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短編小説

青春のあやまちと甘い目算

作者: 木場ひろし

 

 

私が彼らと出会ったのは東京の下町の下宿先でした。

三流私大の卒業を間近に控え、物書きとしての知識を得る為、『キバ』という名で裏社会の取材を開始した。

当時、同じ下宿先では新入生が訪れ、何やら楽しげに騒いでいたのを思い出す。

そんな奴らの目に、リーゼントで黒サングラスでダークスーツの私はどういう風に映っていたのだろう。

後に彼らは私の事を『キバ先生』と言い始め、私もそれに慣れていった。

私はあくまでも取材として、裏の方々へアポイントメントを取り、様々な情報を獲得していく。

決して実名を出さない事を条件に、色々と非合法な事を知るに及ぶ。

彼らは私の事を書生の卵と言っていたようだが、それなりに扱ってもらってありがたかったと思っていた。

そんな甘い目算で裏と付き合うなどあり得ないが、当時は本当にそんな私だった。

そのうちにキバ先生と言う名が一人歩きを始め、あんな事件に発展するなどとは……当時の私には思いもよらない事だったのである。


中学1年生が拳銃を所持して町を移動している……そんなタレコミが警察に流れた時、誰もが信じなかったという。

当時は現代ほどスレてない若者が大部分で、中学生と言えばまだまだ子供という印象が強く、とてもそんな事をやらかす存在とは見てなかったのである。

だが、それが使用された時点において、そんな認識は消し飛んでしまった。

緊急配備の結果、少年は逮捕されたが被害者は出血多量で死亡。

事に至った経歴を少年は語りだす……キバ先生の弟子の紹介で、拳銃を譲ってもらったと。

キバ先生の弟子……それはどういう事だろう。


確かに私はキバと言う名で取材をしていたが、彼らの事を弟子と思った事はない。

確かに彼らはキバ先生と呼んではいたが、単なる識別の為の名称だと思っていた。

だが彼らは周到にも私を実行犯に仕立て、自らの身を安全にする為の方策だったようだ。

そんな事とはつゆ知らず、安易に認めていた私が愚かだったようだ。

しかも、裏の方々はそれを承知の上で売ったのだ。

ここに至って甘い目算はあっさりと瓦解した。


そして少年は語る。


キバ先生からと、弟子の人からお金をもらったと。

大体、私はその少年を知らない。

知らない少年にお金を渡すなど、あり得ないと言っていい。

しかも当時、2万円と言えば大金だ。

少ない仕送りでやりくりしていた私にとって、2万円は1か月分の食費に該当する。

そんな金を見知らぬ少年に渡す理由など無いし、また言伝する事もあり得ない。

拳銃の代金は3万4千円だったという。

少年はお年玉の貯金と、貰った2万円を合わせてそれを購入し、使用に至ったと。

確かに取材では、普通に売るなら3万チョイだなと言っていたが、まさか本当に売るとは。


しかも堅気の、それも学生に……

彼は苛められていた。

毎日の執拗な苛め。


耐えかねた彼は、先輩に相談したのだという。

その先輩と言うのが例の奴らの中の1人であった。

彼は相談を聞き、親身になったように見せかけ、そんな奴らは殺してしまえばいいと言ったそうだ。

最初は驚いていた少年も、手段があると知るにつれ、次第にその作戦にのめり込んでいく。

お年玉の貯金が5万円貯まっているのだと告げた時、恐らく彼の中で全てが決まったのだろう。

斡旋料として4万円を渡し、彼は販売者と話をする。

事情を聞いて、それならいいだろうと……黒光りする拳銃を手渡される。


興味と好奇心でその心は逸るが、代金3万4千円だと告げられた時、斡旋料はまた別の問題だった事を知ったという。

彼は困ったが、とりあえず全て下ろした預金の残金、1万4千円を渡し、残りは必ず持って来るからと告げ、それを持たされたそうだ。

拳銃には弾が付き物だが、残金と引き換えにすると言って……

斡旋者にその事を告げると、自分達の先生がその話を聞き、それならとカンパしてくれたと言って2万円を渡されたのだという。

斡旋料の4万から、半分返して恩に着せる。


本当に狡猾な彼らである。

あくまでも本人は教えただけで、買うのは自己責任。

まさか本当に買うとは思わなかったと言うのが彼らの言い訳であったと聞くが、斡旋先はキバ先生に教わったと言うのはどういう意味だろう。

取材はあくまでも単独で行っていたのであり、一度なりともつるんだ事は無い。

彼らとはあくまでも同じ下宿先だったと言うだけの仲であり、遊んだ事すらもないのだ。


本来ならそこでキバと言う名は捨てるべきだったのだろう。

だがその名は私が作家を目指した時、付けようと思っていた名であり、その名なくしては作家足り得ないと思うまでに馴染んでいた。

木場ひろし……今でこそそうだが、当時は牙ひろしのつもりだった。

ところが事件の後、裏の方々の話を知るにつけ、彼らは牙と木場に分けていたらしい。

あくまでも私は木場さんであり、あちらは牙先生の弟子であると。

つまり、裏の方々にとって、彼らの作戦などお見通しだったのだ。

他人に罪をなすり付けて金をせしめる作戦など、裏ではごく当たり前に行われているらしく、そんな幼稚な作戦に引っかかる者はいないと断言される始末だ。


本当に甘かったのは私の目算であり、甘いがゆえに書生の卵であり、これも彼らなりの試練だったのだろう。

だから私は今までも、そしてこれからも木場であり続けようと思う。

利用されたようなものではあるが、それでも責任の一端を担い、ここに深くお詫びする。

甘い目算と認識が事件の発生を促したのではないかと思うからだ。

少なくとも私がキバ先生と呼ばれた時、抗議していたら今とは違った未来になっていたと思うがゆえだ。


甘い存在が彼らの中の犯罪の芽を育ててしまったのだろうから。



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