導入部3―扇動者レダ―
・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。
・更新は本編優先なので不定期です。
・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。
その男は数千年の時をたった一人で生きてきた。
誰に頼ることもなく、誰に媚びることもなく――たった独りで生きてきた。
大いなる裏切りの末に、元々居るべき場所から放逐されて幾星霜。
恥辱と屈辱に塗れた人生の中で、ひたすらに復讐の牙を磨いていた。
だが、残酷にも時が経てば経つほどに、彼は力を失っていった。
その焦りから、彼は計画を早めることを決意し、五百年前についに実行へと移した。
――結果は大敗だった。
自身の力をひたすらに出血し続けるように失っていた彼は、準備も不十分なままに戦いを起こし、それを扇動してこの大地に住む種族を蹂躙し尽くすため立ったのだ。
だが、結果はこの世界に住む者達の急激な戦いに対する順応性を開花させただけで、彼は準備に要した時間と多くのものを失った。
生涯で二度目の耐え難い屈辱を味わいながらも、彼は諦めることだけはしなかった。ここで諦めれば、今までに費やしたモノ全てが無駄となってしまう。
それだけは断固として拒否した。
塗れた屈辱と負った汚名など、いくらでも挽回は出来る。最後に生き残り、勝利を手にすればそんなものは些細なことなのだから。
だからこそ、彼は己に残る全ての力を使って――最後の大勝負に出たのだ。
ここはイスペリアスクーンの大陸北端。
全種族によって『禁区』とされている中でも、最奥に秘匿された彼の根城だった。
彼の名は――いや、名など最早彼には重要ではない。
どうしても呼びたければ、彼はこう答えるだろう。
――連中がつけた名で呼ぶがいい。私は扇動者――レダだ、と。
薄暗い二十メートル四方の部屋の中には、石造りの床に巨大な魔法陣が描かれていた。その魔法陣は六芒星が描かれている。そして角の先端には、虚ろな目をした巨大な体躯と毛深い体を持つ――蛮族が六人それぞれ立っていた。
「……」
漆黒の分厚いフード付きのローブを目深に被り、全身隈なく魔道師の正装である法儀式のローブに似た服で身を覆い隠し、本来フードから露出する顔の部分は、まるで虚空のように闇が滞留し、表情はおろか顔の輪郭すら一切見えない。
レダがゆったりとした袖口の右腕を肩の高さで掲げ、横に引くように伸ばすと、六人の蛮族が突如として内側から膨らんで弾けた。血と細切れになった臓物を撒き散らしながら、破けた肉袋と化した蛮族たちは見るも無残な残骸と成り果てて、石の床に堆積した。
北方ゆえに気温が低く、まだ温かい臓物からは大量の湯気が出ていた。
ローブから手を出し、手の裏側を上に向けて人差し指をクイクイっと前後に動かすと、臓物から立ち上る湯気が意思を持ったかのように蠢き始め、やがて誘うように動く右手へと急速に集まり、かざした手の平へと吸い込まれていった。
全ての湯気を吸い取った右手を顔の前へと寄せると、何かを確かめるかのように握ったり開いたりを繰り返した。
レダのローブの袖から出た手も、黒い手袋に嵌めている。
全身隈なく一部の隙もなく覆い尽くしたローブと儀礼服からは、地肌を露出している箇所は一切ない。唯一開いているフードを被った顔も、先刻の説明の通り闇が滞留し何も見えはしない。
今レダが吸い込んだのは、蛮族の命を限りなく純化した神霊力に精製したものだ。特定の手順と準備をしなければ行えないこの方法は、レダが途方もない時間を掛けて編み出した秘儀中の秘儀だった。
通常いかなる生命体も、この世界のマナには干渉できない仕組みになっている。その代わりに霊子や魔力といった二次精製物質が存在し、マナを扱えない種族はそれらを使い魔法や奇跡を起こしている。
だが、霊子や魔力は精製変換される過程で、そのエネルギー総量はマナの千分の一ほどに薄められており、それを得て行使できる力などマナを直接使ったモノに比べれば児戯に等しい結果でしかない。
