引きこもりと開かずの部屋
少し長めです。
『また会えたね。』
この声はアレクに助けられ、気を失っているときに聞いた声だ。やはり姿は朧気にしか見えない。
『あなたは誰なの?』
前回は答えを得られなかった問いを再びする。けれどその答えは薄々わかっていた。
『私は君であって君でないもの。アレク達のかつての主。』
ああ、やはり・・・。
『魔王陛下?』
『君にはディウスと呼んで貰いたい。』
『ディウス・・・。あなたには聞きたいことが山ほどあるんだけど・・・多分答えてもらえないよね。』
あの時と同じく自分が目覚める気配がする。おそらくもうそんなに時間はない。
『すまない、だが、アレクはもちろんレティスもアギルもいい子だ。皆君の力になってくれるだろう。彼らを信じなさい。』
『えっ、レティスも?』
陰険腹黒鬼畜眼鏡なのに?
『あの子は行き過ぎる面もあるが、いい子だ。そうだ、一つ言っておかなくては・・・封印はもう解けかけている。気を付けなさい。』
その言葉を聞くと同時に私の意識は浮上する。まだ目覚めたくなんかないのに・・・。
*****
カーテンを開く音と共に朝日が入り込む。眩しさに布団の中に眉をしかめ、布団の中へ深く潜り込もうと身じろぎする。今日の兄の起こし方は少し荒っぽい。
「兄さん・・・お願いだからもう少しだけ寝かせて・・・。」
「それが命令なら聞かなくてはならないが・・・俺はいつからお前の兄になったんだ、サーヤ?」
返ってきた声に一瞬で頭が覚醒する。体を起こすとそこには声の主、アレクの姿があった。
「おはよう、サーヤ。早く起こしすぎたか?だが、起きてもらわないとせっかく作った朝食が冷めてしまう。」
「・・・おはようアレク。大丈夫、ちゃんと起きたよ。何を作ってくれたの?」
「フレンチトーストとコーンスープだ。」
・・・昨日も思ったんだが、アレクって意外に料理上手だ。フレンチトーストはともかくコーンスープなんて作ったことないよ・・・。思わず黙り込むとアレクは少し不安になったらしい。
「?ゴハンとミソシルのほうが良かったか?」
「う、ううん、フレンチトーストもコーンスープも大好き。」
そう言うとアレクは微笑み、朝食の準備を始めた。
食べ終わり、食器を下げた後、今日の予定を聞いてみる。正直何から手を付けたらいいのかまるで分らない。
「今日はどうするの?」
「ああそうだな、ひとまず城の中を案内しよう。と言っても、この東棟と中央棟だけだが。」
「どうしてその二つだけなの?」
「この部屋がある東棟は軍部となっている。この区域内なら何が起こっても俺の権限で収められる。中央棟は、陛下の居住区だ。何か情報があるとすればおそらくここだろう。残る西棟は・・・」
そう言ってアレクは窓から見える向かい側の建物を指し示す。
「あそこは政務関係者の私室や執務室がある。つまり俺よりもレティスの権限のほうが強い。だから近づくな。」
「わ、わかった。」
ディウスはレティスはいい子だと言っていたが、人となりがまだよくわからない。それに、アレクが近づくなと言うのだから近づかない方がいいのだろう。
「あとは、離宮だが・・・あそこには情報はない。それに、立ち入るには少々面倒くさい所だからな。では、行くか。」
*****
最初に案内されたのはアレクの執務室。私室にいない場合は大概ここにいるらしい。壁に設置された書棚にはびっしりと本が並び、机の上が綺麗に整頓されているところはなんだかアレクの人となりを示しているかのようだった。
隣はどうやらアギルの執務室らしい。だが、アレクはそれだけ言ってその部屋の前を素通りする。曰く、部屋の中はひどい有様らしい。まあ『ひどい有様』にした張本人は今目の前にいるのだが・・・。触らぬアレクに祟りなしである。心中でそっとアギルの冥福を祈った。
とりあえず日常生活には関係ないであろう武器庫や会議室諸々はすっ飛ばされても問題はなかったが、食堂や厨房を飛ばされそうになったことに待ったをかける。だが、アレクは不思議そうな顔をするだけだ。
「だって、いつまでもアレクに作ってもらうわけにもいかないでしょう?私だって料理くらいできるし、食堂があるならそっちで食べた方がアレクの負担にならないよ?」
なにせアレクは元帥なのだ。私にばかりかまけてばかりもいられまい。
「何を言っている?主のために尽くすのに負担になるはずがない。それに俺が作った方が味も安全面も確かだ。」
そう当然のような顔で彼は返してくる。どうやら彼は尽くすタイプらしい。
彼の後に続いて歩いていると、そこかしこで驚きや好奇の視線を感じ、こちらを見てひそひそと会話する兵士たちに気付く。そしてそんな彼らの多くは頭に動物の耳、お尻にはしっぽが付いていた。しかもウサギや猫、犬など多種多様だ。あれは本物だろうか?
