風の騎士とのエンカウント
最後に案内されたのは、書庫だった。なんというか、天井までびっしりと埋め尽くす本は圧巻の一言である。
「ここには禁書を含め様々な本が保管されている。中には触れるだけで死に至る本もあるから不用意に触れるな。」
アレクの言葉に今まさに触れようとしていた本から手を引く。あ、危なかった。そういうことは早く言ってくれ。ちなみに本のタイトルは「誰でも簡単☆魔法のレシピ」だ。魔法の本なのか、それともレシピ本なのかすごく気になる。あれ、そういえば・・・。
「私文字が読めてる・・・。」
「言葉が通じているのだから当然だろう?」
つまりは魔王の魂のおかげか。結構便利ではある。
「陛下の私室に入れない以上、手がかりがありそうなのはここぐらいだな・・・。」
魔王の執務室は使った形跡がまったくなかった。くそう引きこもりめ、ちゃんと仕事をしろ。
その時、
ドオオオオオオオオオンッ
とてつもない爆発音が響き、地面が揺れる。え、なに?敵襲?空襲?大変だ!防災ずきんはどこ!?いやまずは机の下に・・・。
ついで、書庫の外、回廊をものすごい速さで駆け回る音がする。そしてバアンッと勢いよく扉が開いた。魔族は壊す勢いで扉を開かなくてはならないという規則でもあるのだろうか?
「アレクシス様!大変です、アギレシオ将軍が!」
血相を変えて飛び込んできたのは先ほど会ったイオレスだ。というか、アギルがどうしたのだろう?まさか、さっきの爆発で大けがを?
「どうせアギルが暴走したのだろう?放っておけばそのうち静まる。お前たちに被害はないだろう?」
「ですが、第一訓練場がめちゃくちゃです!私たちの宿舎の一部がすでに爆破されているのですよ!お願いですから、助けてください!」
イオレスは必死にアレクに助けを求める。話を聞く限り、どうやら先ほどの爆発はアギルがやったものらしい。一体アギルは何をやっているのだろう?
「アギレシオ将軍を抑えられるのはアレクシス様とレティス様しかおられません。レティス様の姿が見られない以上我々にはあなたに頼る以外ないのです!」
「だが・・・。」
アレクはこちらを気にするそぶりを見せる。おそらく私を一人にすることが気にかかるのだろう。
「いいよ、アレク、行ってきなよ。私はここで大人しくしているから。」
そう言うと、アレクは奥の書棚のほうを一瞥し、イオレスに向き直る。
「わかった、行こう。それにここは闇の魔力が濃い、お前に何かあれば俺にはすぐにわかるからな。」
そう言いおいて、アレクはイオレスと共に出て行った。
その瞬間、カツリッと誰もいないはずの奥の書棚から靴音がし、薄暗がりから男が歩み出てくる。
「牽制されましたか・・・。本当にあなたは何者なのでしょうねえ?」
歩み寄ってくる男は昨日出会った風の騎士、レティスであった。
突然のレティスの登場に驚き、パニックに陥る。どっどどどどうしたらいいのだろう。そうだこういう時は目を離したらいけない。目を合わせたままゆっくりと後退・・・ってそれは熊と出会った時の対処法だ。でもレティスと出会った時の対処法なんて知らないし・・・はっそうだここは兄直伝の変質者撃退法を・・・。
「そんなに身構えなくても取って食いやしませんよ。確かサーヤでしたか?朝議でアレクから報告を受けています。それに先ほどアレクも言っていたでしょう、何かあればすぐにわかると。」
あれはそういう意味だったのか。つまりアレクはレティスの存在に気付いていたと。お願いだから一言言っておいてよ!
「それであなたは魔女だそうですが・・・おかしいですね、昨日よりも魔力が多くなっている。これはどういうことでしょうね?」
レティスの言葉にぎくりとする。そういえばディウスが封印が解けかけていると言っていた。というかこの状況どうしたらいいのだろう。昨日のように無言を貫けばいいのか?
