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魔力は凶器じゃないんだから

作者: つつじ

 生まれた時から強力な魔力を持つ者の証である星印を首に持って生まれた恵は、世間の冷たい視線といじめに耐えながら育った。高校三年生になった今でもそれは変わらない。しかし、恵の世代に起こると言われている災いに対抗するため、日々、相棒の魔獣、サーシャと共に魔力の特訓をしていた。青春時代と特訓が重なってしまったが、恵はそんなことは気にしていない。とにかく強くなる。それが今の目標なのだから。

 東京都内、割と大きい雑木林の中、一軒の家が建っている。一般的な規模の二階建てで外壁は黒、屋根も黒。窓は大きさの割には少な目。夜になれば、室内の明かりが灯されなければそこに家があるとは分からない。少々不気味な雰囲気なうえに、ある噂があり、雑木林に近づく人はいない。

 そんな家に、私、木野崎恵は一人で住んでいる。自転車で二〇分程の距離にある都立高校に通っている高校三年生だ。自分の家についての噂、昔から首に巻いた包帯、成績もそこそこ良く、自分で言うものなんだが、休日にたまにフラッと外に出た時に芸能関係者からスカウトされるくらいには顔も体型も良いほうである。これだけの要素が揃ってしまったため、小中学校はいじめの対象となり続けていたが、それは高校でも変わらない。十二年もいじめられているため、友達なんて一人もいないし、なんだかいじめにも慣れてきた。それに、高校三年生という学年だけあって、周りの皆は受験勉強に就職活動にと、自分の進路決定に忙しい。暴力的ないじめは激減し、今では朝一番に机と椅子がチョークの粉まみれになっていたり、机の上に花が入った花瓶を置かれたりという、私から見たら軽い感じのものばかりになっている。机を雑巾で拭いたり、花瓶をどかしたりする私を見て笑う人もいるが、多くはそんな余裕もないようだ。

「ねえ、恵。」

そんな中でも、毎日懲りずに嫌味を言ってくる人間もいる。同じクラスの前田花香。どこかの大企業の社長令嬢らしく、有名私立高校を受験したが失敗、私と同じ都立高校に通っている。花香は既に有名私立大学の推薦入試に合格しており、進路は決まっている。クラスのボス的存在で、毎朝私の席に何か仕込んでいるのも花香だ。今日も私がチョークの粉まみれの自分の席を雑巾で拭いているところに話しかけてきた。

「何?」

花香の顔を見るのも時間の無駄と考え、手を止めることなく答えた。

「あと半年もしたらうちら卒業じゃん?その前に、その首の包帯、取って見せてよ。」

私の後ろに立ち、私の背中を足で突きながら花香は言ってきた。

「嫌。巻き直すの大変だし、別に取ったところで何もないよ。」

机も椅子も拭き終わり、私は雑巾を持って廊下の水道に向かった。その後ろをしつこく花香は付いて来る。

「何もないのに毎日包帯してんの?何、そのマイブーム!超ウケる!だっさー!」

そう言って、花香は雑巾を洗う私の背中を蹴り、教室に戻った。私だって、したくて毎日包帯を首に巻いているわけではない。五年前に死んだばぁばとの約束を守っているだけだ。

 放課後、担任の先生に呼び出された。最近の私は放課後、よく担任の先生に呼び出される。話の内容は毎回同じである。今日もやはり、あの話だった。

「木野崎。まだ進路を決められないのか?」

「そのお話、何度も答えているはずです。私は今住んでいる家を守ります。」

「あのなあ・・・、そういうのを最近はニートと言うんだ。何度言ったら分かる?木野崎は成績も良いんだし、そこら辺の大学になら簡単に入れるぞ?」

「私の母は、私が四歳の時に死にました。祖母は私が中一の時に死にました。父は母の死と同時に兄を連れて家を出ました。高校までの学費にこれからの生活費は支援してくれますが、私を大学に行かせる気はないと言っています。私も大学に行く気はありません。」

「じゃあ、せめて就職・・・」

先生の言葉が終わる前に、いつもの答えを言った。

「私みたいな妙な噂付きの女、今の日本で雇う物好きはいない。先生も分かってますよね?」

「その噂なら私も聞いたことある。だが、あくまで噂であって・・・」

「すみません。これから兄と会う約束をしているんです。今日はこの辺で失礼します。」

「あ、待て、木野崎!」

その言葉は無視して、私は職員室を出て、兄と待ち合わせ場所に向かった。


 私の周りにある噂、だいたいは本当の事である。あの家は魔術師が住んでいる。見たこともないような喋る生き物がいる。そこに住んでた魔術師が子供に怪我をさせた。全部本当の事だ。私は魔術師の末裔。もちろん、それなりに魔法は使える。毎日、死んだばぁばに約束した通り、家の地下室で魔法の練習をしている。私の唯一の同居者、サーシャは簡単に言えば羽の生えた黒猫だ。ばぁばが生まれた頃からずっといるらしく、かなりの長寿であるが、首にリボンを付けたり、爪は毎日専用の研ぎ石で研ぐというように、身だしなみには気を遣いすぎるくらいのお洒落な女の子だ。いつも制服に靴跡をいくつか付けて帰ってくる私を心配して相談に乗ってくれるし、魔法の練習の先生もしてくれる。ばぁばも母さんも、サーシャに魔法を教わったと言っていた。その、私の母さんは、私が四歳の時、殴る蹴るのいじめを受け、さらには土手の石段から突き落とされた私を守るため、私をいじめていた子達に魔法で攻撃してしまい、怪我をさせてしまった。魔術師が感情に任せて他人に攻撃、しかも一般の人の目の前で魔法を使うのは禁じられている。その禁じ手を使ってしまった母は、ばぁばの手により命を奪われた。私も、母も、ばぁばも、サーシャも、兄も、みんな泣いていた。その光景を見た、魔力のない父は、同じく魔力のない兄を連れてその日のうちに家を出た。残された私は、ばぁばからたくさんの愛を受けて育った。一緒に遊んでたくさん笑って、学校の宿題を一緒にやって、時には叱ってくれた。もちろん、魔法の指導もしてくれた。母はばぁばに殺されたが、私はばぁばを嫌いだと思ったことはない。そんな、大好きなばぁばも、私が中一の時に病気で死んでしまった。医者は皆、雑木林の中の黒い家に住む老人と知った途端に診察を断った。私が魔法で治そうとしたが、ばぁばはそれを止めた。確かに私たちは他の人にはない能力を持っているが、人間なんだから、そんなインチキは使っちゃだめよ。そう言ってばぁばは死んでしまった。

 色んな噂がある中で、確実に違う噂もある。あの家に住む魔術師は人間を嫌っている。そんなことはない。魔力は持っているが、それ以前に私たちは人間だ。多くの人みたいに、嫌いな人ならいるが、決して人間そのものが嫌いなのではない。ばぁばとサーシャからは、魔法は人間を傷付ける力ではない、そう念押しされている。サーシャは本当は堂々と外に出たがっているが、欲を抑えてひっそりと暮らしている。私だって、花香みたいな人は好きにはなれないが、一人でもいいから友だちが欲しい。普通に話せて、笑って、遊べる友だちが。だが、噂にまみれた身であるため、現在もその願いは叶わない。

 そんなことを考えながら自転車をこぎ続けて三〇分。兄と約束した場所に着いた。いつも通り、高そうな中華料理屋だ。中に入ると、大柄でスーツをビシッと着こなした目つきの悪いおじさんが店員よりも先に私を個室へ案内する。案内された個室の入り口の両側にはこれまた大柄でスーツをビシッと着こなした目つきの悪いおじさんが立っている。私はいつものように、案内してくれたおじさんにお礼の意味を込めて礼をして、ドアをノックし、中へ入った。

「ごめん、待った?」

そう話しかけた私を見て、兄が答えた。

「いいや。僕も三分前に来たところだ。」

「相変わらず、分刻みで大変そうだね。」

「父さんよりはマシだよ。」

 私の兄、吾郷恵一は私とあまり似ていない。それでも、鼻筋の通った綺麗な顔つきをしていて、体格は最近で言う、細マッチョというやつだ。私の魔力について唯一理解してくれている人で、年は十一歳上の二十九歳だ。

「サーシャは元気か?」

「うん。いつも練習に付き合ってくれるよ。」

「そうか。てか、恵、その制服の汚れは?」

「いつも通り。またやられちゃった。」

「耐えてるんだな。僕も頑張らないと。」

「それより、いいの?内閣改造で目玉大臣とか言われてる人がこんなところで女子高生と会ったりしても?」

「いいじゃないか。兄妹なんだから。」

兄、恵一は父の秘書を経て、去年の衆議院選挙で初当選。その後、行動力と仕事さばき、真実を見極める能力が評価されて三か月前の内閣改造で防衛大臣に就任した。異例の若さでの起用でしかもそれなりのイケメン。マスコミが黙っているはずもない。そろそろ黙り始めても良い頃なのだが、まだ黙らないのは、総理大臣が父、吾郷恵造だからであろう。野党からは親子内閣と批判されており、これまたマスコミのいいネタとなっていた。

 その後、中華料理を食べながら互いの近況を報告し合った。普通の兄妹と変わらない、楽しい時間だ。料理を取り合ったり、スマホで見つけたおもしろ画像を見せたり、なかなか会えない兄との時間はあっという間に過ぎていった。

 帰り際、突然、思い出したかのように兄が切り出した。

「なあ、恵。本当にあの家を守るのか?」

「うん。ばぁばや母さんと過ごした大事な場所だし、あそこじゃないとサーシャとも暮らせないもん。」

「そうか・・・。なあ、こんな時に申し訳ないが、僕から、防衛大臣としてお願いがあるんだ。」

何を突然、そう思いながら兄の顔を見たが、いつになく真剣な表情をしていた。それまでの時間が楽しかっただけに、激しい場の空気の変わり方に動揺を隠せなかった。

「な、何?」

「近々、恵の力が必要な時が来る。その時は、政府に力を貸してくれ。」

防衛大臣が女子高生に頭を下げる。兄妹でもなければありえない光景だろう。突然の頼まれ事に私もどう答えたらいいのか、しばらく言葉が出なかった。

「な、何言ってるの?私が兄さんに力貸したらそれこそ野党やマスコミが騒ぐよ?何が起きてるのか知らないけど、それくらいなら自衛隊を動かせばいいじゃん。」

「自衛隊じゃ歯が立たないんだ。僕も、魔力はないが、仮にも木野崎に生まれた身だ。恵も気付いてるだろ?最近何かおかしいって。」

確かに、本当にほんの少しの事だが、わずかに地面が揺れたり、夕刻の東の空に金星みたいに輝くものがあったり、風が吹いてないのに木が揺れたり、最近おかしいことが起こっているのには気付いていた。だが、その事と防衛大臣直々の願いがどう結び付くというのか、私には全く分からなかった。

「父さんは?父さんは何て言ってるの?」

「気のせいだろうって、流されたよ。」

「そう。じゃあ、そうなんじゃない?」

「おい、恵・・・」

「私、どうしてもまだ父さんを許せないの。だから、本当にヤバくなったら手を貸してあげる。」

「そうか・・・。じゃあ、考えといてくれ。」

なんだか、いつもより歯切れの悪い終わり方だった。

 外へ出ると、兄のSPが車を止めて待っていた。兄はその車に乗り込み、両脇をSPが固めるようにして座った。

「恵も乗っていくか?送るぞ?」

「いいよ。自転車あるし、それに木野崎に近づいたことがばれたらまた色々面倒でしょ?」

「いつも気を遣わせて悪いな。」

「私は兄さんに会えるだけで嬉しいから、気にしないで。仕事、頑張ってね。」

真っ黒な普通車は夜の街へ走り去った。私も自転車にまたがり、帰路についた。


家に帰ると、サーシャが私の前に飛んでやってきた。

「おい、恵!遅いじゃないか!そんなに恵一と盛り上がったのか?」

「まあね。最後はちょっと冷めちゃったけど。ほら、サーシャ。お土産。」

「分かってるじゃないか、恵。」

兄と食事の日は必ずタッパーを持って行く。どうせ個室だろうし、兄もサーシャの事を分かっているので、出された料理を持ち帰る事を迷惑がる人はいない。サーシャは私が差し出したタッパーを受け取り、台所で蓋を開けて興奮している。

「おお!シュウマイにかに玉か!さすが、大臣の行く店は違うねえ。」

普通の動物ならこんなもの食べたら死んでしまう。だが、サーシャは魔獣であるため、人の食べるものは全て食べられる。私より好き嫌いが少ないくらいだ。夢中でシュウマイとかに玉に食らいつくサーシャを見て、私も楽しくなってきた。そんな私に気付いたのか、少々怒り気味に私に注意してきた。

「ほら!その汚れた制服を綺麗にして、宿題済ませて!それから魔法の練習だよ!」

「はーい。」

部屋着に着替え、首の包帯を取り、制服を魔法で綺麗にした。昔からいじめられているため、清潔魔法はすっかり使いこなせるようになった。死んだばぁばとサーシャのお墨付きも貰っている。宿題もパパッと済ませ、星のネックレスとプラチナのブレスレッドをして台所に向かった。

「サーシャ!こっちは準備いいよ!」

タッパーを洗っていたサーシャがこちらを振り向いた。

「へえ。何があったか知らないけど、今日はやるきだな。星が輝いてる。」

ネックレスの星ではない。木野崎家に伝わる、生まれた時から大きな力を持った者にだけ現れる真っ赤な星型の傷のような跡。私はそれが生まれた時から首の左側に現れていた。サーシャによれば、この跡が現れたのは二五〇年振り、私で三人目らしい。サーシャは一体何歳なのだろう。とにかく、今日も練習あるのみ。食器棚の下の扉を開けて、地下室へ滑り下りた。


 「毎回、同じこと言うが、星があるだけのことはあって、筋はいい。総合的に見れば恵のばあさんや母さんより実力は上だ。だが、星を持ってた他二人にはまだまだ追いついてない。」

サーシャの指導はいつも辛口だ。だが、私の悪い癖や魔力を放つときの恐れを払ってくれるのもいつもサーシャである。私は会ったこともない星を持って生まれた他二人に追いつくため、日々練習を積んでいる。

「じゃあ、今日はここまでにしとくか。恵、崩れた壁直しとけよ。」

ボロボロに崩れた壁を清潔魔法で元に戻す。これもいつもの流れだ。

「本当、清潔魔法だけなら木野崎一なんだがな。」

「物心ついた頃からいじめられてたし、慣れちゃったよ。」

笑顔でサーシャに言い返した。その後、サーシャを頭の上に乗せて回転扉を開け、梯子を登り、台所の流しの下から生活スペースへと戻った。

 水を飲みながら、サーシャが私に疑問をぶつけてきた。

「おい、なんか今日はえらく気合入ってたが、恵一と何かあったのか?」

「特に変わったことはなかったけど、兄さんも最近の変化に気付いてた。木野崎に生まれた身って自分で言ってたし、なんかそのことが嬉しくてさ。そのあとの、何かあれば政府に手を貸してくれっていう大臣としてのお願いはちょっと淋しく思っちゃったけどさ。」

「恵。そういうのは結構特別な出来事なんだぞ・・・。」

サーシャは頭を抱え、声のトーンも下げ、己の全てで呆れた様子を表していた。

「そうなの?」

「そうなの?じゃないだろ!いいか、恵一には魔力がない。それでも変化に気付いて何か起こると予感している。さすが、木野崎の血が流れてるだけのことはある。恵一が気付いているということは、恵造も気付いてるかも知れん。それなら、誰からどんな批判を受けようとも自分の息子を防衛大臣にした意味も分からなくはない。恵一なら恵と仲が良いし、いざとなればすぐに恵に要請出来るしな。」

サーシャの目は真剣だ。その目に圧倒されたが、すぐに己を取り戻した。

「父さんが・・・、父さんが気付いてるとは思えないよ。」

「確かにあいつは恵一以下だが・・・」

「私、父さんが兄さんを経由してでも私に頼ってくるとは思えない!だって、私たちの魔力を気持ち悪いって言った人だよ?木野崎に生まれて、いとこで偶然魔力持って生まれた母さんと結婚して、そのことも不満に思ってた人だよ?木野崎の名前も捨てて、吾郷なんて名乗るから、親戚はみんな木野崎に近づきもしなくなった。実の娘を捨てるような人が今や一国の総理大臣なんて、馬鹿みたい。肩書にこだわって、木野崎に近づくとは思えないよ。」

サーシャによれば、父は木野崎始まって以来の魔力の無さだったそうだ。しかし、木野崎というだけで避けられ、木野崎の家を激しく恨んでいたらしい。普通の人間なのになんで、と。そのこともあり、同じく魔力のない兄が生まれた時は相当喜び、可愛がっていたようだ。しかし、星を持って生まれた私を見て、木野崎への恨みが大きくなり始め、母がいじめっ子を傷付け、ばぁばに殺されたのを目の前で見せられたことで耐えきれなくなり、兄と共に家を出た。木野崎の名前も捨てた。その後は、今までの不当な扱いを取り戻すかのように政治活動を経て多くの人から信頼を得て、遂に日本のトップになった。内閣支持率も、親子内閣という批判がありながらもここ十年で最も高い。そんな人が、積み上げた信頼を蹴飛ばしてまで私に近づくとは思えなかった。

「私だって、何か起こりそうな予感はしてるよ。でもそれが本当にあの本の通りの事なのかは分からないよ。」

「それは私も同じだ。だが、可能性は高い。恵造も恵一も木野崎にいた頃はあの本を読んでる。恐れるのも分からなくはない。でも、もし本当にあの通りなら、戦えるのはあいつらじゃない。恵、お前なんだよ。」

 あの本、というのは、木野崎に伝わる預言書のようなものである。その本によれば、不思議なことが立て続けに起きた後、未確認生命体が地球に攻撃を仕掛けてくる、と書いてあった。まるでSF小説のようだが、確かに最近、おかしいことが起こり続けている。そのことはワイドショーでも都市伝説のように面白半分で紹介されている。

「ねえ、サーシャ。本当に戦わないといけないの?その未確認生命体と友だちにはなれないの?」

「子どもみたいなこと言うな。やらなきゃいけないときはやらなきゃいけないんだ。相手がどんな奴でもな。」

「父さんなら、何が何でも倒そうとするよね。私たちを捨てたぐらいだもん。」

「恵造は戦うだろうが、力がない。恵は力は強大だが優しすぎる。どんなに許せなくても恵造の冷徹さは少しは見習え。」

あんな男、見習えない。目でサーシャに訴えかけたが、無視された。今日はもう眠い。明日も学校だ。五時間後の夜明けまで少し寝よう。


 一か月が経ったが、不思議な出来事は相変わらず起こり続けていた。だが、何かが襲ってくる気配がまるでない。その間に、私はサーシャと実践的な練習を繰り返していた。緊張感は日々増してきている。一方で、私の学校生活は何も変わっていない。大学の一次試験間近となり、周りの皆は追い込み勉強に必死だ。花香のような推薦入試合格者も徐々に出てき始めた。そんな合格組は、やることがなくて暇なのか、花香と一緒に私への嫌がらせを再開させた。朝行けばチョークの粉だらけの机を拭き、授業で当てられても私に答えさせ、放課後になればブレザーを脱がされ、そのブレザーを踏んだり、ペンキで落書きしたりと、毎日飽きずにやらかしてくれている。そのブレザーを着て、担任の先生と毎日のように進路面談をするのだが、先生も木野崎の噂は知っているので、私への嫌がらせの数々を見て見ぬふりをするようになった。一次試験が迫るにつれ、進路面談の時間は長くなり、帰るころには太陽が沈んでいることも多くなった。

