よくじょう最前線 その2
全裸で椅子に腰掛ける和真の前には、シャンプーハット代わりの胸にその顔を埋めさせ、髪を洗うアロマ。
後ろには、和真の背中を身体を使って流しつつ、回した手で和真の前面を丁寧に洗っていくアルエ。
そんな刺激的な格好で、双子の美少女に前後から洗われ、ついでに両手をアロマの尻に差し入れている和真は、さぞかしだらしのない顔を彼女の胸の中でしているかと言えば……そうでもなかった。
いや、それどころか逆に、顔色を真っ青にさせているくらいだった。
(なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれっっ――!?)
なんだこれ以外の言語を忘れたていで、ぐるぐるその言葉だけが、和真の頭の中を渦巻いていく。
現実にこんなことが許されるはずもない。
ならばこれはやはり夢?
だがしかし、それを肯定するには乗り越えなければならない壁がある事に、今になって和真は思い当たってしまった。
何せ彼は、夢の中ですら、こんな願望を抱けるほど、女に希望を持った人生を送った憶えはないのである。
和真が生きてきた十七年という月日は、その大半を女難に食いつぶされていた。
そして残りの成分は、少しの友情を除き、女難の副産物として現れる、女の熟成された濃厚な黒い部分で占められている。
一夜で四人の女を、の部分は、どこかで聞きかじったかもしれないエロゲーのイントロから来ている、そう解釈することも可能だろう。
だが、双子に挟まれるこの状況は、どう足掻いても和真の夢になるはずがなかった!
――悪夢、なら十分在り得るが。
(し、死んで堪るか!!)
甘い夢と評しても過言ではない湯浴みの場面を、案として浮かんだ瞬間に、悪夢終わりで現実死にオチと断定した和真。
時を同じくして、アルエの手が優しく包み始めるのを感じたなら、大切な息子を守るべく、和真は勢い良く立ち上がった。
「きゃっ、ひ、姫?」
「うきゃあっ!?」
闇から脱せば、自然と引き寄せる形になったアロマとは違い、しなだれる先を失ったアルエの身体が、椅子を腹に抱え込むようにして倒れ、咄嗟に和真の腿を掴んできた。
「あ、あの……」
密着する和真の身体に、尻を掴まれたままのアロマはドギマギし。
「は、は、はあ……お、驚いてしまいましたわ。もう、姫ったら、いきなり何を――ひっ」
和真の腿を掴むことで、顔面強打を免れたはずのアルエは、そこが誰の股の下とも考えず顔を上げたせいで、ぺちょっ、と別のモノに額を叩かれてしまった。
「姫……」
「い、や」
赤くなるアロマと青くなるアルエ、そんな二人を前と下にした和真は――
「ふっ……ふふふふふふふふふ。ふじゅんいせいこうゆう、はんたーいっっ!!」
ぶっ壊れた。
ぶっ壊れてしまった。
今もって現実とは認められない、かといって夢という訳にもいかない、死にオチが待っているであろう悪夢を前にして。
不純異性交遊真っ只中の己を全否定した和真は、宣言と同時に、アロマの尻に置いていた手を上へ移動させると、薄い布の要である紐を力任せに引き千切った。
「きゃあっ!!?」
見た目は全裸でも、薄い布の感触に安心を見出していたのだろう。
下半身が涼しくなったことで取り乱したアロマは、それまで隠すのを忘れていた前に両手を押し当てると、和真から大きく一歩退いた。
その間にもキレた和真の行動は続き、上半身を後ろに向けた彼は、頭を股に潜り込ませたアルエの、背中に張り付いた布を下から掴むと、一気に引っ張り裂いていく。
「やあっ!?」
こちらもアロマ同様、涼しくなった胸を押さえた姿で股の下から脱すると、尻餅をつくようにして、和真から離れていった。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ……うーふーふーふーふぅ」
「ひ、姫――痛っ!?」
「アルエ!? 姫、お止め下さ――くぅっ!?」
荒く息をついた和真は、慄くアルエの髪をタオルごと鷲掴んで強引に立たせると、暴挙を止めるよう求めたアロマを小脇に抱え、遠い胸を抉るように掴んだ。
「い、たっ……やっ、抜けちゃうっ」
「ひ、め、お願……いた、痛い……うう」
頭皮ごと剥がれそうな痛みに、胸を庇うことも忘れて、アルエが目の端に涙を浮かべる。
撫でられることにすらまだ慣れていない片胸が歪む痛みに、下半身を曝け出したアロマが苦悶を浮かべる。
しかし和真は二人の様子を一瞥することなく、脱衣所までの道のりを、壊れた薄笑いを貼り付けて歩いていった。
それぞれに逃れられない痛みを抱えた双子が、どれだけ泣き叫び訴えても、和真の歩調は淡々と進み――。
「ひあっ」
「あぐっ」
和真が彼女たちを投げるように解放したのは、脱衣所の扉を足で開いてから。
