よくじょう最前線 その1
ぱしゃぱしゃと軽い音を立て、一つしかない洗面器で顔を洗う少女が一人。
「うえええええ、最悪ぅ~……洗っても洗っても、何か気持ち悪いぃ」
「駄目よ、アルエ。姫の前でそんな事言っては。姫もそういうつもりだったわけではないのですから」
「うぅ……アロマには判りませんわ、私のこの気持ち。飛沫が少し服についた程度なのですから。それに引き換え私は顔ですよ、顔! もう、信じられません!」
「それも仕方ない事でしょう? 何せアルエと来たら、姫が隠しているところを無理矢理引き剥がして」
「怪我をされていると思ったんですもの! ですから、早く手当てをと思って。それなのにそれなのに、ふぎゅっ……こ、これでは、お嫁に行けませんわ!」
水の滴る顔を両手で覆い、アルエが泣き言を喚けば、優しく伸びたアロマの手がその頭を撫でていく。
「安心なさい、アルエ。私たちはもう、お嫁に行く必要などありはしないのですから」
「ふぅっ? お、お嫁に行きませんの?」
「ええ。というか貴方、お父様のお話をきちんと聞いていなかったの? 姫にお仕えするに当たっては、姫が私たちを棄てない限り、私たちは姫の所有物、すなわち姫のお嫁さんみたいなものなのですよ?」
「姫の?……って、つまりはこの方の?」
「ええ、この御方の。だから姫のご要望とあらば、先程のような事も喜んでしなければなりません」
「喜んで……ご奉仕、ですの?」
「ええ。一緒に頑張りましょう、アルエ」
「……アロマも一緒なら、私も頑張ってみます」
そっと伸ばされるアロマの手に、絡み合うアルエの手。
双子の間でそっくりの笑顔が交わされれば、和やかな雰囲気が蒸気の中に溶け込んでいく。
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和真はそんな双子の様子を、仰向けの放心状態で眺めていた。
暴かれた瞬間、抑え切れなかった猛りをアルエの顔面という、順序もへったくれもない場所へぶつけた分身は、軽く開いた股の上でしょぼくれている。
アルエの洗顔のために使われた洗面器が、少し前まで洗ってもいない、数回流しただけの其処を覆っていた――と伝える口もない和真。
腕を使い、中途半端に起きた彼は、股を越えた先にいる双子へ、段々と疑問を抱き始めていく。
全裸の男、それも双子の片方へとんでもない粗相を働いた一物付が、近くで倒れているというのに、逃げるでもなく妙な慰めで姉妹愛を深める少女が二人。
しかも湯の蒸気を多分に吸ったせいで、どちらもほぼ全裸状態になっているにも関わらず、だ。
どう考えても異常だろう。
(なあ、おい? これは夢、だよな? いや、夢じゃなけりゃ可笑しいだろ?)
奇妙な光景を目の当たりにし、放心状態だった和真の目に、徐々に光が取り戻されていく。
かといって、それが正気の色をしているとは限らない。
(そうだ、そう。夢に違いない。普通だったらここは、何すんのよ!? とか何とか叫んで、洗面器か椅子で俺の股間を再起不能になるまで痛めつける場面だろ? 俺にその気がなくても、原因がそっちにあっても、アイツらはいつだって話を聞きやしないんだ……)
思えば、光の速さを髣髴とさせるスピードで流れていく、和真の女難のエトセトラ。
ふつふつと、当時は完全に押さえ込まれていた、腹の底から沸き上がってくる怒りを感じたなら、(そうだ!)と和真は思った。
(大体、今回の事だって、全部お前らのせいだろ? 俺は来るなっつったよな!? それなのにここへ来て、かと思えば人の進行邪魔しやがって。その挙句、自分たちの破廉恥な格好差し置いて、勝手に被害者面するとは何事だ!?)
