第十四話―呪い―
洞窟内では当然外の様子は一切分からない。
よって今がどのくらいの時間であるのか、朝なのか、昼なのか、夜なのかも普通は分からない。
しかし現在この洞窟――龍洞レグイアの仮初の主たるクロウシスには、今がどのくらいの時間なのかはおろか、この山で起こっている現象事象の全てが分かっていた。
鎮座して相変わらず本を読みふけるクロウシスの手では、幼い少女がその手に抱きついたまま眠り、広間の床にも少女が一人身を丸くして眠っていた。
二人の少女には薄手の布が掛けられており、それはクロウシスの命で石操兵が持ってきて掛けたものだった。
食事を貪るように食べた二人のダークエルフの少女は、安心を得たこともあってか今までの疲労を癒すかのように、その場ですぐに眠りについてしまった。
身を丸くして時々身動ぎする少女が、時折薄めを開けてクロウシスの威容を見ては目を閉じ、しばらくしたらまた目を僅かに開けることを繰り返していた。
そのことに気づいていながらも、クロウシスは知らぬ振りをして本を読むことを続けていた。
水の音どころか風の音すらしない洞窟内はとても静かだった。しかし完全なる無音というわけではなく、幼い少女の寝息は勿論のこと、耳鳴りがしない程度には調整された静寂に満ちていた。
そんな広間に不意に足音がした。
それに気づいた少女は狸寝入りを止めて飛び上がるようして起きると、一瞬迷うように視線を彷徨わせたがすぐに自分がここへ来た時の通路まで走っていく。
少女が通路に引っ込もうとしたくらいに、広間へと蒼い魔道師然とした服を着たイーゼルが入ってくる。
「ふぃー、戻ったぜ旦那」
「ご苦労だったな」
疲れたように首と肩をコキコキと鳴らしながら近づいてくるイーゼルに対し、クロウシスは中空に転写されている書物から視線を外す。
そんな二人の様子を見て、通路の影で少女は驚いたように僅かに目を見開いた。
「いやーいいんだけどよ。んで、物資の提供については快諾してもらえたぜ。それで――お?」
そこでイーゼルはクロウシスの巨大な手に抱きついて眠る少女と、通路の影で自分を見つめる少女に気づいて目を丸くする。そしてすぐに破顔すると、起きている方の少女に気安く手を上げた。
「起きれたのか。どうだ、気分とか悪くないか?」
イーゼルの気安い態度と、クロウシス同様に自分に対する嫌悪や侮蔑といった感情がないことに少女は驚いて僅かにたじろいた。だが、すぐに目を鋭くさせるとイーゼルとクロウシスを交互に見たあと、幼い少女がクロウシスの手にいるのを見てから、通路の奥へと逃げるように走り去った。
「なんか、他人の家の猫みたいだな」
「馴れるにはしばらく時間が必要だろう」
「なーに元気になってくれれば、まずはそれでいいさ」
そう言いながらイーゼルは、クロウシスの手で眠る幼い少女の見て笑みを浮かべる。そしてすぐに意地の悪い笑みを浮かべると、クロウシスをからかいに掛かる。
「それにしてもなかなか子守りが様になってるな、旦那。とても竜族一の無法者で鳴らしてる黒龍とは思えない御姿だぜ?」
「戯けたことを言うな。無知なだけならともかく、無垢な者の行いに腹を立てるほどに狭量ではないだけだ。そういうお前も、まるで初孫が出来た爺のように、頼みもせんのに寝具やら家具やら準備しているようではないか」
クロウシスが嘲るように鼻を鳴らして言うと、イーゼルは『げっ』という顔をして頭を掻く。
「いやー今まで苦労してきてるんだし、ちゃんとした部屋を準備してやらんと可哀想だと思うだろ? だったら俺がやらないと、旦那に任せると警備兵を宿直室みたいになりそうだしよぉ」
「失礼なことを言うな、馬鹿者め。近衛隊長格の私室くらいにはするに決まっておるだろう」
「感性的には俺の懸念が的を射てるじゃねーかっ!」
お互いに冗談と分かっていながら軽口を叩き合っていると、クロウシスの手で寝ていた少女が二人の声に反応し、僅かに身動ぎする。
