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アツゥイ

作者: Sue

傘も差さずに、歩いていた。

肌にまとわりつく様な雨を浴びながら。


通り過ぎる人が不審そうにこちらを伺う。

いいじゃないか、そんな気分もあるさ。と内心で反発する。


差し掛かった川沿いの遊歩道をゆったりと歩く。

人影もまばらで少ない。


体に張り付いたシャツが気持ち悪い。脱いで絞ってしまいたい気持ちを抑えて、顔を拭った。

雨は小降りになりつつある。少し遠くの方に青空を見つけた、じき晴れるだろう。


雲間から日の光が射している。頭上は未だ曇天だが、気温が上がり始めているのを肌で感じる。

「粘度の高い空気」というのは可笑しな表現だが、このねっとりした空気はそう表現するのが一番しっくりくる。


いつだったか、読んだ本で登場していた人物が言っていたセリフを思い出す。

『冬が好き。空気が冷たくて自分の輪郭がはっきりわかるから。』

細部はともかく、こんな内容だったはずだ。

…確かにこの空気は、自分の何かがぼやけて曖昧になってくる様な感覚だ。

雨に濡れた感触だけが、自分と外界を正しく切り離している。


自分とは何か?自己を自己たらしめるもの、その定義とは。などといった哲学じみた考えが頭に浮かぶ。

が、大した知識もない以上、思考は堂々巡りを繰り返して、最終的に「我思う故に我あり」と半ば思考放棄気味に偉人の名言で打ち切った。


雨は気が付いたら止んでいた。ともすれば今までの適当な思考も無駄ではない気がした。

青空も随分と近づいてきて、吹いてきた風が濡れた体に涼しい。と言うか若干冷たい。


雨音にかき消されていたのか、それとも今まで静かにしていたのか分からないが、蝉の鳴き声がにわかに聞こえてきた。

か細かったそれらはやがて大合唱となり、先ほどまでの静寂が嘘か気のせいの様に賑やかだ。


眼前に雲の切れ目が見える。それは暴力的とも言える速度でもって、私の居る影の世界を薙ぎ払う。

追いかける様に、もう一度風が吹いた。


蝉が歌う喧騒だけだった世界に、人の存在を感じた。

遊歩道は終点に差し掛かっていた。川向こうの街角が見える。


雨の代わりにと言わんばかりに降り注ぐ日光が私を射抜く。

手をかざし、空を見上げた。


ああ、夏が来る。

私の隣を共に歩く人が居ない事に、少しだけ寂しさを覚えた。

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