それ故に、レダはマナを直接扱うことで莫大な力を単身で行使することができる。だが問題も少なからずあり、自然界に存在する一個体からすれば無限に等しい有限なるマナを、直接吸収し利用することは遂にできなかった。
そして妥協して完成した方法が、生命体を幽精体レベルに分解して、そこから血肉とマナとを引き離して吸収する方法だ。ただ、この方法も効率が決していいわけではなく、生物一体から取れるマナは雀の涙ほどであり、凄まじい年月を経て、レダはあの五百年前の戦争をできるほどのマナを蓄えて、実行に移したのだ――結果的には負けてしまったが……。
本来なら死骸からでもマナは吸収できるのだが、五百年前の戦争末期に当時の軍勢を敵の懐深くに侵攻させすぎた為に、本隊が敵領地内で最終決戦を迎えてしまい、結局マナを回収できなかった。
この隠れ家を突き止められる恐れがあった為に、わざわざこの北方まで運んだ捕虜も大半は別の場所へと移動させて解放し、残ったマナで土地に呪いをかけた。その結果、英雄三軍は北方の地を『禁区』として探索を諦めた。だが、代わりにマナに変換するための捕虜はほぼ居なくなり、呪われた地には移り住む者はおろか訪れる者すら居なくなった。
結果的にレダは、マナ供給のために残存する蛮族たちをマナへと変換するしかなかった。
手駒のほとんどを失い、得られたマナも多いとは言えない。最盛期を――いや、隆盛期のレダは今の手にしている数倍のマナを保有していたはずだ。
そしてレダはマナを補給する過程の中で、今己に出来る最善の策を模索していた。
五百年前のように正面切って戦うほどのマナも軍勢もない。
マナを純粋な破壊をもたらすモノへと変換して攻撃することも出来る。だが、大陸の地図を書き換えなければいけないくらいの破壊をもたらす事が出来ると思うが、一撃に全てを注ぎ込んではその先が続かないだろう。
北方に掛けた呪いを大陸全体にかけることも可能だが、何も土地を腐らし不毛の地へとすることがレダの目的というわけでもない。
左腕を上げて、空間を縦に切るように振ると目の前に映像が浮かび上がる。
「……」
五百年前に自分の思惑を挫き頓挫させた種族たちの英雄三軍が、種族として戦による高揚と快楽に味を占め、今までで最大の戦争を行おうとしている。
今持っているマナを使えば――彼の地へと赴き、全ての軍勢を一撃で滅ぼすこともできるだろう。だが、復讐心と義勇心を持って再び結束されては目も当てられない。
手の者を紛れ込ませて混乱と憎しみを生み、種族間に更なる諍いを起こすこともできるが、それにいつまでも気づかないほどには、各種族は馬鹿でもなくなってしまっていた。
そしてレダが最終的に採った秘策は――異界から高次元生物を召喚することだった。
この世界にも神獣、幻獣、魔獣は存在するが、レダが求めているのはそんな生温いモノではない。この世界のいかなる存在をも凌駕し、生命としてある種の完成を果たしている存在。
だが高次元かつ強力過ぎて手に負えなかったら意味がない。そこで、世界最高の死霊術士であるレダは、その死霊術の秘儀を行使して対象を忠実なるアンデットにすることを考えた。
それ故に――死骸を求めた。
そして苦心して作った異界を覗き見る装置によって、永年に渡り数々の異界を見て回った。その結果、いくつか目星を付けていた存在の中でも一番欲しかった素材が、異界での凄まじい死闘の末に死亡したことを確認した。
その素材がこの世界に到達するのは今日。同時に、死霊屍化のために必要なマナもつい先日溜まり、儀式に必要な星々の位置関係も申し分なかった。
そして起こった三軍の決戦。
まるでレダの為に全てのお膳立てが整えられたかのような最良の吉日だった。
左手を再度振ると、もう一つの映像が浮かび上がる。
異界から呼び出したのは、ドラゴンの躯が流れる黒い渦――次元流を突き進む愛しき勝利の鍵。
舞台は整ったのだ。
再び、歴史の表舞台に立ち五百年前の続きをしよう。
今度は負けはしない――自分は五百年をかけて最良の選択をしたのだから。
レダは燃え上がる再起への期待に胸を躍らせた。
そして決戦の地にして、再び始まりの地となる場所へと自らの幽精体を飛ばした。
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