この日もそんな流れで過ごし、記念受験でもいいからどこか受けろ、という結論で面談は終わった。辺りは暗くなり、月明かりと街灯が静かな夜を照らしている。自転車に乗り、人通りの少ない道を一人帰っていった。途中、川沿いの土手を通るのだが、私はそこで風を浴びるのが大好きだ。一日のモヤモヤを吹き飛ばしてくれる、どんなに弱い風でも、台風のような強い風でもそう思え、頭がシャキッとする。今日の風はそよ風だ。夜のそよ風は心まで癒してくれる。いつもはそうだ。今日はその癒しを一気に台無しにしてくれた邪魔者が現れた。

「いい加減、木野崎を捨てたらどうだ。サーシャなら一匹でも生きていけるだろ。」

嫌な気配はしていたが、まさか本当にそうだったとは。私に横付けするように止められた黒い車の中を見なくても分かる。と、いうより、見たくもない。

「木野崎を捨てた人が何の用?スキャンダルで週刊誌にすっぱ抜かれても知らないよ。」

早く立ち去ってほしい一心だった。突き放すように言ったのだが、そう上手くこちらの思い通りに動いてはくれない。

「お前の担任の先生から連絡が来た。いつも保護者面談に行かないからな。仕事もひとまず片付いたし、さっきお前と入れ違いに面談してきたよ。」

「ふーん。で、何て?」

「総理大臣が父親とは思わなかったみたいでね。先生、緊張して面談にならなかったから、帰らせてもらったよ。」

そりゃそうだ。電話番号は正しいが、親の名前はいつもサーシャが適当に代筆してくれている。確か、佐藤次郎とか書いていたはずだ。そのつもりで待ち構えた先生の前に突然、総理大臣・吾郷恵造が現れたら混乱するのも無理はない。

「センスのない名前考えるような魔獣と住むのは止めろ。魔力も捨ててしまえ。そうすれば三流大学くらいには行かせてやる。」

「馬鹿言わないでよ。」

父の言葉に、完全に頭にきてしまった。こいつは自分を棚に上げて何を言っているんだ。

「サーシャは口調が男みたいだけど、可愛いものが大好きな女の子。センスもいいんだから。生まれ持った魔力を捨てろ?どうやって?だいたい、娘を捨てた父親にそんなこと心配される筋合いない。木野崎の家は母さんとばぁばとの思い出もたくさん詰まってるんだから。だいたい、母さんの事気持ち悪いって言ったこと、一生許さないんだから。私はサーシャと暮らす。少なくとも、あんたよりずっと、ずっと、ずっと理解してくれる存在だもん。」

「そんなに制服を汚されてもか?」

「だから、心配される筋合いない。みんなはからかってるつもりなんでしょうけど、噂はほとんど事実だし。こんな事するような奴が立派な大人になるわけないじゃん。私の事心配するなら、守ってくれる法案でもなんでも成立させてよね。」

「そうか。邪魔したな。」

そう言って、父は車で去って行った。今更父親面したって遅い。そんな余裕があったなら、母をもっと愛してあげて欲しかった。木野崎を捨てた男の政治など、さらさら興味がない。さっさと帰って宿題と魔術の練習でもしよう。弱い風が吹いているのに、微動だにしない雲に不信感を抱きつつ、自転車のペダルを踏んだ。

 次の日、やはり教室にはチョークの粉まみれの机があった。しかし、私の席ではない。花香の席だ。花香が涙目になりながら、自分の机を拭いている。自分の目を疑い、目を擦ったが、やはりその光景に変わりはなかった。何かのどっきりかと思い、自分の席を徹底的に調べたが、何もされていない。何がどうなっているのか、全く分からなかったが、隣の席の男子が私に話しかけてきた内容から、だいたいの予想は出来た。

「おい、木野崎の親父って総理大臣だったんだな。先生が昨日面談で初めて会ってビビったって言いふらしてるぞ。ってことは、兄さんは防衛大臣か。そういうことは早く言えよな。」

なるほど、親の権力を比べた結果、これ以上私を標的にすることはまずいと思って、花香に標的が変わった、そんなところだろう。しかし、花香も大企業の社長令嬢のはずだ。本当にいじめっ子の考えることは理解できない。

 午前の授業が終わり、私は弁当を持って屋上に行った。いつもこうして屋上で一人で食べている。雨の日も、丁度いい雨避けがあるので気にせず食べられる。今日は雲は多いが晴れている。屋上で過ごすにはいい天気だ。いつものところに腰掛け、さっきから屋上の扉の陰に隠れている誰かさんに声を掛けた。

「隠れてないで出てきたら?私が邪魔ならここ譲るよ。」

ゆっくりと姿を現したのは花香だった。手には弁当を持っている。きっと、教室で居場所をなくしてここへ来たが、私が居たために出ていき辛かったのだろう。

「ほら、私は便所飯でもいいから。ここで食べなよ。」

弁当を巾着に入れようとする私の手を、花香が止めた。

「い、一緒にいて・・・。」

「はい?」

「だから、一緒にいて!心細いの。」

「まあ、別にいいけど。」

そういうわけで、二人で横に並んで食べ始めたのだが、会話がない。私は話すことなんてないし、花香も何を話したらいのか分からないのだろう。弁当の半分以上を食べたところで、ようやく花香が口を開いた。

「ねえ。恵はいつもこうなの?」

「こうって?」

「一人で学校に来て、皆に笑われながら机拭いて、一人でご飯食べて、制服汚されて。いつもこうなの?」

「まあ、そうだけど。」

「淋しくない?怖くないの?」

「別に。昔からそうだし。一人で登校なんて他の人もやってるし、机や制服汚されるのなんてもうワンパターンで正直飽きてるし、一人でご飯も、そもそも私猫と一緒に住んでるだけで一人暮らしだしね。当たり前の生活だよ。てか、机汚してたのも、制服汚くしてきたのも花香じゃん。なんで今更そんなこと・・・」

「ごめんなさい!」

突然、身体を私に向けて土手座して謝ってきた。思いもしない行動に私は戸惑った。

「ちょ、ちょっと。どうしたの?」

「こんなに辛いなんて思わなかった。いじめられる側になってようやく気づくなんて。お願い、私を打って。」

いきなり打てと言われて本当に打つほど私は鬼ではない。弁当を自分の脇に置き、花香の両手を持った。

「それに気づかず、標的を変えてでもいじめ続ける人よりずっといいと思うよ。だから、チャイム鳴るまでに弁当食べよ。」

花香は泣きながら私に抱きついてきた。突然、いじめっ子がいじめられっ子になったら、辛いものがあるだろう。私たちは弁当をチャイムが鳴るギリギリに食べ終わった。


 授業が終わり、帰ろうとしたら、また先生に呼び出された。昨日までは賑やかに友だちと帰っていた花香が今日は一人で帰っていくのを気にしながら、職員室に向かった。

「びっくりしたぞ。木野崎の父さんって、吾郷総理なんだな。ってことは、吾郷防衛大臣は兄さんか。そういうことは早く言えよな。」

ものすごく話し好きなおばちゃんみたいにべらべら喋る先生に、少しイラついた。

「あの、ご用件は?ないなら帰ります。」

「おう。すまん。昨日、総理と話した。木野崎、お前、小さい頃に頭を強く打ってから障害が残ってるそうじゃないか。」

「はあ!?」

そんな話、聞いたことない。大体、頭を強く打ったことなんてないし、今、サーシャと暮らしていても生活に全く支障はない。

「そういうわけで、大学には行かせられない、とのことだ。今後の生活の援助はしてくれるそうだから、安心しなさい。今までしつこく言って悪かったな。じゃあ、もう帰っていいぞ。」

あのクズ男、どこまでクズなんだ。進路についてしつこく言われることがなくなったのは有り難いが、障害を持ってるなんて作り話、一体何を考えているんだ。嘘だとばれたら酷くバッシングされるレベルだぞ。そんな男の裏側を知っているのは今のところ、私と兄だけ、というのも淋しいものだ。もやもやしたまま、私は帰路についた。

 久しぶりに早く帰ったので、サーシャの好きなカツ丼を作ることにした。作りながら、サーシャを相手に、今日あったことを話していた。

「いじめっ子がいじめられっ子になって恵に泣きついてきたのか。傑作だな!」

サーシャは完全に花香の事を笑って貶していた。

「そんなに言わないであげて。見てられないくらいなんだから。」

「相変わらず、木野崎の人間の割にはお人好しだな、恵は。で、友だちになってやったのか?」

「分からない。私、友だち出来たことないし。ただ、可哀想だなって思って話を聞いてあげて、一緒にいてあげただけ。」

「それをお人好しって言うんだ。」

半分、サーシャは呆れていた。そんなに私はお人好しなのだろうか?まあ、今はそんなことはどうでもいい。とんかつを揚げながら私はサーシャに愚痴った。

「それよりも、父さんだよ。何?『小さい頃に頭を強く打って障害が残ってる』ってなんなの?全ての人を侮辱してるようなもんじゃない!きっと、父さんにとって魔力は障害なんだ!魔力は障害なんかじゃない!これは私の個性よ!武器よ!守りたいものを守るためのものよ!なのにあのクソ親父!それに、それを受け入れるクソ教師!地位と権力がこの世の全てって言ってるようなもんじゃない!一国の総理大臣がそんなことしてどうすんの?ニュースでは『希望の持てる日本を』とか言っちゃって!真逆じゃない!」

「恵造らしいな。で、さっきから気になってんだが、なんで三人分作ってるんだよ?」

「何でって、外で聞き耳立ててる人の分だよ。」

ずっと、外に人がいることは分かっていた。だが、その人に敵意がないことも察知していた。そして、誰なのかも分かっている。

「ほら、玄関、あっちだから、おいでよ。お腹、空いてるんでしょ?」

台所の窓から、外にいた花香に声を掛けた。

「う、うん…。」

戸惑いながら、花香は玄関に向かった。私が生まれてから、初めてのお客さんだ。

 カツ丼を三つ、テーブルの上に並べた。花香は隣にいるサーシャが気になっているようだった。

「ね、ねえ。猫、というか動物って玉葱駄目じゃないっけ?」

「ああ、サーシャは私より好き嫌いないから。ほら、食べよ。」

三人で食べ始めた。サーシャがいつものように羽を広げて食べ始め、花香はそれを見て唖然としている。

「恵、この生き物、何?」

「つい最近まで花香も言ってたじゃん。見たこともないような動物が木野崎にいるって。本当の事だから私否定しなかったよ?」

「からかってるつもりだったのに…。じゃあ、他の事も?」

「うちは代々魔術師の家系でね。私がその末裔。で、今、首の包帯取ってるけど、この星印が木野崎の中でも強大な魔力を持つ者の証。噂されてることの殆どは本当の事だから、反論しなかったんだよ。あ、でも、人間を嫌ってるっていうのは嘘。だって、私、魔術師である以前に人間だもの。」

そんな話をしている間に、サーシャはカツ丼を食べ終わっていた。

「ああ、やっぱカツ丼、最高だな!で、この娘にそんなに喋っていいのか?」

突然喋り出したサーシャに、花香はだいぶ驚いていた。

「本当に喋るんだ…。」

「悪いか?ったく、恵は優しすぎるんだよ。こいつが色々ちょっかい出してきたせいで、清潔魔法は歴代木野崎ナンバーワンだってんのに。」

「結果オーライじゃない。それにお腹空いてるの分かったから、放っておけなくて。誰も近づかない木野崎の雑木林の中まで来るぐらいだし、何か話したいのかなって思ってさ。」

会話をする私たちを見て、花香が一言漏らした。

「いいなあ…。」

「え?」

私とサーシャは花香の方を向いた。花香の目には涙が浮かんでいた。

「私ね、この部屋にある家電が大嫌いなの。」

「おい、娘。話が全く見えんぞ。」

私はサーシャの口を押さえた。

「どういうこと?」

「この部屋にある家電、全部うちの親の会社で作ってるの。」

家の家電はばぁばの好みで全て世界でもトップシェアを誇るシャロットで揃えている。花香が社長令嬢なのは知っていたが、そんな大きな会社の令嬢だとは思わなかった。

「パパもママも、すっごく仕事が出来て、仕事が好きで、こんな風に家族揃って食卓を囲むなんてないから、羨ましくて。私は勉強苦手で、高校受験も失敗しちゃったし。でも、将来はシャロットの会社継がなきゃいけないし。おばあさんと仲良くしてた恵は何回か公園で見たことがあったし、高校で同じになってから、恵は勉強も出来るって分かって、それでなんか嫉妬しちゃって…。ごめん、話、まとまってないよね。」

「うん。まとまってない。でも、思いはなんとなく分かる気がする。私もね、皆の中心で笑顔でいた花香が羨ましかったんだよ。私だって、サーシャと一緒に散歩したい。でも、出来ないんだよね。」

「ふん。世間は自分とは違う特別な奴を異物と思う性質がある。木野崎は魔力、その娘は大企業の社長令嬢。そんなの関係ねえのにな。」

確かに、サーシャの言う通りだ。何か特別な個性があれば、注目される。受け入れられれば英雄、受け入れられなければ異物。この二択だ。

「でもね、私、信じてるんだよ。」

私がずっと思っていたことを、初めて話した。ばぁばには毎日のように話していたが、サーシャや木野崎以外の人間に話すのは初めてだ。

「信じてるの。いつか、必ず受け入れられるって。それで、サーシャと一緒に外を歩けるって。父さんも、今はあんなだけど、いつか分かってくれるって。今は駄目でも、来世は分かってくれるって。友だちも出来るって信じてる。」

それを聞いた花香がすかさず聞いてきた。

「だったら、魔力でどうにかすればいいじゃない。出来るんでしょ?」

「出来るけど、なんか卑怯じゃん。」

笑って答える私を、花香はポカンと見つめていた。サーシャは笑っていた。

「初めて聞いたぞ。だが、いい構え方だ。さすが、お人好しだな。」

「普通だよ。」

そんな話をしながら、私と花香もカツ丼を食べ終わった。私は台所で食器を洗い、サーシャは花香に何か話していた。その話が終わったのか、花香は私に歩み寄ってきた。

「さっき、サーシャと話した。」

「みたいだね。」

「今までの事、本当にごめんなさい。」

「いいよ。慣れてるから。」

きっと、サーシャに謝れと言われたのだろう。花香の肩には見張るようにサーシャが乗っかっている。

「あのさ、私、その…、恵の、と、友だちになれないかな…。」

どんどん声を小さくしながら言われたその言葉に、私の中の何かが一瞬動きを止め、走り出した。

「友だちになってくれるの?」

「う、うん。ていうか、なりたい!」

初めての友だちが花香とは、昨日までの私は思いもしていなかった。今の私は手を洗い、笑顔で右手を差し出した。

「ありがとう。よろしくね、初めての友だちさん。」

差し出した右手を、花香は笑顔で握った。それを祝うかのように、サーシャが花吹雪を出した。私は、この日をずっと忘れない。

 花香が帰った後、気になっていたことをサーシャに聞いた。

「ねえ、何で花香の前で喋ったの?」

「心の中を覗かせてもらった。あいつに恵を騙す気持ちがないことを確認したからな。そういう恵だって、覗いたんじゃないか?」

「まあね。昨日までが昨日までだから。ちょっと卑怯だったかな。」

「構わん。別に心を操作したわけじゃないし。」

そんな会話をしながら、私はいつものように魔術の練習の準備をした。

「おい、宿題は済んだのか?」

「今日は出てないよ。それに、明日は土曜日。学校は休みだしね。」

準備をして、もう一つ、気になっていたことをサーシャに聞いた。

「あと、一週間くらい、かな?」

「何がだ?」

「初めて、何か感じた。地球の外から何かが近づく感じ。敵意がむき出しの冷たい感じ。でも、何でだろう?私と似たようなものも感じたんだけど…。」

サーシャはびっくりしていた。何で驚いているのか、私には分からない。

「どうしたの、サーシャ?」

「恵、今すぐ地下室に降りるぞ。降りたら、すぐに攻撃魔法を何でもいいからぶっ放せ。」

言われるがままに、地下室に降り、サーシャに言われた通りにした。攻撃魔法にも色々あるが、一番まともにできる光魔法を使ってみた。私は唖然とした。昨日までは壁を崩すだけで精一杯だったのに、今日は壁を突き抜け、随分と遠くまで大地を抉ってしまった。

「な、何で?昨日までこんなに威力なかったのに…。」

「清潔魔法で元に戻せ。その後、一番苦手な炎魔法使ってみろ。」

言われた通り、抉ったところを元に戻した。私はガスコンロの火は平気なのだが、聊か小心者なので、炎魔法が少し怖い。今まで、壁を焦がしたくらいで、崩すことさえもできていない。だが、サーシャに言われたらやるしかない。思い切って炎魔法を使ってみた。放たれた炎は壁を突き破り、さっきの光魔法より遥かに威力を持った状態で大地を抉った。

「さ、サーシャ?これ、どういうこと?」

自分でも何でこんなに威力が増したのか、全く分からない。

「恵の魔力が飛躍的に増してる。そういうことだ。二番目に星を持った奴なんか、もうとっくに抜くレベルで魔力を使えてる。」

「何で、突然こんなに威力が上がったの?使ってても私自身、振り回される感じしなかったし、使いこなせてる感じはしたけど…。昨日までそんなことなかったのに。」

「友だちが出来て、嬉しかったか?」

「は?」

「何か良いことがあれば、人間、調子が上がるもんだ。友だちが出来て、この地球を守りたいと思えるようになったからじゃないか?」

そんなことでこんなに魔力は上がるのか。花香が友だちになってくれるまでは、ばぁばと兄だけが支えだった。サーシャは友だちで、家族で、大切なパートナーというか、いて当たり前な存在。いじめっ子は好きになれなかったが、友だちが欲しいと願い続け、出来るまでは木や草花を見て、この地球は綺麗な星だと思っていた。そこに、花香という、思ってもいなかった人物が友だちになった。これが刺激になったというのか?

