露出派? 着衣派?
服越しに香るアルエの体臭に、えもいわれぬ心地良さを感じて目を細めた和真は、自分の身体にも学ランではない服の質感があることを知った。
(置いてあった服か。ってことは、身体の泡を落とした後で、着せられたんだろうな。元々見られてはいたが……なんか恥)
まるで赤ん坊ではないか。
そんな自分を隠すように、更にアルエの谷間へ顔を押し付けると、乾きかけの頭がそっと撫でられていく。
目だけを上にやれば、同い年ぐらいの容姿に母性を宿した瞳が、和真のことを優しく見つめていた。
タオルから解放された黄みがかった茶髪が、柔らかな波を描いて流れていれば、なおさらに。
(母性……って、そっちにもあんまり、いい思い出はないんだが)
脳裏に過ぎる一家の大黒柱――を日々揺さぶる、一家の鬼将軍の姿。
一応、それなりに子として守られてきた記憶はあるものの、その守り方たるや、小熊を守る母熊の気性そのもの。
守られているはずなのに、自分の方がうっかりで始末されそうな気配がひしひし漂っていた。
とはいえ、アルエにあるのは優しさだけに見えたため、知らず知らず調子に乗ってきた和真は、倒れた拍子についた左手で、彼女の胸を僅かに揉んだ。
するとアルエは少しだけ目を見張り、瞳を潤ませては微笑みを深めていく。
だがそれは、母性に留まらない艶めきをアルエにもたらすもの。
それに惑わされる形で喉を鳴らした和真は、肌蹴たままのブラウスから覗く、白い曲線を目に留めると、果実を貪るように口を開いて食もうとし。
「姫!」
「うおっ!?」
背後からの怒声に驚いた和真が動きを止めたなら、アロマがブラウスを脱ぎ脱ぎ、肩紐のない、レオタードを髣髴とさせる下着のカップを、上からぺろんと捲って見せ付けてきた。
左右の内、手跡のついた左側の胸を堂々と揃えた手で示しながら。
「触るのでしたらまず、私からにして下さいませ! アルエばかりそんな、優しくなんて酷いですわ!」
「なっ、いきなり何言ってんだ、お前……?」
正気とは思えない訴えを受け、アルエに後頭部を預ける格好でアロマに向き直った和真は、赤みがかった茶髪の毛先で見え隠れする淡い先端をチラ見しつつ、涙目になっている青い瞳へ眉根を寄せた。
のぼせが取れないせいで、男の本能に準じてしまう和真に対し、アロマが四つん這いで迫ってくる。
和真の胸で交差する、アルエの腕の前まで覆い被さったアロマは、ぐっと顔を近づけると、今にもキスしてしまいそうな距離で言った。
「お願いします、姫。湯浴みのお世話が終わってしまった今、次に姫にお会いできるのは、明日の湯浴みの時。……それなのに私の胸にあるのは、姫に慈しんで頂いた高鳴りではなく、錯乱した手に乱暴された痛みだけなのです。ですからどうか、もう一度、私に触れて、愛して下さいませ」
「あ、愛?」
思わぬ単語に、和真の目がぎょっと剥かれてしまう。
錯乱していた事については弁明の余地もないが、だからといって、それ以前に触ってしまったのは、単なる事故(故意含む)であって愛からではない。
だが――。
「姫……私にも、どうかお情けを」
「お、お情けって……どう考えても可笑しいだろ、それ。普通、男で断る奴なんていねぇし」
ぽろり、本音が和真の口から零れたなら、ぱっと顔を明るくさせたアロマが「では!」と、期待に満ち満ちた目を向けてきた。
何がそんなに嬉しいのか、和真にはさっぱり理解できないものの、普通は無条件で触れないところを、望まれて触れるのは、色々とおいしい気がした。
(けど愛って……どうすりゃいいんだ? さっきみたいにしたらいいのか?)
迷いながらも下向きになっているアロマの胸へ、手を伸ばしてみる和真。
しかし、アルエの胸を直に触っていたはずの左手ともども、腕が異様に重くなっているのを知っては、眉毛が怪訝に顰められていく。
「あ、れ? 腕が、なんかすげー、重くなってんだけど」
するとこれをどう受け取ったのか、一瞬表情を曇らせたアロマ、続けざまに不敵な笑みを浮かべてきた。
「!」
女難の経験がそうさせたのだろう。
途端に、どことは言わないが、きゅっと縮む思いを抱いた和真は、アロマから遠ざかるように足を掻いていく。
「ひゃっ、姫、くすぐったいですわ」
しかし、どれだけ後ろに進もうとしても、アルエの胸に頭が埋まるだけ。
乗じてアロマの笑みが黒みを帯びたものになっていけば、ブラウスの中で胸を肌蹴させた姿も、別のものに見えてきた。
たとえば、そう、神話等によくある、上半身は女の身体、下半身はヤバげな感じの――
「姫……」
「な、何だ!?」
想像を逞しくしてしまったのが間違いか、静かに呼ばれただけでビクついた和真から、引っくり返った返事が出てきた。
今にも涙ぐみそうなそれへ、アロマは少しだけ怪訝な顔をしたものの、再度微笑むと、境界線だと思われたアルエの腕をあっさり越えて、自身の胸を惜しげもなく和真の前に突きつけた。
「腕が動かないのでしたら、姫のお口で」
「……は」
(はい……?)