「……」
「……」
途端に二人は口を噤み、少女がそのまま起きることなく寝ていることを確認するまで黙っていた。再び穏やかな寝息が聞こえてくると、どちらともなく会話を念話へと切り替える。
『旦那の声はただでさえ遠雷みたいなもんなんだから、自重してくれねーと』
『お前の声とて静かな類のものではなかろう』
イーゼルがジト目でクロウシスを見上げながら言うと、クロウシスも尊大にイーゼルを見下ろしながら言い返す。そのまま二人が再度無音の口論を続けようとすると、少女がまた身動ぎをする。
『……』
『……』
念話で話し声は漏れていないのは分かっているのに、何故か二人は揃って口を噤む。
無音の洞窟内で無言の二人はしばらく黙っていたが、イーゼルが左奥の通路に向かって歩き始めた。
『とにかく物資搬入の準備とかしてくるわ。二人の検疫は大丈夫なんだよな?』
『うむ。薬液内にはそれらを浄化する成分も含まれている。我の見立てでも、それらの心配は最早不要だ』
『分かった。じゃあ子守は頼むぜ、旦那』
今度は悪意なく言うと、手を振って通路の奥へと入る。
通路の奥はあの少女が逃げ込んでいった通路と壁面と部屋の構造が逆なだけで、ほぼ同じ造りになっている。
仰ぎ見るような巨躯を持つゴーレムでも歩けるように高い天井と広い通路にしてあり、そこを奥へとイーゼルは歩いていく。
広間から比較的近い三番目の部屋の前で立ち止まる。看板や部屋名が書かれたプレートもない簡素な扉を開け放つと、中から植物の動物の脂の臭いが香ってきた。
この洞窟全体がクロウシスの行き届いた管理のおかげで、カビや生臭い水の臭いどころか土の匂いさえほぼ感じられないほどに消臭がされているだけに、この部屋を開けると強烈に嗅覚を刺激される。
足を踏み入れると、そこは高さ十メートル、横十五メートル、奥行き二十メートルほどの食糧倉庫だった。
その内部にはまず小麦の入った麻袋がイーゼルの背丈ほどに積み上げられ、その横には数種類の野菜が何小口かにまとめられて置かれている。それらからやや離した場所には、血抜きされ綺麗に捌かれた獣の肉がいくつか吊るされていた。
倉庫内に足を踏み入れたイーゼルは小麦と野菜に触れ、虫が沸いたり野菜の鮮度が失われていないかをザッと確認する。そして最後に吊るされた肉の近くへ行くと、その肉の塊をつぶさに観察し腐敗の有無を確認する。
「ふーん……?」
いずれの食物も倉庫に入れた時と状態が一切変わっていないことを確認すると、イーゼルはおもむろに部屋の中央まで移動し、ほぼ部屋の中心である場所に立つと僅かに意識を集中させる。すると、イーゼルの右腕が蒼い微光を放ち始めた。
その光を帯びた腕を自身の前へと掲げて腕を捻って状態を確認すると、そのまま膝を折って屈みこむと地面に腕を着いて意識を集中させた。
腕から放たれていた微光は地面と接した場所から波紋となって広がり、部屋全体を床から壁へ、壁から天井へと次々と広がっていく。蒼い魔力の波紋が全体に行き渡ったことを確認すると、イーゼルは地面から手を離して立ち上がる。
頭上を見上げれば、天井の中央。
ちょうどイーゼルが波紋の起点とした場所の直上部で、地面から生まれた波紋が再び集束して蒼い光の光源となっていく。それを確認すると、光を失った右腕をじっと見つめた。
そしてしばらくすると、食糧庫の隅に置かれた簡素な椅子に座ると、そばに置いてある丸テーブルに積み上げていた古ぼけた本を手に取る。
この本はクロウシスが以前読んでいた本で、クロウシスは読んだ本を自分の周囲に積み上げていっていたので、それをイーゼルが片付けた際に、何冊か興味を引かれたものを拝借してきていた。
あの黒龍は速読しようと思えば一秒も掛からずに本の内容を頭に入れられるにも関わらず、人間と変わらず一文字一文字を拾い読みするという律儀なことをしている。一度そのことを指摘したところ、『文字列を実際に眼で追うことによって、これを書いた人間の思想や感情すらも読み取ることが出来る。それを読み取ることによって、初めて書物を読んだことになる』とご高説を頂いた。
