いまひと時の安らぎを ※アレク視点
握った手は思いのほか小さかった。
20年前、彼の主が死んでから彼はこの時のために生きていた。主の最後の命を実行するために。
約束の年になり、彼は常に次元の狭間に意識を集中させていた。そしてやっと見つけたのだ、主の魂を持つ者を。
『だ、だれか・・・たすけて・・・。』
聞こえた声は、ひどくか細いものだった。恐怖を滲ませたその声は少女の声だ。しかも次元の狭間の中から聞こえる。次元の狭間はこの世界よりも高位の次元にある。魔王の次に魔力があると言われている自分の力でもそこへは到達できない。
彼は瞬時に状況を判断し、転移魔法でアルディエルの森へと向かった。
ここは魔王が生まれたとされている場所。実際、魔王が亡くなって20年たった今でも、彼の魔力が色濃く残っている。
「エイラ」
アレクは自分と契約している闇の大精霊を喚ぶ。
『アレク、本当にやるの?私は大丈夫だけど、あなたはどうなるかわからないわよ。』
「ここなら負担は少ないはずだ。いいからやれ。」
『はあ、わかったわ。』
エイラは両手を前に掲げ、小さなブラックホールを生み出す。
『いい、アレク、ここに入れるのは片手だけ。時間は3分が限度よ。それ以上は逆にあなたが引き込まれてしまうわ。』
「わかった。」
アレクは一瞬の躊躇いなく片手を突っ込んだ。
*****
泣き疲れ眠ってしまった彼女を再び自分の膝の上に寝かせる。また驚かせてしまうだろうか。
アレクは彼女が目覚めたときの様子を思い出し、知らず知らずのうちに口元を緩ませた。
『アレクがそんな顔をしているなんて珍しいわね。』
「まだいたのか。」
『随分なご挨拶ね。でもあなたの珍しい姿が見られたから許してあげるわ。それにしても、この子があの陛下の生まれ変わりとは・・・。』
彼女が言いよどむのも無理はない。以前の魔王に比べ、少女はあまりに華奢で弱弱しかった。泣き出してしまったときは思わず抱きしめてしまったが、それにより彼女の体の小ささを再確認してしまい、内心動揺してしまった。
「もういいだろう、さっさといけ。」
『わかったわよ。お邪魔虫は退散するわ。ねえアレク、気付いていないようだから言うけど、あなたこの子の顔を見ているときすごく優しい顔をしているわよ。』
「・・・余計なお世話だっ。」
『あら怖い。いいことアレク、陛下は私たち精霊にとっても大事な御方。しっかり守りなさい。』
「お前に言われずともわかっている!」
『それならいいんだけど。それと魔力もしっかり回復させてね。あなた一人の体じゃないんだから。』
「誤解を招く言い方をするな。」
『彼女は眠っているんだからいいでしょ。じゃあまた何かあったら喚んでね、お・と・う・さ・ま☆』
「だからっっ」
反論する暇もなくエイラは消えていった。辺りには再び静寂が訪れる。
アレクは膝に乗せた少女の髪を撫でる。さらさらとした髪の毛はとても触り心地がよかった。そして彼女の顔に涙の跡を見つけ、そっと指でその跡をこすった。
(・・・あちらの世界に家族や友人もいたのだろう。可哀そうに。そしてこの娘はこの世界で一人なのだ、世界でたった一人・・・。)
アレクには彼女の孤独が理解できる。だからこそ彼の主はアレクを彼女の守り役にしたのだ。
それに魔王はこうも言っていた。『お前はあの子を気に入るよ。』と。その時はそんな馬鹿なと思っていたが、今は少なくとも彼女を守りたい、守らなくてはと考えている自分がいる。
(陛下にはすべてお見通しか・・・。これからどうなるのか、どうするのかはこの娘の意思次第だ。彼女が選ぶのがなんにせよ、俺はそれに従うのみだ。)
ただ、目が覚めたら否が応でも彼女は色んなことに巻き込まれるに違いない。だからこそ、今は、今だけはどうか彼女に安らぎを、とアレクは願うのだった。