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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
3章
17/25

2話:二百万ブレット

 ププリンの町はぐるりと塀に囲まれていた。大した防壁ではなかった。まぁ無いよりマシかな、と言えるくらいの塀だ。素材は良く分からないが日干し煉瓦みたいだった。


 塀には勿論のこと、扉が設けられていた。


 その扉の方を見て、俺は駆ける足を止めた。ポポロポも立ち止まった。

 俺達は顔を見合わせる。


「マ、マジですか……」ポポロポは呟く。

 動揺を隠せないその声で、俺の基本的価値観は異世界の少女にも通じるのだと知った。



 蝸牛だ。

 やたらデカいのが二匹いた。手足が生えた蝸牛。肩から太腿にかけて、白い布きれを羽織っていた。

 二匹は門の左右に立ち、槍を交差させる。


「ちょっと君達、そこで止まって」

 右の蝸牛に呼び止められる。


 のんびりとした声だった。

 ポポロポは何とも言えない笑みを浮かべている。多分俺もそうだろう。


「徽章はあるかい?」

 左の蝸牛が言う。


「き、徽章って何ですか?」

 内心で「うわ、コイツ等喋れるんだ」と軽い衝撃を受けつつ、俺は左の蝸牛に聞いた。


「身分を示すものさ。ギルドのバッジとかでもいいんだけど。まぁ君達を保証する人がいれば無くてもいいよ?」


 どうやら彼等はププリンの町の門番らしい。


 俺達があたふたしている間にグレイが追いつく。

 俺はグレイにだけ聞こえるように小さな声で尋ねた。


「どうします? あっちの世界の身分証はあるのはあるけど……」


 グレイは「まぁ見ておれ」と目を細める。


 まさか切り伏せないだろうな……。そう思わせるほど危険な笑みだった。


 グレイはゆっくりと二匹の前まで歩いて行く。

 その間、二匹は槍を構え「止まれ! 止まれ! 止まれったら!」と叫んでいた。


「落ち着け。敵じゃない」

 二匹は伸びた触覚の先にある目を瞬かせた。


「これで良いか?」


 グレイは懐から何かを取り出して右の蝸牛に手渡す。

 彼はおそるおそる中身を確認する。

 そして悲鳴にも似た叫び声を上げる。


「わわわ! いいのかい?」


「受け取ってくれ」


「うわー! 君達最高! 通っていいよ!」


 呆気に取られながらも俺達は門をくぐる。


「何を渡したんだ」と尋ねて更に唖然とした。

 グレイは4万ブレット入った袋を彼等に渡したらしい――1匹当たり約1万円で買収されたのだ。


 おいおい……この町、大丈夫か……? 俺は不安な気持ちになってしまう。


 大通りを歩く。それだけで俺は悟った。


 心配は見事に的中した、と。


 町人の半分が蝸牛だった。ほとんどの蝸牛達は日傘の下や店の軒下で、自分の殻を磨いたり、パイプを吸ったり、寝ていたりしていた。まるであの門番達が模範的住人の様に思えた。驚くべきほど間の抜けた町だった。





 そして更に驚くべきことをバロールが口にした。



「では約束通り案内料を貰おうか?」



 俺は耳を疑った。

 今までの流れなら、俺達……少なくとも俺とグレイは仲間だ。

 その仲間からグレート・リッパーを巻き上げる……?


 嘘だろ?