「まあ、威力が上がった理由なんかどうでもいい。それより、恵は一週間後だと思ったんだろ?だったら、それまでに備えをしておくことだ。」

「あ、いや、一週間後に最後に日本が襲われるというか、他のところは明日からかなあ、って思ってるんだけど…。」

「ふん、悔しいが、同じ予想だ。よし!私も本気出すから、ちゃんとついてこい!」

大切なものを守るための戦いはすぐに始まる。負けるわけにはいかない。


 防衛相、大臣室。

「吾郷大臣、さっきから窓の外ばかり見て、どうかされたんですか?」

「あ、ああ。何でもない。お、お茶、ありがとう。」

私だって薄っすら感じてる。恵、お前はとっくに気付いてるんだろ?


 月曜日、教室に行くと、私の机も花香の机もチョークの粉まみれになっていない、いたって普通の状態だった。クラスメイトは皆、新聞を広げたり、ワンセグでニュースを見たりしている。

「おはよ、恵。」

花香が話しかけてきた。

「よかったね、お互い机が普通でさ。」

「そういう場合じゃないんだよ。恵、ニュース見てないの?」

「うん。サーシャにビシバシ鍛えられてさあ。オーストラリア大陸が壊滅状態になったって言って、気合入っちゃって。お蔭で筋肉痛だよ。」

「知っててどうしてそんなに冷静なの!?何か、変な奴らがやらかしまくって大変なんだよ!しかも、さっき速報でアフリカ大陸が攻撃受けてるって。軍隊も対応できないくらいの勢力だって言ってたよ。」

確かに、耳を澄まして聞けば、クラス中、その話題で持ちきりだ。

「ねえ、やっぱり、軍を持ってない日本は速攻でやられちゃうよね?大陸を一日で壊滅状態にしちゃうくらいだし…。」

「どけ、花香!」

クラスの男子の一人が私に迫ってきた。

「なあ、木野崎。お前の兄さん、防衛大臣なんだろ?どうにかなんねえのかよ?俺たちこんな死に方するのか?国は守ってくれないのかよ?」

「その方面は私には無関係。兄さんや父さんが何をするかなんて、私は知らない。」

クラス中が絶望していた。得体のしれない奴が地球を狙っているのだからその反応も分からなくはない。だが、兄や父と一緒に暮らしていたとしても、そんな国家機密レベルの情報を私に話すわけがない。二人は魔力は持っていないが、内閣の一員として行動し、出来る範囲内で備えているはずだ。

 静まり返った教室に担任がやってきた。

「よく聞け。自分の身は自分で守る。おい、お前ら!学校なんて来てる場合じゃねえ!帰って自分の安全を確保しろ!家でも受験勉強はできるしな!これは国からの指示だ!」

その瞬間、皆一斉に鞄を持って駆け足で下駄箱に向かった。その皆の姿を、私と花香は唖然として見ていた。

「ほら、お前らも早く。」

促されるようにして、二人で下駄箱に向かったが、急いで帰ろうとする生徒で大混乱である。人が少なくなるまで二人で待つことにした。

 人が減り、落ち着いたのは三十分後だった。私たちが最後だったが、校門を出るまでは無言だった。私も花香も、特に急ぐことはなく、同じ方向に向かって歩いていった。

「花香、ご両親が心配してるんじゃないの?」

それとなく聞いてみた。

「心配なんてしてないよ。パパもママも、会社がどうなるかしか考えてないから。それに、私はもう進学先が決まってるから。」

「そうか。」

「恵は?サーシャが心配してるんじゃない?」

「まさか!だって、私は奴らが日本に来たら相手しないといけないし。こんなのでビビってたら怒られちゃうよ。」

お互い、心配してくれる人はいない。ただ、私は一緒に戦ってくれる心強い大親友がいるからまだマシだ。花香の話を聞く限り、ご令嬢も楽ではない。親が出来る人なら尚更だ。

 分かれ道に来た。木野崎の雑木林は左。家はほとんど立っていない、淋しい道だ。花香が住む高級住宅街は右。割と近所だと知ったときは驚いたが、それ以来、左右で全く違うこの分かれ道に来ると複雑な気持ちになる。

「じゃあ、当分会えないけど、また学校でね。」

「ねえ、その前に、聞きたいんだけど。」

花香がこちらを真っ直ぐ見ながら尋ねてきた。

「さっき、恵、敵の事を奴らって言ってたけど、何人いるの?」

うっかり口を滑らせていたようだ。

「そうだなあ…。百人はいるんじゃない?」

「そんな…、そんな大人数を一人で相手にするの?」

「うん。だって、戦えるのは私だけだから。」

しばらくの沈黙の後、花香が力強く私の肩を握り、囁いた。

「死なないでよ。せっかく友だちになれたんだもん。恵が死んじゃったら、サーシャは私が貰ってやるんだから。恵の家だって、私が住みついちゃうんだから。」

花香の気持ちに嘘はなかった。私は笑いながら答えた。

「大丈夫。簡単には死なないよ。それに、花香が木野崎に出入りして変な目で見られるような未来にもさせないよ。」

互いに再開を誓い、帰路についた。しばらく会えないが、永遠に会えないわけじゃない。

 家に帰ると、サーシャがいきなり話しかけてきた。

「敵は百人くらいかな、ってどんだけサバ読んでるんだ?もっといることは恵も感じてるだろ。」

「うん。はっきり伝わってくる。三百近いよ。」

「だったら何で花香にあんなデタラメ言ったんだ?」

「友だちだから。不安煽るようなことはしたくなかったの。それに、敵のトップツー以外ならどうにかなりそうだし。」

最近、何かと敵の魔力を感じるようになってきていた。もう、アフリカ大陸は敵の手に堕ち、今頃は南アメリカ大陸を征服しているはずだ。魔力のない人たちがどう防御しても、相手はそれを簡単に破ってくる。多くの魔術師が攻撃を仕掛け、最後にトップツーがとどめをさす。その魔力は大きい。そして、私に近いものがある。

「まさか、歴代の木野崎が敵だなんて。冗談もここまで来ると笑えないね。」

「やっぱり気付いてたか。」

「成仏出来ずに、世の中を恨み続けた過去の木野崎の集合体。トップは二番目の星を持った人、でしょ?」

「ああ。木野崎与四郎。あいつは生まれてから死ぬまで、どんなに相手をしてやってもノリが悪かった。だが、星を持つだけあって、魔力は相当だ。心してかかれ。」

「それはいいけど、問題はもう一人だよ…。」

「しょうがないだろ。こうなったらやるしかないんだから。」

「分かってるよ…。」

やらなきゃいけない。分かってはいるが、いざ目の前にしたとき、私は戦えるのか。木野崎与四郎。どうしてそんな奴の仲間になっちゃったの?母さん…。


 南半球が完全征服され、北アメリカ大陸、ユーラシア大陸までもが一夜にして征服された。その他島国も次々白旗をあげ、残すは日本のみとなった。軍事力の大きい国でも敵わなかった相手に対し、日本は自衛隊で立ち向かおうとし、抽選で選ばれた人のみが国が用意した地下シェルターに逃げた。国会の地下には議員が逃げ、金持ちは自分の家の地下室に逃げたようだ。その行動は、私に言わせれば無意味だ。散々差別して、知ろうとしなかった人間に、木野崎の魔力を甘く見てもらっては困る。相手は恵でも簡単には倒せない輩がトップなのだ。地下に逃げるだけで助かるほど弱くない。

 そんなニュースを聞いているのかいないのか、恵は星のネックレスにプラチナのブレスレッドを付けている。制服姿でだ。

「おい、何で高校の制服なんだ?」

呆れた感を少し出しながら聞いたが、恵はそんなこと気にもしていない。

「だって、こんな風にテレビ中継されてるってことは、私が戦う姿も中継されるかもしれないでしょ?都立高校通いでもやればできるって証明するチャンスだよ。」

なんてお気楽な解答なんだ。改めて聞き直す。

「本当はどうなんだよ?」

「もう。サーシャはユーモアのこともう少し勉強した方がいいよ。本当は、父さんに認めさせたいの。魔力は個性で、私はそんな個性を持った人間だって。父さん、この家出ていってから、私の事はこの姿を一目見ただけだからさ。この方が分かりやすいでしょ?」

恨んでいるはずの父親なのに、やはり、この世でたった一人の父親の事が気になるようだ。

「よし、これで準備はオーケーだよ。」

「どこに来るか分からんからな。正確に感じ取れよ。」

「それじゃ遅いよ。東京がやられたら日本は終わり。一極集中だからね。それに、敵陣に母さんがいるんだもん。たぶん、霞ヶ関に来るんじゃないかなあ?」

さすが、都立高校とはいえ、学年トップの成績を取るだけの事はある。私が気付かぬ間にこんなことまで考えられるまで成長していた恵に驚かされた。

「じゃあ、行ってくるね。」

「ああ。ちょ、恵。その…、死ぬなよ。」

こんなことを言う自分が恥ずかしかった。しかし、迂闊に外に出られない私のせいで、全てを恵に任せてしまうことに申し訳ないという思いが少なからずあるのも事実だ。そっぽを向く私の顔を、恵は手で向きを変え、互いの顔が向き合う形となった。

「大丈夫。簡単には死なないよ。それに、これが終わればサーシャと外を歩けるって信じてるから。一緒に原宿に行こうね。」

眩しいくらいの笑顔だった。笑顔のまま手を振り、恵は霞ヶ関の方向に飛んで行った。


 総理官邸。閣議のため、大臣が全員集合し、今後の対策を考えていた。

「吾郷防衛大臣、自衛隊の配備は?」

「はい。日本のどこを襲撃されても迎え撃てるよう、全国の指定した場所に配置させました。現在は待機しています。」

父、吾郷恵造は仕事上では僕の事を吾郷防衛大臣と呼んでいる。僕も、吾郷総理と呼んでいる。仕事においても、家族として接する時も、今まで散々自衛隊では歯が立たない、恵に協力を願い出るべきだと言ったのだが、父はそれを認めなかった。仮に恵に協力を願い出ても、恵は断ると思うのだが。私一人が主張したところで、他の大臣が魔力の存在さえ馬鹿げているとして認めないだろう。私は観念して、全国の自衛隊員を配備した。死んでしまうと分かっていながらだ。例え、生き長らえたとしても、私はこの罪から逃れることはできない。

「ようし!準備は出来た!各大臣、自分の持ち場について待機!何かあれば行動に移すこと!いいな!」

すまない、恵。兄さんは何にも出来ないみたいだ…。


 朝から日本がいつ襲撃されるのか、どのテレビ局もそんなニュースばかりだ。恵は今、どこで何をしているのだろう?もう、見えないところで戦っていたりするのだろうか?

「お嬢様。早くシャロット本社の地下に避難いたしましょう。あそこなら安全ですし、ご両親もおられますよ。」

世話役が呼びに来た。地球が襲われてから、シャロットは自然災害用に準備していた地下シェルターに本社機能を移すので忙しかったようだ。これも全部、パパとママの指示だ。

「私は地上に残るよ。」

「何を仰いますか!お嬢様は社長夫妻の大切な一人娘なんですよ?」

「大切なら、この一週間、一回も顔を見に来ないなんておかしいじゃない!会社の事で忙しいのは分かる。でも、私みたいに出来の悪い人間が生き残ったって意味がない。それに、友だちが戦おうとしてるの。お願い。最期のわがままだと思って、あなただけでも避難して。」

世話役は私の説得を諦め、車を出した。これでこの家には私一人。と、いうより、この住宅街で私一人だ。恵、今までいじめてきてごめん。友だちになってくれてありがとう。絶対に、絶対に勝ってよ。


 久しぶりに見る日本は別世界だった。今までもそうだったが、やたらと高い建物があったり、薄い箱に人が入っていたり、理解が出来ない。その度に、新入りに聞いている。

「どうですか。久しぶりの日本は?」

新入りが話しかけてきた。私に近い考えを持つ、私のお気に入りの女だ。

「由紀子か。江戸も変わったな。」

「江戸じゃありませんよ、与四郎さん。今じゃ東京と名を変えています。」

「で、本当にここを制圧したら一発なのか?」

「もちろんです。政治、経済、文化、日本のありとあらゆるものの中心です。東京さえ制圧したら日本は終わりです。」

「だが、そこには由紀子の娘がおるのだろう?しかも、星を持ってると聞いたぞ。」

「問題ありません。あの子は星を持つ者としては気が小さいですし、魔力の解放も出来ませんでしたから。」

「何年前の話だ?」

「十年以上前です。ですが、あの子が与四郎さんほどの魔力を身に付けたとは考えられませんよ。」

「なら、いいんだがな。」

地面を歩くしか能のない人間共。木野崎の恨みと魔力、見せつけてやろうぞ。


 国会議事堂の一番てっぺん。一応身を隠しながらここまで来たが、路上にいるのは報道関係者のみだ。それ以外は地下に逃げたり、家の真ん中辺りでじっとしていたりしているようだ。ここまで静まり返っていたら身を隠す必要もない。時が来れば嫌でも姿を晒し、報道関係者が向けるカメラに映り込むことになるだろう。私は術を解き、静かな国の中枢付近を三六〇度見渡した。こんなに人がいない東京なんて見たことない。

 そうこうしているうちに、空がざわついた。来る。上空の報道ヘリはまだ異変に気付いていない。ヘリを安全なところへ誘導したいのだが、時間がない。命懸けで地下や家にいる人達に現状を伝える仕事も楽ではない。巻き込むことはさせない、絶対に守る。そう心に誓い、私は相手の第一陣を迎えるため、空へ飛び立った。

「た、只今、下から少女でしょうか?制服を着た少女が下から飛んできました!我々報道関係者のヘリを越え、空高く飛んで行っています!一体、何者なのでしょうか!」

勝手に実況してて。こっちはそれどころじゃない。兄さんが言っていた国の要請なんて待ってられない。本当に危なくなる前に防いでみせる。

 ヘリから一〇〇メートル上空へ行った辺りで相手を確認した。木野崎与四郎に仕えてるだけあってか、大人数だからか、強い魔力を感じる。しかし、ビビっている場合ではない。光魔法と癒し魔法を合わせて使い、第一陣全員を成仏させた。第二陣、第三陣も結構な人数だったが、同じようにして成仏させていった。ばぁばとの約束を忠実に守りたかった。

『相手がどんな人でも、どんなに激しく戦った後でも、最後はちゃんと成仏させてあげなくちゃ。お墓に入ってからも恨みを持ち続けるなんて、淋しいでしょ?』

ばぁばはどんなに嫌味な相手でも、思いやりを忘れない、尊敬する人だ。そんなばぁばの思いを踏みにじりたくない。出来る限り、戦わずに相手を成仏させたかった。

「上空から襲ってきた集団を、先程の少女が迎え撃っています!彼女は私たちの味方なのでしょうか?」

下にいる報道関係者は危険を顧みずリポートを続けている。だが、さすがに危ないと感じたのか、私から距離を置き始めた。そのほうが、私もありがたい。

 それより後から襲ってくる集団から、手強くなり、多少の戦いも必要となったが、それでも最後はばぁばの言ってた通りに成仏させた。そんなことを一時間程続けていたら、ぱったりと相手が来なくなった。神経を集中させ、辺りを感じ取る。残りは二人。木野崎与四郎と母だ。この二人とはきちんと話がしたい。私は国会議事堂のてっぺんに戻った。そのすぐ後に、目の前に二人が現れた。今まで相手にしてきた奴らの魔力を足し合わせてもこの二人の魔力には及ばない。そんな二人を、最終的には相手にしなければならない。

「初めまして、お嬢さん。私の事は御存じかな?」

嫌味たっぷりな聞き方に、少しイラついた。だが、そんな私情はどうでもいい。

「ええ。サーシャから聞いています。木野崎与四郎さん、星を持って生まれた、二人目の木野崎の人ですね。」

「ほう。あの化け猫、まだ生きてんのか。」

「サーシャは化け猫なんかじゃない!」

突然、口調が変わったと思ったらサーシャを化け猫呼ばわりときた。我慢できず、思わず反論してしまった。

「お前さん、すっかりサーシャに言いくるめられてんな。俺らの仲間にならねえか、って誘おうとしたんだが。」

「なるわけないでしょ。」

「ならないなら、死んでもらう。この地球もいただくぞ。」

「そんなこと、させない。まだ、サーシャと原宿に行く約束、果たしてないから。それに、友だちも、今は一人だけだけど、信じて待ってくれてる。裏切れない。」

私は、この戦いが終われば自由に普通の事を楽しむことが出来ると信じている。猫の姿のサーシャと原宿で可愛いものを見たり買ったり、花香とお泊り会をしたり、父と兄と親子水入らずでご飯を食べたり、やりたいことはたくさんある。世の中が、木野崎の人間を受け入れてくれて、魔力も個性で、悪用なんてしない、そうなると信じている。甘い考えかもしれない。それでも、信じている。友だちだって、いつか必ず出来ると信じ続けて、ようやく花香と友だちになれた。

「恵の友だちって、シャロットの一人娘よね?本当に友だちなの?」

今まで黙っていた母が口を挟んだ。

「今まで散々嫌なことされて、いざ自分が同じ目に遭って恵に泣きついてるだけじゃないかなあ?周りの人間がその娘をまた受け入れたら、また嫌なことされちゃうよ?」

母の目は不信感でいっぱいだった。私がいじめられて、相手を傷付けた時、ばぁばがその罰として母を消した時と同じ目をしている。

「人間は分かってくれないよ?だって、あなた、あのあと実の父親に捨てられたじゃない。」

「そうだね。そうかもしれない。でも、花香は本当に友だちだと思ってくれてるんだ。私も、最初はちょっと疑っちゃって、心の中を覗いたの。でも、花香も私と同じだった。家が凄い会社だから、周りの人が本当の友だちみたいに接してくれないのを悩んでた。花香も友だちと呼べる人がいなかったんだよ。サーシャもそれを理解して、花香と仲良くなったんだよ。今までのことなんてどうでもいい。友だちになれた、これからが楽しみなんだから。父さんはよく分からないけど、苦労したと思う。魔力はなくて、普通の人と同じはずなのに、木野崎ってだけでいじめられちゃってさ。でも、今はそんな過去を吹っ飛ばすくらいに日本の国民から支持を集める総理大臣になったんだ。大変だったと思う。私の事はまだ受け入れてはくれてないけどさ。兄さんとはたまに会ってご飯食べたりしてるんだよ。兄さんは私の事、自分の妹だからって可愛がってくれてるんだよ。嫌なこともたくさんある。でも、信じてれば、ちょっとしたことから良くなっていくって、私はそう思いたい。きっと、ばぁばも同じだったと思う。」

しばらく沈黙が続いた。久しぶりに母に会えたというのに、なんだか嬉しさが込み上げてこない。痺れを切らしたのか、与四郎が私たちの間に立った。

「由紀子。親子の再会はここまででいいか?」

「ええ。これ以上話しても、恵の綺麗事を聞かされるだけですから。」

予感はしていたが、やはり避けられないらしい。母との勝負。制限時間はない、どちらかが命を落とすまで。もう、迷いはない。私は戦う。


 恵が魔術師として成長したことは一番近くで見ていた私は知っていた。しかし、こうもあっさりと、雑魚とはいえあんな大人数を簡単に倒すほどに力を付けていたとは思わなかった。しかも、恵は全ての相手を成仏させていた。あのばあさんとの約束を守るためとはいえ、そう簡単に出来ることではない。今のところは命知らずの報道関係者にも被害はない。偶然かもしれないが、避けようと思って避けられるものではない。

