呪術を扱う魔族
「聖女、だと?そんなこと聞いたことがない。」
サフィルの言葉に、アレクは信じがたいという表情で返す。
「大体歴代の聖女は早世だったと聞く。30年生きれば長生きな方だと。それに反して魔族は長命だ。何百年と生きるのだからな。」
「確かにその通りだ。しかし、もし聖女が行使する力が神の力でも、魔法でもなければ?・・・呪術であればどうなる?」
呪術は生命力を使うもの。魔族が扱う魔法と匹敵する力を持つが、行使しすぎれば寿命が縮まる危険性がある。長命で、生命力あふれる魔族がもし呪術師であれば?強大な呪術を使う時、消費する生命力を押さえる為、現在の呪術師は多人数で行うようにしている。だが、もし魔族であればそれは一人でも行える呪術となるだろう。例えば、疫病を振りまいたり、天災を起こしたり・・・
「仮にも魔族が魔法ではなく呪術を使うなど聞いたことがない!ましてや人間のために自分の寿命を犠牲にするなど!」
アレクは自身の推測を必死で否定する。もちろん過去にも人間に利用された魔族などごまんといる。けれど彼らは途中で過ちに気付き、逃亡するかディウレウスに助けを求めてくる。中には自害する者も少なくはない。だがサフィルの話では、聖女たちは最期まで利用され、それをよしとしている。
しかもディウレウスにある記録によれば、聖女はディウレウスとの戦争にも現れたという。つまり、彼女たちは祖国と敵対する意思があったという事。そこまでする理由が彼には思い当らなかった。
「・・・歴代の聖女は聖王を愛していたという。だが、お互いに天の神によって決められた相手がおり、その思いが叶う事はなかったという・・・人間の国では有名な悲恋話だ。代々にわたって聖王を愛する執着心、高度な呪術を使う能力・・・魔族で思い当たる種族がいるのではないか?」
「・・・・・・蛟族。」
蛟族は執念深い性質を持つ。それは憎悪にも愛情にも現れる。かつて仲間を殺された蛟族が、犯人が逃げ込んだ街の人間を一人残らず殲滅したという話や、蛟族と恋人関係にあった場合、浮気をしたとき無理心中を引き起こすくらいである。
それに加えて、彼らが作り出す魔道具は呪具、呪術の元になったと言われている。魔道具の扱いにたけた彼らならば、呪具を使用する呪術など簡単に会得できるだろう。
しかし、代々にわたって聖王に執着するなど蛟族にしても明らかに異常だ。それだけ執着に値する何かがあったという事か、それともやはり何かで強制されていたのか・・・最後の聖女は亡くなっていると思われることから、真相はわからない。一度蛟族と連絡を取るべきか、とアレクは考え込む。
だがその思考は突然地下牢が騒がしくなったことにより中断せざるおえなくなった。
「父上、お元気そうで何よりです。」
「ルヴァイド・・・」
大勢の衛兵を引き連れたルヴァイドは彼らが入れられている牢の前に立ち微笑む。そして、手で衛兵に合図すると、彼らが引きつれてきたらしき身なりの良い貴族らしき男女を次々と空いている牢の中へと放り込んでいった。
「ルヴァイド!これはいったいどういう事だ!彼らは・・・」
「そう、彼らは魔族との融和支持する者達。実は急なんですが今日の午後から戴冠式を行うことになりまして、それには彼らの存在が邪魔だったんで捕えました。」
「戴冠式だと!馬鹿な、私がここにいるというのに、一体誰がお前に王冠を授けるというのだ!」
「聖王陛下が。」
ルヴァイドの言葉にサフィルは言葉を失くす。他国の王である聖王がルヴァイドを次代の王に任命する。その行いはすなわち・・・
「聖ウィニアスに従属する気か・・・」
「ええ、父上もあの導師という人物の力を目の当たりにしたはず。それであえて魔族と手を組むとは愚の骨頂です。それとも、魔族は我が国を守ってくれるとでも?サーヤ様?」
「ぼ・・・私は・・・」
問いかけられたギルにはそれ以上の答えは返せなかった。今の自分は身代わりとはいえ魔王代理なのだ。自分の主ならば恐らく肯定するであろう問いでも、迂闊な返事はできなかった。
「サーヤ様は私の祖国を守ってくださいます!」
「黙れ、レイフォード!長年兄弟のように接しておきながら、魔族だということを隠していたお前の言葉など信じられるか!しかもこちらの了承なしに光の騎士に就任し、今更戻ってきたところを見ると、ディウレウスに国を乗っ取らせるつもりだろう!そうはさせるか、この化け物どもが!」
ガアアアアアンッ
「いい加減にしろ。我が主を侮辱することは許さない。彼女はこの国を見捨てることなど絶対にしない。」
平静さを保ちながら告げるアレクだったが、怒りに任せて拳を叩きつけた鉄格子は今にも折れそうなほど曲がっていた。
「・・・はっ!やはり化け物ではないか。そうやって脅すつもりか?魔族とはやはり野蛮だな!」
「・・・いくら兄上でも主と友を侮辱されれば怒りますよ?」
「それがお前の本性か、レイ?私に見せていた姿は偽りの姿だったという事か。」
「私の事はどのように仰られても結構です。兄上、本当にどうしてしまったのですか?以前はお優しい方だったのに・・・」
「・・・化け物のお前と話すことなどない。」
必死な様子のレイをルヴァイドは侮蔑を含んだ瞳で見返すと、衛兵を伴い去っていった。後に残されたのはアレク達と同様に牢に入れられた者達の「殿下がご乱心なされた。」「聖ウィニアスに従属するなど・・・」という悲壮に滲む声だった。
次回、ようやく状況が少し変わります。