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転生魔王と騎士  作者: 如月文
第三部
108/112

兄の心弟知らず~イオレスの胃痛は止まらない~

「ですから!アギルの部屋にはもうアギルは住んでいなくてですね・・・」


「いやだなあ、イオレス君。いくら弟に頼まれているからって、嘘は駄目だよ?」


 ワインレッドの髪を揺らしながら、イオレスを見下ろす妙に色気のある美丈夫は不敵な笑みを浮かべて答える。


「イオレス、君が我らが愚弟を補佐する立場であることは承知の上だが、これは家族の問題だ。せっかく兄が顔を見せに来たというのに出迎えもせぬとは、どうやら躾が足りなかったようだな。」


 切れ長の深紅の瞳で見据えられたイオレスは瞬時に背筋を震わせる。


「イ、イザーク様、アギルは今仕事中でして・・・まさか今日訪問されるとは思ってもいませんでしたから・・・」


 彼らが来訪するという手紙が来たのは今朝のはず。アギルも手紙が来たその日に二人が来るなんて思いもしていないだろう。

 それにイオレスとて一応呼びには行ったのだ。けれど、返事はなく扉が開くこともなかった。魔王陛下代理の自室を許しもなく入ることもできず、仕方なくイオレス一人でこの二人を出迎えることとなったのである。

 返事を聞いたアギルの長兄イザークは、まるで彼を睨みつけるかのように目を細めた。


「抜き打ちの方があ奴の普段の姿を見れるというもの。それはそうとイオレス。」


「は、はい!」


 不機嫌さが混じったイザークの声に、イオレスは何かしでかしてしまったかと内心焦る。


「君は愚弟の友人で将軍補佐という立場についている。その上、獣人族の次期族長だ。立場的にはほぼ同等ともいえるのに、なぜ私に様付をする?」


 イザークは吸血族次期族長という立場だ。ただ、次期とは言っても、ほとんど代替わりは済んでおり、今の吸血族は彼が取り仕切っていると言っても過言ではない。例えイオレスが将軍補佐という地位にあったとしても、魔族の中では最弱とも言われている獣人族の次期族長と、優れた身体能力と魔力を持つ吸血族の次期族長では彼からすれば自分の方が下であると本能的に考えてしまうのだ。

 そもそも、イザークは炎の騎士候補の一人であり、アギルの前に将軍職に就いていた人物であった。彼は非常に優秀で、文武両道、眉目秀麗で、何より公平な人物であった。当時、将軍補佐についていた自分の弟アギルも容赦なく使い倒し、暴走させては鉄槌を食らわせ連日悲鳴を響き渡らせたものだった。その容赦のなさと、次期族長に相応しい威圧感、そして切れ長の怜悧な瞳、これらが相まって不用意に近づく者こそいなかったが、影ではアレクやレティスに匹敵するほどのファンが存在していた。

 そんなハイスペックな元上司を呼び捨てにするなどイオレスには不可能だろう。しかも彼はアギルの家に何度か招待されたことがあるが、トリアス家は吸血族の中でもかなり有力な一族らしく、広大な面積を誇る屋敷にしり込みをしたことがある。そう、恐ろしいことにアギレシオ・トリアスは代々族長を勤め上げ、騎士も多く輩出している由緒正しい名家の出なのである。


「イザーク兄さん、イオレス君が困っているじゃんか。かつての上司を呼び捨てになんてできるわけないって。ねえ、イオレス君?」


 どう返答しようか迷うイオレスに助け舟を出したのは次兄であるエイナスだ。やや垂れ目がちな瞳は優しげで・・・というよりも色気にあふれている。彼は魔族の女性が選ぶセクシーな男性に淫魔族を押さえ10年間栄えある一位に輝き、殿堂入りを果たした伝説の人物である。アギル曰く“吸血族の皮を被った淫魔族”“歩く十八禁”である。

 エイナスは現在国外に出ていることが多い。その理由は“まだ見ぬ女の子と出会うため”という本気なのか冗談なのかよくわからない物だ。時折ふらりと帰ってきては弟に奇妙な土産を残して去っていく、ありがた迷惑な男。

 ここだけの話、アギルの考えではエイナスは蛟族の女性に手をだし、国内にいては執拗に狙われるため逃亡したのではないかとのことだが真偽のほどは定かではない。それというのも、エイナスは大事なことほどはぐらかすことがうまい。イザークにはバレバレだそうだが、アギルは未だに彼の本質を掴めないでいる。まあ、トリアス家次男はかつてレティスの下にいた、といえば彼のくせ者度合いがわかるというもの。アギルとの相性は明らかに良くない。

 ちなみにイザーク、エイナスの容姿は20代半ば。30代後半のアギルの容姿を考えれば、兄弟そろった所を見れば他の人がなんというのか想像には難くない。合掌。


「それはそうと、イオレス君。サーヤ様ってどんな子なの?可愛い?」


「へ?いえ、あの・・・」


 突然の質問にイオレスは戸惑う。エイナスは自他ともに認める女たらしだ。ここで不用意な発言をすれば後々大変なことになるのは目に見えている。サーヤ様を彼の毒牙にかけるわけにはいかない、けれど不細工などとは口が裂けても言えない・・・そんなイオレスの葛藤を知るよしもなくエイナスは続ける。


