ベッドの下の秘密
アギルとイオレスの協力を得て、調べ物が進んだかといえばそうでもなかった。というのも、三人とも本来は忙しい立場であるためだ。けれど、レティスを警戒してか、アレクがいない時はアギルが、逆にアギルがいない時はアレクがいてくれた。まあアギルの場合は本当にいてくれるだけだ。なにせ彼は本を開いて3分で沈没する。さすが泥船、期待を裏切らない。アレクやイオレスがいる場合はそんなアギルに分厚い辞書のような本を彼の脳天に力いっぱい叩き込む。二人とも容赦がなさすぎる。しかもその攻撃でアギル気絶しちゃってるし。ちなみに二人がいない時は放置している。無理して付き合ってくれているんだろうしね。
そんな日々を過ごしていたある日、ある疑惑が浮上する。
「そういえば、アレクシス様はいつ休んでいるんでしょうか?」
始まりはイオレスのそんな言葉だった。
「あ~だよな。俺の部屋あいつの執務室の隣だからわかんだけど、夜中に起きてもいつも明かりがついてんだよな。たまに寝てるっつーのに書類の束もって襲撃しかけてくるし。」
夜中に書類の束をもって襲撃?どんな夜這いだそれは。そういえばアギルは強制的に執務室と私室を一緒くたにされたんだっけ。以前、訪ねたことがあったが、あれはすごかった。書類が山となって積まれている執務机、続き部屋となっている仮眠室にまで本や書類が散らばっている有様だった。本人的には疲れたらすぐ寝れるから意外に快適だと笑いながら言っていたが、扉が半壊状態なのも相まって正直カオスだった。というかベッドに散乱していた書類と扉の破壊はもしやアレクが?
「部屋には帰ってきているのか?」
アギルの言葉にう~んと思い返す。
「私アレクにいつも起こしてもらう立場だから、よくわからないんだよね。でも今日の朝、目の下に隈ができていた気がする。」
私たち3人は無言で顔を合わせた。このままではアレクが過労により倒れてしまうかもしれない。
「今日の夜はアレクシス様にきちんと休んでいただきましょう。」
「うん、そうだねアレクが過労死する前に!」
「そうだ!アレクが倒れたら誰が俺の分の書類を片付けるというんだ!」
いや、それは自分で片付けようよ、むしろアレクの多忙の原因はそれでは?というツッコみを飲み込みつつ、私たち『アレクを寝かし隊』は今日のアレクの安眠の為の作戦を練るのだった。
*****
「どうしたんだサーヤ?こんなところに呼び出して。」
「うん、アレク本題に入る前に言いたいことがあるんだけどさ・・・。なんで私普通にアレクの部屋に入れるの!」
そう、ここはアレクに私室。魔族が一般的に使っている鍵は指紋認証ならぬ魔力認証式。ドアノブに触れた時点で部屋の主の魔力を感知し、開錠するというものだ。だから本来アレクの許しなく彼の私室に入れるわけがないはずなのだが・・・。アギルが「大丈夫大丈夫。お前だったらフリーパスだって!」とか言っていたのを何を無責任なと思って来てみれば本当に開いてしまい脱力してしまった。そういえばアレクも私の部屋にフリーパスだよね・・・。アレクにはプライバシーを守るという考えはないんだな。
「お前は俺の主なのだから当然だろう。」
うん、言うと思ったよ。それにやっぱり目の下に隈ができているね。しかも心なしか顔色が悪い。
「そう、わかった。とりあえずアレク、あそこに座って。」
そう言って指し示したのはアレクのベッド。彼は不思議そうな顔をしつつも私の言葉に従った。
「それで、どうし・・・」
座ったところで、彼の体を力いっぱい押し倒す。まさか自分が男を押し倒す側になるなんて想像もしていなかった。でもアギルとイオレスが言うには、私にだったらアレクは抵抗しないとのこと。半信半疑だったが、確かに彼は驚きに目を見開きつつも、あっさりと押し倒されてくれた。よし、ここからが本番だ。
「今日はアレクに休んでもらおうと思って。」
ニコリと笑んでアレクに告げると彼は絶句した。
「・・・いいかサーヤ俺はちゃんと必要な休息は取っている。だから・・・」
「じゃあ昨日は何時間寝たの?」
「・・・30分。」
きまりが悪そうに答える。いいかいアレク、それは休んだって言わないんだよ。
「寝なさい。」
そう言ってグイグイと彼の体をベッドの中に押し込む。だがアレクは抵抗こそしないものの、私を説得しようと口を開く。
