さあ、胸に飛び込んで来い!・・・アギルの
王族兄弟が気絶したことで、ようやく他の皆も事態に気付いたらしい。さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返る牢内。
「サ、サーヤ・・・その、わりぃ・・・」
「沙綾?大丈夫か?」
「・・・大丈夫じゃないのは明らかに私じゃないよね?」
「うっ、わ、悪かった。」
「ううん、私も原因の一部だし・・・この状況どうしよう・・・」
「水でもかけるか?」
「お願いだから兄さんは何もしないで!」
他国の王様と公爵に水をかけるだなどという大胆な発想は一体どこから来るのか?状況を悪化しかさせない提案に頭が痛くなる。いっそここから皆でとんずらしたいところではあるが、彼らがディウレウスとの友好を望んでいる以上それは得策ではない。けれど王太子の事も放置できない。彼らが目覚めるのを待っていたら、エルディラは聖ウィニアスの属国となってしまうかも・・・説明役に一人ここに残して、後は皆で王太子を止めに行くというのが無難かな?
「あの・・・」
今後の方針を決めたところで、どこからか声がかかる。ここには似つかわしくない、女性の物。もちろん聞き覚えはない。声の主は、恐る恐る牢の中を覗き込むと青い顔をして悲鳴を上げた。
「ジル!何があったのですか!何故彼が倒れて・・・ああ、サフィル陛下も!」
綺麗な金の髪を振り乱し、鉄格子にしがみつく。その取り乱しように見ていて可哀そうになってくる。まあ、自分の国の王族が二人も倒れていたらこうなるのは当然か。片方は王様だし。あれ?でもさっきこの人公爵の事をジルって・・・それにどこか見覚えがあるような・・・
「あっレイの御屋敷のメイドさん!」
思い出したことをそのまま口にすると、彼女はようやくこちらの存在に気付いたらしい。さっきとは違う意味で顔を青ざめさせると、慌ててこちらに向かって平伏した。
「お目汚しをしてしまい、誠に申し訳ございません!私はミレーナ・アルジェスと申します。あなた様が魔王陛下代理に就任されたサーヤ様でしょうか?」
「えっ、どうしてあなたが私の名を?」
人間である彼女が魔王代理に就いた私の名を知っているのはおかしくはないだろうか?それにミレーナが“沙綾”と対面したのは女装したギルのはず。そのギルは大きい姿となってしまったから、もうここには存在していないのだけれど。まさかサーヤ教がここまで浸食してしまったのか!?
「サーヤ様、彼女は魔族です。恐らくあなたの膨大な魔力を感じ取ったのでしょう。」
「え?」
レティスの言葉に目が点になる。えっと、王弟のお屋敷で雇われているメイドさんが魔族?
「それは真ですか、レティス殿!」
あ、同じように驚いている人がもう一人いた。自分が留守にしている間に他国の、しかも魔族が実家でメイドとして雇われているなんて思わないもんね。
「やはり気付いていなかったか。レイ、お前はもう少し鍛錬が必要だな。」
「アレク、知っていたの!?」
「当たり前だ。諜報活動の為に潜り込んでいる可能性があるからレイには話さなかったがな。気付かなかったのはお前とサーヤくらいだろう。」
「あ、わりぃ、俺気付いてなかった。」
あっけらかんと余計なことを口走ったのは言わずもがな、アギルである。私は見た、その時アレクの米神に青筋が浮かび上がる瞬間を。
「アギル貴様、帰ったら徹底的にしごいてやるからな!」
「はあ!?俺なんかしたか?」
ご愁傷様アギル。助けを求める目で見られても、私はアレクを止めないよ。魔族なり立てのレイや、上司であり、こちらの世界に来て日の浅い私ならまだしも、将軍がそれでは絶対にダメだと思うから。
「えっと、それでミレーナさんはどうしてここに?」
「あの、アレクシス様が付いているなら大丈夫かとは思ったのですが、一向にお戻りにならないため、ジルとレイに何かあったのではと思い助けに来たのです。」
ジルと・・・レイ?主であるジルフィートを心配してというのは理解できる。何故ジル呼びなのかはここは置いておこう、ややこしくなりそうだから。
「何故私の事も?それにあなたは一体何者なのです?」
あっちゃ~、聞いたら一番衝撃を受けるであろう人物が率先して聞いてしまったよ!これでミレーナがジルフィートの後妻とか、お付き合いしているとか答えてしまったら、どうするのレイ!ただでさえ、兄のように慕っていたルヴァイドに裏切られたような形となっている今、ほぼ初対面の女性から「あなたの新しいお母さんよ。」なんて言われたら・・・
そんな不安を胸に抱いていると、バチッとアギルと目が合う。彼もこの状況に不安を感じたらしく止めようか迷っている様子。普段は色恋沙汰には縁遠く、筋肉バカや脳筋と言われながらもさすがにこれがどういう状況なのか気付いたようだ。さすが187歳。伊達に長く生きていない。
「本当ならこの件がすべて解決したらあなたに話そうと思っていたのですが・・・」
ミレーナは迷いながらも口を開く。その様子を見る限り、やはり続く言葉は私たちの想像どうりという事か?ならばレイを慰める準備をしなくては!さあレイ!胸なら貸すよ、アギルが!
「私があなたの母なのです。」
「え?」
「へ?」
「嘘・・・」
「ほう・・・」
「・・・・・・」
「ふむ・・・」
「マジかよ!?」
彼女の思いもよらない言葉で真っ白になった頭で考えたことは、アギルの厚い胸板の出番は無くなってしまったなあ、というくだらない物だった。