


 ちょっと生意気な笑顔だった。口の両端からは、ちっちゃな牙を覗かせていた。

 そういやポポロポに名前で呼ばれたのは初めてだな。

「ま、宜しく。ポポロポ」




 中に入ると、巻物や宝石や楽器や衣類が並ぶ棚がまず目についた。

「何の店なんですか?」

 ポポロポの問いに「ここは旅人ギルドだよ」とナークが笑って答えた。


 彼女は目を輝かせて食い気味に話す。

「初めてです! 旅人ギルドに来たの!」

「そんなにすごいことなの?」

 俺がそう聞くとナークが声を上げて笑った。


「そりゃそうさ! 旅人ギルドはすぐに見つからない場所にあるからね。隣の住民もここが旅人ギルドだなんて知らないよ、きっと」


 町をくまなく調べないと見つけられない。旅人らしいと言えばらしいな、と少し関心した。


「で、用件はなんだ?」

「これだ」


 グレイはポポロポの背負う大きな荷物を叩く。ポポロポが荷物の中身を取り出す。龍狗三匹の亡骸がどさりと床に置かれる。龍狗は綺麗に解体されていた。これもマバレイの山越えに時間がかかった理由だ。血抜き作業はまだしも、その固い龍鱗ごと皮を剥ぐのにかなり手こずったのだ。グレート・リッパーがなければ、まだマバレイの山中にいたかもしれない。あぁグレート・リッパー……。


「これはすごいなぁ。全部で百十五万ブレットってところか……」

 ナークもグレイと同程額を見積もる。

「流石だな!」

「いや、エリウスとポポロポも一頭倒したぞ」

「え? ほんとか?」

 俺とポポロポを交互に見て、ナークは目を瞬かせる。まぐれにせよ奇跡にせよ、嘘じゃないよな。


「この龍鱗で二人分の防具、それと龍肉で何か美味い料理を作ってくれぬか?」


 この提案は俺達三人で決めたことだ。

 一人当たりの取り分である四十万ブレットを刀代にあてる事も考えた。

 しかし「それは勿体ない」とここに来る道中でポポロポに怒られ考え直した。龍狗と遭遇するには森の奥深くに入らねばならず、一般人が狩ることはまず不可能らしい。加えてひとつの山脈に数体しかおらず、とても希少で高価な魔物なのだと。龍狗は姿形は四足獣でも龍族に属する。その龍鱗は軽く丈夫な防具の素材になり、魔物の血肉は強靭な身体を作る糧になるらしい。それを聞くと、龍狗をただの金に換えることはできなかった。


「いつも言ってるけど、オレはオマエの雑用じゃないぞ?」

「まぁそう怒るな。この町のことはナーク、其方が一番詳しいだろう? 良い店を頼む」

 ナークは怒りながらも若干頬を緩ませる。器用なものだ。


「金は?」

「二十一万ブレット……ナーク……其方が払え」

「おい。ふざけるなよ」

 俺もナークと同じことを思った。理不尽だと。しかし違ったようだ。


「それで余った龍鱗と肉をくれてやる。どうだ?」

「まぁそれなら」

 渋々みたいな声で了解したが、その顔にははっきりと喜色が浮かんでいた。


「今日のディナーは任せておけ。とびきりのリストランテを紹介しよう。日が暮れたら大通りの広場に来い!」

 ナークは親指を立てた。




 彼等とはそこで一旦別れた。龍狗を料理するには数時間かかる。加えて防具に加工できる鍛冶屋との交渉もしなければならず慌ただしくなるとのこと。ちなみに納期は上手くいけば二日三日程度らしい。


 俺達は元いた大通りに一旦戻り、今夜の約束の広場まで行った。

 そこまで足を運んだ目的のひとつに町の視察も勿論ある。しかし最大の理由は広場の提示板だ。そこには仕事を募集する広告が貼られているらしいのだ。生計を立てるなら、まずはじめに募集内容を確認すべきだとグレイが教えてくれたのだ。


 広場には大きな噴水があり、その前に大きな掲示板が立てかけられていた。

 ポポロポがそれを読み上げてくれる。


「急募、ゴブリン討伐戦……十万ブレット。十日後発、エルシャロームまでの護衛……五十万ブレット。九月発、ブルーエスト大河までの護衛二百万ブレット。……傭兵の募集はこのみっつだけですね」

「そっか。他は?」

「掃除の手伝い募集とか、農作業の手伝いとか、石材の配達とか……石材の配達は三十万ブレットで金払いはいいですが、かなりきつそうです。あとは二千ブレット以下。雑務ですね」


 傭兵の仕事以外はあまり金払いが良くなかった。他の仕事がしょぼいものしか無い理由は簡単だった。どうやら傭兵以外の大きな仕事はギルドが受け持っているらしい。そりゃそうだな、と納得した。


 そもそもの疑問があった。ギルドとは何か?

