魔族追放令
「落ち着けジル、客人の前だぞ。それにレイがそのようなミスをするとも思えない。何があったんだレイ?」
肩をいからせるジルフィートを宥めつつ、サフィルは穏やかにレイに問いかけた。しかしレイは気まずげに二人から視線を逸らし、どう説明したものかと思案する。
まさか、魔王暗殺の容疑者として20年間地下牢に幽閉されていましたなんて正直に説明できるわけがない。そんなことを話して、ディウレウスとエルディラの関係が悪化してしまったら?ここにいるアレクとギルが責められでもしたら?だが、国王に問われて、嘘を話すわけにもいかない。
レイがそう思い悩んでいると、隣にいる存在が小さく息をつき、まるで彼を庇うかのように一歩前に進み出てジルフィートとサフィルに向かって頭を下げた。
「・・・申し訳ない、その件に関しては俺たちの方に非がある。」
アレクの言動に戸惑う二人に、彼は20年間レイがどうしていたかを打ち明ける。彼の話を聞いていくうちに、ジルフィートとサフィルはどんどん難しい顔になっていく。それを見たレイはアレクの隣に並び立ち、自らも頭を下げた。
「どうか彼らを責めないでください!簡単に罠にはめられた上に、書状を失くしてしまったのは私です。私がもっと気を付けていればこのようなことにはならなかったのです!」
深々と頭を下げるアレクとレイに、エルディラの王と王弟は顔を見合わせる。そしてサフィルは一つ息をつくと、二人に顔を上げるように促した。
「・・・顔を上げなさい二人とも。今は誤解も解け、レイは光の騎士としてサーヤ殿に仕えている。そして此度の招待を受けてくれたという事は、ディウレウスもエルディラとの良好な関係を望んでいると受け取っても構わないのでしょう、サーヤ殿?」
「えっ・・・ぼ、私は・・・」
いきなり話を振られ、ギルは慌ててアレクとレイをすがるような目で見る。ここで自分が言う言葉は主であるサーヤの言葉と取られてしまう。迂闊な発言はできない。そして今ここで自分がサーヤ本人でないことがばれるのはまずい事態だ。そう思い、アレクが小さく頷くのを見て彼は口をつぐむことにした。
「と言うと、レイが失くした書状にはディウレウスとの友好を望む内容が書かれていたという事か?」
「ああ、私たちは祖先が犯してしまった過ちを正そうと、苦心してきた。周辺諸国や聖ウィニアスの目を掻い潜り、冒険者と称してディウレウスに使者を送るも、簀巻きにされて送り返される始末。聖ウィニアスの弱体化に合わせ、正式な使者を出そうかと考えていたところにレイフォードが生まれたのだ。」
レイフォードが生まれたことは彼らにとって思いもかけない事だった。ジルフィートがまだ騎士という立場にあった時、偶然助けた女性が天使族だったのだ。ジルフィートはそうと知らずに彼女を愛し、彼女も彼を愛した。もちろん王族であるジルフィートと、どこの馬の骨とも知らぬ女性が婚姻を結ぶことなど不可能である。そのため彼らは秘密裏に逢瀬を重ね、そうして生まれたのがレイフォードだ。
しかしレイフォードが生まれてすぐ、隣国との戦争でジルフィートは重傷を負ってしまった。血に塗れ、部下である騎士に担がれて帰還を果たした彼を見て、兄であるサフィルは弟の死を覚悟した。その時、彼らの目の前に現れたのはそこにいるはずのない彼女と、彼女が大事そうに抱きかかえた赤ん坊だった。彼女はジルフィートに治癒魔法をかけ、意識が回復した彼に向けてこう言った。
『私は祖国に戻らなくてはなりません。その旅にこの子を連れて行くことはできない・・・。ですから、どうかこの子を私の代わりに育ててもらえませんか?』
彼女は彼らに向けて赤ん坊を差し出した。そこで目の前の出来事に呆然としていたサフィルは意識を取り戻し、回復したばかりで力の入らない弟の代わりに赤ん坊を受け取った。彼女はレイフォードの頭を名残惜しそうに一撫ですると、柔らかく微笑み『ありがとう・・・』と告げた。次の瞬間、彼女は真っ白な翼を背に生やし、開いていた窓から飛び去ってしまった。
「それからすぐに戦争は終結し、その上戦場で傷を負った兵士たちが一晩で回復を果たしたという奇跡が起こったというところから、彼女が何かしたのではないかとも思ったが真相はわからない。彼女はあれから姿を現したことはないからな・・・。」
「エルディラが長年ディウレウスとの和平を望んでいるのであれば、何故まるで逃げるかのように母は去ってしまったのですか?いくら魔族と知られたからとはいえ、彼女は何も悪いことはしていない!祖先が犯してしまった過ちとは一体何なのです!?」
「・・・500年前の魔族の追放か・・・」
それまで黙って話を聞いていたアレクが口を開く。その言葉にサフィルは重々しく頷いた。
「今からおよそ500年前、聖ウィニアスからすべての人間の国にある命令が発せられた。・・・“魔族追放令”というものだ。」
聖ウィニアスは魔族を敵視している、それは周知の事実である。人間が治めている国の中で最も力のある国が、魔族と敵対する立場をとっていることで、他の国々は表立って魔族と付き合うことはできなかった。そう、あくまで表向きは、である。魔族の力は魅力的で、友好を望む彼らの手を拒むのは惜しい。それに、古くからその土地に根付き、人間とうまく共存している者も存在し、聖ウィニアス以外の国では多かれ少なかれ密かに魔族と交流をしているのは暗黙の了解となっていたのである。
「それでも各国は魔族との交流を続けていた。追放するふりをし密かに匿う事でやり過ごそうとしたのだ。しかし・・・」
魔族を匿った国々は次々と水害、干ばつ、疫病などに見舞われ衰退していった。当時の聖王は、これを自身の命令に背いたことによる天の神の裁きであると告げ、それに恐れをなした国々は、魔族を追放、又は疫病神として処刑していったのである。
「我らの祖先も処刑こそしなかったが、大恩ある魔族を捕え、国外へ追放した。それが我らの過ちだ・・・」
「500年前の魔族追放の真相は分かった。だが、何故今更再び交流しようと?魔族の力が惜しくなったのか?天の神の裁きを畏れぬほどに?」
皮肉気に言うアレクにサフィルはゆっくりと首を横に振った。
「我らは魔族を追放したことを悔いている。だからこそ、長年にわたって聖ウィニアスの力の謎について調査をしてきた。そして達した結論は・・・聖ウィニアスの力の源こそ魔族の力である、という事だったのだ。」