もう一人の腹黒と禁呪の謎
聖ウィニアスの話題が出たところで、レティスに視線を向ける。見た感じ動揺は見られないけど大丈夫だろうか?彼は隠すのがうまいから・・・。そんな私の不安と心配をよそに明るい笑い声が響く。
「ははっ、見ろよレイフォードの奴まるで叱られたガキみてえ!」
鏡を指さしながら笑うアギルを窘めようと口を開いた時、それより少し早くレティスがにっこり笑顔で告げる。
「ええそうですね。まるでイザーク殿にお小言を言われているアギルのようです。」
レティスの言葉にアギルがぴしりと固まる。知らない名前だ、誰だろう?
「イザークさんって?」
「アギルの兄君です。アギルは三兄弟の末っ子にあたり、イザーク殿は長兄です。とても優秀な方で、吸血族の次期族長と言われているのですよ。」
へえ、面倒見の良いアギルが末っ子だったなんて意外だ。しかもレティスに優秀と言われるお兄さんなんて、一体どんな人なんだろう。
「ああ、あの大量の輸血パックを送ってきた?」
駿が思い出したというように口を挟む。輸血パックって・・・駿が転移魔法の補助に使ったっていうあれ?
「あ、あんな奴ら兄貴じゃねえ!イザークは細かいことをネチネチ言いやがるし、エイナスはいつもふらふらとどこかほっつき歩いてやがるし、帰ってきたかと思えば変な土産を押し付けられるんだぞ!」
変な土産?そういえばたまにアギル宛の荷物に、埴輪みたいな置物が送られてくる時があるっけ。それかな?アギルのセンスって面白い、って思ってたけどお兄さんのセンスか。
「良い兄君達ではないですか。正直、どうしてイザーク殿が炎の騎士に選ばれなかったか不思議なくらいですからね。」
「・・・イフルは腹黒い奴は御免だってよ。」
レティスと同類かな・・・。確かに騎士の中で二人も腹黒はいらないよね。アギルを選んでくれてありがとう、イフル。
「けどなあ、どうしてそんなに怯えてるんだ?そんなに怖い兄貴なのか?」
「あいつらは俺が少しでも逆らうと、崖から突き落したり、川に投げ込んだりするんだぜ・・・。奴らは俺を殺す気だ。」
うわあ、アギルの打たれ強さってまさかそこから?よく生きてたね。
「そういえばアギル、今朝あなた宛てに手紙が届いていましたよ。イザーク殿からのようです。」
レティスが懐から封筒を取り出す。その封筒と差出人の名前を見てアギルは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、恐る恐る手紙を受け取った。そして震える指で手紙を開き、読み進めていくうちに彼の顔色はどんどん青白くなっていった。
「何が書いてあるんだ?」
「・・・・・・・・・近々エイナスと一緒にこっちに来るってよ。」
「おや、それは良いことを聞きました。イザーク殿と少し話したいことがありましたので。」
嬉しそうなレティスと、絶望感に打ちひしがれるアギル。アギルのお兄さんたちか・・・会うのが楽しみなような、怖いような・・・。
それにしても、レティスの言動を見る限り心配はないようだ。彼に再び視線を向けると今度はばっちり視線が合ってしまった。ど、どうしよう・・・。
「いやですねサーヤ様、そんなに見つめられたら襲ってしまいますよ?」
うん、いつものレティスだ。とりあえずこの変態発言はスルーしておこう。
「それで、導師ってのはなんなんだ?聞いたことねえんだが?」
「アギル・・・報告書はきちんと読めと言っているはずですよね。イオレスによれば今回の諜報関連の報告書は、あなたが先に読むと言って持って行ったそうですね。やる気があるようで何よりと思ったのですが、その書類がここにあるのはどういうことでしょうか?」
にっこり笑いながらレティスは書類の山から一部を抜き取るとアギルに見せつける。
「そ、それは、アレクが大変そうだったから、俺が先にって・・・」
「アレクが大変なのはあなたが書類を溜めこんでいるせいで、あなたの分と自分の分を処理しなければいけないからだといい加減理解してください。あなたには最低限の書類しか渡していないはずなのですから、それ以上の書類は持っていかない!」
「はい、わかりました!」
宰相の叱責にピシリと敬礼で答える将軍。レイの事を笑っている場合じゃないよアギル。
「まったく・・・どおりでアレクが導師の情報を知らないわけですね。この事はイザーク殿に話しておきますからね。」
「そ、それだけはやめてくれ!」
「見苦しいぞアギル。自分の仕事は責任もってやるべきだ。それができないなら手を付けるな。」
おお!兄が珍しくまともなことを言っている!まあ私以外の事に関しては割と常識あるんだよね。
「それで、導師って?」
話を本筋に戻そうと口を挟む。このまま続けていたらアギルの精神が削られちゃうからね。
「大まかな内容としては先ほどエルディラ国王が仰られた通りです。一週間ほど前でしょうか、聖ウィニアスへの従属を拒絶したメイフィスという小国が滅ぼされました。報告によれば人から建物まで跡形もなく消失した、と。」
「消失、した?」
「ちょっと待て!そんなことが可能なのか?」
想像を絶する力に体が震える。そんなことができるなんて一体何者?