「まぁ、間違ったことは言ってないわな」
表紙に使われている堅く丈夫な紙は木の薄板に貼り付けることで更に強度を増している。そのおかげもあってか、表紙の紙は所々破けてはいるものの内部はかなり状態の良いものだった。
クロウシスが読んでいる書物の大半はこの龍洞に在ったもので、残りは放置期間が長かったこともあって本の状態も然ることながら、その書物に書かれている情報も最近のものはない。
だが、今手に持っている本の内容は実に丁度良い内容のモノだった。
『エルフ族による××××××の追放』
それがこの本の題名。
題名にある『×』部分には本来は文字が書かれていたのだが、後で塗り潰したようで、グズグズに斜線で上書きされて修正されていた。これは本の内容にも同様の対処がなされている。
つまりこの本の内容の大筋は、エルフによって追放された『××××××』ことダークエルフの歴史が最初は客観的に書かれている。しかし冒頭部からしばらくは冷静に客観的な事実を書いているのだが、途中から段々と主観的な内容へと変化していき、最終的には全ての『ダークエルフ』という単語を塗り潰して修正するに至っている。
つまるところ、これこそがダークエルフが背負わされているモノ――呪い。そしてこれは、それがどのようにして他の生物達へと流布されていったかが分かる貴重な資料と言える。
古ぼけた装丁から埃を払うように手で撫で付けたあと、イーゼルは本を開いた。
内容は最初こそ文語調だが、後半に行くと筆者自身が呪いの影響を受けて口語調となっていく。それらをありのまま晒すのも一興だが、今回は内容を整理して考えることを主とする。
イスペリアスクーンにおいて、エルフは神々によって世界に三番目に創造された種族とされている。
エルフは木々の伸ばす枝一本一本までを愛で、森を崇拝している。
彼らの生活圏は常に森の中で、その種族としての栄枯盛衰もまた森の繁茂と共に推移してきた。
基礎知性が高く、種族としての矜持を高く持ち非常に理知的な種族と言える。だが、それ故に高慢な者も多く自分たちが人間よりも優れているという考えから、人間を軽視する傾向がある。
五百年前に起きた大戦争の後、自らの本拠地である大陸南部の大森林地帯『エヴァーシア大森林』へと戻ったエルフたちは、精霊魔法とそれを応用した魔法技術と独自の文明を発展させた。そして、使役獣と呼ばれる人間では操れない獣を味方として、自然を奉ずる精霊魔法の真髄として、精霊を召喚することにも成功して魔法技術においては隆盛を誇っていた。
エルフは彼の大戦争において、本拠地である南部の大森林はほとんど被害を被ることはなかった。
実質的な領地の被害が皆無だったエルフは、それを神が齎した好機と捉えて大陸の覇権を握ろうと考えた。
奇襲をすることは彼らの高い矜持が邪魔をしたため、エルフは疲弊した人間に対し小競り合いを仕掛け続けて戦意を示し、やがては大きな戦争へと持ち込むための好機を窺っていた。
だが、エルフたちは思わぬ出来事によって足元を掬われることとなった。
その出来事こそが事の発端であり、全ての元凶と言える。
先の大戦争の首謀者である『扇動者』レダの側近に、エルフの同源異種であるダークエルフが居たのだ。
戦時中こそ首謀者であるレダが最前線に出張ることが多かった為に、その存在は問題視をされていなかったが、レダの率いる蛮族が目に見えて劣勢になり始めた頃には、正体不明の人物が数人レダに代わって指揮を執っていたことが確認されていた。
そして連合軍が勝利を収めた後、あの人物が何者であったのかという事実が追求されることとなった。
結局その人物たちを捕らえることは戦時下では出来なかったのだが、戦線に加わっていたとある大魔族がアレはダークエルフだったと明言し、その魔族がその事実を裏付ける証拠を示したことにより、レダの側近がダークエルフであることが確定した。
