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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
2章
12/25

6話:心臓の傷穴

 走れ。

 もっと速く。

 もっと……もっとだ……。

 死ぬ気で走るんだ……。



 進めば進むほど森は深くなった。

 うっそうと茂る木々が太陽の光を遮る。


「森の浅瀬を選べば、日中に危険はない。しかしその道を外れれば闇だ。闇には魔物も潜む。気を付けろ」


 グレイの忠告に対して、俺は何も応えなかった。

 無言で走り続けた。



――捕まえろ! そいつは大地の魔法を使うぞ!

――先に腕を切ってもいいぞ!

――そっちに行ったよ!

――木が邪魔だ! 誰か魔法で焼き払えよ!



 男達の声が聞こえた。

 かなり近くまで迫っているらしい。


 息が乱れ、顔に切傷ができたが、構わずに走る。

 グレイを追い越す。

 あと少しだ。頼む間に合ってくれ。


 次こそ間に合ってくれ。


 気付けば、夜と見紛う程の暗がりの中にまで踏み込んでいた。


「捕まえたぜ!」

「上物じゃねぇか!」


 近い!


 闇の中に五つの人影があった。

 影のひとつは地面に座り込んでいた。


 俺は足を忍ばせる。


「魔物の住む森の深くに逃げれば、撒けるとでも思ったか!? 甘いんだよ!!」


 影達は興奮している為か、こちらの存在には気付いていない様子だ。


 俺は息を潜め、背後に近づく。



 1人の少女を取り囲む様に4人の男達が立っていた。うち1人は少年の様にも見える。


 彼等は俺とあまり変わらない姿形をしていた。

 つまりは人間だった。

 その予感はあった。


 少女の方はあの子と同じプッカなのだろう。肌は浅黒く、耳は尖っていた。ただこの少女の頬と額には入れ墨が彫られていた。



 あと三歩進んだら――そう思った矢先だった。



「終わりだなあ! さぁあのガキと同じように死ね!」

「だ、誰か、助けて……!」


 一番大きな男が斧を振りかざした。


「やめろ!」


 俺は声を張り上げた。

 五人が一斉に顔を向ける。

 斧を片手に男はにやりと顔を歪める。


「誰か知らんが、ちょいと遅かったな」


 そのまま勢いよく斧が振り下ろされる。

 骨を断つ鈍い音が響いた。





「確かに遅いな」


 斧は地面に突き刺さっていた。

 柄には腕が残っている。

 斧から腕が生えていると表現しても良いかもしれない。

 あまり見たくない代物だった。


 男が斧を振り下ろした瞬間に、その両腕は切り落とされたのだ。


 想像を絶する痛みを受け、男がのたうちまわる。

 男が振り返ると、そのすぐ後ろに灰色の鎧が立ちはだかっていた。


「どれだけの悪人かと思えば、まだ小僧では無いか」


 グレイは呆れ顔で首を振る。表情は兜によって確認出来ないが、その声で十分に伝わった。


「敵を前にしておるのだぞ?」


 両隣りの男達が思い出したかの様に、剣を両手に構える。


 剣先は小刻みに震えていた。

 一目見れば分かる。それだけグレイの纏う空気は異質なのだ。巨大な力の塊。


 子供の方は失禁しながら呟いた。

「だ、だから、やめようって言ったのに。僕は初めからこの森で狩りをするのに反対だったんだ!」


「黙れよ! 弱虫!」

 男二人はグレイを中心に、じわりじわりとにじり寄る。

「おい……いつものだ。いつものアレでやるぞ」

「いつものね」



 しかしその“いつものアレ”を目にすることはできなかった。

 代わりにふたつの首が飛ぶ。グレイの剛腕による一閃。その軌跡は見えなかった。


 そして何事も無かったかの様に、グレイは血飛沫の中を歩いて行き、初めの男の頭を踏みつける。


「どちらが首謀者だ? まさかあんな年端もいかぬ子供が? そんな話はあるまい」


 男がグレイを睨み付ける。グレイの怒れる瞳を見て、死を思ったのだろう。生気が剥がれ落ちていく。男の巌のような体躯がみるみる内に萎んでいく。


「そ……そうだ。俺だ」


 男は口を歪ませながら吐き捨てる。グレイの眼光が若干緩む。


「悪人にしては殊勝な心掛けだ」


 そう言ってグレイは男の頭を踏み潰す。


「ピェっ!」


 男の体はビクリ、ビクリと痙攣する。

 数回の痙攣を繰り返した後、弛緩し、尿が垂れ、やがて男の体は動かなくなった。




 グレイは次に、子供の方へ死そのものと思える右目を向ける。

 子供の顔にはまだあどけなさがあった。十三かそこらか。その顔には恐怖が張り付いていた。そのつぶらな瞳で、死と言う名の絶望を見ているのだろう。


「さて、では小僧。正直に答えよ」

「ひっ」

「我が嘘と思わば、この者達と同じ運命を辿るであろう」


「……」


 子供がその意味を呑み込む。