 俺は震えた。

 ポポロポはグレイを怪訝そうな顔で見つめる。


「ど、どういうことですか?」

 ポポロポの弱々しい声にグレイが肩を竦める。

「なに。あの刀を対価として、エリウスをここまで案内する。そういう取り決めをしておったのだ」


 まぁそれはそうだけど。


「そ、そうですか……」

 ポポロポの顔は青ざめている。分かりやすい奴だ。


「わ、私もですか?」

 グレイは首を振る。


「其方は先導してくれたろう。それに何の約束もしておらぬしな」

 ポポロポは胸を撫で下ろす。


 ……それは無いだろう。ポポロポが役に立ったのは確かにそうだけど。俺だって役に……そう言おうとした。


 しかし考えてみると、俺は道中で一匹の龍狗を倒しただけで、それ以外は道中ずっと足手纏いしかしていなかった。


 ポポロポが得意げな顔でこちらを見る。


「命の恩人であるグレイさんとの約束を破るんですか? 最低ですね。指を切られますよ?」


 もう既に一本切られているんだけどな、と苦笑する。しかし苦笑するだけでは言いくるめられて終わりだ。俺は何とか反撃を試みる。


「仲間ですよね? 案内料なんてけち臭いこと……冗談ですよね?」

「では仲間から受けた恩は踏み倒すと?」


 痛恨の一撃だった。


 何故ここまで醜く食い下がったのかと言うと、このふざけた名前の刀に愛着が湧いてしまったからだ。良く切れる刀――グレート・リッパー。何の抵抗も無く龍狗の肉を断つ切れ味の良さに感動すら覚えたのだ。非力な俺にはなくてはならない武器。

 真価を知ると手放すのが惜しかった。


「我はその刀が欲しい。さぁ約束を違えるなら、指一本では済まんぞ?」

 グレイは冗談めいた声で述べたが、目は笑っていなかった。

 何かあればすぐに力で訴えるのか……仕方ない。

「分かりました。分かりましたよ。大事な物ですから失くさないで下さいよ……?」


 俺は渋々と、かなり渋々と、肩に掛けたグレート・リッパーを渡す。

 グレイは満足気に笑う。


「今のエリウスには、分不相応というコトだ。其方はナイフでも握っておれ」


 こいつは……今まで散々と過大評価して、俺を奮い立たせたと言うのに。ここでその掌をひっくり返すか。

 馬鹿にされて吹っ切れた。グレイへの敬意は風と共に消え去った。


「なぁ。グレイ、その刀いくらで売ってくれる?」

 敬称も敬語ももういらない。

「む? 怒っておるのか……しかし傍若無人は其方ぞ? ちゃんと我は案内したでは無いか?」

「それはそうだけど、一応借物なんだ。」

「うぅむ……そうか。そうであったな……ではエリウス。言おう。二百万ブレットだ」


 まずポポロポがその額に驚いた。一瞬ビクンと体を震わせた。

 そしてその手を前に出し指を折って何やら計算をし出した。虚ろな顔だった。

 かくいう俺もその言葉を飲み込めなかった。


「は? 前は五十万は下らんとか言ってなかった?」

「嘘は言うておらん。が、まぁ我も見誤った。其方の使っておるのを見てな……素人でも龍狗を容易く貫ける剣。二百万ブレットは下らんだろう」

「ええ?」


「物の価値が分からんと痛い目を見るぞ? 勉強代だ。二百万ブレット耳を揃えて払えば売ってやっても良い」

「嘘だろ……」


 あちらの価格の二倍程度だと考えると百万円か。

 スカンピンの俺が百万円……。


 ポポロポは呟く。

「二百万ブレット……二百万ブレット……手に職無しの彼が二百万ブレット……底辺冒険者や底辺商人では何年かかるか。冒険者でなら五年……商人でなら十年……いやもっとですか……」


 目をぐるぐる回しながらポポロポはぶつぶつ呟く。

「……あぁ……私が先に出会っていれば……くそぅ……にひゃくにひゃくにひゃく……」


 可哀相に。脳味噌が漏れ出てきている。

 しかし二百万ブレット稼ぐのがそんなに大変なのか。まぁ手に職無しの人間でもできる冒険者なんて職業は底辺なんだろう。生活費も考えれば仕方ないかもしれない。

 俺は彼女に一瞥してから、グレイに問う。


「で、俺はどうしたらいいんだ? どうしたら効率よく稼げる?」

「傭兵になるしかあるまい?」

「傭兵?」

「そうだ。傭兵ならどんな者も歓迎だ。仲間もおるから、小金を稼ぐなら冒険者よりかは遥かに死ににくいだろう」

「えぇ?」


 俺は傭兵よりも冒険者ギルドに興味があったのに……背に腹は変えられないか。

 そんな俺の内情とは無関係に、蝸牛はのんびりと欠伸をした。

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