ぞんざいに扱われた双子が、受身も取れずに床へ叩きつけられるのを見届けた和真は、その顔が上がる前にぴしゃんっと脱衣所の扉を閉めた。
くるり背を向けては、扉に寄りかかってクツクツと肩を揺らす。
「くっ、くくくくくくく……はあーはっはっはっはっはっ!! どおだ、ざまあ見ろ! 俺は惑わされないぞ! 女なんかに、女なんかに女なんかに女なんかにっっ! 誰がっっっ――あぁ?」
不意にがくっと落ちる膝。
訳も判らず下を向けば、視界の動きを追うように、どすんと床についた尻。
と思えば霞んでいく目の前、くらくらする頭が左右にぶれる。
「うっ……くそっ。奴らは追い出したってのに、何で……」
次第に荒くなっていく息に耐え切れず、そのまま倒れてしまえば、折角閉めた扉が開く音。
誰かが遠く「姫っ!?」と叫ぶ声を耳にする。
「死ぬ、のか? 夢、なのに……イイ目、ふいにして、追っ払った、ってのに……」
女に希望を持つ事はなくとも、双子の感触は非常に気持ち良かった。
閉ざされる瞼の闇に、甘い温もりを思い出せば、後悔だけが朦朧とする意識に宿っていく。
(あーくそ。どうせ死ぬんなら、アイツらにもっと――)
好きにさせとくんだった……。
和真は力任せに双子を引き摺った手を、どことも知れない場所へ伸ばすと、唐突に気を失ってしまった。
**********
――と思ったのも束の間。
(……ん? あれ? 俺、生きてる? つーか、何か左手が柔らかい)
意識が浮上してきた和真は、瞼を閉ざしたまま、何かを軽く掴んだ左手の指をやわやわと動かしていく。
「ひゃんっ。あ、アロマ、姫が、お気を、取り戻されたようですわ。んんっ」
すると瞼向こうで、何かに悶えるアルエの声が聞こえてきた。
「……見れば判りますわ」
続いてどこか不機嫌なアロマの声も。
(アロマにアルエ……ってことは、ここはまだ夢、いや、悪夢の中?)
思いつつ、手に馴染む丸みの輪郭を擦れば、上擦った甲高い声が何度か上がった。
その内に見つけた突起を手持ち無沙汰に弄くれば、「やっ、そんなっ」という喘ぎが聞こえてくる。
と、身体と平行になっていた右手が、ゆっくりと持ち上げられていった。
頭の斜め上で動きが止まったなら、甲に擦り寄ってくる似たような丸み。
「酷いですわ、姫。先程は散々触れて下さったのに、私には痛みだけ残してアルエばかり」
「し、仕方ありませんわ、アロマ、ぁ。何せ姫は、無意識で、掴まれている、のですもの」
「判っています! 判ってはいますけど……意識が回復されたのでしたら、少しくらい、私に触れて下さっても」
(何言ってんだコイツら? 姫ってのは俺だよな? 触れるって何を――)
和真が不思議がれば、痺れを切らした様子のアロマと思しき両腕が、右手の甲を更に丸みへ押し付けていく。
その方向と双子の会話内容、そして今なお弄り続けている左手の感触と、連動するアルエの喘ぎ。
(まさか……?)
嫌な予感に和真はゆっくりと、瞼を開けていった。
光の眩しさに顔を顰めつつ、どこかへ向かって伸びる左腕の先を追えば、
「姫、お目覚めですか?」
それはほんのり頬を染めて迎えるアルエの、初めて見るブラウス姿の中に。
「う、わ、悪い!」
慌てて引き寄せ引っ込めたなら、和やかだったアルエの顔に不機嫌が宿り、代わりにアロマの声が楽しそうに変わっていった。
「そのような顔をしてはいけませんわ、アルエ。姫、お水をどうぞ」
「あ、ああ、悪い……」
後ろからやって来た水差しが、直で口に挿入される。
カルキ臭のない滑らかな舌触りに、喉を鳴らして飲めば、カラになる前に水差しが引き抜かれていく。
間の悪いその動きにより、和真の口の端から水が零れれば、またしても後ろから伸びた繊細な指が、滴る流れを絡め取った。
「姫? お加減はいかがでしょう?」
離れる指とアロマの声を追い、顔を上向きにさせた和真は、拭ったばかりの指の雫へこれ見よがしにうっとり口付ける彼女の、やたらと扇情的な画に遭遇。
「な……にをしてるんだ、お前?」
ついでに自分の右手がアロマの胸に埋められているのを発見すると、頬を引き攣らせて問いかけた。
と同時に、今現在、自分の頭がアロマの膝――というか身体を枕にしていると知ったなら、焦る勢いに任せて上半身を起き上がらせた。
が、しかし。
「くあっ――んぶっ」
横になっている時は感じなかった鈍痛が和真を襲い、バランスを崩した身体は前にいたアルエの胸に着地。
「やんっ、姫。いけませんわ。のぼせているのですから、しばらくじっとしていませんと」
(のぼせ……ああそうか。俺、死んだんじゃなくて、のぼせたのか)
和真は段々と飲み込めてきた状況に、億劫な頭をアルエの胸に預けながら嘆息した。