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第四話―黒龍と魔道師―

・各話基本的に3000字くらいで文量をユルく書いていきます。

・更新は本編優先なので不定期です。

・本編で煮詰まったり、息抜きしたい時にちょこちょこっと書けるものが欲しくて書いています。

 好奇心は猫を殺す。

 だが、好奇心無くして新たなる発見は得られない。

 だからこそ、人は危険と分かっていても難題に、難敵に挑む。

 その結果、たとえ死ぬことになろうとも、見果てぬ可能性の一端に触れられるならば、悔いは無い。


 ――あろうはずがない。


 眼前を言い尽くす恐るべき破壊の極光。

 世界を一つ破壊するに足る力を秘めた光の奔流を前に、男は震えるような喜びとともに笑みを浮べた。

 展開するは研鑽を重ねた――訳ではなく、半ば思いつきで開発した即興の防御魔法。

 想像を絶する熱量を伴った光を正面から受け止めた瞬間、手にしていた杖が軋みを上げて全身に恐ろしい負荷が掛かる。

 腕から伝わってくる圧倒的な過負荷の激震が全身に波及する。それを感じながら、男は更なる喜びを噛み締めつつ術の制御を片手間に(・・・・)本来の目的を同時に進める。

 だが、光の発生源である黒龍の身体に埋め込まれた漆黒の宝玉が光を放つと同時に、見開かれた黄金の眼が殺意に滾り放射する魔力の極光が、その輝きを増して出力を上げて襲い掛かる。


 今まで鬼気迫る笑みを口元に張り付かせていた男の表情が僅かに苦悶に歪む。だが、すぐにその苦悶の歪みも笑みに変え、目の前に展開している防御魔法にヒビが入り目に見えて極光に押されてもなお、黒光の奔流に呑まれるその寸前まで、男は一切の絶望を見せることなく黒龍に対峙していた。


 やがて限界が訪れ、防御魔法は極光との接触点から瓦解し、穴の空いた被膜のように中央から裂けて膨大な光が男を呑み込んだ。


                    ◇◆◇


「――ぅ、ぁ」


 呻き声と共に、男は目を覚ました。

 紺碧に近い海の色の外套を身に纏い、その下には魔法を操る者が着衣によく施す紋章が描かれたローブを着ている。その紋章は白い『渦』がイメージしたもので、濃紺のローブの中によく栄えるように描かれていた。

 うなじに捲くれたフードが引っかかり、フードの色に比べれば明るい色の青い髪が揺れる。

 年齢は二十代後半くらいに見え、覚醒して間もない不明瞭な視線を彷徨わせる瞳もまた高い知性を感じさせる青い瞳をしている。


 全身を襲う倦怠感と頭の中――脳がその比重を増しているかのような錯覚すら覚えるほどに重い。

 男が酷く重く感じる体で何とか上半身を起き上がらせて、頭痛の眩暈のする頭に手を添えて軽く振る。その時服の袖が左右共に無く肘に近い場所で焼き切れていることに気づき、しげしげと見つめてみると手にも手袋をしていた残滓が僅かにこびり付いていた。だが、何故か肝心の腕や手には火傷の痕一つ無く綺麗なものだった。


 何故か(・・・)不自然に破けている自分の服の袖を見つめながら、手指を動かして手先の感覚を朧気な意識の中で確かめていると、不意に嗅覚が周囲の僅かに湿った空気を感じ取る。

 そこで初めて、男は周囲に目を配ることに至った。


 背後から周囲を照らす淡い光に浮かぶのは、黒い岩肌を露出した岩窟。

 その天井は恐ろしく高く、周囲を照らす光では天井が見えないほどだった。

 天井部に滞留する闇に視線をやっていると、すぐに違和感を感じて地面に視線を下ろす。周囲の剥き出しとなった岩肌とは対照的に、地面はまるで磨き上げられた高級石材のように光沢を放つ黒い床が広がっていた。その地面を視線で追えば、思った以上に男がいる空間が広大であることが分かった。

