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先週、香穂とカフェで話している時、彼女にごり押しされて、その場で千尋に電話させられた。携帯から漏れ聞こえる千尋の声に、いい声〜なんて言って香穂は悶えていた。
「文乃さん、お久しぶりですね。今日はご予約でしょうか。」
お泊まり事件以来の千尋は、何事もなかったかのように、以前と全く変わらなかった
寝起きの千尋は敬語ではなく、普通の話し方で、文乃は密かにそっちのちひろの方がいいと思っていた。
でもそれも元に戻ってしまっている。
変わったといえば、文乃と名前で呼ぶようになったくらいか。
この間の件で、近づいたと思った2人の距離はまた元と同じく離れてしまった。そう感じて少し落ち込んでしまう。
「はい。あの、今週金曜日の夜、お店に行ってもいいですか。」
「今週は…はい、大丈夫です。9時頃はいかがですか。」
時間も問題なかったので、ふたつ返事で了承した。
何か食べたいもののリクエストはあるかと聞かれたので、さっぱりとしたお酒にあうおつまみとデザートをお願いしておいた。
そして金曜日ーーー
今日は企画会議のため、文乃は都内にある本社へ来ていた。
先ほど、半日がかりの会議がやっと終わり、最上階にある社内のカフェテリアで今日の会議資料をもう一度見返している。
今日の会議は長引く可能性もあったため、営業所へは戻らず直帰の予定だ。
そろそろ帰ろうかなと思っていたところで、突然肩を叩かれた。
「お疲れさん、まだ仕事やっていくのか。」
そう言って、顔を覗き込んできたのは、同期の片瀬 梓馬だった。
片瀬は、うちの会社の花形部署である関東第1エリア(東京)の主任で、文乃達同期の中でも一際出世街道をひた走っている。文乃が目標としている海外出向へ一番近い男だ。
さらに、人見知りをせず、誰とでもすぐ打ち解け話題も豊富。185センチの長身でバスケが趣味の精悍なスポーツマンとくれば、本社勤務でないにも関わらず、社内で彼を知らない人はいないくらいの人気という噂も真実味がある。
「ううん、お腹もすいてきたからそろそろ帰ろうかなと思っていたとこ。片瀬は?」
「俺も帰るとこ。なぁ、今日これから予定ある?飯に付き合ってよ。」
今日の会議の内容でお前の意見もききたいし、な?
って言われても、今日の夜は千尋の店へ行くつもりだから、片瀬とごはんに行くのは難しい。でも片瀬の意見は、自分の気づかない点もあって勉強になるから話はしたい。
で、結局落としどころは、
「9時からご飯たべにいく予定あるから、それまで飲みでもいいならいいよ。」
になった。飯はムリかー、うまいとこ連れて来たかったんだけどな。と残念そうにしていた片瀬だったが、突然何か思いついたようでニヤニヤしだした。
「9時まで飯なしならいいんだな?よし、いくぞ!」
急げ急げと急かされ、引きずるように本社を後にした。オフィスから出るまでの女子達の視線が痛いのなんのって…勘弁してよ。
そんなこんなで腕を掴まれたまま向かった先は、思いもよらない所だった。