「ね、ねえアレク、あの耳としっぽって本物?」
「ああ、彼らは獣人族だからな。魔族の4割は彼らの一族だ。魔力こそ弱いが、それぞれ固有の動物の力を持っている。」
アレクの話では、魔族と言っても色んな種族がいるらしい。人間から生まれる魔女、魔法使いもそうだが吸血族や淫魔族、果てにはエルフやドワーフも魔族の一員らしい。その中でも一番人口の割合を占めているのが獣人族だそうだ。ぴくぴくと動く耳や、ふさふさのしっぽはなんだか妙にそそられる。すごく触りたい。
第一訓練場に着くと多くの兵士たちが思い思いに訓練に励んでいた。だが、そんな兵士たちはアレクの姿を認めるや否や、手を止め一瞬にして静まり返った。まあ彼らにとってアレクは上司にあたるのだから緊張してしまうのも無理はないのかもしれない。
「しゅ、集合!」
いち早く我に返ったらしい犬耳の青年が号令をかける。あっという間に目の前に訓練場にいたすべての兵士が集まった。
「邪魔をしてしまったようですまない。アギルは来ていないのか、イオレス?」
アレクに声をかけられたのは先ほど号令をかけた犬耳の青年だ。彼はピシッと背筋を正すと少し上ずった声で答えた。
「はっはいっ、アギレシオ将軍はまだ見えておりません。なにか用件がおありですか?」
「いや、アギルに用はない。今日はお前たちに言っておくことがある。ここにいない者には後でお前たちから伝えておいてくれ。」
兵士たちはいったい何を言われるのかと、落ち着かないようだ。ちらちらとこちらを見ている者もいる。
「ここにいる娘、サーヤは俺の客人だ。危害を加えようとする者には厳罰を与える。それと彼女が何か困っていたら手を貸してやれ。こちらに来たばかりの為わからないことも多い。彼女に何かあった場合はすぐに俺に報告しろ。わかったな。」
「「「「「はっ」」」」」
大勢のガタイのいい男性(中には女性もいるが)に、敬礼され体がびくつく。すごい迫力だ。
「こちらの用件は以上だ。他に何かある者はいるか?」
アレクがそう言うと、兵士たちがざわめきだす。「まさかアレクシス様が?」「隣の女性は何者だ?」「いやでも待て、これは何かの試験なのかも・・・。」「恐ろしい、天変地異の前触れか・・・。」という言葉が聞こえてくる。・・・アレクって周りからどう思われているのだろう。
「何もないなら・・・。」
「お待ちください!」
踵を返そうとしたアレクに待ったをかけたのはイオレスだ。場は一瞬にして静まり返り、彼は緊張しているのかふさふさのしっぽと耳をフルフルと震わせていた。あれ、犬耳だと思っていたけどちょっと違うような・・・。そんなことを考えていると、アレクはイオレスの発言を続けるよう促した。
「アレクシス元帥に頼むのはおこがましいとは存じますが・・・。その、我らに魔法の訓練をしていただけないでしょうか?」
イオレスがそう告げると途端に再び周囲がざわめき始める。「正気かイオレス。」「アレクシス様にそんな頼みごとをするなんて!」とかなんとか。・・・アレクって(以下略)。
「すまないが、俺にはやらなくてはいけない事がある。魔法の訓練なら、レティスにでも・・・。」
「ひっ、そ、それならいいのです!お時間を取らせてしまい申し訳ございません!」
アレクの言葉にイオレス含め兵士たちは顔を真っ青にする。・・・レティスって(以下略)。しかもイオレスは耳としっぽが垂れ下がり、なんだかとっても可哀そうだ。
「ねえアレク、私の事ならそこまで気にかけなくてもいいよ?そんなに急いでいないし、それもお仕事の一部でしょう?」
「だが、しかし・・・。」