「そんな場合ではないだろうサーヤ。一刻も早くお前を元の世界に返さなくてはならないというのに、レティスからは大量の書類がまわされてくるし、アギルの事務処理能力は0に等しいのだから。」
そうか、アレクの多忙はレティスとアギルのせいか。
「わかった。レティスさんはともかくアギルには仕事するように言っとく。だからアレクは寝て!」
「・・・それは命令か?」
「・・・命令です。」
「了解した。」
初めての命令がこんな形で出すことになるとは思いもよらなかった。まあアレクがきちんと休息を取ってくれるなら良しとしよう。と、部屋を出ようとドアノブに手をかける。すると・・・
カサリ
かすかに紙がこすれる音が聞こえた。ぱっと振り返るとそこにはベッドの下に手を突っ込んでいるアレクが!ベッドの下ってことはまさかアダルティな大人の本・・・あのアレクが?彼はしまったと言う様な顔で身動きを止めている。だるまさんが転んだ状態だ。
まあ、眠る前に本を読むのは悪いことではないんだけど、ちょっと興味があるんだよね。それにアレクの様子も変だし。と言い訳しつつ、アレクのベッド脇に戻り下を覗き込む、そこにあったのはアダルティな本ではなく、書類の山だった。
「アレク」
冷たい声で名を呼ぶとアレクがぎくりと身を強ばらせる。正直少しほっとしたけどね。はあ、と溜息を一つつき、部屋にある椅子をベッドのそばに移動させ、そこに腰を下ろす。
「アレクが寝るまで監視します。」
そう宣言するとさすがに諦めたらしく、大人しくベッドの中に潜り込んだ。
私は、アレクの体をポンポンと優しく叩いてやる。そして髪を撫でると目を細め気持ちがよさそうにうとうとし始める。アレクの髪さらさらしていて気持ちがいいな。そんなことを考えていると、なんだかこちらまで眠くなってきてしまった。
・・・・・・・・・ハッ、いけないいけない。アギルたちを待たせているんだ、か、ら・・・
アレクの穏やかな寝息を子守唄に私の意識は途絶えた。
*****
う~ん後5分・・・
もぞりと動くと何かが手にあたった。なにこれ、硬い・・・。それになんかこう、動きにくいっていうか、何かに拘束されている?いやでも手は動くしなぁ。目をゆっくりと開く。わあ、たくましい胸板。
胸板?
視線を上にあげると、超至近距離で微笑むアレクの顔が!
「い、いやああああああああ!」
「お、やっと目が覚めたのか。」
私の叫び声に答えたのは若干呆れ交じりのアギルの声。なんだこの事態は。目覚めて一発目で美形のどアップ、しかも抱きしめられているんですけど。
「おはようサーヤ。」
いや、おはようじゃなくてっ。あ~思い出した。そうだアレクを寝かしつけようとしてたら自分も寝ちゃったんだ。でもなんで私までベッドの中にいるんだ。椅子に座っていたはずなのに。
「寝苦しそうだったからな。」
ありがとうアレク。でもね、同じベッドはまずいと思うんだ。たとえアレクが352歳のおじいちゃんでも見た目は若いんだからさ。しかも私抱き枕にされているし。とてもいい筋肉をお持ちですね。とりあえず起きよう。
「ったく、お嬢ちゃんが全然帰ってこないから様子を見に来てみれば、アレクの部屋は開かねえし。もしや襲われているんじゃと思って扉を壊そうとすれば、『4時間後に来い』って念話が送られてくるし。そんで来てみたら2人仲良くおねんねだもんなあ。まあアレクは起きていたけど。」
「ごめんねアギル。ついうっかり寝ちゃって。ってそうだ、アレクは休めたの!?私邪魔しちゃったよね。」
「いや、よく休めた、邪魔だったのはサーヤではなくアギルだ。」
「へーへーそりゃ悪うございました。なあサーヤ、今度は俺と一緒に寝ような。」
「駄目に決まっているだろう。」
「なんでだよ。お前ばっかりいい思いして、ずりぃぞ。」
「お前は下心が丸見えだ。」
「ハア~?俺ほど純真な男もいねえだろうがよ!」
「どの口がほざいている。女にモテなさすぎてイオレスに紹介しろと泣きついているくせに。」
「モテてるわ!ファンクラブだってあるんだからな!」
「男ばかりのな。」
「週に一度は女たちに囲まれて・・・」
「メイドたちにせがまれて料理教室を開いているだけだろう。」
アギルの悲しい事実が発覚したところで、部屋に一陣の風が吹き、思わず目を瞑る。
『あのさあ、くだらない言い争いはやめてくんない?』
声のする方を見てみるとチャラそうな青年が部屋の真ん中でふわふわと浮いていた。