「あの女っ気のないアギルが手紙にサーヤ様の事ばっかり書いてんの!あれはやっぱり惚れてるね、間違いなく!だから俺たちで可愛い弟の恋路を応援してやらなくちゃな~って。ね、兄さん?」


「はあ、お前はまたそうやってその娘を誘惑するつもりか?今回の相手は魔王陛下代理だぞ?」


 過去にアギルが気になった女性は全員エイナスに奪われている。エイナス曰く、情報収集のために話しかけただけであって、自分に靡かせようだなどとは思ってなかった、らしい。


「やだなあ、人聞きの悪い。あっちが寄ってくるんだよ。それに俺に靡いているようじゃアギルの相手としては相応しくないからね。」


「それはそうだがな。」


 この二人、アギルに対してかなりの仕打ちをしているが、実のところ結構ブラコンである。イザークが将軍職にあった頃、アギルをこき使ったのも次期将軍である彼に仕事を覚えさせるためであったのだ。ただ、それがアギル本人には全く持って伝わっていないのが痛いところだったりする。


「さて、と、あれ?アギルのくせに鍵なんかかけてる・・・」


 イオレスが葛藤している間にどうやら目的地に着いてしまったらしい。そう、アギルの部屋、ではなく元アギルの部屋現沙綾の部屋である。ガチャガチャとドアノブを回し、「お~いアギル~!」とドンドンと強めのノックをし始めたエイナスにイオレスは慌てる。


「エ、エイナス様、ですからここはアギルの部屋ではないのです!」


 中にいるはずであるレティスと駿の怒りを買う前に何とか止めなくては!駿はもちろん、レティスもこの二人が相手と言えど主に害をなそうとする者は排除しようと動くだろう。行きつく先は戦闘、瓦礫の山、である。この国の最高権力者の部屋の前でそれはまずすぎる。いや、だがそうなる前にアギルが止めてくれるはず・・・淡い期待を込めて、友人が扉を開けてくれることを願う事約数秒、イザークがエイナスを扉の前からどかせ無言で手を翳す。





 ドゴオオオオオオオンッ





 扉が跡形もなく吹き飛ぶさまを見てイオレスは思う、終わった・・・今日が僕の命日だ・・・、と。だがその未来が彼に訪れることはなかった。


「なんだ、いないではないか。」


 イザークの言葉にイオレスは意識を取り戻し部屋の中を見渡す。扉の破片が散乱している室内は、それ以外にダメージは見当たらない。恐らく扉の周りにわざわざ結界を張ったのだろう。それを理解してイオレスはほっと胸をなでおろす。

 テーブルの上に積み上げられた書類の山、これは前に見た時と変わらない。けれどこの部屋にいるべき人物たちが見当たらない。一体どこに行ったのか?休憩でもしているのか?と思いめぐらしていると、床に座り込んでいる人物に気付く。


「エイラ様!アギルやサーヤ様たちはどこへ行かれたのですか?」


 唯一事情を知っているであろう闇の大精霊に呼びかける。彼女はどうやら放心していたようで、彼の呼びかけでようやく彼らの存在に気が付いたようだった。


『イオレス?』


「はい、どうなさったんですか?」


『サーヤ達が鏡の中に・・・あれはあの方の・・・?』


「鏡?あの方?」


 あの方、というのは心当たりはなかったが、鏡というのは姿見の事だろうと、そちらに目を移す。


「な、何故サーヤ様たちが映っているのです!?」


 鏡に映っているのはアレク達と共に居る沙綾たちの姿。ほんの少し前までこの部屋にいた者達がここから遠く離れたエルディラに?その事実にイオレスは茫然とした。


「お、アギルじゃん。これって水鏡だろ?ここってどこ?」


「エルディラです・・・」


「はあ?エルディラ?アギルもアレクシス様たちと一緒に行ったってわけ?」


「いいえ・・・僕にも何が何だか・・・」


「ふむ・・・エイナス、とりあえずこの部屋を出るぞ。」


「え、なんで?兄さん?」


「見てわからないか?この部屋は女性の部屋だ。恐らくそのサーヤ様とやらの部屋だろう。主のいない女性の部屋に男が無断で入り込むなど非常識だ。」


 扉を吹っ飛ばすのは非常識じゃないんですか?という言葉をイオレスは飲み込んだ。この兄弟にとっては日常茶飯事だ。


「イオレス、その姿見と書類の山を応接室に運ばせろ。」


「え、あ、はい!」


「エイラ様、あなたには状況を詳しく説明してもらいたい。よろしいですか?」


『え、ええ。』


「後、我々の滞在場所の確保をしてくれ。」


「え、ここに泊まられるんですか?」


「魔王陛下代理と騎士たちが全員出払っている今、留守を預かる者が必要だろう?それと扉の修理代はトリアス家に回してくれ。」


 それだけ告げると、イザークは颯爽とサーヤの部屋から出て行く。それに慌ててついていくエイナスを見てイオレスは切に思う・・・早く帰ってきてください、サーヤ様!と・・・。


 




 


本編に入らないかもと思っていたトリアス兄’sを出せました!そのせいでイオレスの胃に穴が開きそうになっているのは見ない方向で・・・

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