「大丈夫だって!それに私も魔法には興味あるし!」
「そうか、なら・・・今日は無理だが、後日改めて時間を作ろう。場所は第二訓練場、日時は追って連絡する。」
アレクのその言葉にイオレスの顔は途端に明るくなるり、しっぽはぶんぶんと揺れている。かわいい、触りたい。
「後はもうないか?では、行くかサーヤ。」
彼は私に手を差し出す。これは握れということか?正直すごく恥ずかしい・・・手を握った瞬間アレクは私に向かって微笑んだ。・・・・絶対顔が真っ赤になっている。周囲のざわめきが全く気にならなくなり、よもや兵士たちが「アレクシス様にあんなことを・・・」「彼女は女神様だ!」「女神様が降臨された!」と言っているなんて知るよしもなかった。
*****
場所は中央へと移る。先ほどまでと違って出会う人はほとんどいない。とても静かだ。私とアレクの2人分の靴音だけが回廊に響き渡る。どこか寂しい印象を受ける場所だった。
「ここは陛下の居住区だからな、あの方が亡くなった今、出入りする者も限られている。」
アレクの言葉に夢の中であったディウスを思い出す。彼が生きていたころ、ここはもっと人の出入りがあったのだろうか。
「ここが陛下の私室だ。」
大きな扉の前で彼は立ち止った。だが中に入ろうとはしない。主の部屋だから入れないのだろうか?
「入らないの?」
「入れないんだ。この扉は陛下にしか開けられない。亡くなった今もな。」
つまりは開かずの部屋だ。じゃあこの部屋は調べられない。
「サーヤ、開けてみろ。お前ならもしかしたら開けられるかもしれない。」
そうか、私は魔王の魂を持っているから、扉を開けるかもしれないのだ。
ドアノブに手をかけ動かす。けれど扉はびくともしなかった。
「駄目みたい・・・。」
「そうか、サーヤでも駄目か・・・。」
心なしか残念そうに言うアレクに罪悪感を覚える。どうしてディウスはそんな仕組みにしたんだろう。その問いにはアレクが答えてくれた。
「そもそも陛下は自分の力が必要になるとき以外はあまり皆の前に姿をあらわさなった。俺たち騎士ですら彼の姿を見るのは1年に2、3回程度だった。」
は?えっとつまるところ死にたがりの魔王は引きこもりでもあったと・・・。どういうことだディウス、前世の自分を知れば知るほど不安しか感じられなくなるのは気のせいか?
「じゃあ国は誰が動かしていたの?だって彼は魔王だったんでしょう?」
「政務は俺やレティスのように、歴代の騎士たちが代行していた。陛下は自分がいついなくなってもいいようにと言っていた。」
「で、でもアレクに料理を教えてくれたんでしょう?」
話が矛盾している。
「そうだな・・・どう言ったらいいのか・・・。気が付くと執務室の机にレシピが置いてあるんだ。『今日はこれが食いたい』と書かれているメモ付きで。それでそのレシピ通りに作ってこの扉の前に置いておくといつの間にか消え、空になった食器と『うまかった』とか『もう少し塩気が欲しい』とか味の感想が書かれたメモが残されているという仕組みになっていた。」
なんだろう・・・前世の自分はとても残念な人だったらしい。アレクをはじめ迷惑をかけた魔族の皆さんに平謝りしたい気分だ。ディウスこの野郎。今度夢の中であったら殴る。
「・・・前世の私がすみません。」
とりあえず今はアレクに謝っておこうと頭を下げる。すると彼はくっ、と笑った後にお前が頭を下げる必要はないと言ってくれた。
「お前は陛下ではないし、なによりそれらがこうして役立っているからな。さあ、次に行くぞ。」
彼は再び歩き出した。