 短い沈黙の後、グレイは尋問を始めた。


「このプッカ達をなぜ殺す?」

「か、加護を、う、売る為です……」

「そうか……」


 グレイは納得したみたいだが、誰もがそれで理解できるわけではなかった。俺には何が何やら。



「それはどういう意味?」


 俺より先に少女が尋ねた。さっきまで追いかけ回され、殺されそうになっていたプッカの娘。

 その目には大粒の涙を浮かべているのを目にして、少年はひるむ。



「バ、バスの通った指は……た、高く売れるんです。ごめんなさい」

「そんなことの為に、私達を狩るの!?」


 涙を浮かばせながら彼女は怒鳴る。


「ご、ごめんなさい!」

「謝るな!!」


 少女は怒りを爆発させた。

 土色の肌が赤みがかる。


 少年は少女の許しを乞い、何度も何度も謝った。

 俺は黙ってその様子を眺めていた。


 大粒の涙を垂らし、鼻水を垂らし、小便を垂らし、その姿はまさに哀れの一言だった。



「プッカの娘よ、少し落ち着け。話を聞こうではないか」


 グレイが諌めることで、少女はなんとか口を閉ざした。

 しかし、彼女の怒りは体の内側で激しく燃え上がっている。それがありありと見て取れた。


「我はここに来る途中、もう一人のプッカの死に目に立ち会った。あれは其方等の仕業か?」


「……そ、そうです」


「なぜあそこまで無残なことができた?」


「ぼ、僕は……反対だった……信じてくれないかもしれませんが……」

「そんな事は聞いておらぬ。何故だ、と聞いておる

「……た……多分ですが、妬んでいるからだと思います」

「妬む?」

「に、人間は……神様に愛されていない。ま、魔法しか使えないから……だから神に愛される種族を妬んでいるんだと……」


 グレイは首を振る。

 少女は「だから呪われるんだ」と吐き捨てた。



「其方も同じく妬んでいるのか?」

「……たぶん」


 木々の擦れる音が妙に耳に残る。


「では、最後にひとつ。其方は自分の罪を理解し、自らの意志で裁きを受けることができるか?」

「……はい」


 泣きながらも、その声の中には決意の色があった。

 グレイは小刀を腰から抜き、子供の前に放り投げる。

 小刀は回転しながら地面に突き刺さった。


「落とし前は、自分で付けれるか?」

「……はい」


 そう言って、子供は小刀を握り、左手の指を全て切り落とした。

 声にもならぬ声で悲鳴をあげた。


 苦痛に顔を歪ませ、額からは滝の様な汗が流れる。食いしばった口元からは涎が滴り落ちた。そして痛みに耐えかね、転がりながら悶絶する。


 それを見届けてからグレイは言う。


「プッカよ。これでこの場を納めることはできるか?」


 少女は何も答えない。


「まだ罪を十分に知らぬ様な子供が、これだけの裁きを自らに科したのだ」

「……」


「加えてここは死の森。じきに魔物が血の匂いを嗅ぎつけるだろう。このまま助かる見込みの方が少ない」

「……」


「どうだ?」


 少女は声には出さず、ただ頷いた。


「では、我らは先を急ごう。プッカの娘よ。其方も伴に来るが良い」


 グレイが前に向き直り、少女と伴に歩を進める。





 俺は、





 俺は後ろを振り向き、子供の胸に刀を突き刺した。


 恐ろしく自然に、簡単に、静かに。


「何をしている!?」


 グレイが声を張り上げる。



 俺も自分が何をしているのか分からない。


 カチリ

 カチリ

 カチリ


 剣を引き抜こうとするが、俺の右腕は固まったままだった。体半分が言うことを聞かない。


 カチリ

 カチリ

 カチリ


――悪を赦すな。殺せ。殺してしまえ。


――死ね。死に腐れ!


 カチリ!


『開くぞ開くぞ。あは! 扉が開くぞ!』


 俺の体は、激しい痛みに襲われる。


 発生源は心臓。


 心臓に穴が空いたみたいだ。



 痛みに耐えかね、左手で胸を抑える。

 心臓は早鐘の如く脈を打っていた。


 そして暖かい何かが零れ出てきた。

 その何かは左手の欠けた部分をドロリとすり抜け、地面に堕ちる。


 血だ。限りなく黒に近い血液の塊。

 それはゆっくりと子供の体に近づいて行き、少年の傷口に入り込んでいく。



「いたいたいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」



 子供は黄色い涎とも血とも分からぬ液体を吐き散らし、絶命した。


 それが彼の最後だった。


 寒気がした。


 俺はグレイを見る。

 グレイは何も言わない。


「違う! 違うんだ!」


 俺は震えながら顔を横に振る。




 少女が声を落として呟いた。



「血が……穢れている……」



 そこで俺の意識は途絶えた。

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