その結果、エルフは他の各種族から猛烈な糾弾を受けて戦争どころではなくなった。
疑われ始めれば、エルフたちの本拠地であるエヴァーシア大森林に被害が及ばなかったことすらも、疑いの目を向けられる材料とされ、このままではエルフは全ての種族を敵に回してしまい兼ねないと判断した。
だからこそエルフの元老院はダークエルフと縁切りをして、大森林から追い出したことを世界に布告した。
しかし一度失った信頼と向けられた疑いは、すぐには取り返すことも覆すことも出来ず、エルフは他の種族から厳しく監視された。
そのような状況下で、人間に対して攻撃などは出来るはずも無く、エルフたちは大陸の覇権を得る絶好の機会をダークエルフのせいで逸した。
この出来事は矜持の高いエルフたちにとってまさに許されざる大罪とされ、エルフたちは世界中のあらゆる森からダークエルフたちを追放し、またその扱いも迫害と言っていいものとなっていた。
同源の中でも最大勢力を誇るエルフにより森を追放されたダークエルフだったが、それでも噂のまだ響かぬ土地へと幾度と無く移動し、人目に触れることなく細々と生きていた。
だが、ダークエルフによって齎されたエルフ族全体に対する世界の目は、ダークエルフを森から締め出して迫害するほどに弾劾しても、蜥蜴の尻尾切りをしているように捉えられてしまい、時の王族による外交努力も虚しく簡単にすすぐことの出来るモノではなかった。
このままではいずれ、エルフは世界の敵とされてしまうかもしれない。
人間たちの復興速度は凄まじく、あれだけ疲弊していたにも関わらず、まるで破壊され虐げられたことでより成長の機会を得たとでも言うかのように復興と発展を遂げ始めていた。森という切っても切れない安住の地を持つエルフたちにとって、住む場所を選ばずその場所と環境に順応し生存圏と生活圏を広げる人間の生命力と順応性は、まさに脅威だった。
そして不気味なほどの静けさで世界の闇に潜み、時に禍過の大渦を作りて狂気的な狂乱に舞い踊る魔族の存在も、通常は他種族の世俗になど興味を持たないにも関わらず、レダの側近としてのダークエルフの存在を世界に示した事が不気味だった。
人間と魔族。
その二種族と肩を並べ、剣と鏃を共にして戦った『英雄』の一種族だからこそ、その二者が協力して自分たちを攻めてくることを考えれば、それは何としても防がないといけない仮定の未来だった。
そして、エルフたちは決断をした。
たとえ同源より生まれ出た血を分かつ種族であろうとも――。
現存するダークエルフに一切の咎がなかったとしても――。
エルフそのものを世界の敵とさせるわけにはいかない。
そして――エルフはダークエルフに禁忌の呪いをかけた。
その呪いとは、一種の暗示に近いものなのだが、その規模が途方もないものだった。
呪いの概要は以下の通りである。
対象:ダークエルフ。
期間:効果周期に乗っ取り持続し、百年ごとに再構築が必要。
効果:この世界に生きるあらゆる存在から拒絶され、侮蔑、殺意を向けられる。
簡単に述べればそれだけのことだった。
エルフ全体への疑念を晴らすために、エルフたちはダークエルフを完全なる『悪』として全世界に強制的に『認識』させることにしたのだ。
結果として全世界の認識は大きく変わり、ダークエルフは世界に仇なした下劣なる種族として認識され、エルフはダークエルフによって貶められた被害者という存在となった。
この呪いの厄介なところは、その効果範囲にある。
人間を始めとする知的生命体は勿論のこと、魔物や動物、果ては一部の虫や植物に対しても効果があり、その全てが対象者であるダークエルフを上記の通り拒絶し、侮蔑し、殺意を向ける存在となる。
およそ世界の全てから拒絶され、殺意を向けられる悪夢の中で生きる。
それがどれほどの地獄なのか、まさに想像もつかない世界だろう。