 中継を見ていたら、誰かが木野崎の敷地内に入ってきたようだ。まあ、こんな時にここに来るとしたら、あいつしかいない。

「サーシャ!恵は大丈夫なの?なんかお母さんと戦うみたいな雰囲気になってるけど?」

やはり、花香だった。全力疾走でここまで来たのか、かなり息が上がっている。

「由紀子は星は持ってないが相当な使い手だ。簡単な相手じゃない。だが、恵なら大丈夫だろう。ほら、水でも飲め。」

水道水を花香に渡した。その水をがぶ飲みして、息を整え、花香は言い返してきた。

「そういうことじゃなくて!相手はお母さんなんでしょ?恵、優しいから、ちゃんと戦えるの?て、いうか、なんで親子が戦わなきゃいけないの?」

「しょうがないだろ、敵になっちまったんだから。それに、見ろ。」

テレビの画面には、恵の顔がアップで映っていた。

「見ろ、あの目。決意は固まったみたいだ。安心しろ。恵は魔術師としても、一人の人間としても強い。」

「…そうだね。」

納得したのか、恵の強さが羨ましいのか、花香は複雑な気持ちで画面を見ていた。自分がつい最近までいじめてた奴が、身体を張って皆を守ろうとしている。確かに、自分より下と思って見下してた奴が突然救世主になっているのだから、複雑になるのも分からなくはない。

「いいんじゃないか?恵はお前の事、本当に友だちだと思ってるし、いじめられてた時のことなんか全く気にしてねえぞ。」

「本当、強すぎだよ…。こんな姿、中継されたら、日本中が偏見の目で見るかもしれないのに。」

「あいつの頭はお花畑なんだ。信じてるんだよ。絶対に分かってもらえるってな。でも、強さなら花香も負けてねえよ。あんだけ暴露されたところを中継されたのに、恵の心配しかしてないしな。それに、シャロットは社員の家族も全員地下に避難してるはずだろ?なんで地上にいるんだ?恵が心配だからか?」

「私が過去にしたことは事実だから、反論のしようがない。批判を受けることも覚悟してる。地下に逃げたところで、知り合いなんていないし、パパもママも仕事ばかりで私には無関心だから、私がいなくても気付かないよ。それに、恵の事、放っておけないから。一人で地球のために戦うなんて、漫画みたいなこと、冗談はやめてよ。」

類は友を呼ぶ。花香もまた、批判を受ける覚悟を持つ、強い心を持ち合わせている。恵との違いは、花香は現実的な考えをしている、というところだ。確かに、たった一人で、しかも、理解者がほとんどいない環境で育った人間が地球を守ろうと足掻いている。本人は全力のつもりでも、全力を出し切れない可能性は十分にある。しかも、今から戦う相手は母親だ。本当に全力を出せるのか、私も心配している。

「サーシャ、行こう。」

花香が突然の思いつきのように言ってきた。

「行こう、ってどこに?」

「恵のとこ。」

「馬鹿かお前!お前みたいな魔力の無い奴が行ってみろ!即死するかもしれないんだぞ!」

「それでもいい。私が一緒なら、サーシャも外に出られるでしょ?サーシャが恵の先生やってたんならサーシャが近くにいたほうが恵も安心できるよ!」

「いや、だがなあ…。私のような魔獣の存在が明らかになるのは…。」

「恵と原宿に行く約束してるんでしょ?だったら、世間に認めさせるの!魔獣も動物には変わりないって!」

どうやら、花香の頭も、一部お花畑が広がっているみたいだ。だが、花香の言う通りかもしれない。

「…そうだな。行こう。途中で何かあったら、私がお前を守る。私を離すなよ。」

「そうこなくっちゃ!」

私も花香も思いは同じ。恵が勝って、地球が元通りになって、魔力は個性と認めてもらう。敵は歴代木野崎だけではない。世間が動かないなら、少数だが、こちらから動く。


 恵がこんなにすごい魔力を身に付けているなんて知らなかった。本当に、あの子は昔から努力の子だったが、前に会った時と比べて格段に魔力が上がっているのは分かる。

「大臣!あの少女は味方なんですか?敵なんですか?敵なら撃墜します!」

霞ヶ関に配備していた隊の副隊長が連絡をしてきた。

「ふざけるな!あの子が敵に見えるのか?あの子は我々を守ってくれているんだぞ!」

「し、失礼しました!で、我々はどういたしましょう?」

もう、覚悟は出来ていた。私は日本中に配備した自衛隊員に一斉に指示を出した。

「総員、よく聞け!敵は東京で噂されてる魔術師、木野崎家の亡霊だ!そして、今、その亡霊相手に戦っているあの子は、私の妹だ。私も木野崎の血を引いている!自衛隊が敵う相手ではないと分かっていた!だが、閣議決定には反対出来なかった!申し訳ない。総員は、直ちに撤退、自分の家族を、自分の命を守れ!全責任は私が取る!私が現地でどうにかしてみる。」

閣議決定に反することは、大臣の辞任表明と同じ意味を持つ。しかし、戦っても敵う相手ではないと分かっている上で隊員が犠牲になるのを見たくはなかった。恵は、どんなに不遇の扱いを受けてきても、私の前では笑顔だった。そんな子が、今はいじめっ子を含め、人間を、地球を守ろうとしている。私には魔力はない。これまでの人生、勘の良さだけで生きてきたようなものだ。自分の無力さをひしひしと感じていた。

「そ、そんなことをされても大丈夫なのですか?」

「いいんだ。それに、自分の一番大切なものを守れないで何が出来る?早く、家族がいる者は家族の元へ、一人の者は自分を守れ!大臣命令だ!」

「はい!」

 霞ヶ関にいた戦闘車が撤退していく。これでいいんだ。恵、お前一人に重荷を背負わせてごめんな。兄さんも、今、そっちに行く。僕は辞表を胸にしまい、外へ出た。


 秘書が慌てた様子で私の部屋に入ってきた。

「吾郷総理!全国の自衛隊が撤退しています!何でも、吾郷防衛大臣が撤退させたとか…。それに、防衛大臣が、今、戦っている少女の事を妹と仰ったそうです。」

「当たり前だ。あの二人は兄妹。私の子だ。」

「え?じゃあ、東京にあると噂の魔術師の木野崎っていうのは…。」

「私は選ばれなかった。娘は木野崎の家柄に相当好かれたみたいでな。あの子は特別だ。」

「じゃ、じゃあ…」

「私に色々聞く暇があったら家族のところへ帰りなさい。帰って、安心させて、あの子の勝利を祈りなさい。」

「総理はどうなさるのですか?」

「私の声が聞こえなかったのか!早く帰りなさい!」

「は、はい!」

 ようやく私一人になれた。恵は私を相当恨んでいるようだが、それならどうして私が政権のトップをしている日本なんか守るために戦っている?あの子の考え方は相変わらず分からん。由紀子と恵、二人の久しぶりのツーショットをこんな形で見る羽目になるとは、木野崎も呪われたものだ。私が星を持って生まれていれば…。そんなことは今はどうでもいい。私も、現地に向かうとしよう。


 与四郎は私と母が対峙している様子を嬉しそうに見ていた。母も、私に向かって不気味な笑みを浮かべている。

「何が可笑しいの?」

「だって、すっごく真面目な顔で目の前に立ってるんだもん。まるで私に勝つつもりでいるみたいに。笑わずにはいられないでしょ?」

これが、どこかの腹黒野郎の言葉だったら、構わずグーでお腹を殴っているところだろう。

「それより、早く始めようよ。恵がどれだけ成長したか、見せてよね。」

「もちろん。そのつもりだよ。」

 この会話がきっかけとなり、私と母の魔力がぶつかり合った。母は、私が覚えている範囲では、スピード感のある攻撃が得意な魔術師だ。それは、今も健在のようで、大地を自在に操り、大地の棘が私に向かって襲ってくる。高層ビルを吹っ飛ばす程の勢いで、大地は動き、あっという間に霞ヶ関周辺はめちゃくちゃになった。そういえば、私がいじめられたときに、母が使ったのも大地魔法だった。そのときは、ただ近くの小石を全てぶつけただけだったが、こんなにも凄まじい魔力だとは思わなかった。地下に逃げた人たちは無事なのだろうか。地上に残っている人は。心配だが、私も避けるのが精いっぱいだ。

「ちょっと、逃げてばっかじゃない!それなら、もう止め刺すよ!」

私の前後左右の大地が盛り上がり、私を挟んだ。圧迫させて殺そうとしている。隙間から見える母の顔は狂気に満ちた笑顔だった。苦しい。どうすればいい?

「最期に教えてあげる。恵のおばあちゃん、与四郎さんの仲間になるの断ったから、同じやり方で死なせてあげといたから。ばぁばに来世はないし、必然的に恵にも来世はないよ。」

唖然とした。薄れていく意識の中、昔、ばぁばに言われたことを思い出した。

 私を庇い、魔力を使った母を、ばぁばは殺した。母の不気味な叫びと、ばぁばの悲しそうな顔を見て、私も、兄も泣いていた。父が兄を連れて家を出た後、私はばぁばに聞いた。

「もう、母さんには会えないの?」

ばぁばは私を抱き上げ、優しい声で答えてくれた。

「もう、今回の恵の人生では会えない。でもね、来世では会えるんだよ。だって、ばぁばは恵の母さんを殺したんじゃなくて、浄化したんだから。」

「浄化?」

「そう。完全に殺しちゃったら、思想も、肉体も、魔力も、全て失っちゃって生まれ変わることは出来ないの。でも、浄化なら、肉体がなくなっても他が生きてる。何年も彷徨って、また新たな肉体で生まれることが出来るんだよ。」

「じゃあ、私、また母さんの子になれるの?」

「なれるよ。でも、そのためには、懐の深さが必要だよ。どんなに憎い相手でも、思いやりを持って接するの。どうしても戦わなきゃいけないときは、止めは刺さずに浄化するの。来世がその人にとって、良いものになることを祈りながらね。」

「そうしたら、また、父さんや兄さんとも暮らせる?」

「ええ。だから、信じなさい。心が折れたらそこで負け。動けば何かが変わるの。いい方向に動くって信じるの。出来る?」

「うん!私、信じる!」

こんな大切な会話、今までどうして忘れてたんだろう?でも、完全に忘れてなかったから、どんなにいじめられても我慢できたのかもしれない。忘れなかったから、色んなことを信じて生きてこられたのかもしれない。時間はかかったが、友だちが出来た。兄さんは私の事を気遣ってくれている。サーシャにはたまに馬鹿にされてたが、それでもいつも味方してくれた。そうだ、サーシャと原宿に行くんだ。花香には負けないと約束した。こんなことで、負けてはいられない。

 気合を入れ直した。負けない。私は強く押し潰してくる大地を跳ね返す。母に成長したと認めさせてやる。星のネックレス、プラチナのブレスレッドが強烈な光を放ち始めた。私の中から力が溢れてくる。今だ。出せる力を全て出し、大地を跳ね返した。そのままの勢いで、光で母を包み込んだ。

「な、何?」

光の中で動揺する母の腰に抱きついた。

「ちょっと、何のつもり?」

かなり動揺していた。母の中の私は四歳で止まっている。こんなことになるとは思っていなかったらしい。

「ばぁばが言ってた。相手がどんな人でも、思いやりを持ちなさいって。戦っても、最後は浄化しなさいって。」

「ばぁばは完全に死んだの!あなたに来世はないの!」

「でも、全く別の何かになってるかもしれないから。母さんの子どもじゃなくても、近所の仲の良いおばちゃんでもいい。信じるよ。」

より強く、腰をギュッと抱きしめ、光魔法で母の魔力を取り除いた。母は、そのまま地面に落ちた。落ちた母を抱き上げ、私は泣いてしまった。

「母さん。辛い目に遭わせてごめんね。」

「それはこっちの台詞だよ。義母を殺して、娘も手にかけようとしたんだもの。」

母も泣いていた。でも、こんな温かい表情の母を見たのは初めてだった。

「まさか、恵に一撃でやられちゃうなんて。本当に成長したのね。ほら、さっさと終わらせちゃいなさい。」

「…また、会おうね。」

私は浄化しようと母を地面にそっと寝かせた。その瞬間、母の身体は炎に包まれた。怯んで目線を逸らし、母を寝かせた辺りを見たが、あるのは灰のみだ。私は上を見た。炎が飛んできたほうだ。そこには与四郎が手をかざしたまま笑っていた。

「ははは!親子の涙の戦い!実に面白かったぞ!まあ、終わり方はいまいちだったから、手を貸してやったけどな。」

この人は、もう人じゃない。人間の心を忘れた化け物だ。

「どうだ?身内を二人も殺されて、それでも信じることはできるか?恵ちゃん。」

返す言葉が見つからない。しかし、会話にはならない一言が自然と出てきた。

「私と戦え!木野崎与四郎!私は貴様に負けるわけにはいかん!」


 母さんが完全に殺された。僕が着いたときには恵が母さんの灰の前で立ち尽くしていた。何と声を掛けたらいいのか分からない。母親と戦わなければならないだけでも精神的に辛いのに、成仏させられず、他人に目の前で殺されてしまったのだ。僕にはとても耐えられない。現に、戦ってもいない僕がかなり動揺している。そんな中でも、恵は木野崎与四郎と戦うために立ち上がった。兄としては、自慢の妹だが、何も出来ない自分が情けない。

「おい!恵一!」

後ろから声が聞こえた。恵と同じくらいの歳の女の子が自転車のかごにサーシャを乗せてやってきた。

「サーシャ!何しに来たんだ?」

「こいつが恵のところに行こうってうるさくてなあ。」

サーシャが横目で女の子を見た。女の子は軽くお辞儀をして自己紹介を始めた。

「前田花香、恵さんと同じクラスで最近から仲良くさせてもらってます。つい先日まで恵さんをいじめていたのは私です。本当にごめんなさい。」

深々と頭を下げる少女の気持ちは本物だと直感した。

「顔を前に向けて。私は恵の兄の恵一だ。って、サーシャが心を開いた相手だから、それは知ってるか。花香ちゃん、だったね。恵の友だちになってくれてありがとう。それに、そんな風に僕に謝る必要はないよ。だって、恵が許して、それで友だちになれたんだから。恵が選んだ友人を否定する権利は僕にはないしね。」

花香ちゃんは泣き出した。ホッとしたのだろう。僕が持っていたハンカチを渡して落ち着かせた。

「状況は命知らずのテレビ局のお蔭で分かってる。由紀子がやられたらしいな。」

恵を真っ直ぐ見つめながらサーシャが問うてきた。

「ああ。目の前で。それでも、あんな風に立ち向かおうとしてる。強い子だよ。」

そう言ったところでサーシャが僕を思いっきり睨んで激昂した。

「何のん気な事言ってるんだ!殺気丸出しだぞ!いつもの恵じゃねえ!憎しみに囚われようとしてる!それじゃ、浄化作用のある魔力が使えねえ!」

浄化作用のある魔力。それは、ばあちゃんが恵に教えているところを僕は何度も見たことがある。清潔魔法と光魔法。清潔魔法はいじめを受けてボロボロになることが多かった恵にとってなくてはならない魔力となり、一番得意な魔力となった。だが、ばあちゃんから思いやる気持ちを叩きこまれた恵は攻撃的な魔力の扱いが苦手で、光魔法でさえもまともに使えなかった。僕の記憶はここで止まっているが、それから成長したみたいで、さっきまで圧倒的な光魔法と清潔魔法で相手を成仏させていった。それは、成仏させて、次は良い人生を送ってほしい、送れるという恵の信じる気持ちが魔力を増幅させていたのかもしれない。母さんにしても、元の優しい母さんを取り戻したかったからだろう。信じていたものが、心無い者に奪われ、貶され、恵はすごい目つきになっている。

「なあ、サーシャ。僕には何が出来るんだ?」

「魔力がなくて、何をしたらいいか分からないならここから離れろ。危険だ。」

サーシャも戦闘態勢だ。本当に、僕は自分の未熟さが憎い。そんなことを思っていたら、花香ちゃんが恵に向かって叫び始めた。

「恵!あんたすごいよ!私がどんなに酷いことしても耐えてたし、お母さんともちゃんと戦って、普通の人はそんなに精神強くない!この強い精神力も、魔力以外の恵の個性なんだよ!お願い!自分を見失わないで!」

本来、僕は防衛大臣として、この戦闘に無関係の木野崎以外の人間を避難させなくてはならない。だから、閣議決定に背いて自衛隊員を全員避難させた。だが、何故か、花香ちゃんはこの戦闘を止める上で必要な人物に見えた。僕も何もしないわけにはいかない。

「恵!お前、いい友だちが出来たな!兄さんは月に一度しか会えないけど、花香ちゃんとは学校がある日には絶対に会えるだろ!高校生活も残り短いけど、今まで経験できなかったことを、花香ちゃんと一緒にやってみなさい!この戦いが終わったら、皆木野崎を受け入れてくれる!兄さんも信じてる!そういう世の中を作ってみせる!」

魔力のない人間が今出来ること。それは、恵に希望の声を届けること。花香ちゃんは無我夢中で出来ることをやったのだろう。そうだ。考えたって魔力には対抗できない。だったら、思うがままに、本能に従って動くしかない。閣議決定に背いた僕はもう大臣として動くことは出来ない。木野崎が受け入れられる世の中を作るには、今と同じ、我武者羅に動くしかない。

「魔力の無いクズは黙ってろ!」

木野崎与四郎が僕と花香ちゃんに向かって炎魔法を仕掛けてきた。咄嗟に花香ちゃんを守るように抱きしめたが、サーシャが守ってくれた。

「ったく、面倒な連中だ。だが、その選択は正しい。恵と分かりあえる数少ない人間だ。恵に助けられたり、勇気づけられたこともあるだろう?恵を救えるのはお前らだ。私が守ってやるから、思いっきり足掻いてみろ。」

花香ちゃんと向かい合った。無言だが、意志は同じ。サーシャの言う通りにしてみよう。お互いに頷いて、恵に声を届け続ける道を選んだ。


 憎い。目の前にいる男が憎い。歴代の木野崎の人達を言いくるめて憎しみで染め、ばぁばを母に殺させ、私の目の前で母を殺した木野崎与四郎が憎い。こいつだけは絶対に許さない。