 男が察するにそこは巨大な洞窟だった。


「――意識を取り戻したか」


 不意に背後から響き男の耳朶を打ったのは、遠雷を思わせる重厚なる男の声だった。

 まだ明瞭とは言えない意識を引きずりながら、フラつく体で立ち上がり背後を振り向くと、男は凍りついた。


 最初に見えたのは祭壇というには大げさだが、周囲よりも数メートル高くなった高台の壁。そしてそこから視線をゆっくりと上げると、全身が総毛立つほどの異様な重圧を感じることとなった。


 呼気は穏やかだが、獣などとは明らかに核の違う迫力を帯びた唸り声。

 吐き出す白煙は熱気を帯びているのか、それとも冷気を帯びているのかは分からないが、大気に何らかの影響を及ぼしているようで空間を怪しく揺らめかせていた。

 まったく身動きしないが為に発する気配に敵意はないが、それでも感じる重圧はかつて覚えが無いほどに重くどうしようもなく体を拘束する。


 視線を上げて最初に見えたのは巨大な前肢、黒い鱗と皮膚は見るからに硬く頑強そうだった。右の前肢に左の前肢を乗せて組むようにしていた。その各前肢の甲に当たる部分には漆黒の宝玉が皮膚に埋もれ、当たる光に対して鈍い光沢を放っていた。

 そのまま視線を上げて次に見えたのは、強靭な筋肉とそれを覆う鱗に覆われた胸部。冗談のように巨大なそれは想像がつかないほどに硬そうであると同時に、磨かれた黒鋼のように美しく静謐な鈍い輝きを放っている。その胸部の中心にも前肢よりも二回りは大きい同様の宝玉が埋め込まれていた。そしてその胸部を囲むように、巨大な空間を利用して半端に広げられた両翼が影を落として、その全様を半端ではなく巨大に見せている。

 胸部から上に続く尖塔のように太い首を視線で追い、遂にそこへ行き着く。


 呼吸と共に微量の白い呼気を放つ巨大な口。閉じられていてもなお、白熱したように鮮烈な輝きを放つ牙が口元から覗いている。その鋭利な輪郭を、鋭角的な顔から後頭部から後ろに流れるように生えた漆黒の角がなお際立たせていた。そしてその額にも、前肢と胸部と同等に宝玉が埋め込まれていた。

 宝玉の下に位置する眼。

 そこから男を見下ろす一対の瞳。

 深い英知と静謐な理性を感じる黄金の輝き。

 その複雑なで美しい虹彩を見ていると、瞳の美しさとはその眼が見てきたモノの歴史が反映されるのだと思ってしまいそうなほどだった。


「ド、ドラゴン……」


 しばらく目の前に鎮座する黒龍を見上げて呆然としていた男だったが、やがて絞り出すように漏らした言葉は黒龍の予想よりも幾分漠然とした単語だった。

 男の様子に状況の見当を概ねつけた黒龍は、敢えて最初から始めることにした。


「我が名はクロウシスケルビウス。始祖龍が一柱アルザードヴァレンシアの末裔」


 始祖龍の名など元の世界でも知っている者はほぼ皆無だった。だが、それでもなお異界の召喚されてもその名を口にするのは、黒龍にとってその末裔であるということが誇りであり、守るべき矜持だからだった。