この呪いは同源である『エルフ』同士だからこそ出来たものであり、他種族には掛けられない。だが種族間の濃い血を媒介にした呪いは非常に強力であり、魔法抵抗力の強い存在には作用しないものの、過去を顧みても歴史に無い未曾有の大規模呪法だった。
かくして――。
そこまで読んだところで、イーゼルは本と閉じた。
「まぁ、ドン引きだわなぁ……」
このエルフの異常なまでの徹底したダークエルフに対するやり方を見て、その呪法の影響を免れた王族や魔術師たちも糾弾することを止めた。
そして一度呪法によって与えられた認識は、その呪法を解いたところで失われるものではないという答えに辿り付いた時点で、いわば簡易洗脳下にある国民全体の集団意識を下手刺激すればどうなるか分からないという結論に達して、いずれの国も事態に対して静観することを決めた。
そして時は流れて今に至る。
世界に現存するダークエルフは、呪法展開前の一割にも満たないと言われ、エルフがこの呪法を解いたところでダークエルフの絶滅は既に避けられないとまで言われている。
そんな世界の現実の中で、あの二人は生きてきたということになる。
背もたれに体重を預けると、椅子がギシっと軋みを上げた。
「なんだかねぇ……」
青い目が天井を見上げて、僅かに睨むように細められた。
そこでふと、天井にもう波紋が流れていないことに気がつく。
椅子から立ち上がると、天井の中心へと視線を這わせる。すると、そこには一筋の青白い光の柱が生まれており、それはイーゼルが基点とした床へと真っ直ぐに伸びており、暗い部屋の中を不思議な光が満たしていた。
その光に近づき手をかざすと、光の柱は胎動するように一度震えて柱の中心から光を生み出すと、それは天井と床の二方向へと光の球を送り込む。
天井と床に同時に着床した光は溶ける様に消えさり、その調整された魔力が洞窟へと浸透していくのを、イーゼルは見守っていた。
この術式は『一定量の魔力を一定の間隔で一定時間与え続ける』必要が魔法を行使する際に、術者が付きっきりになって作業を行わないようにするもの。
大仰な仕掛けにも見えるが、イーゼルがやろうとしているのは龍洞内に自分『イーゼル=ベレイエ』の魔力を登録する作業だった。
古くからあるこの洞窟は長いこと先代ドラゴンの管理下にあり、地脈を龍脈に書き換えられており、その場所で制限なく自由に魔力を行使するためには、その龍脈に自身の魔力を浸透させておくことが必要となる。
クロウシスは龍洞の主として龍脈を丸々上書きするという力技をやってのけたが、そんなのは人外の所業であり、イーゼルは古式ゆかしい方法に乗っ取ってやることにした。
問題なく上下に昇り落ちる魔力と、その浸透具合を確認して後ろを振り返ると。
「おっ?」
「っ!」
戸口でダークエルフの少女がイーゼルの様子を覗き見ていたらしく、扉から顔を半分覗かせていた。イーゼルが振り返ると驚いてビクっと体を震わせ、慌てた様子で走り去っていった。
イーゼルの見た少女の黒い瞳には様々な感情が渦巻いていたが、その目には光があった。
少女が逃げ去った戸口から視線をずらし、丸テーブルに上に積み重ねられた本を見る。先ほどまで読んでいたその本に書かれたダークエルフの暗澹たる歴史と残酷な事実。
そして少女が全身に負っていた傷と痣の数々。
だがそれでも、少女の目には光が宿り元気に自分を怖がり嫌って走り回っている。
その事実にイーゼルは知らず知らずの内に口角を嬉しげに吊り上げる。
「ま、美味い物でも沢山食わしてやりますか」
楽しげに独り言を言うと、イーゼルは食料庫に引っ掛けてあった前掛けを蒼いローブの上から着ると、腕捲りをしながら素材選びにかかるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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