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導入部4―悪夢の続きを―

・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。

・更新は本編優先なので不定期です。

・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。

 

 張り詰めた空気は、いつ爆発して怒涛の戦渦へと発展してもおかしくない雰囲気だった。

 戦闘準備から戦闘待機へと状況を移行した各軍を、緊張と僅かな高揚が包み込んでいた。そんな中で、人間の代表(非公認)としてこの場にいるカイザルクの王――ゼノン=エレ=ウルダ=カイザルクが単身で主戦場の中心地へと暢気な足取りで歩いてきた。



 それを見たエルフ軍の中に若干の動揺がさざなみのように起こるが、エルフの女王シエナリウナ=ウーデリエル=クルサ=ウェ=シティルは手を上げて動揺を抑制し、小さな溜息をつきながらもほんの僅かながら楽しそうな表情で台座を降りて、同じく単身で主戦場の中心地へと歩き始めた。

 そこにあの王弟イシュヴェンがいれば、さぞ噛み付いたことだろう。



 同様に魔族軍の首領であるレグイエも嘆息しつつも、愉快そうな笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。忠言しようとするハクシビルをやんわりと制して、彼もまたゆったりとした足取りで主戦場の中心地へと歩いていった。



 こうしてこれから始まるであろう五百年前の戦争以来、最大規模の戦いを前にして三国の長にして三軍の長でもある三人が、戦場のど真ん中に単身で相見える異常な事態となった。

 三軍の前列にいるそれぞれの精鋭たちは、その様子を固唾を呑んで見つめていた。


 この状況を作り出した張本人であるゼノン王は、気安く『よっ』と声を掛けて敵軍の二人に軽い挨拶をした。その様子にシエナは目を細め、レグイエはやれやれと首を横に振った。


「久しぶりだなぁ、御両人。シエナは相変わらず美人で変わりないなぁ、とても六百歳超えてるとは思えないなぁ眼福眼福……」


 拝むような仕草をするゼノンに苦笑しつつ、シエナも久しぶりに見る仇敵に薄く微笑んだ。


「ゼノン王も立派になられて……お姫様方はお元気ですか?」


「おう。あんたに掛けられた『男子の子供を儲けられない』呪いのおかげで女ばっかり八人も出来ちまったからな。姦しいのなんのってないぜ……おかげで余は肩身の狭い思いをしてるんだぜ? 呪いを掛けるのはかまわねーけど、せめて掛けたことくらい教えてくれよな」


 そんなことを可笑しそうに言うゼノンに、シエナは苦笑で返すしかなかった。

 こんな男の直系男子など生まれてもらっては困ると、呪いをかけたのはいいのだが、この人間の王は自分に『男子の子供を儲けられない 』呪いが掛かっていることが分かると、『それならそれで俺の目に適う婿を探すさ、だはははは!』と笑い飛ばしたのだった。


「レグイエは相変わらず腹立つくらいの美形っぷりだな、老けないし。本当に男として人間共通の敵とはお前のことだよ」 


「美醜について褒めてくれるのは嬉しいけどね。最近はあまり代わり映えしないことにも飽きてきているんだよ……君もじきにこの気分が分かり始めてくるさ」


 両腕を組むレグイエが愉快そうに笑うと、ゼノンは不思議そうな表情で自分の体をペタペタと確かめるように触る。


「いやぁー……お前に不老不死の呪いを掛けたって言われてから気にはしてるんだけど。全然実感ねーんだよなぁ」


「まぁ、まだ掛けて三年目くらいだからね。周りで君と同じ歳の人間が老け始めたら実感が持てるんじゃないのかい? それと不老不死ではなくて、限りなく老けにくくなるだけだよ。不死は……まぁ、試してみなよ、どのくらいやれば死ぬか」


「試すかっ! 戦場で刺されて生きてたら儲けもんくらいで丁度いいわっ!」


 得体の知れない呪いを掛けられているのに、腹立つくらいあっけらかんとした態度。だが、そうでなくては魔族の中でも秘儀とされる呪いを掛けた甲斐がない――こんな男だからこそ、内外で『冷血の氷樹』と言われて恐れられるシエナリウナ女王を牽制でき、魔族撲滅を唱える強硬派である人間族のもう一つの大国を抑えられる力量があるのだ。

 レグイエとしては、ゼノンにはしばらくは長生きをしてもらわねば困るのだ。


「というか、お前ら余を呪い過ぎだろ。なんかズリィーぞ」


「私たちが貴方に受けてきた戦略的暴行に比べれば安いものだと思うのですけれど?」


「まったくだよ。よくそんなこと言えるね」


 二人の鋭い眼差しに、唇を引きつらせながらゼノンが苦笑いを浮べる。その様子に二人も笑い和やかな空気が流れた。

 そして頭をボリボリと掻いたゼノンが顔を上げると、そこにはシエナとレグイエが強敵と定める人間族カイザルク王国の国王ゼノン=エレ=ウルダ=カイザルクの表情があった。


「まぁ、お前らとは余がガキの頃からの付き合いだ。ほっとんど戦場で会うばっかりだったけどよ……嫌いじゃなかったぜ。余がこんな調子で喋っても、お前らは何にも言わなかったからな」