「魔王陛下であれば可能でしたでしょうね。つまりはサーヤ様、あなたであればできるという事です。」
「えっ・・・」
「沙綾はそんなことしない!」
「もちろん存じております。あくまで可能性の話です。」
そうは言われても自分にそんな力があることに恐怖を感じてしまった。今は騎士たちに制御されているからいいけれど、万が一また暴走したら?私はもっと自分の力について、ディウスについて知るべきかもしれない。
「もう一つ可能性があると言えばあります。」
同意を求めるかのようにレティスはアギルを見るが、彼は度重なる精神消耗に加え、とんでもない話を聞かされたせいで呆けてしまっている。アギル、口閉じて!
「アギル、起きなさい!」
「へっ!?何がだ!?」
やっと目覚めたアギルにレティスは額を押さえつつやれやれと息をつく。でもねレティス、アギルがああなってた原因はあなたの精神攻撃だと思うんだ。
「人も建物も消失した、という話をどこかで聞き覚えは?」
「あ~なんか聞き覚えがあるような・・・すまん忘れた。」
「・・・あなたに期待した私が馬鹿でした。」
心底呆れたという様子のレティスは、すぐに姿勢を正すと、思ってもいなかったことを口にした。
「竜族が滅亡した時と状況が同じなんですよ。」
思考が停止する。
「ああそっか、どおりで・・・」
苦虫を噛み潰したかのようなアギルの声。この場にアレクがいなくてよかったと心底思った。いずれは知ることになるにせよ、ね。
「竜族が滅亡した原因はヴィルムという国が行った禁呪のせいと思われます。」
「じゃあ今回の事もその禁呪か?」
「いや、それはおかしいだろ。ヴィルムは確かに禁呪で竜族を滅ぼした。だが、直後にヴィルム自体も滅びてんだよ。」
「どういう、事?」
聞き捨てならないことを聞いた気がする。竜族を滅ぼした国も直後に滅んだ?まさかアレクが?ううん、違うアレクはそんなことしない!
「呪術は生命力を使うとはご存知ですね?つまりヴィルムは全ての国民の生命力を使用して禁呪を使い、竜族を滅ぼした、という事です。」
「まあ、あの事件は謎が多いよな。自分の国を滅ぼしてまで竜族を滅ぼしたかったのかって所もそうだけど、どんな禁呪を使ったのかすらわかってねえもんな。」
「何しろ三百年前の話ですからね。今となってはもう調べようもありません。生存者はいないのですから。」
生存者ならいるよ・・・口には出せないけれど。彼は一人生き残って、遺体すら残らなかった光景を見て何を思ったんだろう。復讐する相手すらいなくなっているなんて・・・。
「ってことは導師ってやつはその禁呪をどこかから見つけてきて使ったという事か?」
「国民全員の命を奪うほどの呪術だぜ。あんまり現実的じゃねえな。」
「聖ウィニアスで大量死があったという報告は届いていません。とはいえ、禁呪事態謎が多い。可能性の一つとして考えておきましょう。」
「あっ、各国に聖ウィニアスからの書状が送られたって言っていたけど、マウリスは?」
あの国はようやく復興し始めたばかりだ。しかもディウレウスとは同盟関係にある。真っ先に狙われてもおかしくはなかった。
「そう思って確認しましたが、どうやらマウリスには書状は届いていないようです。」
なんだかおかしな話だ。弱体化している上に魔族の同盟国なんて、聖ウィニアスが放っておくわけないと思ったんだけど。なんにせよ導師という人物は危険人物に変わりはないのだけれどね。