 巨大なドラゴンに突然名を名乗られて呆然としていたが、ドラゴンが黙したことから自分も名乗る必要があると思い当たり、男は咄嗟に自分の名の口にしようとした。


「――っ、ぁ?」


 しかし、口から出たのは言葉に詰まった吐息だけだった。

 通常ならば意識せずとも出るはずである自分の名。

 それが口から出ず、考えを巡らせても意味の為す単語が脳内に浮かぶことはなかった。


「……俺の、名は――名前は」


 落ち着いて考えも巡らしても求める答えは出ず、それどころか自分の名はおろか自分が何者で何故ここにいるのか、そんなことすらも一切明瞭な答えを脳は出してくれなかった。


「――記憶を失ったか。だが、アレほどの力を単身で受けたのだから、無理もないと言える」


 男が動揺して青ざめた表情で頭を抱える姿に、黒龍――クロウシスはその原因が自分の放った攻撃を男が単身で受け止めた衝撃と負荷によるものだと結論付けた。

 自分のことを何か知っているらしい様子の黒龍に、男は汗に濡れた顔を持ち上げて仰ぎ見た。


「俺の事を……知っているのか?」


「いいや、まったく知らぬ」


「……?」


 言葉の意味が分からず理解出来ないという表情を浮べると、黒龍は薄闇の中で輝く黄金の瞳で男を見下ろしたまま言葉を紡ぐ。


「お前と出会ったのは十日前のことだ。正体を失った我が暴走し、この世界を破壊しようとした時にお前が現れて、それを止めた」


 言葉を紡げど、クロウシスの口がそれに際して動くというわけではなく、表情の動かない龍頭から声だけが男に降りかかってきた。そしてその言葉の意味を理解するのにも、やはり多少の時間を要した。


「俺が……そんなことを」


 自分の焼け切れた服の袖を見つめながら呆然と呟く男を、黒龍は静かに見下ろす。


「己の正体を知りたいのであれば、我がお前の記憶を探ることも出来る」


「――ぇ?」


 黒龍の提案に顔を上げた男は、自分に対して何故目の前のドラゴンがそんな手間を掛けようとするのかが分からずにいた。だが、その考えを察していた黒龍はすぐにその理由を話した。


「我もお前が何者であるか、興味がある。我のあの攻撃を凌ぐことは誰にでも出来るというものではない」


 好奇心と言えば軽すぎるが、謎を謎のままにしておくのは気持ち悪いことであり、まして自分の致命的な過ちをすんでのところで防いだ相手の正体を知りたいと思うことは自然なことだろう。

 洞窟特有の冷えた空気が満ちているが、不思議とジメジメとした感覚はない。

 しばらく男は沈黙を保っていたが、やがて顔を上げて頷いた。


 記憶を探るという言葉に恐怖に近いものを誰しも感じるだろう。それも相手は強大な力を持つドラゴンである。だが、男にしてみれば自分が気を失っている間に如何様にも出来たであろうドラゴンが、今更人間如きの許可を得てから自分に害を為すというのは考えづらい。

 そして何より、目の前に鎮座する黒き龍から感じる気高さが、危惧すべき危険性を否定していた。


 黒龍の顔の周囲に術式を施した魔法陣が幾つか浮かび上がる。しばらく光を放ちながら滞留していた魔法陣は、やがてその光度を増してそこから発せられる光の帯が男を包み込んだ。

 眩しさは感じるが不快感はなく、光が自分の頭部の中に侵入するくすぐったい様な感覚だけがあった。


「――ふむ」


 光が男を包んでほんの数秒で黒龍は魔法陣を消滅させ、周囲を照らしていた魔法陣の光が消えたことで再び洞窟内は黒龍の座する台座の両端に掲げられた青白い魔法光の光だけとなる。


「――?」


 明瞭な答えが得られたような雰囲気でないことを感じ取り、男が首を傾げると黒龍は身動ぎ一つすることなくただ静かに男を見下ろした。


「お前の脳には魔法による保護呪法が掛けられている。解くことは容易いが、正式な手順というわけにはいかぬ。故に我が開けば恐らくお前の記憶中枢、もしくは精神に何らかの影響が出るであろう」


「脳に保護が……?」


 知らず知らずの内に自分の頭に手で触れて言葉を反芻する。

 そんなことは普通に人間であれば施されないはずだ。

 自分が何者であるか、ますます謎が深まるが思い出そうとしても意味も為さず、思わず眉間に皺が寄せた。


「我はお前に危害を加えたい訳ではない。故に無理強いはせぬ」


「――あ、ありがとう」


 目の前に鎮座する黒龍は恐らく自分が想像しているよりも、遥かに力を持つ存在のはずだ。そのドラゴンが何故か自分に対して譲歩した姿勢で接してくれる。

 恐らくは――記憶にはないのだが、先ほど黒龍自身が言っていたように、このドラゴンが犯しかけた過ちを記憶を失う前の自分が防いだことにより、一種の感謝をされているのだろうと推察できた。だが、かと言って態度を大きくするような理由は勿論なく、男自身にも詳しい経緯はまるで分からないが自分自身もこのドラゴンに感謝すべきだということは感じていた。