 その言葉に若干十四歳で戴冠し、そこから破竹の勢いで王国を盛り返した荒唐無稽な少年王が成長した姿に、二人は多少ながら感慨深いものがあった。


「けど、こうなっちまったからには仕方がないよなぁ。言っとくけど、手加減しないぜ?」


「望むところです」


「簡単に死なないでくれよ?」


 三人の王者は、それぞれに様々な感情を内在させた視線を交錯させた。


 そしてそれぞれの陣営に帰ろうと振り返り、ゼノンも振り返り不意に空を見上げたとき――その異変に気づいた。


「お、おい……ありゃーどっちかの仕業なのか?」


 やや間の抜けたゼノンの声に、二人が空を見上げて――絶句した。



 くすんだ空は汚い曇天で、灰色の雲が空を覆い尽くしていた。

 その空虚な空に突如としてヒビが入り、凄まじい耳鳴りをもたらす高音が鳴り響く。


 あまりの音にその場にいた全員が耳を塞いで、三半規管をやられたゼノンとシエナが倒れそうになるが、どうにか踏ん張って上体を起こす。

 地鳴りのような音に後ろを振り向くと、人間とエルフ両陣営から騎馬隊がこちらに向かって走ってきていた。それを見てゼノンとシエナは一瞬だけ視線を交錯させ、次に二人してレグイエを見る。レグイエは何かを探るような表情で空を見上げていた。

 その表情からこの現象が、この三人いずれによるものでもない事を確信する。

 二人はすぐに自分たちを護るために向かってくる騎馬隊に向かって制止の指示を送った。その指示に両軍の騎馬隊は当惑するが、王の厳しい表情と手による制止をもう一度受けて、両騎馬隊は二度目の勅命に従い途中で停止して待機した。


 今不用意に両軍の兵を接触させれば、そのまま大規模な戦闘に流れ込み兼ねない。こういった場合、人数が多ければ多いほど群集心理の移ろいには敏感であり、そして慎重に扱わなければいけない。すれ違いから生まれた恐慌によって戦闘を開始すれば、それは確実に泥仕合となり想像を絶する被害を生み出す。


 ゼノンもシエナも――そしてレグイエもそんな戦争は望んでいないのだ。


 二人が再び空を仰ぐと、そこには先ほどよりも更に奇怪な光景が広がっていた。



 何もない空の中ほどが、まるで天に地割れが起こったかのように裂けていた。


 まるで空というステンドグラスに石を投げて割ったかのように、砕けた空に開いた亀裂。


 それは空に出現した奈落のような裂け目で、その中は暗黒の領域だった。


 そこから突如、巨大な物体が出現した。


 丸く透明な巨大な卵のような物の中に、やはり何か巨大なモノが入っていた。


 三人が目を細めて、それが何であるかを探るように見て、驚きに目を見開く。


 

 それは部位の欠損が激しく、全身が赤黒く染まっているが、辛うじて元の原形を留めていた。

 黒く巨大な体は、長い首と尾を――そして翼を持っている。

 だが、その体は余すことなくズタボロになっていた。

 

 頭部はほぼ全壊しており、首と頭を隔てる箇所で砕け散っていた。腕も半ばで無くなっており、傷口は完全に炭化している。胸部は特に損傷が酷く、胸には大きな穴が空きその周囲の傷口は凄まじい高温に晒されたのか、融けて捲れ上がっていた。翼も皮膜は完全になくなっており、翼手のみが残っていた。


 だが、これだけ無残な死骸となり果ててもなお――三王が息を呑むほどに、その死骸から漂う凄まじい戦いの痕跡と、恐ろしく身震いするほどの存在感は健在だった。

 

 この世界の覇権を争う三人の前に現れた巨大な死骸。


 それは――巨大な龍の躯だった。


「何だってんだ……いったい」


 息を呑むゼノンの呟きに答えるかのように、突如として空に暗幕を掛けたかのように周囲が薄暗くなり、夕闇のような空に突然大きな文字が浮かび上がった。


『真実を受け入れる準備は出来ているか?』


 薄闇の空に青白い光で描かれた文字。

 それを見て、シエナとレグイエが目を見開き表情を硬くした。その二人の反応に只事ではないことが起こっていることを再度認識し、ゼノンももう一度空を見上げた。

 すると、先ほどの文字は消えて、新たな文字が描かれ始める。


『エルフ、魔族の諸君。久しぶりだ。そして人間の諸君とは、恐らく全員と初対面となるだろう』


 その文字にゼノンはすぐさま、この文字を浮かび上がらせている相手に見当がついた。だが、そのあまりに最悪の答えに、すぐには納得することが出来ず二人の顔を見た。すると、いつも余裕を持ち種族を率いる代表格としての品格を持つ二人が、凍りついたように目を見開いて空を見上げていた。

 それを見てゼノンは逆に落ち着くことが出来、その最悪の事態を呑み込み始める。


『五百年前の続き――いや、やり直しをしよう』


 その文字が空に描かれた時、空の一部がまた裂けて――そこからドス黒い蒸気が噴出し、空を埋めるほどに広がった黒い気体が収束し始め、やがて見上げるほど巨大な漆黒のローブを着て、フードを目深に被った人の姿を取った。

 足はなく、フードの顔部分とローブの底には先ほどの黒い気体が滞留していた。


 その異形を見上げて、ゼノンは暗黙の禁忌とされてきたその名を口にした。



「扇動者……レダ」


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とても励みになります。


ありがとうございました。


2013/09/09 誤字修正しました。

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