「そうだ。もっと、もっと私の事を憎め。」

「言われなくてもそうするよ!」

溜まりに溜まった恨みを拳に込めて、与四郎に殴り掛かった。だが、何か違和感を感じた。私が今まで感じたことのない魔力が、自分の中から溢れてきている。違和感を感じつつも、そのまま与四郎の頬を狙って殴った。しかし、片手で軽く受け止められた。おまけに、私の拳からは黒いオーラが溢れんばかりに出てきた。

「な、何これ?」

戸惑う私に与四郎は不気味に笑いながら言った。

「いいぞ!これこそ私が求めていた力だ!木野崎家は代々、この忌々しい魔力のせいで人間から迫害を受け続けてきた!それを恐れてほとんどの奴は家に引き籠ったが、お前は違う!外へ出続け、色んな被害に遭ってきた!だが、お前は祖母の言いつけを頑なに守り続け、自分の本当の気持ちを抑えつけていた!本当の木野崎恵は人間に対する恨みで満ち溢れた、醜い魔術師だ!さあ、その偉大な黒い力を解き放て!」

 本当の私がそんな人間?そんなことはない。私はばぁばが大好きだ。サーシャも傍で支えてくれた。だから、私は外に出ることが出来た。こんな茶番、早く終わらせる。だが、この黒い魔力を押さえつけることが出来ない。右手の拳を開いても、左手で押さえつけても、黒い魔力は出続ける。その魔力に、私自身が徐々に飲み込まれていくのも感じていた。

「こんな、こんなものに負けてたまるか!」

心の底から叫んだが、治まるどころか魔力の放出が激しさを増してきた。

「いいぞ!さあ、その黒い、本当の自分を身にまとえ!」

自分で制御できないくらいの黒く、気味の悪い、強力な魔力。何で?放出される魔力の隙間から、サーシャ、花香、兄さんが見えた。私に向かって何か言っている。でも、何を言っているのか、全く聞き取れない。このまま、三人が私の近くにいたら危ない。

「逃げて!早く!」

私が今出来るのは、危険を伝えること。ばぁば、ごめん。勝てなかった。


 逃げて。そう言って恵が黒いものに飲み込まれた。私は目の前で何が起こったのか、頭の整理が出来ない。ただ、サーシャと恵一さんは唖然とした表情で恵が飲み込まれた黒いものを見ていた。

「ねえ。恵、どうなったの?」

何かを聞ける雰囲気ではなかったが、聞かずにはいられなかった。私の中で初めて、心の底から友だちだと思える人が恵なんだから。友だちがどうなるか、気にならないわけがない。

「あれは、闇魔法だ。光魔法と対になる魔力でな、与四郎の得意な魔力も闇魔法だ。闇魔法に対抗できるのは光魔法だけだが、適応者はほとんどいない。そんな中で、ようやく恵が適応者になったが、まだ完全形じゃなくてな。与四郎と戦っても良くて相討ちぐらいだった。」

「じゃあ、サーシャは最初から恵が無事じゃないって分かってて…」

「信じたかったんだよ!あいつは正真正銘の馬鹿だから!だから、戦いの中で覚醒してくれるって信じたかった!その結果が、この様だ。やっぱり、恵には荷が重すぎたか。」

「まだ、覚醒する可能性はあるんじゃないの?最後まで信じようよ!」

「ああなったら、もう、どうしようもないんだ。私もどうしたらいいか分からん。恵を死なせに行かせたも同じだ。」

 サーシャの目には涙が溢れていた。本当に、もう駄目なの?恵は木野崎与四郎と戦うまでは凄く強かった。実の母親相手でも地球のために頑張った。そんな恵が簡単に闇に飲み込まれるなんて思えない。私は黒い球体に近づいて中にいる恵に向かって叫んだ。

「恵!お願い!闇に飲み込まれないで!馬鹿正直に信じて、私の友だちになってくれたじゃん!サーシャと一緒に原宿行くんでしょ!あんたしかこの事態に戦える人はいないんだよ?諦めるなんて恵らしくないよ!いつも、馬鹿みたいに信じて、挫けないで、それが羨ましくて、酷いことしちゃったけど、そんな私を受け入れてくれたのに、まだ会ったことのない人まで巻き込んで地球を終わらせるの?…何か言ってよ!」

黒い球体を叩こうと手を振り上げたところで恵一さんに止められた。

「駄目だ!木野崎の人間ならまだしも、君みたいな一般人が触ったら怪我程度じゃ済まん。」

 そう言って、恵一さんは私を後ろに下げ、黒い球体に触れた。その瞬間、黒いオーラが恵一さんを襲い、一〇〇メートルくらい吹っ飛ばした。

「恵一さん!」

吹き飛ばされた方向を見ると、恵一さんがぐったりしていた。しかし、どうにか動けるみたいだ。確かに、私が触れたらあの程度じゃ済まないだろう。でも、だからって見てるだけでいいのか?この黒いものさえなければ、恵は私の目の前にいて、声も届いて、少しでも役に立てるかもしれないのに。どうしたらいいの?

「花香。お前、恵みたいに馬鹿ほど信じ切ることは出来るか?」

突然のサーシャの問いに戸惑った。でも、すぐに意図は分かった。魔力がなくて、何も手を打つことが出来なくて、でも恵の理解者として、やれることはたった一つ。

「恵が闇に勝つことを信じればいいんだね?」

「ああ。出来るか?」

「もちろん。そのくらい、簡単。恵が背負ってるものに比べれば何てことない。逃げずに、恵の近くで、恵が戻るまで信じる。」

時間はかかったが、ようやく友だちになれた。無くしたくない、大切な友だち。最初は嫌われてただろうし、疑われただろう。それでも、恵は受け入れてくれた。本当に、おばあさんの言いつけを守って、心の広い人になったんだね。恵、今、苦しいよね?辛いよね?近くにいることしか出来ないけど、私は隣にいるよ。恵一さんも傍にいる。サーシャも。だから、頼りたいときは頼って。全部一人で背負わなくてもいいんだよ。

恵が黒い魔力に飲み込まれてから、木野崎与四郎は好き放題に魔力を放出していた。都心は壊滅状態だ。私と恵一さんはサーシャに守られながら、恵の傍にいた。木野崎与四郎の暴走は正直言うと怖い。でも、それ以上に、恵を失うことの方が怖かった。

「花香ちゃん、いいのかい?ご両親が心配してるみたいだけど。」

恵一さんがワンセグを見せてくれた。画面にはパパとママが映り、ワイプに私たちの姿が映されていた。

「花香!早く地下に避難しなさい!」

「花香、戻ってきて!」

ママは泣いていた。親の心子知らずという諺があるが、私の場合、親の心なんて知りたくない。その代わり、親の裏の考えは丸見えだ。

「問題ありません。きっと、私を利用してシャロットの宣伝をしたいだけでしょうから。でも、馬鹿ですよね。私が恵をいじめてたってはっきり言ったところも中継されてるはずなのに、今更しゃしゃり出て。」

「…類は友を呼ぶって本当かもな。」

恵一さんがボソッと呟いた。不思議そうに見ていた私に気付いて、申し訳なさそうに、でも笑っていた。

「あ、いやあ。恵に似てるなって思ってね。恵も父さんの事になると花香ちゃんみたいな態度を取るからさ。」

言われてみれば、確かにそうだ。初めて恵の家に行ったとき、パパさんに魔力の事を障害と言われたことに怒っていた。久しぶりに会って、それはないと私も思った。いくら心が広くても、恵にも許せないものはあるみたいだ。まあ、人間なんだから当たり前と言われればそうだけど。

「恵はおばあちゃんのことが大好きだったから、大抵の言いつけは守ってたけど、父さんの事は今も許せないみたいでね。なんか、花香ちゃん見てると、恵みたいでさ。」

そんな話をしていたら、サーシャが突然何か閃いたらしく、私たちを守りながら声を荒げた。

「恵一!すぐに恵造を連れてこい!」

「ど、どうしたの?突然?」

「ったく、いいところ突いといてそれかよ。恵の魔力が覚醒しないのは恵造に対する恨みだ!さあ、早く連れてこい!」

「って言っても、父さんが今どこにいるか分からないよ。」

「はあ?お前それでも閣僚か?」

「しょうがないじゃないか。内閣では一番下っ端だし、親子内閣って批判が出てるからあまり行動を一緒にしないようにしてたし。」

 会社経営の親ほど酷いものはない、そう思っていたが、上には上がいた。政治家の親を持っても大変らしい。しかも、恵一さんの場合は支持率の高い総理大臣が父親だ。私だったら、そんな家庭で恵みたいな扱いをされたら間違いなくぐれる。最近までぐれかけて、恵をいじめていたぐらいだ。改めて恵の強さを感じた。

「いいから、探して来い!」

「だから、本当に日本のどこにいるか知らないんだって!」

「日本国、東京都、霞ヶ関、息子と喋る猫と大企業のお嬢さんの後ろにいるが?」

 三人揃って振り返った。吾郷総理、本物だ。私の親と同じように地下に逃げてると勝手に思っていたが、まだ地上にいたらしい。

「父さん!地下に逃げてなかったの?」

「地上にいるなら早く来やがれ!魔力がなくても木野崎の出ならどういう状況か分かるだろうが!」

「サーシャ、落ち着いて!」

各個人の色んな感情が入り乱れ、場が混乱した。そんな中でも吾郷総理は冷静だった。

「恵一、お嬢さん、そこを空けてくれないか?」

言われるがままに一人分のスペースを空けた。

「父さん、一体何を…?」

「何って、この中に入るんだよ。」

総理が指さした先は恵が飲み込まれている黒い球体だ。

「何言ってるの、父さん!そんなの無茶だ!」

「そうですよ!さっきも恵一さんが触れただけで吹き飛ばされたんですから!」

「じゃあ、サーシャ。この二人は任せたぞ。」

そう言って総理は黒い球体の中に入っていった。恵一さんと違い、何も起こらず、するっと吸い込まれるように入った。

「何で?何で父さんは入れたんだ?」

「親の心子知らず。」

サーシャが一言呟いた。私と恵一さんはサーシャに釘づけだ。

「恵は星を持って生まれたんだ。当然、相当な魔力を持ってることは木野崎の人間が見たらすぐに分かる。魔力がなくてもな。恵造が魔力を本当に恨んで、気味悪いと思ってたんなら、自分の名前に使われていて、大切な魔力を持たない息子にも使った『恵』の字を使った名前なんて付けねえよ。」

「え?じゃあ、父さんは…」

「恵の事が可愛くて仕方ないだろうな。」

何を言っているんだ?自分の子どもが可愛くて仕方ないなら、魔力の事を障害とか、恵の事をあんなに避ける必要なんてないじゃないか。

「花香、納得いかねえって顔してるな。」

考えていることが顔に出ていたらしい。しかし、納得いかないものは納得いかない。

「だって、おかしいよ。何で最初から可愛がってあげなかったの?わざと嫌うなんておかしい。最初から可愛がってあげてれば、恵だって最初から光魔法使えたんじゃないの?こんなことになってないよ。」

「たとえ、可愛がってたにしても、周りからいじめを受ける運命は変わらなかっただろうな。家庭内でも毛嫌いされてたから、可愛がってくれたばあさんの言うことを素直に聞けた。馬鹿みたいに信じることが出来たんだよ。やり方は荒々しいし、支持されるものじゃない。しかし、結果として恵は光魔法を使えるようになった。友だち一人出来ただけで使いこなせるようになった。」

可愛がられてもいじめを受ける運命は変わらない。その言葉が私の胸に突き刺さった。たとえ、恵が首に包帯をしていなくても、あの星の傷跡が何を意味するのか、私に分かるわけがない。行き過ぎたいじめをしていたら、恵に他の傷跡を付けていたかもしれない。なんで、幼い時に公園で見かけたときに、友だちにならなかったんだろう。なんで、あんな酷いことをしてしまったんだろう。後悔ばかりが込み上げてくる。

「そんな顔するな。結果論だが、恵の友だちになってくれたんだし、今も避難しないで恵の傍にいてくれてる。花香には感謝してる。一番感謝してるのは、あの中で今も耐え続けてる恵だけどな。」

後悔しても仕方ないことは分かってる。でも、こんなに悲しい親子のすれ違いがあるなんて。恵一さんも呆然としている。今は、吾郷総理が恵を救ってくれることを信じるしかない。


 黒い球体は、外見は恵の背丈程だが、中に入ると、何もない広々とした空間が広がっていた。これが、私に対する恵の恨みの大きさだとしたら。そう考えるとぞっとする。しかし、父親である私が撒いた種だ。この始末は私がしなければなるまい。

 視界は非常に悪い。三メートル先がやっと見えるくらいの黒い霧が立ち込めている。私は木野崎家一の魔力の無さ、一般人並みの勘しか持っていないが、なんとなく、このまま真っ直ぐ進めば恵にたどり着ける気がした。その勘が外れてたにしても、恵を見つけ出すまでは探し続けなくてはならない。いや、絶対に見つける。

 真っ直ぐ進み続けていたら、何やら光が見えた。闇の中で必死に耐えている光。恵だ。恵が左手で右手を押さえつけている。顔は苦痛で歪み、息も荒くなっている。私は恵に近づき、声を掛けた。

「恵。大丈夫か?」

目の前に突然現れた憎い相手に驚いたのか、恵は目を丸くしてこちらを見た。

「父さん…。何で?何でこんなところに?」

「お前が心配で来たんだよ。魔力がなくても見ただけで疲れてるのが分かるぞ。」

「無理にそんな事言わなくてもいいよ。むしろ、喜んだら?たとえ、この闇を打ち砕いて木野崎与四郎を倒しても、体力の消耗がすごくて、たぶん私死んじゃうからさ。サーシャが心配だけど、花香が守ってくれるかな?」

苦痛で顔を歪ませながらも、笑いながら私に言い放った。それにしても、この子は本当に強い。てっきり、完全に闇に飲み込まれてると思っていたが、まだ正気を保っていた。それに、自分が一番辛いはずなのに、サーシャの心配をしている。今まで散々自分の事しか考えていない議員を見てきた私には、新鮮な感覚だった。

「恵、無理するな。その、闇の魔力を私にぶつけて、楽になりなさい。私が許せないのだろう?そうしたら、木野崎与四郎から世界を救って、恵一やシャロットのお嬢さんと楽しい時間を過ごしなさい。」

恵は何も言葉を返さなかった。私が憎いのか、それとも、体力の消耗が激しく、会話も出来ないくらい疲れているのか。離れて暮らしていた十三年間が悔やまれる。私は自分の娘の気持ちも分からない、最低な父親だ。


恵一が生まれた時、まともに魔力を使える程の力がない、と知って、私は自分と同じ思いをしてほしくない一心で大切に、親馬鹿と言われてもしょうがないくらいに可愛がった。そして、二人目が女の子と分かった時は、本当に嬉しかった。年頃になれば父親を避けてしまうだろうが、それまでの間は一緒に遊んだり、出掛けたり、色んな想像を膨らませた。だが、生まれてきた女の子は首にはっきりと星型の傷跡が付いていた。私と恵一が母親の体の中に忘れてきた魔力を、この子に全て背負わせてしまったかのように思えた。しかも、木野崎に伝わる本に書いてある悲劇がこの子の青春時代のど真ん中に起こるかもしれないときた。私に出来ることはないのか。なぜ、そんな運命をこの子が背負わなければならないのか。とりあえず、名前は私の名から一字取って恵とした。父親として、せめてものプレゼントのつもりだった。恵が生まれたその日は一日中泣いていた。

 次の日、母に呼び出された。真剣な顔で、頭を下げられてまでお願いされたのは、恵に嫌われてくれ、というものだった。私はもちろん、納得出来なかった。魔力の無い私に出来るのは、恵を可愛がることしかない。反発する私に、母がさらに泣きながら頼み込んだ。

「恵造、お前の気持ちも分かる。親だからね。でも、この子が運命を背負う確率は本当に高いんだよ。そのためには、恵には精神的にも強くなって貰わないと、世界が壊れるんだよ。恵造にも、恵にも酷な事だけど、世界の為に、この子にとっての悪役になってくれないかい?」

本当に酷な事だった。世界の為に我が子と親心を捨てる。そんな事までして守る価値がこの世界にあるだろうか?疑問を持ちながらも、母の願いを聞き入れた。由紀子が恵を抱き上げているのが羨ましかった。魔力の訓練で母の指導が厳しく、泣いてしまった恵を慰めてやりたかった。いじめられてボロボロになって帰ってきた恵の為に、いじめっ子の家に文句を言いに行きたかった。だが、母の言いつけに従い、全てを我慢した。そして、由紀子の事件が起きた。由紀子がしたことはやりすぎかもしれないが、間違ってはいないと思う。駄目なものは駄目と、子どもに分からせる事も大人の役目だ。しかし、世間は残酷で、由紀子が悪となり、結果、母に殺されてしまった。しかも、恵の目の前で。私の我慢は限界だった。思わず、気持ち悪い、と声が漏れてしまった。なぜ、こんな悲劇を木野崎が被らなければならないのか。恵を見ていると、私自身が壊れていくようだった。私はその日のうちに恵一を連れて木野崎を出て、由紀子の旧姓の吾郷と苗字を変え、世間の考えを正す事を目指し始めた。人々の信頼を得るというのは簡単なことではない。私は政治家の秘書から始めた。魔力はないが、その代わりに普通の人が出来る仕事は平均以上にこなすことが出来た。お蔭で、秘書を始めて三年で衆議院選挙初当選、委員会では的確な質疑応答で支持を集め、遂に日本のトップになった。守る価値のある世界にするため、恵が生きやすい世の中にするための準備がようやく整った。だが、そんな思いも虚しく、十三年振りに会った我が娘は想像以上に私を恨んでいた。つい、口にしてしまった、気持ち悪い、その一言をずっと根に持たれていた。運命の為とはいえ、大学進学を諦めてもらうつもりで言った、魔力を障害と誤魔化したことでさらに恵の怒りを買ってしまった。私は、知らず知らずのうちに、母に頼まれなくても十分、恵の悪役になっていたのだ。それが分かった時、母の言いつけを守れていたという安心感と、自分の情けなさを同時に感じた。これが、親なのか。これが、家族の形なのか。私は、母の言いつけは守った。だが、それは順番を間違えるということを意味していたのだ。恵が生きやすい世の中にするのが先ではなかった。恵を心から愛する事が先だった。だから、母は泣きながら頭を下げたのだ。


 今もなお、恵は目の前で苦しんでいる。この闇は、私と母が作ってしまった。だが、母は悪くない。悪いのは、全てを実行に移した私だ。私に対する憎悪が恵を苦しめているのなら、今、私が出来ることはただ一つ。今まで我慢していた分を込めて、苦しんでいる恵を抱きしめた。

「恵、もういいんだ。私が憎いならいくらでも憎みなさい。恵も人間なんだから、嫌いな人間の一人や二人いるだろう?辛いなら、恵を苦しめてる、その黒い魔力を全部父さんにぶつけなさい。父さんが居なくても、今まで暮らしてこれたんだ。父さんの事は考えなくていいから、死ぬ覚悟は出来てるから、早く楽になりなさい。もう、娘が苦しむ姿は見たくないんだよ。恵の人生はこれからなんだぞ!」