「あなたは話せないのですか?そんなはずありませんよね、先ほどはアレクと話していましたから。それとも私とは話さないように言われているとか・・・。ふむ、まあいいでしょう。あなたは実に興味深い。あのアレクが陛下以外を気にかけ、あまつさえ『お願い』を聞くなど・・・。」
それは私が魔王の魂を持っていて、アレクが私なんかに忠誠を誓ったからです。なんて言えるはずもない。
「それにアギルが朝議に遅刻することなく出席し、虚ろな目の下に大きな隈を作り、幽鬼のように歩いて席に着いたかと思えば、朝議が終わるまでずっと『すみませんアレク様、もうしません。お願いします、お許しください。』などとブツブツ呟き・・・」
それは死相か、死相なのか!?あれから彼の身に何が起こったというのだろう・・・。思わず身震いしてしまった。アレク、恐るべし。
「そして朝議が終わるや否や再び幽鬼のように立ち上がり、ふらふらとどこかに消えていき第一訓練場で暴走とは・・・。まあ陛下の存命中は頻繁に起きていたことですが、20年も間が空いてしまってはやはり兵士では対処できませんか・・・。」
「って、頻繁に起きていたの!?」
しまった、ついツッコんでしまった。なんかもうあまりにもツッコみどころが多すぎるんだもの。私が声を発したことに気をよくしたのかレティスはこちらを見てニヤリと笑った。
「やっと声が聞けましたね。どうせアレクにあることないこと吹き込まれていたのでしょう。ちなみに彼は私の事をどう言っていたのですか?」
「陰険腹黒鬼畜眼鏡」
「ぐっ・・・なんと心外な・・・。国のために身を粉にして働いている私に向かってよくも・・・。」
レティスはわなわなと震えながら眼鏡を押さえる。必死で怒りを鎮めようとしているようだ。
「・・・まあいいでしょう、それであなたは本当は何者なのですか?アレクが陛下以外の言葉で動くなど初めて見ました。しかもあの表情・・・『死の悪魔』と呼ばれるアレクが誰かに向かって微笑むなどいったい誰が想像したことでしょうか。」
「死の悪魔?」
「おや、ご存じないのですか?割と有名な話です。陛下が亡くなり、そのことを嗅ぎつけた周辺諸国が連合軍を編成し、混乱している我が国へと攻め入ろうとしてきたのです。私やアギルが部隊を編成しようと奔走している間にアレクはたった一人で戦場に向かい、いまだかつてない大軍を殲滅したのですよ。それにより人間たちの間ではアレクを『死の悪魔』と呼び恐れているのです。」
今のアレクはそんなことをするようには見えなかった。だってアレクは私を助けてくれた、優しくしてくれた、微笑んでくれた。彼にどれだけ救われたか・・・それに彼は自分の命すらかけて忠誠を誓ってくれたのだ。ならば私はそれに値する信頼を返さなくてはならない。
私は負けじとレティスを睨みつけた。
「アレクが他の人に何と呼ばれていようと私には関係ない。私は自分が見てきたアレクを信じるだけ。」
レティスはその言葉を聞き、笑みを深める。
「やはりあなたは興味深い。アレクがかつてのようにアギルに仕事を強制させるようになったことも、兵士がアレクに臆することなく助けを求めに来たのもあなたの影響でしょう。何しろ陛下が亡くなった後のアレクは誰も寄せ付けようとはしませんでしたからね。まあ私やアギルはそんなこと構いやしませんでしたが。」
そう言ってレティスは窓の外を一瞥する。そういえばいつの間にか外の喧騒は静まっていた。
「そろそろアレクも戻ってきますね。私も壊れた物の補修額を割り出さなくてはなりません。今回はアギルの給金を何か月分差っ引けばいいのやら・・・。では私はこれで、楽しかったですよサーヤ。」
レティスはそう言いおいて去っていく。それと入れ替わるようにアレクが戻ってきた。
「いい子にしていたかサーヤ?」
そう言って微笑んで頭を撫でてくるアレクを見て図らずも安心してしまった。