異世界旅行のしおり② 自分の立場を知りましょう
一瞬、思考がフリーズする。
とんでもないことを言われた気がする。誰が誰のなんだって?魂って何?
「大丈夫か?」
全然大丈夫じゃない。昨今異世界トリップして魔王になるという創作物は存在する。だが私の魂が魔王の魂?彼の主の?
確かに私には特殊能力がある。半径5㎞以内なら瞬間移動できるし、テレパシーも可能だ。怪我や病気の治りも早いし、治癒術も使える。ほんの少しなら自然を操ることもできる。こうして並べると、すごい力を持っているようだが、私の能力は広く浅くなのだ。兄や友人のほうがよっぽど強い力を持っている。
例えば、私はバケツ一杯分の水なら生み出せるが、兄は決壊したダムの水をせき止めることができる。まあ私の能力は悪戯に使える程度ということだ。つまり、彼は間違えている。
「あの言いづらいのですが、私では···」
「いや、お前だ。」
食い気味に断言される。せめて最後まで言わせてほしい。
「証拠は?正直、私の力は強くないから、魔王の魂を持っているなんて言われても全然納得できない!」
「俺はかれこれ300年ほど陛下にお仕えしている。いや、していた。その陛下が今から20年前に亡くなった。人間に殺されたんだ。陛下は亡くなる前、俺を呼び出しこう告げた。『私はもうすぐ死ぬ。私の魂は異世界のチキュウに送られ転生を果たし、20年後に戻ってくる。お前にはその者を守ってやってほしい。』と。異世界に来るには次元の狭間を通らなくてはならない。だからそこを監視し、そしてお前を見つけだした。お前の魂はまだ覚醒前だ。しかも封印術が施されている。だから強くないんだ。それに、なにより言葉が通じている。」
一気に情報を与えられた所為か頭がパンク状態だ。300年?殺された?覚醒前?
とりあえず、封印術については心当たりがある。1歳年下の友人だ。その子の兄は私の兄の同僚兼友人、やはり兄は知っていた可能性が高い。だが今この場に彼らはいないから確かめようはない。
「・・・ちょっと待って、彼は自分が死ぬとわかっていたのに何もしなかったということ?あなたも自分の主が死ぬと言っているのに、何もしなかったの?」
「陛下は死にたがっていたからな。」
・・・魔王は自殺願望があったらしい。
「だからって、殺されるなんておかしいでしょ!」
「陛下は死にたくても死ねなかったんだ。俺の知る限り、魔王は1度も代替わりしていない。先代もそう言っていた。ちなみに先代は700年仕えたそうだ。その間陛下を殺そうとした者は、数えきれないほどいたが誰一人成し遂げられなかった。」
魔族はかなりのご長寿さんだ。日本の高齢化社会もなんのその。目の前の人物は300歳以上で先代さんは700歳以上、魔王に至っては1000歳(仮)だ。ぜひとも美容法を教えていただきたい。
「ま、まあ1000年も生きていたら死にたくもなる、のかな?」
前世の自分のことだ、一応フォローをしておこう。
「??陛下は1度も代替わりしていないと言ったはずだ。少なくとも彼はこの国の建国から生きているらしい。ざっと5000年前か?創世の時から生きていたという話もあるが、さすがにそれは眉唾物だろう。」
どんなハッスルおじいちゃんだ。前世の自分に不安を覚える。
「そんなわけで、陛下は念願が叶い、そして今この場にお前がいるというわけだ。」
迷惑極まりないな。なんてことをしてくれたんだ、魔王とやら。
だめだ、理解が追い付かない。こうした異世界トリップの定石は、<役目を果たせば帰れる>だ。つまり私は魔王の魂を持っているのだから、役目というのは<魔王>だろう。魔王の役目って何?世界征服?それとも勇者に倒されること?いやそもそもこういった場合、最終的にやっぱり帰れませんでした。というのもお決まりだ。もう頭はパンク状態だ。目の前が真っ暗になる。
『化け物!』
一瞬、過去の光景がフラッシュバックする。ああ、そうだ私は本当に化け物だったのだ。彼女の言う通りだ。だったら、元の世界に帰れなくてもいいのではないのか?あの世界で異質なものが元のあるべき所へ戻る。たったそれだけのことだ・・・。
「泣くな。」
そっと涙が拭われる。どうやら知らないうちに泣いていたらしい。
「俺は女の慰め方なんかわからない。」
そう言いつつアレクは私をそっと抱きしめ、まるで幼子にするように背中を撫で、ぽんぽんと優しく叩いてくれた。これでは逆効果だ。ああ、これでは彼の服を涙で汚してしまう。そう思うのに涙は止まってくれない。
自分がこれからどうなるのか、どうすればいいのかは全然わからない。
ただ唯一確実にわかるのは、私には目の前の人物を頼る以外に道はないということだった。
次回はアレク視点です。