 初めて自分の娘を抱いた。ようやく、父親らしく出来て、涙が出た。恵は年頃だ。突き放されるのも覚悟の上だった。しかし、返ってきたものは意外なものだった。右腕を足で押さえつけ、左腕で私を抱き返してきた。そして、さらに意外な言葉が返ってきた。

「ごめんね、父さん。父さんの気持ち、全然分かってあげられなくて。」

驚いた。いつの間に私の心を読み取っていたのか。自分が苦しい状況で、他人に目が届くというのは、この子の優しさの表れなのか。

「そんなに驚かないでよ。それだけ強い気持ち持ってたら、読み取ろうとしなくても読み取れるよ。でも、本当にごめんね。私が勝手に勘違いしてただけだったんだね。私の為に、政治家になって、魔術師が生きていきやすい世の中にしようとしてくれてたんだね。親の心子知らずって、本当なんだ。」

 そう言って、私から離れた。そして、私の目の前で、闇が出続けている右腕を炎魔法で自ら焼き始めた。

「お、おい。何をしてるんだ?」

私は慌てて止めようとした。いくら世界を救う為とはいえ、自分をもっと大事にしてほしかった。だが、恵は笑顔で、真っ黒になった右腕を私に見せた。

「大丈夫。ほら、動くよ、普通に。さあ、ここから出よう。」

恵が左手で私の右手を握った。真っ黒焦げな右腕を上に突き上げ、その黒焦げを吹き飛ばすかのような眩しい光を放ち、闇を打ち破った。


 黒い球体にヒビが入った。その内側から、光がこぼれている。すると、すぐに、黒い球体は粉々に砕け散った。そこには、恵と吾郷総理が手を繋いで立っていた。中で何があったのかは分からないが、外に出られたことで、二人で向き合って笑っている。長年の誤解が解けたらしい。このまま、親子の邪魔をしないままにしておきたかったが、たまらず恵に飛びかかった。

「恵!無事だったんだね!」

「ごめん。心配かけて。でも、もう大丈夫だから。」

「良かった…。って、右腕どうしたの?袖はないし、真っ黒だよ?」

「ああ。闇を焼き払ったから、ちょっと火傷。でも、動くから問題なし!」

とても火傷の一言で済まされるレベルではなかったが、恵は笑顔だ。それだけでも十分だ。私の後ろから恵一さんも来て、恵を抱きしめた。

「良かった。良かった、無事で。」

「ちょっと、兄さん。少し大袈裟じゃない?」

「恵一、父さんの心配はしてくれてなかったのか?」

「そりゃあ、してたけど、恵の方が心配に決まってるじゃないか。」

三人で笑い合っている。家族の形を奪われていた十七年間を取り戻すかのように見えた。サーシャも、私の肩に乗って、その様子を見ている。

「本当なら、こうして過ごしてたんだな。なんか、今までが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに温かい。」

 この時間がずっと続けばよかった。木野崎家の変化点として、ずっと続いてほしかった。しかし、それを良しとしない人物が口を挟んだ。

「ふざけるなあ!闇を打ち破っただと?そんなの私は認めんぞ!」

木野崎与四郎が上空から声を荒げて叫んだ。それが合図になり、家族の時間は終わってしまった。恵は吾郷総理と恵一さんに向かい合い、何も言わずに頷いた。魔力の無い二人にも思いは伝わったようで、二人も頷いた。そして、私の肩に乗っているサーシャに声を掛けた。

「花香と、兄さんと、父さんは任せたよ。『先輩』。」

サーシャは一瞬驚いたようだった。それでも、すぐに自信のある顔になった。

「やっぱり気付いてたか。任せろ。三人くらい、楽勝だ。」

恵とサーシャは笑顔で自分の役割に入った。空に飛んで行く恵に手を伸ばしたが、両肩に吾郷親子の手がかけられ、止められた。

「ここからは、情けない話だが、恵にしか出来ない仕事だ。君が良ければ、見守ってやってくれ。」

 大きな二つの魔力のぶつかり合い。巻き込まれれば、命の保証はない。それでも、私は地下に避難なんてしない。たった一人の友人が命懸けで世界を守ろうとしている。出来ることは無いに等しいが、何かあれば、恵の力になる。なりたい。


 国会の真上に来た。空から見た東京は廃墟のようだった。私が闇に飲まれている間にこんな事になっていたなんて。自分の心の弱さが悔やまれる。しかし、悔やんでいる暇はない。私が今すべき事は、目の前にいる木野崎与四郎を成仏させることだ。

「江戸の街もだいぶ変わったな。おっと、今は東京だったかな。私はこの街が大嫌いでね。と、いうか、この世の全てが嫌いだ。」

「そう。結構いいところもあるんだけど。」

「どこに?木野崎ってだけで避けられて、魔力を持ったが為に散々な目に遭った!そんな屑共が作り上げて住みついてる街なんぞ、何の価値もないわ!お前も同じような目に遭ってるだろうが!それでいて、何故、私に歯向かおうとしている?最後の機会だ。私と手を組んで、闇の世界を作り上げようじゃないか。同じ星を持つ魔術師同士、同じ道を行こうじゃないか。」

狂気に満ちた表情、口調、動き。この人がどんな目に遭ったか、私は知らない。確かに、同じような目に遭っているかもしれない。それでも、私の答えははっきりしている。

「断る。自分の気持ち一つで世界をこんなに無茶苦茶にしちゃうような馬鹿とは一緒にならない。私はこの魔力を一つの個性として、色んな人に認めてもらいたいから!」

「ふん、馬鹿はどっちだ!魔力は個性?世間が認めるわけなかろうが!そんな屑の為に世界を守ろうとするお前が馬鹿なんだよ!もう、いい。お前とは分かり合えない。時間の無駄だ。私は貴様を倒して私の世界を作る!」

そんな勝手なことは絶対にさせない。運命を決める戦いが始まった。

 木野崎与四郎。全てを破壊する力を持つ闇魔法を最も得意とする、そうサーシャから聞いていたが、確かに、相当な使い手だ。与四郎が放つ闇を光で跳ね返していくのが今は精いっぱいだ。だが、私は諦めない。諦めてはいけない。守るもの、大切なものがようやくはっきりしてきたのだ。父さんとも分かりあえた。サーシャとお出掛けだってしたい。花香ともっと一緒に過ごしたい。兄さんとご飯を食べたい。他の大勢の人達にも魔力は個性だと認めて欲しい。魔術師も人間だと分かって欲しい。色んな人と友だちになりたい。今まで、普通の事が普通に出来なかった分、残された人生を楽しみたい。みんなの為にも、自分の為にも、負けるわけにはいかない。力がみなぎってきた。ようやく、与四郎と対等に戦えるようになってきた。上空の報道ヘリを巻き込まないよう、細心の注意を払いつつ、私は与四郎に挑み続けた。

「なあ、恵。お前さんは、魔力の事、どう思ってんだ?」

戦いながら与四郎が尋ねてきた。

「個性。生まれた時から持ってる個性。だから、私から魔力を取ったら何も残らない。」

生まれた時から持ち合わせていたものが、私の場合は魔力だった。他の人から見たら異質だが、私はこの魔力という個性を大切にしたい。

「個性?笑わすな。だったら、地上で見てるだけのお前さんの父ちゃんと兄ちゃんはなんなんだ?」

「父さんも、兄さんも、魔力はない。でも、父さんは、人を引き付けてまとめることが出来る。兄さんも、勘が良いから、正しいと思ったことは必ずやり通して、必ず結果を残してる。魔力がないからって、二人を馬鹿にしないで。」

「なるほど。そうしたら、木野崎でもないのに首を突っ込んでるあの小娘はどうなんだ?お前さん、嫌ってたんだろ?」

「始めはね。でも、仲良くなってから、気は小さいけど芯がしっかりしてて、他人の事を思いやることが出来る、すごくいい子だって、分かった。家庭で上手くいかなくて、私と同じ、普通の事が普通に出来てなかっただけなの。ご両親の事はあまり良くは思ってないみたいだけど、それでも、将来会社を継いだときの為に勉強も礼儀作法も頑張ってる、すごい努力家なんだから。」

与四郎は下を向きながら笑っていた。やがて、顔の向きを上に変え、大声で笑い、最大限に力を込めた闇魔法を私に向かって放ってきた。私も負けじと、力を最大限に振絞って、光魔法で迎え撃つ。若干、与四郎の方が強く、私は押され気味だが、負けるわけにはいかない、そう思い、耐えた。そのままの状態で、与四郎は叫び始めた。

「魔力は個性?笑わすな!魔力はこの世を束ねる大いなる力だ!そこら辺でいい顔してる奴らに頭を下げさせる、そういうものなんだよ!なのに、魔力なんか持っていない人間共はいつも私たちの事を気味悪がって、挙句の果てには自分の鬱憤を晴らすための人形にしやがった!私の身体は切り傷でいっぱいになった!そんな奴らに、この世界をまとめる力があると思うか?人の上に立ちたい、それだけで何人もの人間を踏みつぶした奴が束ねる世界なんぞ、何の価値もないわ!私はこの世界を乗っ取って、生き残った奴ら全員に私が味わった屈辱を与えるのだ!その前に死んだ奴らはただのゴミだ!このふざけた世界は、私が束ねて破滅へと向かわせてやるんだ!」

与四郎の力が強くなった。しかし、それ以上に強くなったのは、私の与四郎に対する怒りと哀れみだった。

「ふざけてるのは、木野崎与四郎、あなただ!こんな、木野崎家のお家騒動を世界中に晒して、恥ずかしくないの?あなたの身勝手な感情で何人の人が死んで、何人の人が希望を忘れたと思ってるの?確かに、あなたが受けた辛いことは、周りにいた人間に否がある。あなたの闇を大きくしたのも周りの人間。でも、今、この世の中にあなたをそんな風にした人は生きてない。その子孫は生きてるかもしれないけど、そんな昔の話、言い伝えられてなんかない。今、あなたが巻き込もうとしている人たちは、将来、もしかしたら、私たちのことを理解してくれるかもしれない人たちなんだよ。あなたがこんなことして、本当に世界を束ねる立場になったとしても、それは永遠に木野崎が世の中に理解されないことを意味するんだよ。魔力なんて、普通の人から見たら幻想だし、使い方によっては、今まであなたがしてきたみたいに簡単に世界が破滅しちゃう。でも、使い方を間違えなければ、みんな受け入れてくれる。社会に貢献できる。私たちの世代で、そういう世の中にして、未来の木野崎が楽しく過ごせるようにする。だから、木野崎与四郎、目を覚まして!」

 私の首の星が光り始めた。押され気味だった魔力のぶつかり合いも、光が闇を包んでいく。闇を包み、そのまま与四郎を包み込んだ。光の放出を止めると、与四郎は地上に向かって落下した。

 与四郎の落下地点に降りた。父さん、兄さん、花香、サーシャも駆けてきた。私は虫の息の与四郎を膝の上に寝かせた。

「ほら、何ボケッとしてるんだ。止め、早く刺せよ。」

与四郎は負けを認めたらしい。そして、私以外の人達を見て、笑っていた。

「私は、どうやら生まれた年代を間違えたみたいだな。化け猫も、ようやく良い奴に巡り合えたってことか。」

与四郎の目から、涙が一筋、流れ落ちた。

「しかし、仮に、木野崎が認められても、お前さんのばあさんと母さんに来世はないから、必然的にお前さんの来世もないぞ。」

「いいの。私は友だち出来たし、理解者もいるから。それに、違う形で生まれ変われるかもしれないから。私たち、頑張るよ。あなたの為にも、歴代の木野崎の人達の為にも。」

「少しは期待してやるよ。」

それが与四郎の最期の言葉となった。私は、光魔法で、与四郎を成仏させた。

 しばらく、その場に五人で留まった。おそらく、考えていたのは皆同じ。与四郎の生前の辛い経験だ。辛い目に遭い続け、闇は深くなり、身に付けたくもない最強の力を身に付けてしまったのだろう。それが、どれだけ辛いのか、私には想像も出来なかった。ただ、今の私にはやり残していることが一つあった。まずは、それからだ。私は立ち上がり、空に向かって両手を上げた。

「おい、恵、一体何を…。」

サーシャが尋ねた。私は笑顔で答えた。

「いつまでも、暗い顔して考えてるわけにもいかないでしょ?だから、まずは今私がやらないといけないことをやろうと思ってさ。」

 私の首にある星が再び光り始めた。さっきよりも強い光だ。これならいける。私は地球全体を包み込むように清潔魔法で滅茶苦茶にされた街を元に戻した。

「よせ!体力を消耗しすぎだ!」

サーシャの忠告を流して、私は続けた。私はどうなっても構わない。ただ、今まで通りの街の姿に戻して、今まで通り、人々が暮らせるようにしたかった。その上で、魔力に関して、寛容になって欲しいと願いながら、私は魔力を使った。霞ヶ関も、元の姿に戻った。全てが元に戻って、父さんと兄さんに向かい合った。

「街は戻したけど、私、経済とか、そっち方面分からないからさ、後は任せたよ。」

突然の申し出に二人は驚いていたが、すぐに返事が返ってきた。

「任せなさい。恵一と一緒に何とでもしてやる。」

「忙しくなるけど、また一緒にご飯食べよう。今度は父さんも一緒に。そのときは、ちゃんと、進捗を報告するよ。」

二人の言葉を聞いて、安心した。安心したと同時に、気が抜けてしまい、そのまま眠るように倒れ込んでしまった。


あれから、五か月。最初は私と恵一への批判もあったが、今は落ち着いている。家庭の事情とはいえ、娘を放っておいたのには変わりない。最初は辞任も考えたが、恵一に止められた。恵が、将来の木野崎家の人間が暮らしやすい世の中に変えるためには、私の力が必要だと言って辞職願を私から取り上げ、破り捨てたのだ。その、恵一は、閣議決定に背いたことを野党から激しく責められながら辞任した。しかし、世間の意見は恵一に味方する意見が多かった。あのまま自衛隊員を留まらせていたら、多数の死者が出ていたかもしれなかったこと、自衛隊員は避難させ、恵一自身は現場に残ったことが評価されたのだ。事実、恵一は防衛大臣を辞任してから、人権問題に力を入れるようになり、恵の為だけではなく、多くの人の為に行動している。親としては嬉しい成長だ。

今日は、仕事がいつもより少なかったので、恵が通っていた高校に足を運んだ。恵の担任の先生から来られるときに来てほしい、そう言われていたからだ。いつも、私の周りを固めているボディガードを車に残し、私一人で職員室に向かった。担任の先生に出迎えられ、別室に案内され、五分程待っていたら、担任の先生と共に校長先生もやってきた。

「お待たせしました。お越しいただいたのは他でもありません。これをお渡ししたくて。」

そう言って、目の前に広げられたのは恵の卒業証書だった。

「そ、卒業証書ですか?しかし、恵はぎりぎり出席日数が足りないのでは…?」

私の疑問に答えたのは校長先生だった。

「学校での生活態度、成績、いじめに屈せず誰も助けてくれなくても耐えた心の強さ、今までいじめの中心だった前田花香がいじめられ始めたらそれを庇った心の優しさ、そして何より、先日の戦いで自らを犠牲にしてまで世界を救ったことに対して、首席卒業相当と判断いたしました。都の教育委員会にも承認されています。」

それから、おもむろにある映像を見せられた。今月初めの卒業式の様子だ。首席卒業者の席は空いている。卒業生代表のあいさつは、シャロットのお嬢さんだった。

『私たちは、今日を持って卒業いたします。たくさんの思い出が出来た、この学び舎を去ることとなりますが、ここで出来た思い出、学んだことは決して忘れません。』

典型的な卒業生代表のあいさつだ。しかし、その後、耳を疑う言葉が飛び出した。

『今日、こうしてこの日を迎えることが出来たのも、先の争いで体を張って世界を守ってくれた木野崎恵さんのお蔭です。愚かなことに、そんな彼女に私をはじめ、多くの生徒が嫌がらせをしてしまいました。しかし、彼女の心の深さを、優しさを、強さを知り、私たちは心の底から反省し続けなければなりません。あれから、一度も目を覚ますことなく、今日も卒業式には参加出来ていない、木野崎恵さんの為にも、彼女が目を覚ました時には、彼女をはじめ、多くの人が共存していくことの出来る社会を築いていくことが、私たちの世代に課せられた使命だと感じています。一人ひとりが自分の夢に向かって全力で駆け抜け、そんな中でも他人の事を思いやることの出来る人として、これからの人生を歩んでいきたいと思います。』

そうして、歌い出したのは、卒業式の定番曲ではなく、由紀子が恵に子守唄として歌っていた、タンポポの唄という歌だった。きっと、お嬢さんと仲良くなってから、そういう話をしたのだろう。そうして、卒業式は終わった。

「学校として、恵さんのいじめ問題に関わらなかったことは深く反省しております。これが、生徒と教員が出来る、恵さんへの最大限のお詫びだと考え、このような卒業式にいたしました。吾郷総理、いえ、恵さんのお父さん、大変申し訳ございませんでした。」

二人は立ち上がり、深々と頭を下げた。あの一件以来、こんなにも恵のことを思ってくれたことが嬉しかった。

「いえ、むしろ、感謝しています。木野崎の噂を知りながら恵の入学を認めていただいて、こうして素敵な卒業式にしていただいて、恵が目を覚ましたら、お礼に来させます。」

 私は学校をあとにした。そのまま、木野崎の雑木林に向かわせ、一人で実家に向かった。サーシャに睨まれたが、どうにか入れてもらえた。

「ったく、あれから五か月だぞ。その間、一度も家に来ないなんて、総理大臣はそんなに忙しいのかよ。」

「す、すまない。国会対応とかが立て込んでね…。」

「で、何しに来たんだ?十四年振りにここに戻ってきたのなら、それなりの理由があるんだろ?」

「ああ、これを。恵の卒業証書を届けに来た。」

広げてサーシャに見せた。サーシャはじっくり見た後、証書を丸めて筒に入れ直した。

「随分、親馬鹿になったじゃねえか。恵に星がなければ今もこうして親馬鹿してたんだろうな。ありがとう。これは恵のベッドの上に置いておく。」

「それで、恵はどうなんだ?」

「相変わらず、寝たまんまだ。だが、生きている。いつか目覚めるさ。」

 そうして、私は実家をあとにした。五か月前のあの日、恵は世界を救い、元に戻した。しかし、それで魔力を使いすぎ、今も目覚めないままだ。多くの人から嫌がらせを受け、私も恵に対して酷いことをしていたのに、恵は自分を犠牲にして世界を守った。変わってやりたかった。私に星があれば、恵ではなく私が今も目覚めず一日を過ごしていたはずだ。私は歳が歳だし、戦いが青春時代に被ることもなかった。それなのに、私は星どころか、魔力も持たずにこの世に生まれてきてしまった。自分の無力さが悔しかった。その代わりに、私は総理大臣として、色々な人が共存できる日本を築かなくてはならない。決意を新たに、私は車に戻った。


