秘密にするべき事柄がそうでなかった件
魔族を嫌悪し、一番の敵対国ともいえる聖ウィニアスが魔族の力を利用していた。ひどく矛盾しているように思えるが、今この場に実際に聖ウィニアスに利用されていた人物がいるのだから笑えない話だ。
「ふむ、500年たってようやく判明したと?人族というのは察しが悪い種族なのでしょうか?ああいえ、今のところ彼らだけが真相にたどり着いたようなのですから、むしろ褒めるべきでしょうか?」
当の本人は眼鏡に手を当てながら、失礼なことを呟いている。問題はそこじゃないよね?
「けどなあ、聖ウィニアスで力を行使させられていたのってウォルゲン一族だろ?暗殺だけじゃなくてそんなこともやっていたのか?」
「えっ、何でアギルがレティスが聖ウィニアスにいたことを知っているの?」
「なんでも何も、結構有名だぜ?そもそも本人が隠す気ねえし。」
「何も疾しいことはありませんからねえ。むしろ陛下の優しさをお教えできるので触れ回りたい気分ですよ。」
さすが魔王心棒者。そういえばケイスも知っていたっけ。触れ回りたいんじゃなくって、実際に触れ回ったんじゃないの?レティスならやりかねない・・・。
「ちょっと待て!レティスは敵対国にいたってことか?じゃ、じゃあもしかしていずれは沙綾を裏切り・・・」
「はい、スト――――ップ!」
兄がまた変な方向に妄想するのを急いで止める。私の部屋でレティスに斬りかかるのはやめてください。ほら、刀から手を放して!
「アギル、説明してあげて!」
「お、おう!」
私は駿を抑えるのに手一杯なため、アギルに応援要請。「お前は騙されている!」「今ここで殺しておかなくては・・・」とか言い募る駿に、二人がかりで説得。話を聞き終えた駿はそれまでが嘘のように静まり、俯いて動かなくなった。
「兄さん?」
一体どうしたのかと呼びかけてみる、突然彼は顔を上げレティスに向かっていく。説得失敗!?早く確保せねば!焦って駿を止めに行こうとする私とアギルを尻目に、レティスはのほほんと紅茶を一口。おいこら、誰のためにこんなに必死になっていると思っているんだ!そんなレティスの肩をガシッと掴む駿。間に合わない!
「レティス!・・・お前良い兄貴なんだな・・・けどな、自分の命を犠牲にするのは良くない!弟も悲しむぞ!」
どこの熱血教師!?思わずアギルと二人で脱力。
「ええ、そうですね。サーヤ様の為にも、私は生きて大切な者を守り抜こうと思います。」
にっこり微笑んで答えたレティスを満足げに見返すと、駿は自分の席へと戻っていった。なんだこの茶番は?我が兄ながら、根はいい人なんだよね。妄想癖さえなければなあ・・・。そんなことを思いつつ私とアギルも席へと戻った。
「サーヤ様が私の事で慌てる姿、とても嬉しかったですよ?」
煩い、レティスなんてもう助けてあげないからね!
「はあ・・・それで?結局エルディラ王が言っていたことにウォルゲン一族は関わってんのか?」
どこか疲労感漂いながらアギルが再びレティスに問いかける。彼が疲れているのは先ほどの騒動だけのせいではなく、彼が嫌いな書類仕事が原因だろう。とは言っても、レティスや駿の書類済みの書類の山と比べたら、明らかに差があるのだけれど。ちなみに私もちゃんとやっていますよ・・・レティスのお手伝い程度だけれど・・・。
「ふむ、アギルにしては良い質問ですが、残念ながら我が一族は関係ありません。」
「え?でも、エルディラ王は天の神の裁きは魔族の力によるものだって・・・」
それにレティスもさっき肯定するようなことを言っていたような気がするんだけれど・・・。
「あっ!そういえばウォルゲン一族は魔法をほとんど使えなかったって言っていたよね?」
ウォルゲン一族に求められたのは俊敏性であり、魔法の力ではない。レティスは風魔法を発動できたらしいが、それだって自分の意思ではなく彼を守る為に風の精霊が行っていたものなのだから。つまりは天災を引き起こすことなどウォルゲン一族には不可能という事だ。
「その通りですサーヤ様。よく覚えてらっしゃいましたね。これも愛のなせる業でしょうか?」
「それは関係ないと思うよ。」
ただ単に覚えていただけで愛だのなんだのは重すぎやしないだろうか?いや、自称愛の下僕にしては軽いのか?とりあえず、そこにいる刀に手をかけたお兄さんの目つきが怖いから、おかしなことを言うのはやめてくれないかな?戦闘は訓練場でどうぞ。
「・・・つーことは、聖ウィニアスにはウォルゲン一族以外にも魔族がいたってことか?」
駿を何とか宥めたあぎるが問いかける。いやあアギルも扱いに慣れてきたねえ。いつもご面倒お掛けしています。あとで菓子折りかなんか渡しておこう!
「ええ、恐らくは・・・それというのも私が生まれたときにはもうおりませんでしたから、確証はありませんが・・・」
「でも、レティスがそう言うってことは、いたっていう痕跡が少なからずあったってことでしょう?」
「はい、当時の聖王が時折ぼやいておりました・・・あの種族さえいれば、と。」
「そっか、種族っていう事は人族には当てはまらないよね。」
「けど一体何の種族だ?どうしていなくなった?」
駿の言う通りだ。その種族はウォルゲン一族と同じように人質を取られて従っていたのだろうか?彼らは救われたのだろうか?それとも・・・
「心配する必要はございません、サーヤ様。彼ら・・・いえ、彼女たちは私達よりも上等な扱いを受けいていたらしいですからね。何しろ自ら望んで聖王に協力していたそうですから。」
「自分から望んで?そんなんありえねえだろ?」
アギルの言葉にレティスは皮肉気な笑みを形作りとんでもないことを告げた。
「いいえ、ありえます。彼女たちは代々“聖女”という身分についていたのですから。」