消えた聖女と謎の導師
「では父上、ここで大人しくしていてくださいね。」
衛兵にとらわれている国王とは対照的に、彼らに守られているルヴァイドは自身の父親をアレク達が閉じ込められている牢へと放り込むと冷徹にそう告げ去っていく。
「叔父上!国王陛下に何という事を!?兄上は一体どうされてしまったんだ!」
「落ち着きなさいレイフォード。」
「ですが!」
「見ての通り、私には怪我もない。あの子にちょっと誤解されてしまっただけだ。君たちを牢から出すよう命じたら、レイを王にする気か!と激高されてね。頭が冷えれば私も、君たちも解放されるはずだ。」
そうは言うものの、王太子が国王を捕えるなど前代未聞である。しかも彼はレイやジルフィートと違い、外見も年相応の姿だ。年老いた一国の王を暗くじめじめした地下牢に放り込むだなんてと、レイは憤慨した。
「あなたがサーヤ殿ですね。このようなことに巻き込んでしまい本当に申し訳ない。」
サフィルは自分よりはるかに年下の見目であるギルに頭を下げる。
「い、いえ・・・大丈夫、です。」
どう対応していいかわからず狼狽えるギルを庇うかのように、アレクが前に出る。傍から見れば従者が主を守っているかのように見えることだろう。実際はぼろを出さないための配慮なのだが。それに違和感を持たせないためにもアレクは疑問を口にする。
「・・・少しいいか?衛兵が国王より王太子の命令を聞くのはおかしくはないだろうか?」
アレクの指摘に国王サフィルは押し黙る。そして僅かに躊躇いつつも、ゆっくりと口を開いた。
「・・・あの子はどうやら聖ウィニアスと繋がっているらしい。」
「聖ウィニアスだと!?」
聖ウィニアス、人間の国の中で最も古い歴史を持ち、人間たちが信仰している天の神をまつる総本山。いわば宗教国家である。この世界においてディウレウスを除けば最も力ある国と言えるであろうかの国は、地の神を信仰している魔族にとっては一番の敵対国である。
それというのも、聖ウィニアスの王には天の神の加護がついており、彼の国、彼の王に逆らえば災いが降りかかると言われており、ディウレウス以外の国々は聖王を畏れ、崇拝しているのだ。そして聖王は地の神に特別な力を与えられた魔族を異端者と呼び、聖戦と称して彼らを排除しようと戦争を仕掛けてくる。20年前魔王が亡くなった直後に攻めてきた国々も、聖ウィニアスの名の下に集まった同盟軍だった。
「だが、あの国はもはやかつての威光などない。20年前の戦争は俺一人で勝てたくらいだからな。」
それこそアレク達が生まれる前の聖ウィニアスは聖王の一声で世界を動かせるほどの力を持っていたのだ。だが今では竜族とはいえたった一人の魔族にすら勝てない有様。もはやディウレウスの敵とはなりえない存在のはずだ。
「あなた一人で・・・?まさかあなたは“死の悪魔”では!」
「・・・それはもういい。」
驚くサフィルにアレクはうんざりとした調子で返す。彼にとってその二つ名は不服以外の何物でもないのだ。
「コホン・・・失礼した。聖ウィニアスだが、彼の国が聖女を失ってからというもの衰退の一途を辿っているのは事実だ。しかし、最近“導師”と名乗る者が現れたらしい。」
数百年前にいたとされる聖王に次ぐ地位を持っていた聖女はある日忽然と姿を消し、それ以来空位のままである。彼女は天の神に与えられた力で国を守護していたとされ、それこそ魔族の軍隊でも勝利するのは難しかったらしい。
「導師?」
“導師”という言葉に聞き覚えのないアレクは眉をひそめる。その者は失われた聖女と同等の力を持つとでも言うのだろうか?
「聞き覚えのない名称だろう?だが彼の力はとんでもなく強い。それこそ聖女以上だろう。つい先ごろ、聖ウィニアスでクーデターが起きたが、その導師と名乗る人物は手を一振りしただけで五千人の民を消し去ったそうだ。」
それは聖王と貴族たちに対するデモンストレーションのようなものだったらしい。そしてそれによって信頼を勝ち取った彼は今では聖王の右腕として君臨している。
「彼は他の国々に聖ウィニアスに従属するよう書状を送ってきた。もちろんエルディラにも。」
書状を受け取った時、サフィルは拒否をするはずだった。しかしその矢先、申し出を拒絶した小国が滅ぼされたという報が届き、王太子以下臣下たちは皆受け入れるべきだと口を揃えた。サフィルが受諾の返答を返そうとした時、長らく音信不通であったレイからの書状が届き、返答を再び先延ばしにしたという。
「私からの書状で?」
「ああ、お前が光の騎士に選ばれ魔王陛下代理の側近となったことで、私はかつてお前に託した書状の返答が色好い物であったと確信したのだ。」
国王の言葉で魔族の血を引く者達は一斉に黙り込む。レイの額には冷や汗が浮かび、アレクは視線で「どうするんだ?」と彼に問いかける。サーヤの身代わりをしているギルは自分に火の粉が飛ばないよう、こっそりアレクの背に隠れた。こういう時小さい体は便利である。
「そ、その・・・叔父上、申し訳ないのですが、書状を・・・失くしてしまいまして・・・。」
しどろもどろのレイの言葉に次はエルディラ国王兄弟が言葉を失くす。そしてジルフィートの顔色が徐々に青褪め・・・
「お前は何という事をしてくれたのだ!」
地下牢に響き渡る公爵の怒号。それはまさしく子供を叱る父親の姿だったという(アレク談)。