再燃した怒りというのは、なかなかどうして、当時の怒りよりも収まりにくいものがある。
その典型を示すように勢いよく立ち上がった和真は、足元で向かい合い、驚いた目でこちらを見つめる双子へ、びしっと指を突きつけた。
ただし、指の先は脱衣所へと続く扉の方向。
「……とっとと、出て行け」
怒鳴り散らしたい思いを押し殺したような低い声が、和真の口をついて出る。
かーぜもないのにぶーらぶら、は今更隠したところで意味もないため、もう一方の手は堂々と、ひょろひょろした腰に当てられていた。
気分は犬に命令する飼い主である。
しかし当たり前の事ながら、双子は犬でもなく、和真にしても彼女らの飼い主になった憶えはない。
「出て行け、と申されましても」
「私たち、姫のお世話を仰せつかっておりますし」
手を合わせ、頬を付き合わせて、きょとんとした顔をする二人。
密着度の高さに互いの胸を僅かに潰し合っても、彼女たちは和真の足元から、彼の様子を伺うばかり。
「っ!」
どこまで行っても目の保養――ではなく、目に毒な光景を前に、元気を取り戻しそうな部位を感じた和真。
慌てて隠そうとしても、手から其処までの距離は遠く、異変に気づいた双子が凝視し出しては、中途半端な格好で止まってしまった。
「あら」
「きゃあっ」
興味津々に眺めるアロマに対し、また掛けられては堪らないとばかりに、両手で顔を覆うアルエ。
しかし指の隙間から、やはりアロマと同じように見つめる青い瞳があったなら、寄ってたかって視姦される側に回ってしまった和真は、途端に勢いをなくしてしまった。
隠そうと頑張る自分に対し、裸体を惜しげもなく晒す双子に、何だか負けた気分を味わったのが、主な原因だ。
「あら……」
「まあ……」
和真のそんな落ち込み具合を写し取ったのか、力を失くしたソレに、双子が残念そうな声を上げた。
「…………」
「…………」
「…………」
和真自身も沈黙すれば、同じく双子も沈黙を返してくる。
白い蒸気が覆う湯殿で、全裸の少年とほぼ全裸の双子の少女が、高低差をものともせず、互いをじっと見詰め合う事、しばらく。
おもむろに動き始めたのは少女たちの方。
一人が椅子を持つと、もう一人が洗面器に湯を汲み始める。
「姫、こちらへどうぞ」
そう言ったのは、和真の背後に椅子を置いたアルエ。
緊張の取れない肩にほっそりとした手を添え、椅子に座るよう誘導した彼女は、蒸気で濡れた和真の頭に胸を乗せると、肩に添えていた両手を伸ばし、目の前で擦り始めていく。
「姫は異世界の方ですので、ご存知なかったかもしれませんが、身体を洗うにはこのように手を擦るだけで、ほら」
しっとり輝く手が擦られる度、生まれてくるきめの細かい白い泡。
「この泡は蒸気が元になっておりますの。ですが、蒸気を浴びるだけでは泡は立ちませんし、身体を洗った事にはなりません。このように、摩擦を加えなくては……」
「ふおっ!?」
離れたかと思いきや、背中を滑り始めるアルエの肢体。
上下の動きに合わせて、アルエの説明通り、泡が背中に生じていくのが判る――
ものの。
「い、いきなり何してんだ、おま――」
「ああ、姫、駄目ですわ、動いては。こちらをお向きになって?」
「ふざけるのもたいが――おぶっ!?」
身を捩ってアルエを遠ざけようとすれば、半ば強引に戻された顔が、憶えのある柔らかさに包まれてしまう。
その間にも、背中に寄り添うアルエの動きは止まらず、回されていた彼女の手が和真の前面を、我が物顔で擦っていくのが、暗闇の中で感じられた。
「~~~~!!」
迷いを吹っ切ったかのように、それでいて繊細な動きで、和真の肌を伝う指先。
と思えば、頭の中に同じ指が差し込まれていった。
闇の中で次々行われていく動作に、兎に角、視力を取り戻さなければならないと考えた和真は、顔面を覆う柔らかさを引っぺがすべく、弾力のあるソレを両手で掴んだ。
途端、「きゃっ」と短い悲鳴が上がり、強要された闇が弾んだものの、変化はそれだけ。
試しに手中のものを揉んでも、知識だけを頼りに尖った周辺を親指で擦っても、視界の改善には至らず。
「あんっ……姫、お願いですから、じっとしていて下さいませ。でないと目に泡が入ってしまいますわ。お戯れなら湯に浸かりながらにして下さい」
それどころか、和真の頭をきゅっと抱き寄せた闇――胸の谷間に和真の顔を捕らえたアロマは、喘ぎに似た声でそんなことを言ってくる始末。
(目に泡!? シャンプーハットのつもりなのかよ、この格好!? つーか、湯に浸かりながらならいいってなんだ!?)
自分でやっておきながら、正気の沙汰とは思えないアロマの言動の数々に、和真は言い知れぬ恐怖を抱いた。
そして抱きついでに、胸から腰、尻の側面へと手を下ろしては、その肉感を直に確かめるように、ぺったり張り付いた守りの下から、手の平を差し込んでいった。
一度目の忠告を無視した暴挙を、許すはずもないと考えて。
しかし。
「ひ、姫……判りました。姫のお好きな様になさって下さいませ。ただ、お顔はこのままでお願いしますね?」
何故か許された。
それも、困った子、と言わんばかりに頭を優しく撫でられながら。