 卒業生代表として言葉を述べる機会を貰えたのは嬉しかった。実際にやってみて、自分が恵に対してやってきたこと、それ以外でも自分の無能さを認めたくなくてしてきた行いを振り返り、反省することも出来た。私が過去に犯してしまった罪は変えられない。だから、その分、来月からの大学生活で色んなことを学び、行動を起こして償っていきたい。

 あの日から、シャロットの売り上げが落ちた時期もあったが、今は元に戻りつつある。私がしてきた事、パパとママの教育に批判が殺到したのだ。学校帰りに石を投げられたこともあったが、戦いが終わるまで恵の傍にいたことを評価してくれる人もいた。テレビの取材にも巻き込まれたこともあった。パパとママは一貫して黙秘し続けたが、私は応じ続けた。私が恵にしたことは本当の事だからだ。何度もマイクを向けられ、何度も頭を下げた。辛いと思うこともあったが、恵に比べたら楽なものだ。毎日の事ではないし、答え終わったら去ることも出来る。去る前に、必ず言うと決めたことがあった、ということもあり、応じ続けていたのもあったのだが。

 あれから毎日、木野崎の雑木林に足を運んでいる。サーシャに食べ物を届けるためだ。今日も、自分で作ったミートローフを持って木野崎家を訪ねた。

「おう。花香か。毎日すまんな。」

「これくらいはさせてよね。今日はサーシャの好きなお肉だよ。」

そんな会話をしながら、階段を上がり、恵の部屋に行くのがいつものお決まりだ。恵はあの日から、いつもと変わらず眠ったままだ。そんな恵に、その日あった何気ないことを話すのもお決まりとなっていた。

「恵、今日ね、ここに来る途中で青い小さな花が咲いてたんだよ。春になるといっぱい咲く、あの名前の分からない小さな花。もうすぐ春だよ。来月からは私も大学生だし、色々頑張らないとね。」

前の恵なら、笑顔で答えてくれた。でも、あれから返事が返って来ない。いつも、耐えていたのだが、この日は耐えきれずに涙がこぼれてしまった。

「ねえ、いつになったら起きてくれるの?このまま歳を取るなんて嫌だよ。」

恵の枕元でミートローフを食べていたサーシャが口を出した。

「しょうがねえよ。あんだけ魔力を使ったんだ。それも、かなり体力を消耗しきったときにな。でも、恵は自分の事なんて考えてなかった。本当に世間が認めてくれると信じてたんだろう。」

「でも、あれから変な学者が押し掛けてくるようになったんでしょ?それじゃ、何も変わってないよ…。」

 あれ以来、魔術師の存在と恵の能力が公のものとなった。テレビ的にはおいしい話で、色んなオカルト特番が組まれた。くだらなくて見る気もしなかったが、それ以上に許せなかったのは、木野崎家に理系の学者が押し掛けるようになったことだ。恵を研究対象として人体提供を求めてきたのだ。私はその場に二回、居合わせたことがあったが、すかさずサーシャがキレかかって怒鳴り散らし、追っ払っていた。サーシャも実験動物として連れて行かれそうになったことがあるらしいが、噛みついて尻尾でぶっ叩いたそうだ。

「それなら、だいぶ落ち着いたから問題ない。まあ、散々怒鳴り散らして噛みついてるからな。まずは私と恵を生き物だと認めさせるところからやらんといかんかもな。」

冗談ぽくサーシャは言っているが、内心は淋しいのだと思う。悲しそうにミートローフを食べるサーシャが可哀想だった。何か話題、と思ったが、楽しい話題がなかなか見つからない。

「私に気を遣わなくてもいい。これが現実なんだから、仕方ないさ。それより、花香。あの日から私に聞きたくてずっと聞けてないことがあるんじゃないか?」

逆に気を遣われてしまった。確かに、あの日から気になっていることが一つある。

「あのさ、あの日、恵がサーシャの事、先輩って言ってたじゃん。あれ、わざと言ったように見えたんだけど、どういうこと?」

「なかなか細かいところに気付いたな。それは、文字通り、私が先輩だからだ。ただし、ただの魔術師としてでなく、星を持った魔術師としてな。」

「…って、サーシャが一人目の星を持った魔術師なの?」

「いかにも!私の場合は、額に星があったんだ。今は猫だから、毛で見えないけどな。」

そういう問題ではない。

「ってことは、サーシャは元は人間で、魔術師だったってことだよね?なんで猫になっちゃったの?」

「話すと長くなるけど、いいか?」

私は静かに頷いた。サーシャの過去は、初めて聞く。


 今から約五〇〇年前。私は生を受けた。元々、木野崎の家系は、主の指示で諜報活動を行うことにより生活をしていた。そのため、皆それぞれ何かに特化した能力を持っていた。だが、私の場合は特化しすぎていた。生まれた頃から額に星の傷跡があり、生まれてすぐは光っていたらしい。私の両親は、風を操ったり、大地を操ったり、魔力と呼ばれるものに近いものを持っていた。だが、私はそれ以外の、浄化作用のある魔力以外は簡単に操ることが出来た。主はそれを恐れた。まるで人間扱いをしてくれない主から、両親は守ってくれた。その後、弟が生まれた。風を操ることの出来る弟だった。私は、弟の誕生を機に、世間の目を逃れるように暮らし始めた。

 時代が時代だったので、女として生まれた私は木野崎を継ぐことはなかった。弟は結婚し、子どもも生まれた。しかし、どういうわけか、その子どもは、弟を上回る魔力を持って生まれた。とは言っても、風魔法の他に、炎魔法が使えるというだけだったのだが、それが主をさらに刺激してしまった。木野崎は追放され、行き場を無くし、現在のこの雑木林へと身を隠すことになった。

 私はそのことに絶望した。同じ人間なのに、どうしてこんなに迫害を受けなければならないのか。弟の怒りは私に向いていた。私が変な能力を持って生まれなければ、弟の子どもは受け入れられたはずだと、そう言った。私の絶望はさらに深まった。私は、一旦、木野崎を出て、世界を旅することにした。その決心をした途端、身体が変化し、羽の生えた黒猫と化した。理由は分からないが、それが私を救ってくれた。これで、人として生活しなくてもいい。小さな隙間に隠れることも出来る。空だって飛べる。わずかだが、希望が生まれた。

 そのまま、逃げるように旅に出た。同じような文化を持つところ、似てるけど少し違う文化を持つところ、全く別の文化を持つところ。見るもの全てが刺激的だった。大体、一年かけて世界中を旅したが、一番惹かれたのは現在のヨーロッパと呼ばれるところだった。日本にはない、派手だけれども優美で可憐な文化に私は心を惹かれた。猫になったこともあり、名前を変えたいと思っていたので、ヨーロッパ風の名前のサーシャと名乗ることにしたのもこの時だ。

 帰っても家には入れてもらえないと考えていたので、日本に戻ってからは、木野崎の雑木林の中で木野崎の人間にも見つからないようにひっそりと暮らすつもりだった。いざ、その雑木林の中に帰ると、泣き声が聞こえてきた。泣き声の方へ行ってみると、弟の子どもが一人で泣いていた。たまらず、私は声を掛けた。

「おい、一人でこんなところで泣いて、どうしたんだ?」

突然、黒猫が話しかけてきて驚いたのか、弟の子どもは目を丸くしていた。しかし、すぐに返事を返してくれた。

「友だちにいじめられて、父さんも母さんも、相手にしてくれないんだ。僕、変な力を持ってるから、不気味に思われてるんだ。父さんも、同じような力持ってるのに…。」

心がちくちくした。私は猫になることで偏見の目から逃れたが、この子には逃げ道がないのだ。この子の為に、私が出来ることは何なのか、数分間考えた。そして、提案した。

「なあ、その力、極めてみないか?上手く使いこなして、父さんや母さんを助けるくらいになるんだよ。世間からは変な目で見られるかもしれないけど、上手く使いこなせば役に立てるはずだ。」

役に立てても世間や、両親に受け入れられる保証はない。しかし、目を輝かせてその子は返事をした。

「…そうだよね。僕、やってみる!僕は健太。よろしくね。」

健太は右手を私に差し出した。私も右の前足をその手に乗せた。

「私はサーシャだ。よろしくな。」

こうして、私は再び木野崎家に身を置くことになったのだ。

 健太は本当によく頑張った。どんなに不気味に思われても、人の役に立つことをして経験を積んでいった。高い木の枝に引っ掛かったものを取ってあげたり、なかなか火がつかない竈に火を付けたり、どんなに小さなことでも進んでやるようになった。その姿は、弟とその嫁の心を動かし、健太をちゃんと可愛がるようになった。健太が紹介してくれたお蔭で、私も家の中に入るようになり、健太と一緒に弟の指導もするようになった。世間からはなかなか受け入れられなかったが、一部の理解ある人が木野崎を守ってくれた。健太も無事に結婚できた。しかし、健太の子も、魔力を持って生まれてきた。弟夫婦は死んでしまい、健太とその嫁が生まれてきた子どもを可愛がり、守っていった。私はその子にも指導した。いつか、必ず受け入れられる日が来ると信じ続けた。健太夫婦も死に、木野崎家の魔力指導を続けて二五〇年、信じ続けた私の前に、ダークホースが現れた。与四郎の誕生だった。与四郎は、今までの木野崎の扱いに泣かされてきた歴代木野崎の嘆きと恨みを結集させたような子だった。星も持っており、その魔力は強大だった。私の言うことを綺麗事と払い除け、闇に染まった与四郎は闇魔法の使い手となった。

 それから、木野崎は親戚の中で魔力を持って産まれた者同士で結婚するようになった。健太と私の希望は一気に打ち砕かれたようだった。それでも、健太との夢を果たしたい、そう思って木野崎の魔術師達を指導し続けた。しかし、時と共に木野崎に変な噂がつき始め、人間は木野崎の雑木林に近づくことさえもしなくなった。その中で、与四郎が書き残したと思われる襲撃の預言書を見つけ、私の危機感はさらに大きくなった。現実から逃げた私が与四郎の対抗勢力を育てるのは精神的にきつかった。だが、与四郎ならやりかねない。私の指導はどんどん熱を増し、遂に、恵という、健太によく似た優しい子と出会うこととなった。


 「あとは、花香も知ってるだろ?恵は最高だよ。どんなに嫌な目に遭っても、どんなにしんどい思いをしても、希望を捨てなかった。現実と向かい合い続けた。」

 サーシャは恵を見ながらそう言った。確かに、恵はすごい。あんなに嫌な目に遭ってきたのに、いじめっ子を含めてみんなを守った。戦いで荒れた地球を元の姿に戻した。

「恵は確かにすごいよ。本当に、色んなところが強い。でもさ、サーシャも、魔獣になったけど、木野崎に留まって魔術師を支え続けたんでしょ?だったら、サーシャもすごいよ。私だったら、そんなに長い間、頑張れない。だから、あんまり自分を責めないで。」

サーシャは恵の方を向きながら答えた。

「花香、お前も変わったな。正直、最初は大事な恵を傷付ける最低な奴だと思ってた。でも、今は守ってくれてる。感謝してる。本当に。」

「あの頃は本当にごめんね。私なりに考えたんだけど、たぶん、私、恵に嫉妬してたんだと思う。」

私は聞かれてもいない幼い頃の話を始めた。


 小学校に入学する前、私はいつも一人で遊んでいた。あの子の親は大企業の娘だから、何かしたら文句を言われるから、そんなことを大人たちが勝手に自分の子に言って聞かせていたため、同世代の子は全く私を相手にしてくれなかった。家に帰っても、仕事人間の両親はおらず、世話役がいるだけだった。正直、つまらなかった。幼いながらに、何で生まれてきちゃったんだろう、そう思っていた。

 ある日、英会話教室からの帰りにいつもの公園に寄っていった。私が公園に足を踏み入れた瞬間に、遊んでいた子どもたちは帰っていった。時間も夕方の四時過ぎだったので、気にしないようにしていたが、木陰で座った瞬間に涙が出た。

 そんなとき、公園の外から子どもの騒ぐ声が聞こえてきた。

「やーい!木野崎の化け物!お前なんか人間じゃねえ!」

「人間だもん!化け物じゃない!」

 木陰に隠れて様子を見た。女の子が一人、多くの子ども達から石を投げつけられていた。女の子の身体からは血が出ていた。なんて酷いことなんだろう。でも、私にはその場に出ていく勇気がなかった。木野崎と言われていた女の子。木野崎の噂なら私も知っていた。今、ここで私が出ていったら、いよいよみんな、私を相手にしてくれなくなる。それが怖くてたまらなかった。アザと傷でいっぱいになった女の子を見て、子ども達もすっきりしたのか、笑いながら走り去っていった。

 しばらく、女の子はその場に立ち尽くしていた。肩を震わせていた。泣いているのか、怒っているのか、分からなかった。でも、私があの子の立場だったら立ち直れない。化け物扱いされた上に石を投げつけられるという、身体も心も傷付けられることをさらたらたまらない。あの子は本当に一人なんだ、私と一緒なんだ、そう思ったとき、おばあさんがやってきた。

「恵、どうしたんだい?そんなに傷だらけになって。」

話掛けられた女の子は目を擦って、おばあさんに笑顔で答えた。

「また、いじめられちゃった。でも、いつか分かってくれるよね。母さんのことがあったけど、私が木野崎を変えるんだ。そうしたら、みんな仲良くできるよ。」

凄く強い子だと思った。驚くほどに希望を持っている。そんな女の子に、おばあさんが声を掛けた。

「恵、無理しなくていいんだよ。今は私に甘えていいんだよ。」

その言葉を聞いた女の子から笑顔が消えた。代わりに大粒の涙が流れた。

「ばぁば、私、人間だよね?色んな夢、持っていいんだよね?」

立ち尽くして泣いている女の子をおばあさんがギュッと抱きしめた。女の子もおばあさんに抱きついた。

「ばぁば~!」

「恵、お前は人間だよ。だから、夢も持っていいんだよ。」

「だったら、私、友だちが欲しい。だから、いじめられても、諦めない!」

 笑顔でそう言い切った女の子を笑顔で見つめ、おばあさんは女の子と手を繋いで歩いていった。木野崎恵。人間扱いされず、周りから散々な目に遭わされている。でも、何でだろう。何だか少し、私と似ている気がした。私は人間扱いされている。その割にはみんなに避けられている。家が有名な大企業だからというだけで、みんなの親が私から子どもを遠ざけている。自分の子どもが、私に何かして面倒なことになるのを予防するために。さっきの恵ちゃんって子なら、私がどこの誰であろうと構わず私を受け入れてくれる気がした。

 小学校、中学校と、私は親の方針で有名な学校に通わされた。受験勉強を頑張って、親の期待に応えられるように頑張った。ぞうすれば、私を相手にしてくれる。そう思って頑張った。でも、親は相手にしてくれなかった。仕事人間の親は、会社を大きくし、世界でも有名な企業に育て上げた。学校でもそのことが話題となり、色んな人に話しかけられた。私の話ではなく、会社の話を私から聞くために。同級生はみんな頭が良く、親がある程度のお金持ちだった。将来は有名企業で活躍したい、そういう思惑から、私を通してシャロットにアピールしているようだった。私は普通にどうでもいいくだらない話をすることなく、学校生活を過ごした。

 中学三年のとき、悪魔のような言葉は突然私の耳に届いた。パパとママが久しぶりに家に帰ってきたとき、私は早く会いたくて放課後すぐに家まで走って帰った。玄関を開け、急いでリビングに向かった。いつも世話役しかいないので、ただいまの一言も言わなかった。リビングを開けようと、ドアノブに手を伸ばしたとき、中から声が聞こえてきた。

「会社を育てるのは簡単じゃないが、やりがいはある。それがたまらないんだ。」

「でも、子育ては難しいし、大変なだけじゃない。世話役に全部押し付けて正解だったわね。」

「ああ。子どもは放っておいても勝手に大人になるしな。」

 いくら頑張っても、振り向いてくれないはずだ。私は二人にとっては邪魔者以外の何物でもなかったことに今更気づいた自分が悔しかった。私は親に顔を合わせることなく、自分の部屋に籠った。

 それまで必死にしていた受験勉強もその日を境に止めた。親の期待に応えて振り向かせたい、そう思ってやっていたが、私が何をしようとあの二人は相手にしてくれない。だったら、したくもない受験勉強なんてやる必要などない。当然だが、親が言っていた高校の入学試験は落ち、都立高校に通うことになった。

 その都立高校でも、私は若干浮いていた。大企業の社長令嬢が何で、そう陰で言われる日々が続いた。

 入学して一か月程経ったとき、私が幼い頃に見た光景と同じことが放課後の校庭で起こっていた。女の子が、大勢の人から石を投げつけられていた。

「気持ち悪いんだよ!この魔女野郎!」

「お前みたいなのが人間を滅ぼすんだ!さっさと消えろ!」

「もう!ずっと言ってるでしょ!私は人間だって!」

「黙れ!クソ野郎!」

二十分くらいのやり取りが続き、いじめていた側は飽きたのか、傷だらけになった女の子を残して帰っていった。間違いない。あの時の女の子だ。私は急いで校庭に出た。

私が校庭に出たときには、女の子は制服に付いた土埃を手で払っていた。その様子を少し離れた場所から見ていたら、私の存在に気付いたようだった。

「何?あなたも石投げに来たの?」

突然、話しかけられて驚いたが、すぐに否定した。

「違うよ。ただ、教室から見てたから気になって…。」

「そう。だったら、私には関わらないほうがいいよ。あなたもいじめられちゃうから。」

「あ、あの。もしかして、木野崎恵さん…ですか?」

「なんだ。私の事知ってたんだ。そうだよ。私は木野崎恵。クラスは一組。色々噂されてる木野崎の人間だよ。そのお蔭で入学してからすぐにこんなんになっちゃってさ。あなたは?」

「前田花香。三組だよ。」

「ああ、噂の社長令嬢さん。でも、いいところばっかり行ったり見たりするよりも、こういう人間らしい汚い部分を見るのも有りなんじゃない?って、こんなに話してたらあなたにも迷惑かけちゃうや。じゃあ、私は帰るから。」

 そう言って、恵は走り去った。あんなに酷い目に遭ったのに、私がいじめられる心配をしてくれた。本当に不思議な子だった。

 次の日、同じクラスの女の子に話しかけられた。

「前田さん。昨日、一組の木野崎さんと一緒にいたでしょ?何してたの?」

恵が言ってたことはこの事か、そう思った瞬間、自分でも驚くような言葉が口から出た。

「う、うん。ちょっとからかってたの。あの子、色々噂あるからさ。」

私がそう言った瞬間、クラスメイトの目が私に集中した。

「前田さん、やるじゃん!じゃあさ、石投げる以外に何かないかな?そろそろ石投げ飽きちゃったからさ。」

クラスメイトが私の言葉を待っている。異様な雰囲気に私は完全に飲み込まれた。

「じゃあ、チョークの粉でもかければ?」

「それいい!採用!」

こうして、私も恵をいじめる側の一員となった。

 それから、私が提案したやり方を次々と周りの人たちが恵に仕掛けていった。何をしても恵は決して泣かなかった。それが何だか悔しくなっていった。恵は成績も常に学年トップで見た目も可愛い。恵と仲良くなりたい、その想いなどすっかり忘れて、私は恵に対して嫉妬するようになった。