 それについてグレイに聞いてみる。


「国という枠を越えた職業別の組合だ」


 グレイは言う。


「商人、戦士、冒険者、旅人、魔導士、聖導士の六つのギルドがある」

「傭兵ギルドはないの?」

「国家間の戦争で雇われ、身内同士で争ってはまずかろう? だからそんなものは無いのだ」

「なるほどですね。考えてもみませんでした。当たり前の事ってあまり深く考えないですからね」


 ポポロポもうんうんと頷く。


「で、どうする?」

「このゴブリン討伐戦ってのは急募らしいけど。討伐戦っていつあるんだ?」

「急募なら、だいたい二、三日後だろう。まぁそれを含めて依頼主に聞いてみるといい」

「そうだな。行ってみるよ。グレイは?」

「ゴブリン戦程度で我が出れば、其方の戦功はなくなるぞ?」

 グレイはカタカタと笑う。

「そっか……。……ポポロポは?」

「今回は遠慮します」

 今回は様子見します。そう聞こえた。




 依頼主の元へはすぐに着いた。何故なら広場横の集会所に武装した人々が大列を為していたからだ。迷うわけがない。

 リュックを背負っているだけの自分はいかにも場違いだった。

 行列はなかなか進まず、陽が暮れた時にやっと俺の番が来た。


「キールです」

 みんなと同じ様に、扉の前に立つ男に名乗る。男は興味なさげに「入れ」と言った。


 集会所には先程まで並んでいた人々の一握りしかいなかった。中央に立つ一際背の高い蝸牛に手招きされる。どうやらこいつが依頼主らしい。


「手ぶらだし、随分弱そうだけど。君、人間かね?」

「はい」

 簡単に俺が自己紹介をすると、彼は「じゃあ君はあっち」と告げた。面接官は俺に対して微塵も興味を持ってないようだが、まぁいいや。


 彼の指さす先には一際弱そうな蝸牛3匹と女の子が1人いた。

 女の子はそのやりとりを一瞥し、さっさと裏口から出て行ってしまう。


「君は彼等と一緒に戦いなさい」

「え?」

 嘘だろ……。話を聞きに来ただけなのに、既に戦うことになっている。しかも自分よりも弱そうな奴等と一緒に。


「ゴブリンとの戦いはゲリラ戦になる。五人一組のパーティーで好きに狩ってくれたまえ」

 背の高い蝸牛は話をまとめにかかる――いやいや。


「あの……俺……」

「分かっておるよ。開戦は三日後だ。それまで英気を養うなり、彼等と作戦を練るなり、好きにしなさい」

「いや……そうじゃなくて。俺まだ行くとは決めてないんですけど」

「受付で名乗ったろう? パーティーを見て引き返すなんて無理な話。断れば罰則が発生するけど、それでも良いのかね?」

「えぇ……」


 どうやら扉の前で名乗ることは、参加申請と同意になるらしい。俺は「罰則」と聞き諦めた。そちらの方が面倒そうだし、何のメリットもないがらだ。



 残っているパーティーの3匹としぶしぶ挨拶を交わす。

「俺はキールだ。宜しく……」

「僕! 僕アレキサンダー! 宜しくね!」

「僕! 僕こそガードナー! 宜しくね!」

「僕! 僕はね、僕はピーター・パトリック! 宜しくね!」


 彼等はとても元気が良かった。


「僕達、戦いは初めてだけど。頑張るから主戦力になれると思うよ!」

 頑張れば何でもできる、とか? マジかこいつら。

「わ、分かった。取りあえず俺はこの後、用事があるから帰るぞ……」

「いいよ! いいよ! じゃあまた明日ね!」

「明日?」

「作戦を練らないと――だよ!」

「……分かった……じゃあ明日同じ時間に噴水前で。あの少女も呼べたら呼んどいて。じゃあさよなら」


 俺は一方的に話を切り上げた。

 裏口を出て広場に戻る。

 ププリンの町はすっかり夜になっていた。

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