風の騎士の来襲
扉を壊す勢いで現れた男性は見かけはアレクと反対で、白銀の髪に金色の瞳を持っていた。しかも切れ長の瞳は知的で、どこか人を見下すような雰囲気がある。そして眼鏡である。これはもしかしてもしかすると・・・。
「騒々しいぞ、レティス。扉を壊す気か。」
「残念ながら壊れていません。昨日はどこをほっつき歩いていたんですか!私達には陛下に託されたこの国を守る義務があるんですよ。それを放棄して・・・。」
「うるさいと言っているだろう。大事な用があったんだ。仕方ないだろう。政務ならアギルにやらせればいい。」
「アギルがなんの役に立つというのですか!大事な用とはなんです?政務より大事だと?・・・おや、そういえばいつもと違う匂いがしますね・・・。」
所々突っ込みをいれたい箇所があったが今は置いておこう。新たに現れた美形は辺り見回しくんくんと匂いを嗅いでいる。もしかして私の匂いだろうか。私、臭い?臭いのか!そういえばこの世界に来てからお風呂に入っていない!でもアレクは何も言ってなかったし・・・。いや、そういえばアレクもお風呂に入っていない!つまり2人共鼻が麻痺しているということか。
そんなことを考えていると、どうやらレティスとやらはこちらの存在に気付いてしまったようだ。
「誰ですか、この娘は?何故あなたと一緒にいるんですか?」
この人物が私の考えている通りの人物なら、下手な事を言ってはまずい。どうしようと思いアレクを見上げる。だが彼はまったく動じた様子はなかった。
「この娘は魔女だ。闇の精霊を通じて亡命の要請をしてきたから迎えに行っていたんだ。」
「あなた直々にですか?元帥ともあろう者が?」
「ああ、彼女の魔力は通常の魔女や魔法使いより強い。それに闇の精霊の加護も受けている。興味を持って当然だろう?」
「おや、本当ですね。それにこの魔力はどこかで・・・。」
アレクがそう言うとレティスも興味を持ったようだ。こちらに近づいてくる。だがアレクが彼の進路を妨げる。
「アレクどきなさい。この娘の魔力を少し調べてみたいのです。」
「お前はそんな暇はないだろう。調査なら俺がする。お前はさっさと仕事に戻れ。」
わずかな睨み合いの末、折れたのはレティスだった。
「わかりました。ですがあなたも仕事をしてくださいね。北の国マウリスが少々きな臭いので・・・。」
そう言いおいてレティスは出て行った。
足音が遠ざかり一息つく。
「もしかしてあの人が風の騎士?」
「ああ、風の騎士レティス・ウォルゲンだ。この国の宰相でもある。」
宰相・・・。そういえばレティスはアレクを元帥と言っていたような・・・。よし、聞かなかったことにしよう!
「ねえ、魔女ってなに?」
「魔女や魔法使いは人間から生まれる魔族だ。この世界では魔力を持つ者は全て魔族とみなされる。人間の国で生まれた彼らは迫害され、この国に亡命しようする。お前を魔女だと言った方が一番手っ取り早い説明だった。ちなみに魔女や魔法使いは生粋の魔族より魔力は弱い。」
つまり、私も魔族ということだ。魔力あるみたいだし。
次は聞きたくないけど聞かなくてなならないこの質問・・・。
「・・・あのさ、私、臭い?」
そう問うとアレクは怪訝な顔をした。
「いや、臭くないが。」
「でも、レティス、さんが、臭うって。」
そう言うとアレクは合点がいったようだ。
「ああ、あいつは鼻が利くんだ。臭いからではなく、いつもと違う匂い、つまりサーヤの匂いを嗅ぎ取っただけだ。気にするな。」
アレクはそういうが、やっぱり気になってしまう。
「お風呂借りてもいい?」
「ああ、いいぞ。そこの扉が風呂だ。着替えは用意しておく。」
本当に至れり尽くせりだ。アレクに拾ってもらってよかった。心の中で前世の自分に感謝する。彼を守り役にしてくれてありがとうございます。
*****
お風呂から上がりアレクの用意した着替えを着て出ていく。すると部屋の中に良いにおいが立ち込めていることに気付いた。途端にお腹が空腹を訴え盛大な音を立てて鳴り始める。
ぐぅきゅるるるるるる
音に気付いたアレクが私を見る。なんというか、すごく恥ずかしい。穴があったら、いや、穴を掘ってでも入りたい。見つめあうことしばし・・・沈黙を破ったのはアレクだった。
「ふっ・・・・・・。」
顔を背け必死に堪えようとしているが、肩が震えているので丸わかりだ。だが、アレクに笑われた、ということよりも、アレクが笑った事のほうが私にとっては衝撃だった。私は羞恥心を抑え込みアレクに近づいていく。
「・・・アレクも笑うんだね。」
「ああ、コホン、いや、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。その、悪かったな。」
「別に、お腹が鳴るのはただの生理現象だし。それでアレクが楽しんでくれたのならよかったよ。」
「本当にすまなかった。この世界に来てから何も食べていなかっただろう。気付かなかった俺が悪い。そこに座れ。」
アレクに促され、椅子に座る。目の前のテーブルには、器が二つ。中身は・・・。
「うどん?」
「煮込みうどんだ。」
うどん・・・。
うどん?
「ええっ、何でうどんが!」
「嫌いだったか?空腹時には消化に良いものをと思ったんだが・・・。雑炊のほうがよかったか?」
「ううん、煮込みうどんは好きだけど・・・。異世界だからもっと奇抜な見たこともない食べ物が出てくると思っていたから・・・。うどん・・・あるんだ。」
それに雑炊も。この世界の食文化が元の世界のものとあまり変わらなくて少し安心した。
「これは陛下に教わったんだ。」
「へ~陛下に・・・。って陛下に!?しかもアレクが作ったの!?」
「ああ、陛下はチキュウの食事が好きで、何人かの配下に教え作らせていた。特にワショクを好んでいたな。」
・・・何をしていたんだ、前世の私。いや、この場合はグッジョブというべきか?
とりあえず、アレク作の煮込みうどんを食べてみる。
「・・・おいしい。本当に煮込みうどんだ!」
「だからそう言っているだろう。」
アレクは苦笑すると、自分の器に手を付け始めた。
無言でうどんをすすり、汁まで飲み干し、ほっと一息つくと先に食べ終わっていたアレクが自分を見つめていることに気付いた。なんだかいたたまれない。
「がっついてすみませんでした。」
「ん?ああ、いや随分うまそうに食べるなと思って見ていただけだ。こちらこそ不躾に見てすまなかった。量は足りたか?」
「はい、お腹いっぱいです。」
「それはよかった。」
そう言ってアレクは微笑む。なんというか、美形の笑顔というのは心臓に悪いものだと初めて知った。
二人とも黙り込み、何とも言えない空気が部屋の中に充満した。この状況の打開策は私の中にはない。こんな事なら、周りにいた異性ともっと話したりすればよかった。・・・いやあの人たちじゃ話にならないな。誰かこの空気を壊してくれないだろうか。そんなことを考えていると、再びバアンッと壊れる勢いで部屋の扉が開いた。
「アレクっ!!やっと帰ってきたのか!」
4/27一部修正しました。内容に変更はありません。