 「で、気づいたらいじめっ子のトップになってた、そういうことか。」

「うん。本当に情けないけど、そういうこと。馬鹿だよね。いじめの為に仲間になった人なんて本当の友だちなわけないのに。仲間が出来て安心しちゃったんだよ。」

本当に馬鹿だ。友だちになりたい、そう思っていたのに、いつの間にか嫉妬心しか持たなくなっていた自分が情けない。恵は、私の事を心配してくれたのに。

「でも、改心して今もこうして恵の傍にいてくれてるじゃないか。喜んでるぞ、恵は。」

サーシャも、恵も、恵造さんに恵一さんも、私がこうして落ち込むといつも慰めてくれる。あんなに酷いことを恵にしてきたのに、いつも優しくしてくれる。

「いつもありがとう。そうやって慰めてくれて。」

今まで言っていなかった感謝の言葉が自然と出た。サーシャは笑っていた。

「構わん。花香みたいに改心して木野崎の人間と仲良くしてくれたのは花香が初めてだからな。だから、恵も、みんな花香の事なんて恨んじゃいないさ。」

本当に、そこら辺の人よりも人の心を持っている。やっぱり、木野崎は魔術師である前に人間なんだ。しかも、凄くいい人だ。


 今日も恵は寝たままだ。もう、桜は散って、新緑の季節だというのに、一向に目覚める気配がない。魔力を使いすぎた魔術師は体力が回復するまで眠り続けるというが、あんなに激しく戦った上に世界中を元の状態にしたのだから無理もない。恵のこの行動のお蔭で、木野崎の悪い噂はされなくなったが、今でも胡散臭い科学者やテレビ局の人間が来るのは悲しく思う。恵が体を張って守った奴らは、一部、守られたと思っていないのが現状だ。花香は毎日来てくれるが、この春から大学生になって忙しくなるだろうし、恵造も恵一も忙しくてなかなか木野崎には来ない。恵を常に守ることが出来るのは私しかいない。気持ちを新たに、今日も恵の面倒を見る。

 恵の意識があった頃が遠い昔のように思える。もしも、あの戦いの後、意識を失うことなく普段通りに過ごせていたら、きっと花香と同じ大学を受験して、朝は弁当を作って、いつも通り笑顔で大学に行っていたんだろう。帰ってきたら、大学であったことを私にたくさん話して、一緒に外を散歩していたかもしれない。もしかしたら、土日のサークル活動があれば、一緒に連れて行ってくれたかもしれない。こんな想像をしながら、毎日恵の寝顔を見ている。この子は、恵は私の家族であり、大親友なんだ。まだまだ未来を切り開ける年頃なんだ。それなのに、私は見守ることしか出来ない。悔しい。悔しすぎて涙を流す日もある。子どもの頃の恵みたいに。そういえば、恵があまり泣かなくなったのはいつからだろうか。思い返せば、私は恵が泣いているところをあまり見たことがない。母親が死んだとき、ばあさんが死んだとき、それと、小学校に上がる前に酷いいじめを受けたとき。五回も泣いていないんじゃないか?そう思うと、恵は心が強すぎる。いや、本心を隠すのが上手すぎるというべきか。どっちにしろ、今までの環境が厳しすぎた。目が覚めたら、感情を思いっきり表現してほしい。

 夕方、いつものように花香が来てくれた。いつも、自分の事を優先しろ、そう言うのだが、恵は友だちだから、そう言っていつも笑顔で帰っていく。今日も、いつもと変わらず眠ったままの恵を見て、悲しそうな顔を見せたが、帰るときはいつも笑顔だ。眠ったままでも、一日一回、友の顔を見ることが出来て嬉しいのだろう。いい友人を持ったな、そう恵の耳元で囁いてから恵の横で寝るのが私の日課となっていた。

 気分転換に、地下の練習場に行ってみた。あの日から私以外にここに入った者はいない。魔獣と化した私は人間の姿に戻ることは出来ず、掃除も出来ないため、ここは埃だらけだ。恵の身の回りを掃除するのがやっとなのだ。これが、現実から逃げた私への罰なのだ、そう思うようにしているが、そう思うたびに悔しくなる。あの日から、ここで光魔法の練習を何度もしてきたが、全くできない。恵の強さ、素質を思い知らされる。そんな大事な家族を、大親友を守れなかったこと、こういう運命に巻き込んでしまったことが悔しくてたまらない。今日もまた、この部屋で泣いてしまった。ここでしか泣けない。恵の横で泣いてなんかいたら、寝ている恵に怒られてしまう。

 そんな時、玄関チャイムが鳴った。花香ではない。恵一でも恵造でもない。感じるのは、木野崎を利用しようとする気配のみ。また、テレビ局か大学教授が来たようだ。私は玄関まで行き、玄関を開けずに応対した。

「どこの誰で、何の用だ?」

玄関まで来たので、そんな事聞かなくても透視出来ていた。カメラ、音響設備、照明、動物用のゲージ。間違いなく、私が目的で来たテレビ局の連中だった。

「テレビ大和の者です。サーシャさん、ですか?」

「ああ、そうだが。」

恵は寝ているんだ。私以外に誰が出るっていうんだ。イライラしながら答えた。

「実はですね、今回、木野崎の皆さんのこれまでを特番で取り上げようと思いまして、出来れば、今も寝ている恵さんの横でサーシャさんのお話を伺えないかと…」

「だったら、責任者に言っときな。お断りだってな!」

「そうはいきません。おい、やれ。」

力漲る何かが近づいてくる。まずい。咄嗟に玄関扉から離れた。その瞬間、玄関扉が蹴飛ばされた。体格のいい男が笑いながら立っていた。

「こいつは、うちのスタッフの中でも一番の力自慢でしてね。さあ、恵さんのところに案内してくださいよ。」

こんな奴らを恵のところに案内するわけにはいかない。力自慢の男は構えている私に蹴りを入れてきた。魔力で対抗したいが、カメラが回っているため、そんな事でもしたらこいつらの思うつぼだ。きっと、この力自慢が私を攻撃するところはカットして、私が人間に危害を加えたように編集するだろう。ここは、嫌でも我慢して蹴られ続けて時間を稼ぐしかない。

「あれ、魔力は使わないんですか?それとも使えない?力が落ちちゃったのかなあ?」

そんな挑発には乗らない。今は、ここでこいつらを足止めするんだ。恵に危害が及ばないように、ひたすら耐えるんだ。

「さっさと案内しろよ!この化け猫が!おい、思いっきりやってやれ!」

力自慢以外に、動ける奴らが私を囲んだ。バット、鉄パイプ、刃物。こいつらは間違いなく本気で私と恵を狙っている。カメラは私が魔力を使うのを今か今かと待ち構えている。もう、どうしようもない。これが、自分の運命を投げ捨てた私への罰なのだろう。覚悟を決めて目を閉じた。

「かかれ!」

その一言で、全員が私に向かってきた。恵を守りきれなかった。涙が止まらない。

「うわー!」

襲撃してきた男たちが悲鳴を上げた。私に触れる前に。何事か、そう思って目を開けた。信じられない光景が見えた。

「サーシャは私の大切な家族です。こんな乱暴にするのなら、木野崎与四郎と同様の輩として認識し、直ちに抹殺します。」

 恵が、立っている。恵が、喋っている。光魔法を使ったのか、身体が光っている。

「恵、なのか…。」

「違う人に見える?ごめんね。ちょっと寝すぎちゃったみたい。」

「本当に、寝すぎだぞ。馬鹿野郎。」

涙が止まらない私をそっと抱き上げてくれた。間違いなく、恵だ。恵の温かさだ。

「お取込み中のところ、悪いが、魔力でうちの部下を吹っ飛ばしたところはカメラで撮らせてもらったよ。これで、目覚めたばかりの救世主もまた噂で潰されるのさ!」

人間の心を忘れたテレビ局の人間が高らかに笑った。それを見て、何故か恵も笑っていた。

「何で貴様が笑ってるんだ!」

「何の準備もなしに人間に魔力をぶつけるわけないですよ。あそこのカメラ、あなた達が玄関扉を蹴破る前から映像がネット配信されています。ほら、今も。テレビ大和は今日は徹夜ですね。」

恵が見せたスマホの映像には、今の私達の姿が映っている。閲覧回数も一千万回を突破していた。書き込みには、木野崎を批判するものはない。テレビ大和のやり方に批判的な意見ばかりだ。

「ごめんね、サーシャ。サーシャがこんなになるまで出てこなかったのは、この人達のやり方の酷さを知ってほしかったから…。なんか、サーシャを利用しちゃったみたいになっちゃった…。好きなだけ殴ってよね。」

「…馬鹿野郎。むしろ、礼を言いたいくらいだ。」

本当に、恵は凄い奴だ。

「くそ、覚えとけよ、この糞小娘が!」

 テレビ大和の一行は帰っていった。恵は私を抱いたまま、カメラの電源を切った。

「なあ、いつ、目が覚めたんだ?」

「ああ、玄関チャイムが鳴った時。何か、サーシャが危ないって誰かに呼びかけられたみたいに頭の中に響いてさ、それでカメラとパソコン用意したの。でも、家は魔術師だから、あの動画もネタに思われるかもね。それでも、サーシャが無事で良かったよ。」

 清潔魔法で壊された玄関を元に戻し、光魔法で私の傷を癒してくれた。私は恵の頭の上に場所を移し、淡々と片付ける恵の様子を見ていた。目覚めたばかりの動かしにくい身体を魔力で補っているようだ。それに、まだ完全に魔力は回復していない。

「おい、恵。このくらいの片付けなら私にも出来る。恵は休んでた方がいいんじゃないか?」

「心配してくれてるの?確かに、久し振りに動いて少しきついし、魔力もまだ八割程度くらいしか戻ってないけど、これ準備したのは私だし。それに、今休むべきなのはサーシャでしょ。あんなに傷付けられたんだもん。私が寝てる間もああやって守ってくれてたんでしょ?恩返しさせてよね。」

体調も、魔力も、まだ十分じゃない。それでも、恵は恵のままだった。強くて、優しくて、温かい。また、こうして恵と話しながら暮らせるのがとにかく嬉しかった。

 その日の夕方、花香が息を切らして家に来た。高校生だったあの頃のように、恵の頭の上に私が乗っかった状態で出迎えると、涙一杯に恵に抱きついた。

「恵~!恵だ~!もう、寝すぎだよ!」

「ごめんごめん。でも、もう大丈夫だから。晩御飯、家で食べていく?」

「うん!」

私の事は目に入っていないらしい。それも無理もない。ようやく、親友が目覚めたのだから。恵が料理をしている間に、リビングのテーブルで花香と雑談をして待った。

「ネット見てびっくりしたんだから。サーシャがやられてるし、そしたらいきなり恵が光魔法で追っ払うし。どこのテレビ局もこの事は報道してないけど、新聞社とか週刊誌系はテレビ局を総攻撃してるみたいだし、ネットでもテレビ局に避難轟々だよ。」

「そんな事になってるのか。しかし、よくあの動画を信じたな。木野崎だったらどうせ魔力使ってる、とか言われそうなのに。」

「みんな避難しながらテレビで見てたんだよ。恵が一生懸命自分たちを守ってくれたところを。それに、自分を犠牲にしてまで地球を元に戻したんだもん。」

そんなもんなのか。どうやら、私は人間不信になりすぎていたみたいだ。

「はいはい。そんな昔の話なんていいでしょ。ご飯出来たよ。食べよ。」

恵が作った晩御飯を食卓に並べた。私の好物のカツ丼だ。

「昔の話って、まだ半年前の話じゃない。」

「だって、魔力でサーシャ以外の人に褒められるのって慣れてないから…。」

「今は極端な人以外は木野崎を認めてるよ。そうじゃない人がいたら私が認めさせるんだから!」

「花香…。ありがとう。じゃあ、食べようか。」

三人で手を合わせて食べ始めた。何だか、とても懐かしくて、特別な時間に思えた。久しぶりの恵の味、久し振りの恵との食卓。あの戦いの前までは当然の事だったのに、今はすごく特別だ。花香もこうして木野崎に来るようになってから一段と賑やかになったが、それもまた懐かしさを感じた。

「サーシャ?どうしたの?何か変なもの入ってた?」

ボーっとしていたらしく、恵が心配そうに私を見ていた。私は慌てて否定した。

「いや、何でもない。恵の手料理、久し振りだなと思ってな。」

「そりゃあ、半年も食べてなかったら懐かしく思えるよね。私なんてママの味知らないから、恵の手料理が私の中の家庭の味かなあ。」

「本当に寝すぎてごめん!あと、花香なら私の手料理よりも、お抱えの料理人さんが作る良いものがあるんじゃないの?」

「確かに美味しいけど、家庭の味って感じじゃないもん。そうだ、今度、このカツ丼の作り方教えて。家の世話役がもうすぐ誕生日だから、作ってあげたいの。」

「おいおい、天下のシャロットのご令嬢がカツ丼で祝うなんてアリなのか?」

「いいじゃない!いつまでも子どもじゃありませんって思わせたいんだから!」

私と花香のやり取りを見て、恵は笑っていた。

「ちょっと、恵。何が可笑しいの?」

「だって、あの時と全然違うなあって思ってさ。初めて花香が家に来て、三人でご飯食べた時もカツ丼だったでしょ?あの時と同じ面子で同じ料理なのに、仲良くなれただけでこんなに賑やかになるんだもん。」

言われてみれば、確かにそうだ。同じ面子で同じ料理。なのに、あの時は花香と初対面だったせいで会話もぎこちなかった。今はこうしてお互いに笑いながら話せたり、からかったり出来る。

「おい、じゃあ、今日カツ丼にしたのは…」

「私もサーシャと同じだよ。何だか懐かしく思えてさ。花香も来てくれたし、それであの時と同じカツ丼にしようって思ったの。」

 思うことはみんな同じ。親しい仲だからというのが一番の大きな要因か。恵は強大な魔力を持って生まれたが、普通の人よりも優しくて温かいものを持って生まれた人間だ。世間から何と言われようが、私は恵を出来る限り守る。花香の方を向いたら、笑って頷いた。花香も、私と同意の様だ。木野崎以外の人間と分かり合えるなんて、時代の流れは案外侮れない。


 私が目覚めてから一週間。魔力は完全に回復し、身体の怠さも取れた。寝ている間に高校を卒業していたため、部屋に飾られている卒業証書を見ても、卒業したという実感がない。同級生は皆、大学に進学したり、就職したり、新たな一歩を踏み出し始めてから少しは慣れてきた頃の様だ。花香も大学のテニスサークルに入って毎日練習しているし、親の会社を継ぐために大学の講義も休まず受けている。兄さんは大臣を辞職していたが、国会議員として差別のない日本社会を築くための活動をしている。父さんも総理大臣の仕事で忙しいみたいだ。皆が次の目標を見つけて今日も生きている。私は、木野崎与四郎との戦いに勝つことが使命と思って生きてきたので、目標を無くし、正直、何をしたらいいのか分からない。ベッドに腰掛け、窓の外をボーっと見ているだけだ。

「恵。」

「うわあ!…って、サーシャか。驚かさないでよ。」

「化け物見たみたいな反応はよせ。まあ、魔獣の私が言うことではないがな。」

サーシャがいつの間にか私の隣に来ていた。そういえば、目覚めてからサーシャは私の看病をしてくれていたから、こうしてゆっくり話すのは久し振りだ。

「恵。お前の目標は何だ?」

「何って、木野崎与四郎は倒したから、もう目標達成だよ。」

「そうじゃない。人として、普通の一般人として、目標は何なんだ?」

私は床を見た。普通の一般人として、なんて考えたこともない。確かに、木野崎の事を出来るだけ多くの人に分かってもらいたいし、友だちももっと作りたい。でも、魔力を持っている事には変わりない。私は普通に通れるはずの道を普通に通れないのだから。

「まあ、いきなりこんな事聞いてもそういう反応になるよな。なあ、恵が高校から帰るときによく行ってた河原に連れてってくれないか?」

「え?」

「その、何というか、恵と原宿に行くの、実は楽しみなんだよ。恵が思ってる以上に。だから、だな、その前に外の世界を見てみたいというか、その、とにかく連れてってくれ。」

きっと、目覚めてから上の空の私を気遣ってくれたのだ。嬉しかった。それに、私もサーシャと外を散歩したい。

「ありがとう。じゃあ、自転車で行こう。サーシャはかごの中ね。」

「礼を言われる覚えはねえよ。」

私たちは自転車で河原に向かった。蝉が合唱し始めた夕方だった。

 河原に付いた私たちを待っていたのは、夕陽とそよ風だった。来る途中、私たちを避けるような事をした人がいなかった事が何よりも安心だった。私は自転車を道路脇に止め、サーシャを頭に乗せて土手の斜面に座った。

「どう?久し振りの外の世界は。って、戦いの時に花香と国会の前まで来てたか。」

「あれは必要条件が揃ったから出ただけだ。こんな風に何も目的なしに外に出たのは魔獣になってからは初めてだ。」

「で、どうなの?」

「恵が守った世界も悪くないかもな。溶け込めたら楽しいだろうな。」

私が守りたかったのは、この、普通の世界。普通に街を歩けて、普通に日常を送ることの出来る世界。今の私たちには出来ないが、いつか出来ると懲りずに信じている。だから、魔力を使い切ってでも守ったのだから。魔術師が生きていきやすい世界にする事だって出来たが、それでは私自身を否定することになる。私が信じた世界を守って、信じた世界を掴み取る。風が優しく吹いてきた。この風が、私が信じた世界を後押ししてくれている、そんな気がした。

「サーシャ、明日、原宿行こうか。」

「おいおい、いきなりだな。」

「生きてればどうにかなる気がしてきた。それに、外に出ないと、やりたいことも見つからないしね。」

「どうするんだ?もみくちゃにされたら。人がうじゃうじゃいるんだろ?」

「その時はその時。木野崎がまだ受け入れられてないんだなあ、って思うだけだよ。とにかく、外に出よう。そうしないと、私もサーシャも前に進めない。」

「随分と前向きだな。よし、付き合ってやるよ。」

 私たちの目標はこれから見つければいい。なるようになる。そう信じて、これからも生きていきたい。


 恵のような強い子になりたいと思い、この作品を書きました。全てが不利な状況下でも希望を捨てない、そんな恵に私もなりたいです。

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