ヴァンパイアって、何?
「ヒマだ・・・。」
レティスに遭遇した翌日、私は部屋で暇を持て余していた。それというのもアレクが朝食後、執務室にこもり始めたからである。
彼が言うには・・・
「今日中に一週間分の仕事を片付ける。そうしておけばしばらくはサーヤの方に時間がさけるだろう。それに兵たちに訓練の約束をしたしな。」
と言っていた。つまりは私のためであり、私のせいである。そんなアレクの邪魔をしてはいけないと「共に執務室に行くか?」と言う彼の誘いを断り、今こうしてベッドの上でごろごろしている。東棟の中ならば自由に動き回ってもいいと言われてはいるが、それで問題を起こしたら目も当てられない。というよりも、少し散策を、と思い部屋から出ようとしたところ、部屋の前で待ち構えていたらしい兵士たちに凝視されてしまい反射的に扉を閉じてしまった。あれは一体なんだったんだろう?
コンコン、と扉をノックする音が響く。
「サーヤ?俺だ、アギルだ。」
アギルの来訪に心なしか浮き足立つ。これで少しの間は暇から解放される。
扉を開きアギルと対面する。昨日レティスから聞いた情報だと彼はかなりひどい様相だったらしいが、今はそんな面影はなかった。
「アギル、どうしたの?昨日は大丈夫だった?」
そう聞くと、アギルはきまりが悪そうに頭を掻いた。
「あ~昨日はまあアレクのおかげっつうか、アレクのせいっつうか、大丈夫だったぜ。魔力の暴走は久々だからまだちょっと疲れが残っているがな!心配してくれてありがとな、サーヤ。」
アギルはわしゃわしゃと頭を撫で、にかりと笑う。確かに元気そうだ。
「今日なんだが、アレクが執務室に缶詰めになっているって聞いてな、暇してんじゃないかって思って誘いに来たんだ。ちゃんとアレクの許可は取ってあるぞ!」
許可を取ってあることを強調して、自信満々に言い放つ。アレクにされた事がよっぽどこたえたようだ。
「それでサーヤ、行くか?」
「うん、行く。」
「よし!」
アギルに続いて歩き始める。そういえばあの兵士たちはどこに消えたのだろう?そう聞くとアギルは再びきまりが悪そうに答えた。
「あ~あいつらな、追っ払ったよ。まあ話を聞く限り、アレクが世話を焼いている女に興味があったって感じだな。そのうち静まるだろ。」
やはりアレクが原因か・・・と思いつつこちらを見てひそひそ話す兵たちを気にかけないよう意識した。
*****
アギルが連れてきてくれたのは昨日案内された第一訓練場ではなく第二訓練場だった。第二のほうは西棟に近い所に位置するため案内はされていない。アギルがいるなら大丈夫だろう。
「今日は第一訓練場じゃないの?」
「あ~第一訓練場は昨日俺が半壊させちまったんだ。しばらくは使えねえ。」
一体どれだけ暴れたのだろうか?そういえばレティスがアギルの給金から補修費用を差っ引くとかなんとか言っていたような・・・。そういうとアギルが見るからに意気消沈する。
「ああ、向う3か月は給金なしだ・・・。」
この話は触れないでおいた方がいいようだ。
「お~いイオレス!」
「アギル!もういいのか?」
「誰に向かって言ってんだ、お前!」
アギルがなんだか気安そうにイオレスと話している。あれ?イオレスってこんな人だったっけ?