幻聴か? それともそれに近い何かか?
今し方耳にした言葉が信じられず、正気を疑うような目でアロマを見上げれば、まろやかな房の間に嫣然とした表情を浮かべた彼女は、ほんのり頬を染めて言った。
「姫のお口で私を慰めて下さいませ」
(ちょっ、おまっ!? そ、それって女が言って良い台詞か?)
経験なし、発想のレパートリーにしても少ない和真だが、アロマの台詞は確実に別の場面を連想させてきた。
側仕えの騎士に褒美を強請られ、下が駄目なら上で、と譲歩されて本気で悩む、真面目と馬鹿が紙一重の姫君――
もしくは。
邪悪な魔法使いに攫われ、散々嬲られた挙句、これが出来たら解放する、という絶対嘘だろお前的な提案にすがる姫君――
みたいな。
(って、どっちも姫の立場ないだろ、それ! くそっ、何で巫女じゃなくて、姫って事になってんだよ、俺! 巫女だったらまだ……って、全然変わんねぇし! つーか、逆にヤベェ!!)
一度暴走を始めた思考は、ちょっとした単語に反応して、先程とは別の場面を和真に連想させる。
ベースは先程と大して変わらないものの、対峙する相手が人型以外の異形ばかりとは何事か。
(しかも巫女装束とか、和服は駄目だ! ツボ過ぎる!)
女が苦手なのであって、決して嫌いではない和真、実は和服女性にグッとくるタイプであった。
洋服姿の女に絶望し続けた反動で、古き良き時代の大和撫子に、多大な幻想を抱き過ぎた結果だ。
そしてその結果は今、最悪の形で現れてしまう。
「……あら?」
最初にソレに気づいたのは、和真の唇に胸を近づけようとして、更に身体の距離を縮めてきたアロマ。
アルエの両腿に手を置いていた彼女は、少しだけ身を起こすと、探る視線を和真の身体に這わせて下降させていく。
と。
「あ……ふふ」
何かに目を留めては、嬉しそうな顔を上げ、再び和真の顔へ裸の胸を近接させてきた。
それと同時に、意識したと思しき動きでくゆる腰が、アロマの察知した異変を和真に突いて知らせてくる。
(げっ、マジかよ。さっきまでは確かにきゅってなってたろ? 妄想でこれって……)
迫られる状況と、柔らかく大きめな衣服が、ソレに対する和真自身の察知を遅らせていたようだ。
挑発的な動きをしていても、口に出すことは憚られるらしく、薄っすら羞恥に頬を染めたアロマが、黒い部分のない、可愛らしい笑顔をした。
理解に苦しむところではあるが、どうやら一向に触れてくれない和真が、それでも自分に反応していると感じ、喜んでいるらしい。
そんないじらしいアロマを前にして、不意に和真の心臓がドキッと高鳴った。
(け、けどよ、コイツの動作、可笑しくね? 初対面の時は羞恥の塊みたいだったくせして……ああでも、夢なら何でもありか)
後ろのアルエにしてみても、つっこみどころは多々あるが、全て夢で片付ければ納得がいく。
でなければ、この状況、この体勢は色々と無理があるだろう。
――とはいえ。
初対面から過ごしてきた時間は、決して長くはないのに、ここまで鮮やかな表情をしてくれるアロマ。
そして、浴場での扱いを忘れたように、今も和真を後ろから支え抱き続けているアルエ。
逃避しかけた目の前の課題を見つめ直した和真は、緊張に粘つく喉をごくっと鳴らした。
(今までの俺の経験からいって――っつっても、こんな状況は皆無だったが、とりあえずこれは罠だ。後ろの感触が許されるのも、目の前の膨らみが曝け出されているのも、俺が触るまで。触れた途端に変態呼ばわりされて、二人がかりでのぼせた身体をボコられるのは確実だ。確実なんだ。絶対なんだよ!――いやしかし)
和真の目が見つめるのは、自分の手形がついたままの、痛々しいアロマの左胸。
(……どの道、ボコられても仕方ないことしてんだよな、俺。だったらいっそ、罠に掛かってもいいか。どうせこれは、とびっきりの悪夢なんだから)
思うが早いか、唇を近づければ、「あっ」とアロマの声が小さく零れる。
照準から外れた尖りが口周りをくすぐるものの、和真が辿るのは、あくまで痛みを与えたと視認できる手形の範囲内。
「姫、舐めて、んひゃっ、他も、やっ、違っ」
要望通り舌を使えば滑らかな肌が揺れ逃げるものの、返ってくる場所が手形の外なら、頬で受けて逸らしていく。
「アロマばかりズルいですわ。私だって、アロマと同じですのに」
すると頭上から聞こえる、アルエのいじけ声。
視線だけを上向かせれば、そこには二つの同じ顔が、和真へ潤んだ瞳を向けており。
(まるで巨人に見下ろされているみたいだな。どっちも俺より身長ないはずなのに……って、あれ?)
前後から双子の胸責めを受けつつ、ぼんやりそんな事を思った和真だが、ここでまたしても朦朧としてくる意識を知った。
しかし今度の原因は、何と考えるまでもない。
いわゆる一つの――
酸欠だった。