「礼などいい。それよりも記憶を直接探れない以上、通常のやり方で身元を探る他あるまい」


「通常のやり方?」


「お前の持ち物だ。まだ検めてはいない」


 クロウシスの言葉に男は自分の服を見下ろした。

 確かに身元を調べるならば、持ち物を検めることは最も基本的なことだ。

 それをしなかったことも黒龍なりの配慮なのか、はたまた互いの体のサイズ差を考えて物理的に無理だったのか――という馬鹿な考えが浮かんで男はほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「待ってくれ。今調べてみる」


 喜色を浮べて男は自分の服を探り、持ち物を出していく。

 程無く服に隠れていた持ち物全てを出し終えたが、想像よりもずっと男の持ち物は少なかった。

 だが、最も知りたい情報を記した物が見つかったのは僥倖と言えた。


「――イーゼル=ベレイエ。これが俺の名前なのか……?」


 見つかったのは一枚のプレートだった。

 逆三角形の形をした金属性のプレート。

 その表側には紋章と所属、そして氏名が記されていた。


 『次元管理局所属 第一級魔道師イーゼル=ベレイエ』

 

「次元管理局……なるほど、次元を管理するほどの力を持つ組織に所属している魔道師であれば、単身で異界転移も可能というわけか」


 クロウシスも一応の納得をしている様子だったが、あくまで所持品から出てきた断片的かつ確証を持たない情報であり、それをそのまま信じるのも危険と言える。

 だが、偽名だろうと本名であろうと呼び名が出来たのはありがたいことだった。

 名を何度か口の中で反芻してみるが、懐かしさを感じたり記憶が不意に甦るなどという都合のいい事態は起こりはしなかったが、それでも違和感を感じることはなかった。


「俺の名はイーゼル=ベレイエ。改めてよろしく頼む。えーっと……クロウシスの旦那」


「――よろしくと言われてもな。我はここで何かをしているわけではない。そしてお前に何かを求めるつもりもない。出て行くのも、留まるのも好きにすればいい」


 冷たさというよりは達観した感情の末に、必要以上に感情を起伏させないのだろう。

 そう感じたイーゼルは、巨大なドラゴンを見上げてニヤっと笑みを浮かべる。


「俺も次元を管理する、なんて大層な仕事に係わっていたみたいだが、生憎と記憶を失って戻る場所も戻る方法も分からない。だから、追い払う気がないならしばらくここに居させてもらうけど、いいのか?」


「――言ったはずだ。好きにするがいい」


 落ちついた声音でそう告げると、黒龍の前に小さな人間サイズの本が浮かび上がり、開いた本から淡い光が放射され、クロウシスの前に本の内容が光の文字となって大写される。

 それをクロウシスは読み耽り始めた。


「というか、ここって何処なんだ? 洞窟の中っぽいけどさ。この床は旦那が整地したのか? だったら、洞窟全体を整備しようぜ。しばらくここに住むんだろう? あー……というか、安心したら腹減ってきたな。なぁなぁ、旦那はいつも何食ってるんだ? 何かあるなら分けて欲しいんだけど。なぁ、旦那。旦那ー?」


 急に騒がしくなった男の呼びかけを黙殺して読書を続けるクロウシスだったが、この後もタガが外れたように喋り続ける男――イーゼルの弾丸トークは延々と続くこととなる。


 こうして、黒龍クロウシスケルビウスと魔道師イーゼル=ベレイエは出会ったのだった。


お読みいただき、ありがとうございます。

ご意見ご感想はお気軽にお寄せください。

とても励みになります。


ありがとうございました。


2013/06/05誤字脱字修正しました。

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