「おはようございますサーヤ様。昨日はいろいろと失礼いたしました。」
イオレスはそう言って頭を下げてくる。むしろ迷惑をかけたのはこちらの方ではないだろうか。うちのアレクがすいません。
「様付なんてしないでください。なんだかイオレスさんはアギルと仲がいいんですね。」
「イオレスでいいですよサーヤ様。あなたはアレクシス様の客人です。呼び捨てなんてできるはずありません。アギルとは同期なんです。将軍補佐という立場上、アギルにはきちんと仕事をさせなければいけないため、遠慮なんてしていられないんです。」
「はあ?ちゃんと仕事しているだろうが。」
「いつも書類を押し付けてくるくせによく言う。」
アギルはアレクだけでなく部下のイオレスにも仕事を押し付けているのか。それにイオレスとアギルが同期って・・・。思わずアギルとイオレスの顔を見比べる。
「え?2人は同期なの?随分歳が離れているんだね。」
何気なく言ったつもりだった。だってイオレスは20代前半、アギルは30代後半の見た目だし。だが、アギルは渋面を作った。
「俺はイオレスと同い年だ。」
「え、ウソ。」
「お前どんだけ俺が老けて見えているわけ?ちなみにアレクとレティスと俺だったら誰が一番年上だ?」
「アギル」
即答するとアギルは脱力した。それから勢い込んで言い放つ。
「いいか、アレクは352歳、レティスは297歳、そして俺は187歳だ。俺が一番年下!」
「ええ!だって見た目はどう見たって・・・。」
「だっても何もない!あのなサーヤ、魔族は魔力が成熟した段階で体の成長が止まる。だから見た目で年齢の判断はできないんだ。わかったか?」
まさかレティスと100歳以上歳の差があるとは・・・。そして何故アギルはアレクとレティスの年齢を把握しているのだろう?自分の年齢はともかく、200歳を優に超えた人たちの年齢を把握しているなんてよっぽど仲がいいのだろうか?そう言うと、アギルはすごい剣幕で否定した。曰く、よく見た目で間違われるため、独自に調査したんだそうだ。アギルってなんか可哀そう。
「ん~つまりアギルは魔力の成熟が遅かったってことね。」
「というより、アギルは魔力が不安定で成熟しなかったから陛下に泣きついて成長を止めてもらったんですよサーヤ様。」
「イオレスっ!」
「どうせすぐにわかることだ。今も魔力が不安定で魔族なのに魔法を使わないんだから。しかもそれに合わせて、俺たちの魔法訓練も滞ってしまっているんだぞ。」
「だからイオレスはアレクに魔法の訓練を頼んだんだね。」
なるほど、そういう経緯があったのか。
「っそもそも魔法なんて使わなくても勝てるからいいんだよ!みてろよ!」
そう言ってアギルは訓練場の中心へと歩んでいき、大声で言い放った。
「今日は特別訓練を行う!全員で俺にかかってこい!勝てた奴には給金を上げてやる。負けたら補修工事行きだ。始め!」
アギルが宣言すると兵士たちが彼に殺到していく。あっという間にアギルの姿は見えなくなった。
「あれって大丈夫?」
「心配する必要ありませんよ。あいつに勝てるのはアレクシス様とレティス様だけです。俺たちが束になっても勝てはしません。」
イオレスの言うとおり、アギルがいると思わしきところから次々に兵士たちが宙を舞い地面へと落下していく。動かないところを見るとどうやら気絶しているようだ。まさしくちぎっては投げ状態である。いっそ清々しい。かと思いきや彼は常人離れした跳躍でもって彼らの頭上を飛び越え、少し離れたところに華麗に着地し「はっ、てめえらなめてんのか?そんな攻撃痛くもかゆくもねえぜ!」と挑発して見せた。見た感じ怪我はなさそうだ。
「すごい身体能力・・・。」
「アギルは吸血族ですからね。体の頑丈さや、身体能力はかなり優れています。」
え?今なんて?
「アギルが・・・吸血族?」
「?ええ、ああ確か人族の間ではヴァンパイアや吸血鬼と呼ばれているんでしたね。」
ヴァンパイア・・・?
吸血鬼・・・?
あれ?ヴァンパイアってなんだっけ?確か人の生き血を吸い、日光に当たると灰になるとか、十字架やニンニクが苦手とか?
空を見上げるとそこにはさんさんと輝く太陽が、そしてその下で今まさに乱闘を繰り広げる男・・・。むき出しの腕は程よく日焼けをしていて彼の野性味を引き出している。
「ねえイオレス、ヴァンパイアってさ太陽苦手じゃなかったっけ?」
むしろすこぶる元気だ。アギルのドロップキックを食らった兵士が20メートルほどぶっ飛んで倒れる。
「?そのようなこと聞いたことはありませんが?」
「じゃあ十字架は?ニンニクは?」
「今人族ではそのように言われているのですか?アギルが聞いたら爆笑しますね。」
股間を蹴り上げられた兵士が宙を舞い泡を吹いて倒れる。ご愁傷様です。
「人の生き血を吸うんだよね?」
むしろそうでなくては吸血族とは言われていないはず!
気絶していた兵士が復活し、再びアギルへ挑んでいく。すかさずアッパーカットを食らい瞬殺。
「人族の間ではそう言われているようですね。実際は彼らが吸うのは魔族の血ですよ。」
イオレスが言うには吸血族が血を吸うのは魔力が枯渇した時と、深手を負った時だけらしい。吸血は他の魔族から魔力を補うために行うもので、魔力のない人族の血を吸っても意味がないとのこと。ただ、ごく一部の者たちが、人族の噂を面白がりたまに襲いに行くのだとか。はた迷惑な話だ。
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