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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
2章
13/25

7話:左眼の傷跡

***************************


「昨晩のあれはなんだ! ヴァルヴィダ討伐の前夜に何を盛っている!」


 野太い怒鳴り声が響く。


「なに? 妬いているの?」


 呆れた様な女の声が応える。


「違う。これから俺達は沢山の命を消しに行くのだ! 他にやることがあるだろう!」


 怒鳴り声を上げるのはバロールだった。

 対するは魔導士ユピユピ。


「無いわよ。ヴァルヴィダは強い。私達は死ぬかもしれない。だから命を繋ぐために、私達は昨夜交わったの。こんな時だからこそなのよ?」


「糞が!」


 バロールは単身で飛び出して行く。


 彼は思う。確かに言っていることは分かる、と。

 しかし他種族の命を消そうとする一方で、自分達の命を次に繋げようとしている。


 その傲慢さに怒っていた。


「話にならん」


 声を荒げる。


 ……命を次に繋げようとする者達が、その手を汚そうなぞ話にならん。


 バロールの覚悟は固かった。

 その精神は鍛え上げた肉体によるものか、生まれ持ってのものか。

 何れにせよ、生まれてこの方、彼の意志を挫く者はいなかった。


「待て!」


 後ろから肩を掴まれる。


「待て!」


 エリウスだ。


「バロール! 待ってくれ!」

 バロールはその腕を力任せに振りほどく。

「俺一人で十分だ。貴様はここで盛っておればいい!」

「待て! バロール! 待て! 一人で行くな!」


 エリウスはバロールの後を追う。


「いらん! 俺だけで十分だ!」

「分かった。オマエが俺達と伴に戦わないと言うのなら、止めない。しかしこれを持て。それが条件だ」


 エリウスの手から六芒星のペンダントが渡される。

 十二の宝石が輝いていた。世界と等しい価値を持つ輝石。

 その光は穢れた黒血の中にあっても失われることはないだろう。


「ふん。これは貴様が得た加護だろう?」

「バロール……お前が何を想っているかは分かる。だからせめてこれを……」

「俺にはいらん」

「頼む……」


 エリウスの今にも泣き出しそうな面。

 バロールは他人の泣顔を見ることが何よりも嫌いだった。


「お前はずるい奴だな……」

「……すまん。赦してくれ」


 バロールはペンダントを首に掛ける。大木を思わす彼の太い首には、少々鎖が短くあった。仲間からの想いに縛られる。灰色凶狼グレイ・ウルフとも謳われた自分には似合わぬ代物だとわらった。


 彼はひとりで戦場へ向かう。




「オマエらが穢れを撒き散らすせいだ……悪く思うな……」



 星の跡では、屈強なヴァルヴィダの戦士が待ち構えていた。

 ヴァルヴィダは十二の指を有する故に、魔法と聖法に長けていた。しかし今は神に見放された身、契約糸バスが切れ、聖法は使えない。力半減といった所。


 つまり絶対の加護と不屈の心体を持つ彼の敵ではなかった。



『あはははは! 逝く逝く逝く逝く逝く!

 滅びる運命だよね、運命! お馬鹿なヴァルヴィダちゃん!』

 天でも無く、地でも無く、その狭間から狂ったかの如き嬌声が響いた。



 打突、斬撃、業火。

 槍の攻めと炎の守り。

 一連の攻守は刹那の間断無く、美しくすらあった。


 続けざまに戦士達を屠って行く。

 兵士達の頭を殴打し、腕を切断し、胸を貫いた。

 まるで赤子の手を捻るかの如く。


「女王はどこだ! 逃げたか!?」


 バロールは右手を前にかざし、自身の体を中心に弧を描く。

 空中に火が灯る。彼が受けた唯一つの契約糸バス。火の神ヘスティアから貰い受けた灰炎。いつもならその円弧の一部が強く燃え上がり、探し人のもとへ導いてくれる――はずなのだが。


「何処にもおらぬのか……」


 バロールは想う。女王にも神にも捨てられたヴァルヴィダを哀れに想う。


『分かっておろうなぁ? 女一人、子供一人、生かしてはならぬぞ?』

 天空からは冷淡な声が届く。

「言われずとも、そのつもりだ」

『ならば良し。天主としてこのアウラ、汝の武勇をしかと見届けよう』


 美しいヴァルヴィダの女兵士がバロールの背後を襲う。白銀の髪が宙に舞う。血が飛び散る。相当の実力の持ち主だ。彼女が人間であるなら騎士団長にも昇りつめたろう。しかし今のバロールの敵ではない。その流れる様な剣捌きも止まって見える。バロールは鎧ごと貫いた。彼女は何か呪詛の様な言葉を残して絶命した。



「糞が……」


 バロールの顔は苦渋に濡れている。

 それは比喩では無く、文字通り苦渋に濡れているのだ。ヴァルヴィダの穢れた血糊が顔中に纏わりついている。六芒星の輝石が無ければ、それだけで魂を滅していただろう。


 戦士はもう両手で数えられるほどしか残っていない。


 バロールは深手を負っていた。

 いや敢えて深手を負ったのかもしれない。ただ手を抜いたわけでは決してない。

 自分も彼等から傷を受けるべきだと感じたのだ。この傷を背負って生きていく。


「すぐに終わらせる」




 最後の一人がバロールの左目を深く傷つけた。

 それは少年だった。少年はその体に不釣り合いな長剣を握っていた。剣は冷気を帯びていた。将来有望な少年兵だった。


 早すぎた。バロールの前に立つのはあまりに早すぎた。


 バロールは霊槍で少年の心臓を貫く。少年はその痛みに気付くことなく死んでいった。

心臓喰ハート・イート・ハートと呼ばれるその霊槍は、貫いた者を即座に殺す術式が埋め込まれている。

 よほどの強者であったとしても抵抗は不可能だ。




 街を包む豪炎を最後に、星の跡に動く物は無くなった。


 残るのは瓦礫と死骸のみ。



 バロールはヴァルヴィダの血で黒く穢れていく大地を眺める。



 少しだけよかったと思えること。

 それはこの穢れた地にエリウスとユピユピがいないこと。


 夜の帳が下りる。

 月は見えない。星は見えない。

 黒い空と黒い大地の隙間に彼は佇む。


 その暗闇の中で、首下にぶらさがる光だけが希望だった。

 その光は汚れた傷跡に、唯一癒しを与えてくれた。


「エリウス……」



 俺は闇の中を彷徨い続ける。







***************************



「プッカよ、伏せろ!」

「ひっ」

「彼奴らはその男の血を狙っておる」

「こんな奴、放って逃げた方が……」

「無理だ。もはや囲まれてしまった」

「やだよ……こんなとこで死にたくない……」

「そんなことは、我がさせぬわ!」


 金属と金属が衝突する鋭い音が耳を突き刺す。


「エリウス! 目を覚ませ!」


 獣臭い。


 血生臭い。


「エリウス!!!」


 俺は何をしている……。


 罪を償った子供を殺して……。


 ……糞だ。


 俺の半分は彼を赦していたけれど、もう半分は確かに殺したがっていた……。


 他人に強き者を任せ、自分は弱き者を挫く……。



 俺は……。



「――エリウス! 目を覚ませ! エリウス!」


 グレイの声が夜の森にこだまする。

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