鏡から手が出てくるのってホラーですよね?
もう動いてもいい頃合いではないだろうか、とアレクは考えた。大国であるエルディラが、力を失っているとはいえ聖ウィニアスと手を組むのは非常にまずいことだ。正体不明の導師とかいう輩の事も気になる。聖王が来ているのならば、彼を捕えその導師の事を問いただすことも可能だろう。そしてそれはエルディラが聖ウィニアスに従属を誓う前、つまり戴冠式前に行うことが最も望ましいことは誰から見ても明らかだ。
アレクは身を起こし、レイとギルに作戦を伝えるために口を開きかけ、やめた。何かがおかしい。そう感じ取った彼がその違和感の源を探すと、ひび割れ、曇ったもはや用をなさない壁につけられた鏡へと行きついた。先程までそのような物があるなどとは意識していなかった。しかし、今は明らかに異常を感じるそれから目が離せない。アレクの視線に気付いてか、レイとギルも鏡に視線を移す。
「何か感じる・・・?」
「気配が、する・・・です。サーヤ様の・・・」
二人の呟きを耳に入れつつ、アレクは鏡へと近付いていく。そして鏡に手が触れかけた瞬間、眩い光が放たれ、それが収まった時そこに有ったのは・・・
「か、鏡から腕が!」
そう驚き叫んだのはエルディラ国王である。その横では彼の弟が青ざめつつ「もしやこの牢で亡くなった罪人の霊が・・・」と呟いている。彼らには魔力を感じ取れるわけもないから当たり前の反応とも取れるが、アレク達には説明してやれる余裕などなかった。
あの腕は自分たちの主の物。それがなぜ、ディウレウスから遠く離れたこの地で、しかも牢獄の中にある鏡から現れたのか?まさか彼女に何かあったのでは!?と不安と恐怖が頭をよぎる。その鏡の近くにいたアレクは焦燥に駆られるまま彼女の手に触れ、握りしめる。
「実体が・・・ある。」
その言葉を聞いた者達は一様に目を見開いた。
「ど、どういうことだ!霊が実体を持つなどっ・・・!」
「落ち着いてください、叔父上!あれは我らの主の物。私にも正直何が起きているのかはわかりませんが、彼女が我らに害を与えることなどありません!」
「お前の主?何を言っているんだレイ?サーヤ様ならここにいるじゃないか!」
ジルフィートの言葉にレイは頭を抱えた。なんてややこしい事態になってしまったんだ!自分もアレクの元へ行き、彼女の無事を確認したいというのに!ギルを見ると彼は彼で自分の正体を打ち明けるべきか迷っている様子だった。説明するにはそれが一番早いともいえるが、その格好で彼が男であると暴露するのは酷な話ともいえる。何せ見た目はああでも実年齢は50代のおっ・・・いい大人なのだから。彼の名誉を思うとレイも口を噤まざるおえなかった。
一方アレクは後ろの喧騒など耳に入らず、久々に触れる自分の主の手に気分を高揚させていた。鏡の中から伸びた腕を握り締める男。傍目から見るとホラーな光景ではあるが、彼女の腕しか目に入っていないアレクには全く関係のない話だ。ふと彼はこの腕を引っ張りたい気持ちに駆られた。このまま彼女の手を引っ張れば、彼女自身をこちら側に呼び寄せられるのではないかという考えが頭をよぎったのである。実際、彼が少し手を引くと、彼女の腕は少し伸びたように感じられた。
「現金なものだ・・・」
ほんの少し前まで、彼女をここに連れてこなくてよかったと考えていたというのに、このまま彼女を引き寄せて抱きしめたい。そして彼女に微笑みかけてもらいたい。その感情がどんどん膨れ上がり、彼は先ほどよりも強く彼女を引っ張った。まるであちら側でも誰かがひっぱているような感触があったが、そのような力はアレクにとっては些細なものだ。
ドサドサッ
彼女を抱きとめたとき、その後ろで盛大な音を立てておまけ達が倒れこんできたが、もちろんそれらはアレクの目には入っていない。彼は久々にあった主に知らず顔をほころばせる。
「久しぶり、アレク。」
「元気そうで何よりだ、サーヤ。」
返された微笑みにアレクは自分がどれほどサーヤに会いたかったのかを実感してしまった。