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廃色世界の迷い人  作者: フェイフェイ
2章
10/25

4話:ヴァルヴィダの民

 朝陽が昇る。


 今朝の目覚めは最悪だった。

 思い出すと吐きそうになる。


 夢の中で延々と二人の声を聞かされていた。怒りしかなかった。

 昔、自分の歌声を録音して耳にした時に寒気を覚えた。あの感覚に近かった。起きてから数分間は鳥肌が立ち続けていた。


「何か悪い夢でも見たか?」


 グレイが気遣ってくれたが、俺はお茶を濁した。


「何でも無いです。少し変な夢を見ただけです」

「そうか」


 隣を見るとまだ焚火は消えていなかった。

 彼は夜半も時々起きては焚火をくべてくれていたらしい。

 曰く、野宿ではいつもそうで、それは習性みたいなものなのだと。


「朝餉の準備もできている。腹持ちの良いカプクピのパンだ」


 カプクピのパン。カプクピとは荒れた寒冷地で栽培できる唯一の穀物であるらしい。随分と可愛らしい名前だが、その名に反して存外に逞しいみたいだ。


 そんなどうでもいいことを考えると、気がちょっとだけ和らぐ。


「焼いて、蜂蜜を付けて食すのが良いのだがな……。今、蜂蜜は切らしている故、蜂蜜酒ミードの残りで我慢してくれ」

「いえ、大丈夫です」

 朝食がある、それだけで十分。


 温まったカプクピのパンを、まずは生で食べる。

 色は白かったが、味と食感はライ麦パンそのものだった。同じ寒冷地仕様と言うことで、どうしても似通うのだろう。

 とにかく固いパンだった。


 次はオススメを試す。一口サイズに千切って蜂蜜酒に浸せば……なるほど、これはこれで美味いものだ。

 カプクピパンは水分を得ることでモチモチとした食感に変わる。そこに甘さが乗ると幸せな気分にさせてくれた。


 単純な奴だな、と俺は自嘲する。


「美味いか?」

「はい」

「満足してくれた様で何よりだ」


 朝食を終え、焚火を消し、すぐに廃墟を発つ。





 こんなに静かな朝は初めてだった。


 いつもなら通学する小学生達の声やら、自動車の走る音やらで賑わい出す時刻だが、ここでは微かな風音と砂利を踏み締める音のみだった。

 朝日がグレイの影を長く伸ばした。

 父親の大きな影を思い出しながら、俺は先導するグレイの背中を追う。二人分の足跡がこの地に残されていく。人々に捨て去られた荒地の空気が、よりいっそう寂しい気持ちにさせる。


「早く街に行きたいですね。色んな人に会いたいです」

 俺がそう言うと、グレイはカタカタと笑った。

「これはこれで良いものだぞ」


 そうかな。やっぱり人気が無い世界は寂しいよ。


 また笑われると嫌なので、口には出さなかった。



 俺の心は完全に弱っていた。

 ここに来てから、いやそのちょっと前から俺の心は随分と不安定になっていた。揺らいでは静まり、静まっては揺らぐ。

 こんな時にこそ美玲の馬鹿らしい話を聞けたらな、そう思った。



 この寂しい気持ちは、日が高く昇ることで消えていった。

 暖かい日差しが俺を励ましてくれた。

 マバレイ山脈の麓まであと少しだ。


 グレイの話を総括すると、ここはカルデラの様なものらしい。あくまで形状的には、だが。元あった山の頂上を他の山が取り囲んでできたとのことで、カルデラとはその成り立ちが異なる。


「ここが遺跡になる前は星の跡と呼ばれていた」

「なんともロマンチックな名前で呼ばれていたんですね」


 昨夜は曇り空で星はあまり見えなかった。残念なことをした。



「そう言えば、クシミナ……遺跡でしたっけ? それを知らないことで、俺を異世界人と断定してましたが、何でですか?」


 グレイは前を向いたままだった。

 しかしその大きな背中から「答えたくない」そんな心の声が聞こえた気がした。


「すみません。言いたくないなら大丈夫です」

「いや、この世界で生きるならば……知らねばなるまい」


 グレイはとうとうと語り出した。


「遥か昔のこと、この世界には穢れた血族が三種族存在した。


 ひとつは醜い声と美しい体を持つムーチャ。ふたつは醜い体と美しい心を持つクシミナ。最後に六本の指と醜い心を持つヴァルヴィダ。

 クシミナの醜い体は何よりも貧弱で、身を守る為にこの地に隠れ住んでいた。彼らの美しい心を知る者達は少なかったからな。

 されど彼らに会う為、そして星を見る為に、ここに通った変わり者達がいた。それがムーチャの民だ。


 しかしその蜜月は永く続かなかった。


 ヴァルヴィダの民にムーチャの民が襲われた。そしてムーチャの多くがこの星の跡に逃げて来た。彼等も呪われた身、他に逃げる当てはない。


 ヴァルヴィダは強靭な魔術を使う。逃げながらムーチャ達は傷を負った。傷を負った女子供があれば、追手を撒くことはできぬ。ムーチャは敵を引き連れてこの地にやって来たと言える。


 誰かが盾にならねば、ムーチャは滅ぶ。


 クシミナの民はその醜体故、神から最初に滅びる運命を約束されていた。

 どうせ死ぬなら、と彼らはムーチャの為にその命を散らした。彼らは約束された運命よりも早くに滅んだ。それによりムーチャは逃げ延びることができた。


 そしてムーチャはわざわいを招くとされ、より一層忌避された」


 俺は「そうですか」としか言えなかった。


 冷たい風が砂を巻き上げる。空には雲ひとつ無かった。ただ空の傷跡は、はっきりと残されていた。


 世界の傷跡……ヴァルヴィダ……。


「で、ヴァルヴィダの民はどうなったんですか?」


「禁忌を犯し、空に穴をあけたと聞く。彼らは主神アウラと主魔バズを怒らせた。ヴァルヴィダの民は天命を受けた英雄の手によって、この地に葬られた」


 その話を聞くと、この瓦礫の山はまるでバベルの塔の残骸に見えた。

 異世界の歴史についても興味はある。しかし興味よりも知るべきだと言う義務感がより強くあった。

 そう感じた。



「で、結局、この地はヴァルヴィダの血によって荒野となったんですか?」

「いや、クシミナの血だ。勿論、ヴァルヴィダの黒血によってその穢れをより深くしたのは事実。彼の三種属は穢れている。エリウス、なるべく近づくな?」


 救いが無い話だった。


「とは言え、もうムーチャしか残っておらんがな。まぁあれも直に滅ぶ運命だ。そうなれば何も心配いらん」


 そんな救いの無い言葉を最後に、グレイはカタカタと無機質に笑ったのだった。

 一瞬だけ俺はグレイに対して苛ついた。


 しかし彼の笑い声はどうにも機械的で、悲しかった。やり場のない怒りだけが俺の心に傷を付けた。


「さぁ! 直にマバレイの裾に着くぞ! 顔を上げろ!」


 山の裾野には高山植物が生い茂っていた。

 植物達は小さな蕾をつけていた。


「いずれこの地一面に花が咲くのだろう」


 グレイは言う。

 顔は見えないが、たぶん笑ってるんだろう。

 鎧が擦れる音は聞こえなかったから分からないが。

 そうであって欲しい。



 願い……。



 俺は暗い影を引きずって進む。


 ヴァルヴィダ……呪われた種族……俺が貰った力と同じ名前の種族。

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